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そのダンジョンシェルパは龍をも導く  作者: 坂門
その懸念と消えない悔恨
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その懸念と消えない悔恨 Ⅶ

 何の変哲もない集合住宅のドアノブを、ラウラは静かに回す。だが、そのノブが回りきることはなく、鍵がかかっている感触だけをラウラに伝えた。


「留守か?」

「だね」


 オッタが小声で問い掛けると、ラウラも同じトーンで静かに答える。


本拠地(ホーム)があると、自宅に近寄らなくなるからね。いなくとも不思議じゃない」


 ラウラはそう言いながら、細い針金を取り出し、鍵穴へと差し込んでいく。


「ラウラさん! それいいの?」


 当たり前のように鍵を開けようとするラウラの行動に、ギヨームは驚いた顔を見せてしまう。


「ギヨームくん、静かに。すぐだからちょっと見張ってて」


 オッタがしゃがみ込むラウラを隠すように立つと、ギヨームもそれをまねて、おろおろしながらもラウラを隠すように立った。オッタは背後で鳴る、カチャカチャと針金を動かす音を聞きながら辺りを睨む。


「開いた」


 カチャっと鍵の回りきった音が鳴ると、ラウラは静かに扉を少しだけ開き、中を覗き込む。


「どうだ?」

「いないね。入ろう」


 ラウラを先頭にして、部屋の中へと入っていくが、カーテンで閉め切られている部屋から生活の匂いはまったくしなかった。ラウラがカーテンを少しだけ開け、部屋の中に光を取り込む。光がガランとした、生活に必要な最低限のものだけを映し、オッタがテーブルに積もった埃を指で撫でた。長い期間、人の出入りがなかったのがそこから窺える。


「カロルのやつが戻っている気配はねえな」

「ま、予想通りだよ。ちょっと物色しちゃおうか」


 ラウラの言葉を合図にして、オッタとギヨームも部屋の探索を始めた。とはいうものの、部屋にあるのは二人掛けの小さなテーブルセットと小さな食器棚。そして、隣の狭い部屋に

少しカビ臭いベッドがひとつあるだけだった。


「びっくりするほど、何もないっすね⋯⋯」


 ギヨームが棚の扉を閉めると、落胆して見せた。


「ここまで何もないって、何かイヤな感じだよね」

「確かに。なぁ、どうしてオレを同行者に選んだんだ? 別にかまわねえけど、カロルってヤツを良くは知らんぞ」


 オッタはラウラに頷きながら、疑問に思っていたことを素直に口にした。


「そうだね⋯⋯【クラウスファミリア(クラウスの家族)】の中で一番勘が良さそうだったからさ、探し物には向いているかなって。それに、イヤなものを見ることになるかも知れないから、そういう時に冷静でいられる人が良かったんだよねぇ」


 ラウラはそう言って、シシシといつものようにいたずらっぽく笑って見せた。


「グリアムの話だと、あんたは偽者だったと信じているんだろう?」

「まあね。でも、この間グリアムさんの話を聞いて、偽者だったって証拠もないのに信じるのは違うかなって。でもまぁ、偽者であって欲しいことに変わりはないよ。とりあえず、次に行こうか」


