表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
そのダンジョンシェルパは龍をも導く  作者: 坂門
その暗闇での模索
200/202

その暗闇での模索 Ⅰ

 しくじったか⋯⋯。


 アクスは頭から袋を被せられ、視界は奪われていた。

 ルーファスの配下と思われる兵士達は、手慣れた手つきでアクスを拘束した。

 腰縄をつけられ、両手の自由も奪われた。周りに人の気配を感じてはいるものの、何人いるのか皆目見当もつかない。視界を奪われていても、逃げ出すことなど限りなく不可能に近い状況だと理解できた。

 アクスは抵抗することもなく静かに従う。

 縄を引かれるがままに足を動かしていった。被せられた袋越しに、遠くで鳴っている街の喧騒が届く。


 どこに連れて行く気だ? 殺す気か?


 ルーファスの冷めた視線が思い起こされ、ルカスの背中にぞわっと悪寒が走った。

 街の喧騒はすぐに途絶え、風に擦れる葉の音が微かに聞こえる。足裏に伝わる少し荒れた感触から、街の中心部から外れたのが伝わった。


 建物の中? おっと⋯⋯階段⋯⋯。


(何でこんなおっさんエルフの面倒を見なきゃなんねえんだ)

(知るか! 上からのお達しだ。黙って言われた通りにやれや)


 袋越しに聞こえるくぐもった囁き。自然音が消えたことで、アクスの耳にも微かに届く。

 建付けの悪そうな金属が擦れる音。腰縄が解かれると、背中に衝撃が走った。


 痛っ!


 背中を激しく押された衝撃で、アクスは前へとつんのめってしまう。

 背後で再び金属の擦れる音と共に、扉の閉じる音が響いた。縛られたままの両手で、頭の布を急いで外す。入口らしきところに小さな蝋燭の灯が所在なく揺れており、闇に近い空間がアクスを囲んでいた。少しばかり暗闇に目が慣れてくると、案の定、目の前には鉄の格子らしきものが映り、そこに手を伸ばす。手の平に伝わる冷たい感触にも、アクスは顔色ひとつ変えなかった。


 地下牢か⋯⋯。


「まったく、かわいげのねえ、おっさんだぜ」


 目だけ穴の開いた袋を被った男が、ぼんやりと視界に浮かびあがる。アクスの冷静な姿が、鼻につくのかイラ立ちを隠そうともせず言い放った。


 この暗闇で表情まで見えているってことは、獣人か。しかも、聞いたことのある声⋯⋯もう少しまじめに受付をしておけば良かったな。


 アクスは、フっと自虐的な笑みを口元に浮かべてしまう。


「何が可笑しい?」

「いや⋯⋯別に。獣人ってのは、こういうとき便利だよな。その目が欲しいものだ」


 一瞬、獣人の動きが止まる。

 暗いうえに、顔を隠してる。だが、獣人だと見破られたことが、理解出来ないのであろう。


「適当なことをぬかすな。ハズレだ」

「ハズレ? バカを言うな。バレバレの嘘をつくものじゃない」


 まるで主導権を争うかのような、腹の探り合いに獣人は軽く舌打ちをして見せた。


「チッ! まぁ、いい。何したか知らねえが、そこで大人しくしてろ」


 獣人はそう言い放ち、部下らしき者達を引き連れて立ち去って行った。

 だれもいない暗闇にひとり、アクスはすぐに殺されなかったことに正直安堵していた。


 すぐに殺さなかった⋯⋯だれかが後ろで糸を引いていると考えたか。私の背後にいる者へ配慮? 全貌が見えないうちは、向こうも下手に動けないということか。

 あやつらは、ルーファスと繋がりのあるパーティー? ルーファスのやつ、担当のパーティーなど抱えていないはずだ⋯⋯。

 ということは、ギルドにとって使い勝手の良いパーティー? あの口ぶりからすると、お行儀のよいパーティーではないだろう。しかも、この荒事に慣れている感じ⋯⋯。

 しかし、分かったところで、ここを脱け出さないことにはどうしようもあるまい。


 アクスは床にあぐらをかきながら、うすぼんやりと映る鉄格子を睨み続けた。


□■□■


「イヴァン、ヴィヴィ、サーラ、おまえらA(クラス)に上がってこい」


 イヴァンの告白の翌日、グリアムはひとりで逡巡を繰り返していた。

 イヴァンの思いを実現させるために、どうするべきかと。

 唐突なグリアムの申し出には、三人とも驚きを隠せず、サーラは口につけようとしたカップの水を床に零してしまう。


「し、師匠?! この間B級に上がったばかりですよ? それに、オッタさんやパオラさんは上げないのですか?」

「そうだよ! なんで私達だけ? てか、本当に上がるの?」


 B級への昇級(ランクアップ)のときも驚きを見せたが、今回の昇級の話は更なる驚きだった。いきなり三人のA級が所属するパーティーともなれば、知名度が一気にあがるのは目に見えている。注目を浴びるのが、人一倍嫌いなはずのグリアムから出た言葉とは、とても思えず、違和感すら覚えた。


