その暗闇での模索 Ⅲ
「やぁ、バルバラ。相変わらず忙しそうだね」
「あら、珍しいわね。副長自らこんなところに来訪なんて」
ルーファスは表情ひとつ変えず、バルバラの前に現れた。
バルバラはいつものようにニッコリと微笑みながら足を止める。アクスの件で何かあったのかとすぐに考え、それが表情に出ないように取り繕うのに内心は必死だった。
「突然で申し訳ないのだが、今、みんなに上の鍵を確認させて貰っていてね。申し訳ないのだけど、あなたの鍵も確認させて頂けるかな?」
ルーファスはそう言って視線を上に向け、幹部しか入れない上階を暗に示す。そしてそれは、アクスに何かあったことも明示していた。
「鍵? もちろん⋯⋯どうぞ」
バルバラは冷静に胸の奥から、鎖で繋がっている鍵を取り出し、ルーファスの眼前に差し出した。ルーファスは、その鍵を手にすることなく覗き込んでいく。
「手に取って確認する?」
バルバラは真剣に覗き込むルーファスを見て、鍵を差し出して見せる。
「あ、いや、結構。大丈夫です、確認しました。お手数をお掛けしました」
ルーファスはそう言って踵を返す。
「急にどうしたの? 鍵の確認なんて」
鍵をしまいながらバルバラが問い掛けると、ルーファスは踵を返すのを止めて向き直した。
「特に何もないですよ。みなさんが、しっかりと鍵を保管されているのか確認をしておこうと思い立ちましてね。大切な鍵ですから」
「ふぅ~ん⋯⋯そう」
そう言ってルーファスはまた踵を返した。バルバラも、去っていくルーファスに背を向け、歩き始める。
アクスは鍵を持ったまま、ルーファスに捕まっている。
これは、ほぼ確定ね。鍵の出所を探っている感じ⋯⋯黒幕は私と怪しんでいる? けど、確証はない感じかしら。アクスは、口を割っていない⋯⋯。材料を集めるのに苦労したけど、合鍵を作っておいて正解だったわ。
ルーファスとの短い邂逅は、バルバラの心を大きくざわつかせた。
アクスは全貌を話してはいない。そして、ルーファスはそのことに焦りを感じている。って、ところよね。
バルバラは足早に歩を進めながら、ルーファスとの短いやり取りを何度も反芻していた。
「バルバラさん、顔、顔」
すれ違いざまに側近のひとりであるユーリアに指摘を受け、すぐに口元に笑みを浮かべ直す。
「副長と何をお話したのですか?」
ユーリアは、バルバラの表情から何かを感じ取り足を止めた。
「ユーリア、急ぎで使いを頼まれて」
「わかりました」
バルバラかららしくない焦りを感じ取っていたユーリアは、何も聞かずすぐに頷いて見せた。
□■□■
突然現れたユーリアはバルバラの伝言を伝えると、すぐに去って行った。ユーリアの言葉に、【クラウスファミリア(クラウスの家族)】の本拠地は、再びざわつきを見せる。
「グリアム、急がないとマズくないか?」
オッタはすぐにアクスの身を案じる、それはグリアムも同じだった。
「分かっている」
「師匠、急いで動きましょう。アクスさんが危険です」
「ああ、分かっているって」
「おっさん、急ごうぜ」
「だから、分かっているって言ってんだろう! 急ごうにも、どう動けばいいのかさっぱりなんだよ」
サーラやルカスに立て続けに煽られ、グリアムはもどかしさを爆発させた。
ルーファスの野郎、バルバラに釘を刺した⋯⋯証拠がなければ直接手を下せないか。ただ、釘を刺すことで動きは鈍くならざるをえない。時間稼ぎが狙いか? アクスがどこまで口を割らずにいられる⋯⋯。
「ユーリアさんの話だと、アクスさんはどこかに捕らえられたままってことですよね?」
イヴァンはグリアムの焦りを感じ、努めて冷静を取り繕う。
「だろうな」
「不謹慎な言い方かも知れませんが、まだ殺されたりはしていない⋯⋯って、ことでいいのでしょうか?」
イヴァンが言い辛そうに、グリアムへ同意を求める。居間に集う者達が、顔色を窺い合うように視線だけを動かす。だれもが感じていた不安をイヴァンが口にした。
「分からん。だが、バルバラの感じ方だと、アクスはまだ生きている。ルーファスの野郎もバカじゃねえはずだ。アクスが立ち入れない場所に入れたってことは、裏で手引きしたやつがいることくらいすぐに分かる。その手引きしたやつがはっきりせずに、イラついてんだろう。逆に考えれば、裏で糸引いているやつが、ルーファスにバレれば⋯⋯」
