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そのダンジョンシェルパは龍をも導く  作者: 坂門
その懸念の真相
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その懸念の真相 Ⅲ

 医療棟のさらに上、最上階へとアクスは向かう。選ばれし者、すなわちギルドの総長クラスとその側近である幹部しか立ち入れないエリアに足を向けていた。

 辺りを警戒しながら階段をのぼって行くと、魔力を帯びた扉が行く手を塞ぐ。ポケットから鍵を取り出し鍵穴へ差し込むと、扉が一瞬輝き、カチャっと鍵の開く音が聞こえた。

 扉の先に長く続く石の廊下は必要以上に広く、そして広さに反して灯りは少なく薄暗い。飾り立てる調度品など何ひとつない剥き出しの壁と廊下が、ひんやりと冷たい空気を作り出し、静けさがその冷たい空気をさらに後押していた。

 アクスは記憶を頼りにひとつの扉を、ゆっくりと開く。中の様子を探りながら、部屋の中へと足を踏み入れた。

 腰に携えていた小さなランタンに灯りをともし、真っ暗な部屋の奥へと進んで行く。

 広い部屋に足を踏み入れると、そこには天井までびっしりと本で埋め尽くされ、ダンジョンの知識と記憶が収められたいた。


 しかし、どこから手を付ければいいのやら⋯⋯。

 黒龍(ジルニトラ)を黙認するということは、存在は把握しているということだ。S(クラス)のパーティーを全滅させるほどの力を有するモンスターをなぜ野放しにするのか? 黒龍(ジルニトラ)の記載があるとすれば、古い記録か⋯⋯。


 アクスは書物がびっしりと並ぶ、長く高い棚を見つめながら最奥まで進んで行く。そして最奥の棚の一番上にある記録書に手を伸ばしていった。

 そこに記載されているのは、ダンジョンのはじまり。

 地上に突然口を開いたダンジョンの入口に、好奇心旺盛な者達が潜り始めた⋯⋯。

 アクスも良く知る話が記載されているだけで、目新しい記述は見当たらない。パラパラと読み進めていくが、知りたいものは何ひとつ書かれていなかった。

 空振りに終わった記録書を棚に戻そうと手を伸ばすと、棚の並びに違和感を覚える。一番上に並べられた記録書だけが、少し前に出ているように見えた。


 大きさが違うのか?


 下の棚から一冊引き出し、手にしている記録書と大きさを比べてみる。


 同じ⋯⋯。


「だれかいるのか?」


 耳馴染みのない静かな声色に、咄嗟に記録書を元に戻した。


「ああ⋯⋯すまん。ちょっと聞きたいのだが、薬関係の書物はどこだ? こう数が多いと探しきれんよ」


 アクスは反射的に答え、疑いの眼差しの消えていない青髪のエルフに苦笑して見せた。


「だれの使いですか?」


 見かけない顔との遭遇に、青髪のエルフの警戒はなかなか解けない。


 ここでバルバラの名を出すのは、芳しくないか⋯⋯。


 アクスはこれ以上警戒心が上がらないようにと、一瞬で考えを巡らせて答えた。


「ああ⋯⋯医療班のルゴールだ。まったく下っ端とはいえ年長者をこき使いよって、こんな中から探せとはひどいと思わんか」

「たしかに厳しいですね。薬学の棚はそこの左側です」

「おお! すまんな。助かった⋯⋯が、それでもまだ多いな」


 アクスが大袈裟に肩を落として見せると、青髪のエルフの表情が少しだけ和らいだ。


「すぐに見つかるといいですね」

「本当にな」


 溜め息まじりにアクスが答えると、青髪のエルフは一冊の本を抜き取りすぐに出て行くのを確認すると、先ほどの奥の棚へと戻り、一番上の記録書を抜き出す。


 さて、どうしたものか。

 そう長くは粘れんが、もうしばらくはいけるか。

 やはりこの列だけ少し前に出ている。


 アクスはぽっかりと開いた棚の奥へと手を差し入れた。指先に伝わるのは棚の感触ではなく、本の表紙のような硬い紙の感触。

 アクスは入口を確認してから、記録書を何冊か抜き取り、置いてあった椅子に上る。

 ランタンで棚の奥を照らすと、棚の背にへばりつくように並んでいる本の表紙が淡い光の先に映った。


 隠すにしては雑だな。


 アクスは早速一冊を取り出し、パラパラとめくると表情が一気に険しさを増した。


 これは⋯⋯。


 アクスのページをめくる手はゆっくりと丁寧になり、じっくりと噛みしめるようにページをめくっていく。そこに書かれている内容に驚きを隠せず、夢中で読み進めた。


「薬学の棚はそちらじゃありませんよ。アクスヴァル・ローデフィル殿」


 唐突な呼び声に、アクスが声の方へと振り返る。そこには、入口で腕を組んで立っている先ほどの青髪のエルフが目に映った。

 口元に冷ややかな笑みを浮かべ、それは声色から皮肉めいた嘲笑だと理解する。


 しくじった。こやつ、こちらの事を知ってたうえで最初から怪しんでいたのか。


「アクスで構わんよ。おたくは?」

「私もルーファスで構いません」


 こいつがルーファス。


 アクスの視線が、ルーファスを観察するように上から下へと動いていた。


 走って逃げるか? 無駄だな。しかも余計に怪しまれる。

 さて、どうでる?


