その懸念と消えない悔恨 Ⅷ
結局カロルとアリーチェの行きつけの店では、さしたる情報も得られずこの日の捜索を終えた。ギヨームは、ラウラとオッタのふたりと別れると、あてどなく街を歩く。
【アイヴァンミストル】の灯りが煌々と街を照らし、景気の良い呼び込みの声が、通りに響き渡る。街の人間は、一日の疲れを落とそうと、その灯りに引き寄せられ、ひとり、またひとりと店の中へと消えていた。
「おう! 兄ちゃん、さえない顔してどうした。ウチ寄ってけよ⋯⋯いいもんもあるぜ」
ギヨームの耳元に口を寄せる胡散臭い呼び込みに、ギヨームは睨みを利かせながらそれを手で払いのけた。
「ほっとけ」
何度となく掛けられる呼び込みの声に嫌気がさし、ギヨームは横道に入り街の中心から逸れて行く。
ようやく静かになった。
ギヨームは暗い道をゆっくりと踏みしめる。今日一日、ラウラとオッタについて行き、何もできなかった自分を悔いる。
顔の確認だけしてくれればいいよ。
と、ラウラに言われていたが、逆にとらえれば自分にはそれしかできないということだ。
とはいえ、何かできるかって言われても、何もできないんだよな⋯⋯。
そんな自問を繰り返す。
街の喧騒が背中に感じながら細い路地を進んでいると、遠目に人影が過った。
猫?
猫人というだけで、心がざわつく。足は無意識のうちに、猫人の影を追っていた。
小柄な猫人の影が、人目を避けるように路地裏を進む。その影がギヨームの出会った猫人と重なった。
まさかな⋯⋯。
そう思いつつも、辺りに警戒を見せる猫人の姿が、ギヨームの心をさらにざわつかせた。
もう少しでいいから、明るいところ行かねえかな。
ギヨームは必死に目を凝らすが、獣人の目をもってしても確信には至れない。かといって、もし探し求めているあの猫人だったら、近付き過ぎてもこちらの存在がバレてしまう。
物陰に身を潜めながら、猫人の背中を見つめ、もどかしさに表情は険しくなる。
確証はない。だが、怪しいと自分の勘が告げている。それを信じて必死に後を追うしかない。いや、今はそんなことしかできないと思い、後を追った。
喧騒は消え、民家も減っていく。どこに向かっているのか、皆目見当もつかなかった。
やがて、豪邸と言うには大きすぎる門が現れると、猫人は、門を通り過ぎ、高い塀を沿うように曲がって行った。その瞬間、街灯が猫人の横顔を映し出す。
ヤツだ⋯⋯。
見間違えるわけがない。あれだけ邂逅を願い、探していた猫人の姿に、心臓は激しく高鳴った。
どうする? とっ捕まえて連れて行くか⋯⋯。
だが、今にも飛び出しそうな足に待てと踏みとどまる。
落ち着け。取り逃がしたらダメなんだ。どこを目指しているのか、確認が先だ。
はやる心を抑え、猫人の姿を追う。
大きな門を通り越し、|猫人《キャットピープルはさらに進んで行く。そして裏手に回ると、いきなり塀の中へ消えてしまった。
消えた?!
周辺に気を配りながら、猫人が消えたと思われる辺りに近づいていくと、高く強固な塀が部外者の進入を拒んでいる。
暗くてよく見えねえな⋯⋯これってどうやって、中に入ったんだ?
そもそもここはなんだ?