「今まで、あんなに昇格に慎重だったのに、いったいどうしたのですか?」


 三人は、口を揃えてグリアムに疑問を呈す。


「A級がいきなり三人だ。まぁ、目立つよな。【ノーヴァアザリア(新星のアザリア)】が五人。【ライアークルーク(賢い噓つき)】が、この間ひとり増えたとかで三人。【ノイトラーレハマー(中立の鎚)】がひとり。一気に三人A級となれば、【ライアークルーク】と並ぶわけだ。てことは、ここ中央都市セラタで第二位のパーティーってことになる」


 グリアムの野心すら感じる言葉に、三人の違和感は増していく。


「なんか、グリアムぽくないね」


 グリアムはヴィヴィに答えることなく、言葉を続ける。


中央都市セラタ(ここ)で、影響力を持つパーティーになれ。いろんなやつらを巻き込めるほどの、説得力を持て。それが、守り人のやつらを上に引き上げるのに必要だ」

「説得力ですか⋯⋯手っ取り早く昇級して、周りに認めて貰うってことでしょうか?」


 サーラから驚きの表情は消え、グリアムの言葉の真意を必死に汲み取ろうとしていた。


「凡百のパーティーの言葉に、だれが耳を貸す? 第二位のパーティーともなれば、耳を貸す者も増えて、その言葉には重みが生まれ説得力が増す。おまえらがやろうとしていることは、小さなパーティーひとつでどうにかなるレベルじゃねえ。もしかしたら⋯⋯」


 と、言いかけてグリアムは口を閉じてしまった。


「もしかして? 何ですか、師匠?」


 首を傾げるサーラに、グリアムは首を横に振る。


「なんでもねえよ。さっさと昇級してこい」

「はい⋯⋯? あの⋯⋯アイテムはどうするのですか?」

「ライカンスロープか、単眼鬼(サイクロプス)でいける。適当に持ってけ」

「分かりました。リーダー、ヴィヴィさん、行きましょう」


 サーラを先頭にして、三人は少しばかり煮え切らないまま居間をあとにした。


 【龍の守り人】⋯⋯。

 龍を守る者がいなくなったら、龍はどうなるんだ? 龍って、黒龍(ジルニトラ)のことだよな? あいつらが、最深層に止めている? それって守るってことか? いや、他にも龍がいる⋯⋯? あんな厄介なものが、他にもいたらたまらんな。

 生贄と卵をダンジョンに捧げるのも、何のためにだ?


 一向に答えの出ない自問を、グリアムはまた繰り返し続けた。


□■□■


 おかしいわね。


 バルバラは笑みを振りまきながらも、事の違和感に不安を覚えていた。

 アクスが無断欠勤で二日休んでいると、腹心のひとりユーリアから報告を受けていた。ルーファスを探れと言った矢先の出来事に、何か不備があったことは容易に想像がつく。


 さて、どうしたものかしら。彼はあの【ヴァバールタンブロイド】の件以来、半分世捨て人みたいに人を寄せ付けなかったから、彼が信頼をおける人物がだれだかわからないわ。そもそも、そんな人物がいるのかどうか⋯⋯。


 バルバラが、不安を押し殺しながら作り笑いを振りまき続ける。周りに不安が零れぬように、いつも通りを心掛けた。


「ふぅー」


 自身の執務室に戻り大きな執務机を前にすると、バルバラは大きな溜め息をこぼし、表情から笑みは消える。そしてその溜め息と共に、女のエルフがそっと顔を覗かせた。


「バルバラさん」

「ユーリア。ちょうどいいところに来たわね」

「大丈夫ですか? 表情が硬かったのが、気になっちゃって」

「ありがとう⋯⋯正直、あまり大丈夫ではないわね」


 バルバラは腹心のひとりであるショートカットのエルフに、また溜め息をついて見せた。


「アクスさんのことですよね」

「そう。ねえ、ユーリア、アクスが信頼している人間を知らない?」

「信頼ですか⋯⋯」


 ユーリアは腕を組んで眉間に皺を寄せていく。可憐なエルフに似つかわしくない姿に、バルバラは思わず微笑んでしまう。


「⋯⋯いないわよね」

「う~ん⋯⋯あ! アクスさんの直属の後輩なら、ひとり受付にいますよ。今も繋がりがあるかは、分かりませんけどね」

「だれ?」

「ミアです。ミアラレン・ニームス」

「話せる?」

「多分、大丈夫かと」

「お願い」


 

バルバラが言い終える前に、もうユーリアは執務室をあとにしていた。

 ミアが信用足る人間かどうか一抹の不安はあるものの、今はそこに賭けるしかないもどかしさに、バルバラの表情は冴えなかった。

 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