その懸念の真相 Ⅳ
「イヴァン!!」
イヴァン帰還の一報に、自室にいたヴィヴィが居間へ飛び込んで来た。だが、次の瞬間ヴィヴィの体は硬直し、入口で佇んでしまう。
「ヴィヴィ姉!」
魔族の男の子が、ヴィヴィの姿に目を輝かす。
「本当に生きてた⋯⋯よかった⋯⋯」
魔族の女の子は、ヴィヴィの姿に涙をボロボロと零した。
「ちょ、ちょっと?! ヴィヴィさん!」
しかしヴィヴィはふたりの姿を見るなり、意識を失い、後ろへ倒れていく。マノンが慌てて支え、ゆっくりとソファーに寝かせていった。
「おまえら、ヴィヴィの事を知っているのか?」
「うん」
グリアムがヴィヴィを顎で指すと、男の子は心配そうにヴィヴィをみつめながらも、笑みを見せる。
「こっちの女の子がお姉さんのディディア、男の子が弟のファビオです。この方がグリアムさん、こっちの兎のお姉さんがマノンさんだよ」
「よ、よろしくお願いします」
ディディアは少し緊張しながら頭を下げると、ファビオも一緒に頭を下げた。
「何か飲み物でも持って来ましょう。ヴィヴィさんもすぐに起きると思いますし」
マノンがキッチンへ向かうと、グリアムはこの光景にも既視感を覚えていた。
前にもヴィヴィがぶっ倒れたことあったよな。たしかあの時は、記憶が⋯⋯。
「う⋯⋯う~ん⋯⋯」
ヴィヴィがしばらくもしないうちに、目を開け始める。その姿に、人一倍の笑顔を見せるディディアとファビオがヴィヴィを覗き込んだ。
「あ⋯⋯ディディア⋯⋯ファビオ⋯⋯どうした⋯⋯あっ!? 何!? どうしよう⋯⋯私⋯⋯どうしよう⋯⋯」
意識が覚醒していくと共に、ヴィヴィは激しい動揺を見せる。両膝を強く抱え込み、ガタガタと震え始めた。その大きな動揺は、周囲に困惑しか生まなかった。
「ヴィ、ヴィヴィ姉⋯⋯」
その姿にふたりの姉弟は、どうすればよいのか分からず怯えてしまう。
「おい、しっかりしろ。おい! ヴィヴィ! しっかりしろ!」
グリアムが、ヴィヴィの首根っこを掴み激しく顔を寄せる。ただでさえ、蒼白いヴィヴィの顔から血の気は失せ、ガタガタと震え続けていた。
「イヴァン、おまえこのふたりから、何かヴィヴィの事を聞いているな?」
「⋯⋯はい」
「チッ⋯⋯」
普通ならイヴァンの方が慌てる場面で、落ち着き払っている姿にグリアムは軽く舌打ちをして見せる。
「ヴィヴィ、ここは大丈夫。心配しなくていいんだよ。落ち着いて、何も気にすることはないから。ゆっくり息を吸って⋯⋯吐いて、そうそう」
イヴァンがヴィヴィの背中を擦りながら、優しく声をかけていく。少しだけ落ち着きを見せるが、それでも何かに怯えているかのように、顔色は冴えないままだった。
「どういうことだ? なぜガキ共はヴィヴィを知っている?」
イヴァンはヴィヴィの背を優しく擦りながら、少しだけ言葉を選ぼうとする。だが、もう隠しても仕方ないと、ありのままを伝えることにした。
「⋯⋯そうですね。本当ならヴィヴィは生贄として、ダンジョンで死んでいるはずでした」
イヴァンは優しい声色を響かせながらも、その表情には憤りが見て取れた。
「生贄?」
「ヴィヴィも今、混乱していますし、みんなが戻ったらお話しする感じでどうです?」
「分かった」
グリアムは悶々としながらも、イヴァンの提案に素直に頷いた。
□■
潜行から戻った、サーラ、オッタ、ルカスの三人がイヴァンの姿に喜びを爆発させる。そして、ディディアとファビオの姿に驚愕し、憔悴しているヴィヴィの姿に困惑を見せた。
「で、イヴァン。ヴィヴィが生贄とはどういう了見だ?」
いきなり飛び出した生贄という単語に、三人ともさらに困惑を深める。
「ちょ、ちょっと師匠? ヴィヴィさんが生贄?? どういうことですか?」