「⋯⋯処分されると」
「だな」
オッタの『処分』という言葉に緊張が走る。そして、この場にいる者達の焦燥が一気に湧き上がる。
「やはり幹部達しか入れない、上階のどこかと考えるのが普通ですよね?」
イヴァンの言葉に、グリアムは逡巡する。
「まぁ⋯⋯いや、どうだ? ルーファスって野郎からは、慎重にことを進める感じを受ける。そんなヤツが、ギルドに監禁しておくか? 隠し部屋があったとしても、飯を運んだり、尋問のために出入りすれば、人の目につく可能性は拭えない」
「別の場所に移動しているということですか? そうなると、より探すのが大変ですね」
監禁するとしても、どこにって話だ。
ルーファスの野郎の家? いや、そんな危ないことをするヤツとは思えん。となれば、どこかに隠れ家を持っている? とか⋯⋯。
「なぁ、あんたの話だとルーファスってヤツは、慎重な性格なんだよな? そんな人間が自ら動くものか?」
オッタの言葉に全員が顔を上げた。的を射たオッタの言葉に、ぼんやりとしてはいるもののするべきことが浮かび上がる。
「ルーファスの側近から洗うか⋯⋯イヴァン、オッタと一緒にギルドへ行って、その辺りをミアに聞いてこい。それと、もうひとつのダンジョンのことを話して、ギルドがどう考えるかも、ついでに聞いてこい。場合によっては、ミアで話を止めておけ」
「確かにそうですね。この状況だとギルドで信用出来るのは、ミアさんとバルバラさんしかいませんものね」
イヴァンとオッタはすぐにギルドへと向かう。
「んで、その側近ってのがわかったら、尾けるのか?」
「今はそうするしかねえだろう。そうなったらルカス、おまえも頼むぞ」
「へいへい、余裕だろう、んなもの」
「舐めてかかるなよ」
ルカスに釘を刺すグリアムだが、ルカスは返事の代わりにチラリと視線を向けるだけだった。
「私は?」
ヴィヴィが元気よく手を上げやる気を見せるが、グリアムは顎に手を置き、少し考える素振りを見せる。
「おまえはオレと【ノーヴァアザリア(新星のアザリア)】の本拠地に行くぞ。いろいろと話すのにちょうどいいから、パオラのやつも連れて行くぞ」
「師匠、私は?」
「おまえは勝手にしてろ」
「ええー! そんなぁ⋯⋯」
落ち込んで見せるサーラを放って置き、グリアムとヴィヴィは【ノーヴァアザリア】の本拠地へと向かった。
□■□■
「ぶええええええ!??」
グリアムとヴィヴィの話に一番驚いて見せたのはパオラだった。くりくりの目をさらにくりくりにして、驚愕の表情のまま固まってしまう。
急遽訪れたというのに、切迫した雰囲気を纏うグリアム達の姿に【ノーヴァアザリア】の主要メンバーが客間に集っていた。グリアムとヴィヴィの口から話されるもうひとつのダンジョンの存在に、いつも冷静なシンとハウルーズでさえ驚愕の表情を浮かべていた。
「いや、ちょっと待ってって⋯⋯【魔族】は【龍の守り人】で、隣り合うようにもうひとつのダンジョンがあって、そこで暮らしているの!?」
「そうだ」
ラウラが自身を落ち着けようと、グリアム達の言葉を繰り返す。確認したいことは山ほどあっても、何から聞けば良いのか混乱が先に来てしまい言葉が出てこない。
「なぜ私達にこの話をした?」
会合の場で率先して質問などすることのないハウルーズが、珍しく口火を切った。
「正直言って、打算だ。No.1パーティーを巻き込みたい、というな。【クラウスファミリア】程度の豆粒パーティーでは、手をこまねいちまうのは目に見えている」
「ウチが動かない可能性は考えなかったのか? アザリアとラウラが頷いても、オレとハウルーズが頷くとは限らんぞ」
「いや、頷くね。ダンジョンを知っていればいるほど頷くはずだ。下手したらノーリスクで最深層まで直行出来るかもしれねえんだ、首を縦に振らない理由はねえだろう?」
自信たっぷりに答えるグリアムに、シンもハウルーズも否定する言葉を持てなかった。
「その⋯⋯【龍の守り人】の方々は、私達潜行者を素直に通してくれるってことでしょうか?」
「さあな」
グリアムの答えは思っていた言葉と違い、アザリアは少しばかり戸惑いを見せる。