その懸念と消えない悔恨 Ⅸ
「さて、言い訳を聞こうか? あっ! そんなもんないか?」
「さっきから、何を言っているのですか? ラウ様」
軽妙な口調とは裏腹にラウラの冷たい視線が襲い、カロルは思わず後退ってしまう。
「おっと! ここまでだ」
後退るカロルの背中をオッタが手で押さえた。オッタとギヨームに後ろに立たれ、カロルの退路は塞がれてしまう。カロルの口元は必死に笑みを作るが、その引きつった口端が焦燥を露わにしていた。
「何であんたが、【ライアークルーク(賢い噓つき)】の本拠地に出入りしてんの?」
「い、いやだな、ラウ様。たまたまここを通っただけですよ」
「へぇー」
感情を押し殺すラウラの相槌が、カロルを追い込んでいく。カロルを見つめるラウラの冷めた視線に耐えられなくなったのか、カロルの視線は宙を泳ぐ。
「私、街に用事があるんで、またあとでもいいですか?」
「えー久々に会ったのにつれなくない? もう少しお話ししましょうよ。ねえ、カロル」
「急ぐんで、あとで⋯⋯」
「⋯⋯待てって言ってんだよ、分かるだろう? なんであんたが【ライアークルーク】と繋がっていて、どうして【ノーヴァアザリア】を裏切ったんだ」
「まったく⋯⋯裏切る? 私が? 【ノーヴァアザリア】を?」
カロルの纏う空気が変わった。ラウラのこめかみがピクリと軽い反応を見せ、口元に歪んだ笑みを見せるカロルと視線が交わり、ラウラの眉間に皺が寄っていく。
「別に他パーティーの本拠地に出入りしちゃあいけないなんて決まりはないでしょう? あんただって、【クラウスファミリア(クラウスの家族)】の本拠地に出入りしているじゃない。今日だって、【クラウスファミリア】の兎とつるんで、私の尻でも追いかけていたんでしょう?」
開き直るカロルに、ラウラは無表情で耳を傾ける。湧き上がる感情を押し殺し、その言葉を静かに聞いていた。
「言いたいことはそれだけ? じゃあ、行くよ」
「ちょっと、何すんのよ! 放してよ!」
「うるさい」
ラウラは有無を言わさずカロルの腕を取る。カロルは、必死に絡む腕を振り払おうと試みるが、ラウラの力はそれを許さない。
「あんた達なにやってんの? 邪魔なんだけど⋯⋯って、ラウラ? はぁ? これってどういうこと? ラウラ、【ライアークルーク】の領域で、何やってんの?」
「今、忙しいんだよ。少し黙ってな」
ラウラが背中越しに聞こえる声の主に視線を向けると、イヤルが剣呑な表情で睨みを利かせていた。そして、鬱陶しいとばかりにイヤルをひと睨みだけして、カロルを掴む手に力を込める。
「痛いって!」
「いいから来い!」
「邪魔だ! どけって言ってんだろ!」
カロルが悲鳴に近い声を上げ、ラウラとイヤルが怒号に近い声を上げあった。イヤルは傍観しているオッタとギヨームを押しのけ、カロルを掴んでいるラウラの腕を掴む。カロルに向いていたラウラの鋭い視線が、イヤルへと向く。
静かだが、ラウラとイヤルの互いに譲らない激しい睨み合いと、必死に藻掻いているカロルの後ろ姿。それを見つめるオッタの中で、ひとつの仮説が立った。
「⋯⋯もしかして、おまえら姉妹か?」
髪の色も違えば、顔の作りも違う。だが、後ろ姿から漂う雰囲気に、オッタの直感がそう告げた。
突然の言葉に、イヤルとカロルは反射的に驚きを見せてしまう。
「オッタくん、違うって、姉妹じゃないよ。だって、ファーストネームが違うもん」
ラウラが即座に否定するが、イヤルとカロルの反応から、オッタは確信に近いものを感じ取った。
「いや、遠からずだ。こいつら、何かあるぞ」
「チッ! もういいわ。面倒くさい。カロルは、私のかわいい妹よ。ラウラ、その汚ねえ手を離しな」
カロルを掴んでいたラウラの手がズルっと落ちる。イヤルの言葉が衝撃的過ぎたのだろう、ラウラは事態を把握できていないのか茫然と佇んでいた。ラウラの手から解放されたカロルの肩をイヤルが抱き寄せる。その行動は、妹という言葉に嘘がないように見えた。
「可愛がっている、妹分ってことか」
「はぁ? 妹だって言ってんだろう。親が別れて、別々に暮らしていたってだけの話」
「へぇ⋯⋯そんで、妹を使って情報収集させていたってわけだ」
「言葉が悪いわね。使って、なんて、妹に失礼でしょう。手伝って貰っていただけだ」
イヤルは威嚇するように、オッタに顔を近づける。オッタはピクリともせず、イヤルに冷静な視線を向け続けた。