「サーラ、落ち着け。今からイヴァンが説明する」
みんなの視線が一気にイヴァンへと注がれる。
「このふたりに教えて貰いました。僕達が【魔族】と呼んでいる方々は、自分達の事を【龍の守り人】と呼び、ダンジョンの守護者である⋯⋯と。そして僕達地上の人間は彼らの守るダンジョンから、恵を盗む略奪者であると言われています」
「略奪者⋯⋯ですか⋯⋯」
ダンジョンを守っていると自負している人間からしたら、そうなるわな。
絶句しているサーラを横目に、グリアムはひとり納得を見せる。
「彼ら【龍の守り人】は、ダンジョンの怒りを鎮めるために、ダンジョンに仇なすと言われている卵と、若い女性を供物としてダンジョンに捧げることで怒りを鎮め、ダンジョンの平穏を保っているのだそうです」
「その供物が、ヴィヴィとテールというわけか」
「はい。彼らはその龍に仇なす卵をダンジョンの中で日夜探し回り、その卵が見つかると祭事を行い、ダンジョンに供物を捧げるのだそうです」
「私が⋯⋯私が⋯⋯」
イヴァンの話を聞いていたヴィヴィがまた、ガタガタと体を震わせながら口を開く。
「私が死なないとダンジョンが怒って、大変なことになる⋯⋯」
「そんなバカな話があるか。くだらん」
グリアムは、ぶっきらぼうに言い放つ。ヴィヴィは少し驚いた顔を見せ、グリアムの言葉を理解できなかった。
「だって⋯⋯だって! そうしなきゃ、守り人のみんなが⋯⋯」
「くだらん」
ヴィヴィの賢明な物言いも、グリアムは同じ言葉であっさりと切り捨てる。
「ヴィヴィさん、私もそう思います。ヴィヴィさんが、死ななければならない理由なんてそこにはありませんよ」
サーラはそう言いながらヴィヴィに寄り添った。
「そういうことだ。ダンジョンが人の血を必要とするのなら、すでに何百人、いや何千人とあのダンジョンは血を吸っている。いまさらその血が、ひとりふたり増えたところで何が変わる?」
「で、でも卵! テールが⋯⋯」
「オレは黒龍とエンカ(ウント)している。テールがあの龍に仇なす存在とは到底思えん。あんなもん、踏みつけられて一瞬で終りだ」
「でも、私のせいでみんなが⋯⋯ダンジョンが⋯⋯」
消え入りそうなヴィヴィの声が、心痛な思いを表している。
「おまえひとりでダンジョンがどうにかなるとでも思ってんのか? あのバカでかいダンジョンが? バカも休み休み言え。思い上がりも甚だしい」
グリアムは切り捨てるように言い放つ。だが、その言葉は『おまえのせいではない』と暗に言い続けていた。
「ヴィヴィ姉、郷は何も変わってないよ。大婆も、ヴィヴィ姉が役目をきっちりと成し遂げたと言っているから心配しなくて大丈夫だよ」
「ディディア⋯⋯」
ヴィヴィはディディアの言葉にようやく顔を上げた。ディディアが微笑んで見せると、ヴィヴィの懸念は少しずつ消えていく。
「私もファビオも、イヴァンのお兄ちゃんからヴィヴィ姉が生きているって聞いて本当に嬉しかったんだから。ね、ファビオ」
「うん!」
「そっか⋯⋯」
「さてと、何から聞く? それともイヴァンから話したいことあるか?」
落ち着きを見せ始めたヴィヴィの姿に、グリアムは本筋へと話を戻すべく割って入った。
「とりあえずガキを二人連れて、どうやってここまで戻ったかだな」
「おまえ、オッタとふたりして、毎日イヴァンを探しに行っていたもんな」
「ああ? 違えし。訓練してただけだ」
「だってよ、イヴァン」
ルカスを茶化すグリアムに、イヴァンは苦笑いを浮かべながら、ルカスとオッタに頭を下げた。
「アハ、ふたりともありがとね。みんなにも心配をかけたよね、ごめんなさい。とりあえず僕は、このふたりに助けられたんだ⋯⋯」
イヴァンはそう言って、ここまでの経緯を話し始めた。