「ここが少し気になってな。奥に本が隠れているとは思わなかったよ。なぁ、ルーファス、あの本はなんだ?」

「さぁ。知りませんよ。ここで何をしたいのですか? あなたは、だれかの言いなりになる玉ではないでしょう?」

「ああ⋯⋯廊下でこの鍵を拾ってな、懐かしくなったものだから、ここで読書でもしようかと言うのが、本当のところだ。さっき探し物をしていると言ったのは、すぐに追い出されないための言い訳だ。ルゴールには悪いことしたかね」

「読書ですか⋯⋯」


 ルーファスの疑惑の眼差しは、ますます濃くなっていく。アクスは観念したと、ルーファスに向き直した。


「わかった、本当のことを言う。黒龍(ジルニトラ)が現れた。【バヴァールタンブロイド(おしゃべりの円卓)】は、黒龍(ジルニトラ)によって全滅したことが分かったのだ。その先は察してくれ」

黒龍(ジルニトラ)について、調べたかった⋯⋯と?」

「ああ、そうだ。【バヴァールタンブロイド】を壊滅においやったモンスター。だが、ギルドでは禁忌扱い。こうやって、コソコソと調べるしかあるまい」

「今さら調べてどうしようというのですか? 【バヴァールタンブロイド】は、もうこの世にないのですよ」


 ルーファスの言葉は、アクスの表情を硬くさせる。


「今さらか⋯⋯たしかにそうだな。だが、()()というのはそうそうに割り切れるものではあるまい。分からんか?」


 ルーファスは分かったのかどうか、何とも言えない表情を見せた。


「分かりませんが、理解はしました。それで、鍵はどうされたのですか?」


 アクスは大きく息を吐き出し、観念したかのように口を開く。


「昔、持っていたやつだ。棚の奥から引っ張り出した」

「なるほど、辻褄は合いますね」


 ルーファスが一応の納得を見せると、アクスはここまでだと感じ、すぐの退散を試みる。


「悪かったな。結局、何も分からなかった」


 アクスが立ち去ろうと入口を目指すが、ルーファスは入口に立ち塞がり、アクスを通そうとしない。


「それにしては随分と熱心に読まれていましたね。何か面白いことでも書かれていましたか? あなたの興味を引くような」

「いや⋯⋯」

「まぁ、いいでしょう。あとでゆっくりと聞きますので⋯⋯」


 ルーファスが顎で合図を送ると後ろに控えていた衛兵(ガード)らしき者達が、入口を塞いだ。


 衛兵(ガード)? いや⋯⋯何か少し違うな。


 囲まれているというのに落ち着き払っているアクスの姿に、ルーファスの笑みは消える。


衛兵(ガード)ではありませんよ」


 まるでアクスの心の中を読んだかのように、ルーファスは静かに言い放った。


「あんたの私兵か?」

「いいえ、ギルドの⋯⋯。まぁ、いいじゃありませんか、少しお付き合い願いましょう」


 アクスはルーファスに言われるがまま、素直に連行された。


□■□■


 何の変哲もない午後の日。

 グリアムは居間で寛いでいた。

 カランカランと鳴る呼び鈴にマノンが反応すると、すぐにドタドタと慌てふためくマノンが居間に飛び込んで来る。マノンの慌て方は尋常ではなく、グリアムの平穏は崩れてしまう。


「グ、グ、グ、グリアムさん! すぐ来て! 玄関に! 来て下さい!」

「どうした? ヤバいのか?!」

「いいから早く!」


 マノンに手を引かれ、玄関に辿り着くとグリアムは目を見開いた。


「⋯⋯おまえ⋯⋯」


 絶句するグリアムに、頭をひとつ下げる。


「すいません、いろいろあって遅くなりました。ただいま戻りました」

「⋯⋯イヴァン」


 どこかで諦めていた。

 だが、ボロボロながらも元気な姿を前にして、グリアムは掛ける言葉がみつからない。


「それと⋯⋯ほら、大丈夫だからおいで」


 イヴァンに背中を押され、子供がふたりイヴァンの前に出た。

 頭からボロ布を被る姿に、グリアムは既視感を覚える。イヴァンがボロ布をそっと外すと、ふたりの顔が露わになった。

 紫髪に青白い顔。目鼻立ちのしっかりした、子供ながらも端正な顔立ち。同じような背丈のふたりだが、ひとりは背中まで髪を伸ばし、ひとりは肩口で切り揃えられている。


「魔族⋯⋯」

「とりあえず、中に入っていいですか? 僕も、ふたりも歩き通しだったので」


 驚きのあまり思考が止まってしまったグリアムとマノンに、イヴァンは申し訳なさそうに頭を下げた。


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