 ラウラはカーテンを閉め、うす暗い部屋へと戻す。


「何かあてはあるんすか?」

「次はカロルとアリーチェが、良く行っていた店に行って、話を聞いてみようか」


 ラウラはあえて明るく言い放ち、前を向いた。


□■□■


 ひっそりと静まり返る夜のギルド。

 いつものようにアクスは、感情を失ったように無表情で受付に座り、ただ時間が過ぎるのを待っていた。


「相変わらず、忙しそうね」


 妖艶なエルフが、皮肉たっぷりに声を掛けて来ると、アクスはジロリと視線を向け、大きく溜め息をついて見せる。


「ハァ~、あんたが来るようなところじゃないぞ。ギルド医療省総長、バルバラフォン・ツェトキン殿」

「随分と他人行儀ね。いつもみたいにバルバラって呼んでちょうだい」

「おまえさんと絡むことなんて、ここ何年もなかったろう」


 アクスは心底面倒だと、バルバラをひと睨みしてそっぽを向いてしまう。


「久しぶりにお話しでもしましょうよ」

「おまえな⋯⋯こっちは仕事中だ。おしゃべりしたいなら、他を当たれ」


 アクスの悪態など慣れたもので、バルバラは笑みを深めてそっぽを向くアクスを覗き込んだ。


「【アイヴァンミストル】の買い取り額上がったの知っているわよね?」


 アクスの言葉など聞く耳を持たず、バルバラは話し続ける。アクスは、仕方ないと呆れながら返事を返した。


「そうらしいな」

「【アイヴァンミストル】不足に対して、潜行者(ダイバー)に頑張って貰うしかないから、買い取り額を上げるのが、まぁ、手っ取り早いわよね」


 アクスはバルバラがなぜこんなことを言うのかその意図が分らず、困惑しかなかった。


「それがなんだ? 別に構わんだろう」

「私もそう。頑張って貰う分報酬を上げるのは、【アイヴァンミストル】の獲得量を増やすために賛成。でも⋯⋯」


 バルバラがそこで言い淀むと、アクスはさらに困惑を深めた。


「まどろっこしいな。何が言いたい」

「倍近く買い取り額を上げたことによって、もの凄い量の【アイヴァンミストル】が集まっているの知っている?」

「いいことじゃないか。【アイヴァンミストル】が街に必要なのだろう? 問題あるまい」

「その買い取りをするためのお金って、どこから来てるのかしら? 今の時点で莫大なお金が動いているはずよ」


 バルバラの表情からはいつの間にか笑みが消えており、神妙な面持ちでアクスを見つめていた。


「そんなものは、金を握っているヨシフにでも聞いてみろ」

「ヨシフは買い取り額を上げるのに、最初は難色を示していた。でも、急に何も言わなくなったのよ。それでヨシフに“お金はどうしているの?”って、聞いたら、“ルーファスが、特別予算を組んでくれた”って。じゃあ、その特別予算ってどこから? ってなるじゃない? それで、ルーファスに聞いてみたら、のらりくらりとかわされて、どうやって工面しているかは聞き出せなかった」

「ルーファス⋯⋯ヒンネに取り入って副長になったやつか。やつとは入れ替わりになったからな、やつのことは、まったく分からん」

「ま、優秀で抜け目ない感じね。そして、掴みどころもない」


 バルバラの少し棘のある物言いに、アクスはいろいろと理解する。


「それで、こんな閑職の私に何をさせようと言うのだ」

「さすが、次期ギルド長と言われた男。話が早くて助かるわ」

「皮肉はいい」

「皮肉じゃないわよ」


 神妙な面持ちをしていたバルバラは、アクスの言葉にまた笑みを深めた。

 アクスが、これから始まるかも知れない面倒ごとに、深い溜め息と共に呆れて見せる。そんなアクスの些細な抵抗など、バルバラが気に留めることなどなく、アクスの耳元に唇を寄せた。


「ルーファスを調べて」

「はぁ?」

「私が動くと目立ち過ぎるのよ。しかも、金策について一度疑問をぶつけちゃったしね、警戒されている可能性がある」


 バルバラの真剣な口調に気圧され、アクスは首を横に振ることが出来ない。ただ、アクスの中でも、バルバラから聞かされた話に、漠然と割りきれない何かが生まれたのは否定できなかった。


「気にしているのは金策だけじゃあるまい」

「さすが~」

「ちゃかすな」

「フフ。私が気になっていることのもうひとつは、(ドラゴン)の存在。なぜ、ギルドはなぜ黒龍(ジルニトラ)の存在を隠すのか⋯⋯話を聞くだけでもSS(クラス)の危険なモンスターよ。存在を隠すなんて、医療省の人間としては看過できない」

「そう言えばよかろう」

「そんなことを言える雰囲気じゃなかったわ。隠すのが当たり前のような空気だったのよ。でも、もし黒龍(ジルニトラ)の存在が公になっていたら、【バヴァールタンブロイド(おしゃべりの円卓)】の全滅は免れたかも知れない⋯⋯少なくとも心構えと対策はできたのではないかしら?」


 バルバラの言葉に、屈託のない笑顔を見せていた在りし日のカーラの姿が頭を過る。それと同時に、無表情な地図師(マッパー)の顔も思い出された。


「バルバラ、【バヴァールタンブロイド】は全滅しとらんよ。まぁ、ギルドの上の方で何かを隠す⋯⋯いや、きな臭い動きは感じていた。そこにルーファスも関与していると⋯⋯百年も(トップ)が動かないというのは、どうだという話だ。そしてそこに急に割って入って来たルーファス⋯⋯」

「全滅していない?? まぁ、いいわ。今のギルドは、いろいろと上だけでやりたい放題、隠し放題なのよね。何かあったらウチのユーリアとルゴールを頼って。信頼できるふたりだから大丈夫よ。この子達を通じて何か言って貰えれば、私の権限でできることには手を貸すわ」

「探ってるのバレたら、おまえの地位は剥奪されるぞ」

「そんなのかまわないわよ。元々、こんな地位に興味なんてなかったんだから」


 バルバラはそう言って受付をあとにする。

 

 バルバラが、確実になにかを感じている。きな臭いことが起きているのは、間違いないということか。ギルド長が交代を頑なに固辞したのが、もう20年近く前なのか⋯⋯。あの時、【バヴァールタンブロイド】の潜行(ダイブ)が成功していたら、状況は変わっていたのかも知れない。

 湧き出る金。

 龍を隠す意味⋯⋯。


 アクスはだれもいない受付でひとり、目を閉じ思慮に浸る。


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