その暗闇での模索 Ⅰ
しくじったか⋯⋯。
アクスは頭から袋を被せられ、視界は奪われていた。
ルーファスの配下と思われる兵士達は、手慣れた手つきでアクスを拘束した。
腰縄をつけられ、両手の自由も奪われた。周りに人の気配を感じてはいるものの、何人いるのか皆目見当もつかない。視界を奪われていても、逃げ出すことなど限りなく不可能に近い状況だと理解できた。
アクスは抵抗することもなく静かに従う。
縄を引かれるがままに足を動かしていった。被せられた袋越しに、遠くで鳴っている街の喧騒が届く。
どこに連れて行く気だ? 殺す気か?
ルーファスの冷めた視線が思い起こされ、ルカスの背中にぞわっと悪寒が走った。
街の喧騒はすぐに途絶え、風に擦れる葉の音が微かに聞こえる。足裏に伝わる少し荒れた感触から、街の中心部から外れたのが伝わった。
建物の中? おっと⋯⋯階段⋯⋯。
(何でこんなおっさんエルフの面倒を見なきゃなんねえんだ)
(知るか! 上からのお達しだ。黙って言われた通りにやれや)
袋越しに聞こえるくぐもった囁き。自然音が消えたことで、アクスの耳にも微かに届く。
建付けの悪そうな金属が擦れる音。腰縄が解かれると、背中に衝撃が走った。
痛っ!
背中を激しく押された衝撃で、アクスは前へとつんのめってしまう。
背後で再び金属の擦れる音と共に、扉の閉じる音が響いた。縛られたままの両手で、頭の布を急いで外す。入口らしきところに小さな蝋燭の灯が所在なく揺れており、闇に近い空間がアクスを囲んでいた。少しばかり暗闇に目が慣れてくると、案の定、目の前には鉄の格子らしきものが映り、そこに手を伸ばす。手の平に伝わる冷たい感触にも、アクスは顔色ひとつ変えなかった。
地下牢か⋯⋯。
「まったく、かわいげのねえ、おっさんだぜ」
目だけ穴の開いた袋を被った男が、ぼんやりと視界に浮かびあがる。アクスの冷静な姿が、鼻につくのかイラ立ちを隠そうともせず言い放った。
この暗闇で表情まで見えているってことは、獣人か。しかも、聞いたことのある声⋯⋯もう少しまじめに受付をしておけば良かったな。
アクスは、フっと自虐的な笑みを口元に浮かべてしまう。
「何が可笑しい?」
「いや⋯⋯別に。獣人ってのは、こういうとき便利だよな。その目が欲しいものだ」
一瞬、獣人の動きが止まる。
暗いうえに、顔を隠してる。だが、獣人だと見破られたことが、理解出来ないのであろう。
「適当なことをぬかすな。ハズレだ」
「ハズレ? バカを言うな。バレバレの嘘をつくものじゃない」
まるで主導権を争うかのような、腹の探り合いに獣人は軽く舌打ちをして見せた。
「チッ! まぁ、いい。何したか知らねえが、そこで大人しくしてろ」
獣人はそう言い放ち、部下らしき者達を引き連れて立ち去って行った。
だれもいない暗闇にひとり、アクスはすぐに殺されなかったことに正直安堵していた。
すぐに殺さなかった⋯⋯だれかが後ろで糸を引いていると考えたか。私の背後にいる者へ配慮? 全貌が見えないうちは、向こうも下手に動けないということか。
あやつらは、ルーファスと繋がりのあるパーティー? ルーファスのやつ、担当のパーティーなど抱えていないはずだ⋯⋯。
ということは、ギルドにとって使い勝手の良いパーティー? あの口ぶりからすると、お行儀のよいパーティーではないだろう。しかも、この荒事に慣れている感じ⋯⋯。
しかし、分かったところで、ここを脱け出さないことにはどうしようもあるまい。
アクスは床にあぐらをかきながら、うすぼんやりと映る鉄格子を睨み続けた。
□■□■
「イヴァン、ヴィヴィ、サーラ、おまえらA級に上がってこい」
イヴァンの告白の翌日、グリアムはひとりで逡巡を繰り返していた。
イヴァンの思いを実現させるために、どうするべきかと。
唐突なグリアムの申し出には、三人とも驚きを隠せず、サーラは口につけようとしたカップの水を床に零してしまう。
「し、師匠?! この間B級に上がったばかりですよ? それに、オッタさんやパオラさんは上げないのですか?」
「そうだよ! なんで私達だけ? てか、本当に上がるの?」
B級への昇級のときも驚きを見せたが、今回の昇級の話は更なる驚きだった。いきなり三人のA級が所属するパーティーともなれば、知名度が一気にあがるのは目に見えている。注目を浴びるのが、人一倍嫌いなはずのグリアムから出た言葉とは、とても思えず、違和感すら覚えた。
