その懸念の真相 Ⅴ
僕は間違いなく深層より下に飛ばされた。戦ったり、逃げたりしながら上を目指していたけど、どこをどう進めば良いのかまったく埒が明かず、体はボロボロ。僕の心は今にも折れそうだった。
そしてそんな僕をバジリスクが襲い、いとも簡単に吹き飛ばされてしまう。地面をゴロゴロ転がって、生臭い息がかかるほどにバジリスクの大きな口が迫ると、何かが僕の背中を引っ張って、ダンジョンの中へと引き摺り込んだんだ——。
「お兄ちゃん、大丈夫?」
「へ? へ?」
僕を助けてくれたのがディディアとファビオ。ボロボロの僕をダンジョンの中に引き摺り込んで助けてくれた。薬や水、そして食べ物と、ふたりは僕の面倒をみてくれて、そのおかげでここに帰ってこられたんだ——————。
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「ちょ、ちょっと、いいですか? ダンジョンの『中』ってどういうことですか?」
サーラが申し訳なさそうに話の腰を折る。イヴァンはその言葉が来るのが分かっていたかのような反応を見せた。
「だよね。物凄く簡単に言うと、ダンジョンは縦に並ぶ二重構造みたいになっているみたいで、僕達の知るダンジョンに沿うように、もうひとつダンジョンがあるみたいなんだ」
「え? ええー!? ダンジョンがもうひとつ並んであるってことですか?」
「多分ね。しかも、ディディア達、【龍の守り人】が生活しているもうひとつのダンジョンには、モンスターがいないんだよ」
モンスターがいない。
そんなダンジョンを想像できず、一同は言葉を失ってしまう。呆気に取られながらも、サーラは自身の抱いていた疑問の答えを聞けたと、ひとり納得を見せた。
「なるほど。モンスターが現れないなら、危険に晒されることはありませんものね。食べ物とか水はどうなっているのですか?」
「ディディアが僕の看病をしてくれた時に食べ物もくれたけど、何かゼリーのようなほんのりと甘い、お世辞にも美味しいとは言えないものだったよ。不味くはないんだけどね」
イヴァンが答えると、サーラの好奇の瞳はディディア達姉弟に向けられる。
「ディディアちゃん、その食べ物ってどうしているのですか? みんなで育てていたりするのですか?」
「洞の恵みのことかな? 普通に壁を削ると取れますよ。あとはね、クベリの実とかかな。それと、ダンジョンに落ちているパリパリとか」
「ちなみにパリパリって、僕達が持ち歩いている携行食ね。この子達にとってはごちそうなんだって。クベリの実⋯⋯あれはなんだろう? 少しだけ酸味のある木の実っぽいものだったよ。これも不味くはないけど⋯⋯って、感じのものだった。水は豊富で、綺麗な水は簡単に手に入るんだ」
「生活するのに最低限のものは揃っているわけですね」
サーラの瞳は爛々と輝きを見せ、未知の知識に好奇心を爆発させる。その後ろでオッタは何かに気付いたのか顔を上げた。
「あ! その何とかの恵みってゼリー、緩衝地帯で墓掘りした時、地面がゼリー状だったよな。もしかしてアレか?」
「え?! アレ食えんのか?」
グリアムは怪訝な顔をして見せるが、イヴァンはオッタの言葉に頷いて見せた。
「いや⋯⋯でも⋯⋯きっとそうだね。色味とか一緒だったよ。だとしたら、彼ら【龍の守り人】達が飢えることはなさそうだよね」
過酷な環境ではあるが、死に怯える必要のない環境ってところか。【龍の守り人】を名乗るということは、字面をそのまま見れば龍を守る為にダンジョンに留まっているのか? あの危険な黒龍を守る? 腑に落ちんな。
「あ! テール。ホントだ! おでこにテールって書いてある」
どこにいたのか、テールがのそっと居間へ現れた。ファビオがいち早く気が付き、テールのもとへ小走りで駆けて行く。
「アハハ、かわいいね」
頭や顎を撫でまわしながら、ファビオは満面の笑みを見せる。撫でまわされるテールもされるがまま、床にべたっと伏せてみせた。
「そういや、大事なこと聞くの忘れてたな。イヴァン、このふたりをどうする気だ? そもそも、なんで連れて来た?」
「そうですね⋯⋯まず、どうして連れて来たかお話ししましょうか。ディディア達の置かれている環境を、身をもって体験して思ったのは、やはり過酷だということ。毎日同じ物を食べて、飲んで、大人達はとなりのダンジョンに、危険を冒して卵を探しに行く。ただそれの繰り返し⋯⋯」
「単調な毎日の繰り返しか」