「【ノーヴァアザリア】の名を借りて、人集めの手伝いか⋯⋯グダグダと【ノーヴァアザリア】に難癖付けるわりに情けねえな」
オッタの煽るような物言いに、イヤルはグイっとさらに顔を寄せる。
「はぁ? 名を借りて? 何言ってんだ。妹が姉を手伝ってくれただけだ。ねえカロル、あなた声掛けるとき、【ノーヴァアザリア】の名を出した?」
「いいえ、姉様。そんなことしてないよ」
「ほらな。なんなら、誘われた人間にも聞いてみろ? 潜行への誘いに【ノーヴァアザリア】の名を使ったかどうかな」
不正はしていないという自信が、イヤルの不遜な態度からありありと伝わる。オッタがギヨームに視線を送ると、首を横に振り俯いてしまった。それが、何を意味するのかオッタはすぐに理解して、イヤルに向き直す。
「なるほど。こいつは、ただ、潜行に誘っただけで、【ノーヴァアザリア】の名を口にしていないと⋯⋯この紋章を見たやつらが、勝手に【ノーヴァアザリア】の潜行と勘違いしただけってわけか」
オッタはカロルを顎で指して見せた。
「そうだ。【ノーヴァアザリア】の人間なんだから、その紋章を付けていてもおかしくないだろう? むしろ【ノーヴァアザリア】の人間が、【ライアークルーク】の紋章を付けて潜行に誘うほうが問題だろうが?」
「まぁ、そうだな」
「だろう。それだけ⋯⋯」
「ただ⋯⋯」
オッタはイヤルの言葉を遮り続ける。
「おまえらは、その勘違いも計算に入れての勧誘だったんだろう? こういうの何て言うんだっけ? セコイ? 違うな。あぁ、そうだ! クソだせぇな、おまえら。いつも虚勢を張って食って掛かっている相手の威光を借りなきゃ人も集められねえとはなぁ⋯⋯もう、辞めたほうがいいじゃねえのか? 向いてねえよ、おまえら」
嘲笑を浮かべるオッタに、イヤルは殺意の籠る瞳を向けた。オッタの煽りに、イヤルの怒りは頂点を迎える。
「テメェ」
オッタの首元にイヤルが手を伸ばす。オッタはそれを払おうともせず、嘲笑を浮かべ続けていた。
「あんた、何しようとしてんの? 図星過ぎて、怒っちゃった?」
ラウラがイヤルの腕を掴み、その手を止める。
「はぁ?! 図星? 何言ってやがる、舐めるなっ!!」
「舐めてんのはテメェだろうが! ⋯⋯あんたね、別に【ノーヴァアザリア】と勘違いして、潜行行こうがどうしようが、知ったこっちゃないんだよ。ただ、人を騙すようなマネして連れて行っておいて、使い捨ての駒のように見殺しにしているのがむかつくんだよ。おまえら今まで何人殺した?」
「はぁ? 何言ってんだ? ダンジョンじゃ、全部自己責任。死んだのは、そいつの実力が足りなかっただけだ、何をいまさら。そもそも、何を証拠にほざいてんだ?」
ラウラとイヤルは頭を突き合わせ、互いの主張を譲らない。
「なるほど。言い訳できるように外堀は埋めているってことか⋯⋯」
「ラウラ⋯⋯おまえも、いつまで上から物言ってんだ。いい加減にしろよ」
「三下相手に上から物言うのなんて当たり前じゃん」
互いに火がついてしまい、ヒリヒリとした一触即発の空気に覆われる。
「⋯⋯おまえ⋯⋯おまえらのせいで⋯⋯」
ギヨームは俯きながら、唇を噛み締めた。この場で、何も出来ない自分への苛立ち、仲間を想う気持ちが爆発する。
「おまえらのせいで、死にかけた仲間がいるんだぞ! 汚ねえやり方しやがって!」
「知るか! 死にかけたのは、そいつの実力不足だろうが! ガキはすっこんでろ」
「んだと、テメェ!」
睨み合いにギヨームも参戦する、だれもが一歩も引かぬと怒りを爆発させていた。
パン!
唐突に手のひらが打ち鳴らされた。一同が音の方へ視線を向けると、オッタが手を合わせていた。
「ラウラ、ギヨーム、今日は、喧嘩しに来たわけじゃあるまい。知りたいことは知れたんだ、もう行こうぜ」
オッタの冷静な物言いが、ラウラの頭を一気に冷やす。
「えっ! 何でよ! だってさ⋯⋯あぁ、もう! 分かったよ」
そう言ってラウラはナイフを握ると、その刃をカロルに向ける。
「ちょ、ちょっと⋯⋯」
目を見開くカロルの肩口に描かれている女神アテーナの横顔。ラウラの刃が、その横顔に大きなバツを刻む。
「二度とウチの本拠地に来るなよ。オッタくん、ギヨームくん、行こう」
ラウラが吐き捨てると、イヤルとカロルに背中を向ける。
その背中から怒りと共に、一抹の寂しさをオッタは感じ取った。
答え合わせは最悪の答えを見せ、そうあって欲しくなった結果を携え、ラウラは、自身の本拠地へと帰還する。