人がいないことを確認して消えたと思われる塀を手でなぞってみる。硬い石の感触の中に、違和感を覚える箇所があった。
ん? なんだこれ? 鍵穴? 扉があるのか⋯⋯。
消えたからくりを理解したところで、静かにその場をあとにした。
□■□■
【ノーヴァアザリア(新星のアザリア)】が懇意にしている店の一角を開店前に開けて貰い、ラウラ、オッタ、ギヨームの三人が時間通りに顔を突き合わせた。
三人揃うなりすぐに、昨晩の出来事をギヨームが熱っぽく語る。進展のなかった捜索活動の大きな一歩に、ラウラとオッタは真剣に耳を傾けた。
「行こう!」
ラウラの号令ですぐに店をあとにして、カロルを名乗る猫が消えた建物へと急いだ。
街の中心部を通り抜け、裏路地へと回り込み、ギヨームが昨日の記憶をトレースする。
「もう少しです!」
ギヨームの案内で進む一行。だが、ラウラの表情は険しくなる一方だった。
「どうした? おっかねえ顔して」
「ま、想像通りと言えばそうなんだけど⋯⋯ギヨームくん、もうちょっと行った先の大きな塀の所でしょう?」
「そうです、高い塀に囲まれた建物です。もう見えて来ますよ⋯⋯ほら、あの塀に囲まれた⋯⋯」
「やっぱね~」
ラウラは、その遠目に見える高い塀を睨みつけた。
「だからなんだよ」
「あれ、【ライアークルーク(賢い噓つき)】の本拠地だよ」
「ああ⋯⋯なるほど⋯⋯ね」
オッタもラウラの表情が険しくなった理由に納得を見せる。
「さて、どうしようか」
大木の物陰に身を潜め、【ライアークルーク】の本拠地を睨みながらラウラが、囁いた。
「どうするもこうするも、ここで待てばいい。街をうろついたところで、見つかる保証はねえんだ、獲物が引っかかるのを待つのは狩りの基本だ」
「長丁場になりそうだね」
「三人もいるんだ、余裕だろ。交代で見張ればいい」
「ギヨームくんが見た猫は裏口から入ったんだよね。て、事はさ、裏口を張ればいいか」
「いや、夜だったからって可能性もある。裏でも表でも、この道は街に行く時に絶対通る場所だ。⋯⋯あの辺りでいいだろう」
オッタが街道から少し逸れた林を指差した。立ち並ぶ大木の陰に身を潜め、ラウラが街道を睨む。
「ラウラ、根詰めすぎだ。先は長いかも知れんのだ、そう気張るな」
「そうだね」
ラウラは肩の力を抜き、オッタの言葉に素直に従った。
「ギヨーム、すまんが、これで水と食い物を調達しに行ってくれ。簡単なものでいい」
「わかりました」
オッタがギヨームに金を渡すと、ギヨームは静かに街中へと足を向ける。
「ギヨームくん、いない時に通っちゃったらどうするの??」
「ラウラが認識できなければ、カロルじゃなかったってだけだ」
「そっか」
「さて、ようやくはっきりするな。偽者か、本人か、どっちがでる⋯⋯」
オッタは街道を睨みながら、長丁場を覚悟した。
□■
しばらくは、これといった動きはなく、【ライアークルーク】のメンバーと思わしき人物がときおり目の前を通り過ぎるだけだった。やがて日は傾き始め、影が長く伸び始める。そして、ギヨームの目にひとりの猫人の姿が映る。
その姿に思わず、ギヨームは体を伸ばし、目を見開いた。
「いました! あいつです!」
「あの猫か⋯⋯」
「どこ? あ! あの人影?」
ギヨームが興奮を伝えるうわずった声に、ラウラは必死に目を凝らすが、獣人の目に映っても、人の目にはかろうじて人の存在を感じる程度にしか見えない。
「ラウラ、頭を下げろ。向こうから見られるぞ」
「くそぉー、こっちは見えないってのに!」
街へ向かうのであろう、猫人は、こちらへと近づいて来る。
息を殺し、その時がくるまで物陰で静かに待つ。気配は徐々に大きくなり、緊張と昂りは、大きくなっていった。
(ギヨームくん、間違いないよね)
(はい。間違いないっす)
ラウラはギヨームに囁き、最終確認すると、眼前を通り過ぎようとする猫人を覗き見た。そして、次の瞬間には猫人の行く手を遮るように、前に立っていた。
「ちょっと待ちなよ」
ラウラの姿を一瞥すると一瞬驚いた顔を見せたが、すぐに落ち着きを取り戻す。
「こんなところでどうしたんですか、ラウ様?」
「それはこっちのセリフだよ、カロル」
平常心を取り繕っているのか、冷静なカロルと、意外なほど冷静なラウラの冷めた視線同士が、絡み合っていった。