「今まで、あんなに昇格に慎重だったのに、いったいどうしたのですか?」
三人は、口を揃えてグリアムに疑問を呈す。
「A級がいきなり三人だ。まぁ、目立つよな。【ノーヴァアザリア(新星のアザリア)】が五人。【ライアークルーク(賢い噓つき)】が、この間ひとり増えたとかで三人。【ノイトラーレハマー(中立の鎚)】がひとり。一気に三人A級となれば、【ライアークルーク】と並ぶわけだ。てことは、ここ中央都市セラタで第二位のパーティーってことになる」
グリアムの野心すら感じる言葉に、三人の違和感は増していく。
「なんか、グリアムぽくないね」
グリアムはヴィヴィに答えることなく、言葉を続ける。
「中央都市セラタで、影響力を持つパーティーになれ。いろんなやつらを巻き込めるほどの、説得力を持て。それが、守り人のやつらを上に引き上げるのに必要だ」
「説得力ですか⋯⋯手っ取り早く昇級して、周りに認めて貰うってことでしょうか?」
サーラから驚きの表情は消え、グリアムの言葉の真意を必死に汲み取ろうとしていた。
「凡百のパーティーの言葉に、だれが耳を貸す? 第二位のパーティーともなれば、耳を貸す者も増えて、その言葉には重みが生まれ説得力が増す。おまえらがやろうとしていることは、小さなパーティーひとつでどうにかなるレベルじゃねえ。もしかしたら⋯⋯」
と、言いかけてグリアムは口を閉じてしまった。
「もしかして? 何ですか、師匠?」
首を傾げるサーラに、グリアムは首を横に振る。
「なんでもねえよ。さっさと昇級してこい」
「はい⋯⋯? あの⋯⋯アイテムはどうするのですか?」
「ライカンスロープか、単眼鬼でいける。適当に持ってけ」
「分かりました。リーダー、ヴィヴィさん、行きましょう」
サーラを先頭にして、三人は少しばかり煮え切らないまま居間をあとにした。
【龍の守り人】⋯⋯。
龍を守る者がいなくなったら、龍はどうなるんだ? 龍って、黒龍のことだよな? あいつらが、最深層に止めている? それって守るってことか? いや、他にも龍がいる⋯⋯? あんな厄介なものが、他にもいたらたまらんな。
生贄と卵をダンジョンに捧げるのも、何のためにだ?
一向に答えの出ない自問を、グリアムはまた繰り返し続けた。
□■□■
おかしいわね。
バルバラは笑みを振りまきながらも、事の違和感に不安を覚えていた。
アクスが無断欠勤で二日休んでいると、腹心のひとりユーリアから報告を受けていた。ルーファスを探れと言った矢先の出来事に、何か不備があったことは容易に想像がつく。
さて、どうしたものかしら。彼はあの【ヴァバールタンブロイド】の件以来、半分世捨て人みたいに人を寄せ付けなかったから、彼が信頼をおける人物がだれだかわからないわ。そもそも、そんな人物がいるのかどうか⋯⋯。
バルバラが、不安を押し殺しながら作り笑いを振りまき続ける。周りに不安が零れぬように、いつも通りを心掛けた。
「ふぅー」
自身の執務室に戻り大きな執務机を前にすると、バルバラは大きな溜め息をこぼし、表情から笑みは消える。そしてその溜め息と共に、女のエルフがそっと顔を覗かせた。
「バルバラさん」
「ユーリア。ちょうどいいところに来たわね」
「大丈夫ですか? 表情が硬かったのが、気になっちゃって」
「ありがとう⋯⋯正直、あまり大丈夫ではないわね」
バルバラは腹心のひとりであるショートカットのエルフに、また溜め息をついて見せた。
「アクスさんのことですよね」
「そう。ねえ、ユーリア、アクスが信頼している人間を知らない?」
「信頼ですか⋯⋯」
ユーリアは腕を組んで眉間に皺を寄せていく。可憐なエルフに似つかわしくない姿に、バルバラは思わず微笑んでしまう。
「⋯⋯いないわよね」
「う~ん⋯⋯あ! アクスさんの直属の後輩なら、ひとり受付にいますよ。今も繋がりがあるかは、分かりませんけどね」
「だれ?」
「ミアです。ミアラレン・ニームス」
「話せる?」
「多分、大丈夫かと」
「お願い」
バルバラが言い終える前に、もうユーリアは執務室をあとにしていた。
ミアが信用足る人間かどうか一抹の不安はあるものの、今はそこに賭けるしかないもどかしさに、バルバラの表情は冴えなかった。