「はい。今、言ったように大人達は僕らの潜っているダンジョンに行くということは、僕達の生活を垣間見ることになります。特に緩衝地帯の光景を覗き見れば、今の生活環境に疑問を抱く方がいてもおかしくはないのかなと思います」
イヴァンの表情から笑みは消え、グリアムに真剣な眼差しを向けていた。
このガキ共も過酷な生活から抜け出したいと思っていた? って、ところか。
「リーダー、ダンジョンと守り人の方々が暮らすダンジョンはどのように繋がっているのですか? 今の今まで、だれもそのことを知らないのですよね?」
サーラはふたりの話を聞きながら、疑問が次々に浮かび上がる。今までのダンジョンの常識がひっくり返るほどの内容だと感じ、興奮を抑えるのに必死だった。
「僕が知っているのは二か所だけで、ディディアとファビオが僕を助けてくれた最深層に近い深層か、最深層の階層。何階かはゴメン、分からなかった」
「ですよね。でも、ダンジョンの深い所で繋がっているのは間違いないと言う事ですか」
イヴァンの言葉に、サーラの好奇心はさらに刺激される。
「出入口は、壁の下にひとひとりがやっとくらいの小さなものだった。そうそう、それと緩衝地帯にも出入口があったよ。どうやらこの緩衝地帯に繋がる出入口が一番上にあたるみたい」
「緩衝地帯から上に行こうと思うと、下層、上層を通らねばならないのですか⋯⋯。ディディアちゃんや、ファビオくんみたいな子供が、地上に上がるのはかなり厳しいですね」
サーラの言葉に頷きながら、イヴァンは言葉を続ける。
「そして、そこはみんなにも分かりやすいと思う。ベアトリさんがいるすぐそばなんだよ。出入口は場所を知らなければ、まず分からないと思う。傍から見れば、何の変哲もない普通の壁だもの。そこに秘密の出入口が存在しているなんて、きっとだれも気付けないと思うよ」
緩衝地帯までは、無傷で到達できるのか⋯⋯。
子供はおいておいて、普段から卵を探してダンジョンをフラついているやつらなら、下層、上層を抜けて地上に出るのはわけないのか? 戦闘に長けていないとしても地上に辿り着ける可能性は、最深層、深層を抜けなくていいと考えれば、現実的に可能な話だよな。
【忌み子】、それにイヴァンの村に辿り着いたやつらがいるという事実の裏付けはこれでできたのか⋯⋯。
「ディディアちゃん、ファビオくん、他にも出入口ってあるの?」
サーラの急なフリに対し、ファビオはテールを撫でていた手を止め、ディディアも少し驚いた顔を見せる。ふたりは顔を見合わせ、戸惑いを見せながらも答えていった。
「私達が知っているのは、あとふたつだけです。暗い赤い壁と明るい赤い壁。イヴァンのお兄ちゃんを見つけたのが一番下だと思います」
「本当は行っちゃいけないんだけど⋯⋯」
ファビオが言葉を詰まらす。危険なダンジョンに子供が近付いてはいけないと言われているのだろう。
サーラの頭の中でいろいろと繋がっていく。霧が晴れるように今までの疑問に答えがみえていった。
「暗い赤い壁⋯⋯深層の上階ですかね。そう考えると明るい赤い壁は、深層の下か最深層と繋がっている⋯⋯。ファビオくん、行っちゃいけないのに、どうして行ったの? 見つかったら怒られちゃうのでしょう?」
「うん⋯⋯」
言葉を濁すファビオに代わって、イヴァンが続けた。
「ヴィヴィの次はディディアが供物の予定なんだって。それを阻止する為に、ふたりは大人達より先に卵を見つけて隠してしまおうと考えたんだ。【龍の守り人】的には良くない考えだけど、身寄りのないふたりが、生きていく為にはそうするしかないと考えて危険なダンジョンに潜っていたんだ」
「ディディアが⋯⋯」
ヴィヴィは次の候補が幼いディディアであることに衝撃を隠せない。
「話を整理すんぞ。イヴァンはこのふたりに助けられた。【魔族】は【龍の守り人】を名乗り、ダンジョンの存亡を担っているという大義名分のもと、女と卵を殺している。ヴィヴィはそこから生き残り、イヴァンは次の生贄候補であるディディアを助けた。恩を返す為に」
『殺している』というグリアムの歯に衣着せぬ物言いに、居間に緊張感が流れる。
掲げられている守り人の大義名分に同意できる者など、ここにはいない。そして、イヴァンの行動に異を唱える者もいなかった。
「そうですね⋯⋯いや、じつはもう少しありまして⋯⋯」
「もう少し?」
言い辛そうにするイヴァンに、グリアムは怪訝な表情をして見せた。