その懸念と消えない悔恨 Ⅵ
質素ながらも品を感じる応接間の大きなソファーにグリアムは体を預けていた。
向かいには、並んで座るギヨームとニコラ、そしてジョフリーの【フォルスアンビシオン(力強さと大志)】の面々。緊張からなのか、場違いを感じているからなのか、ソファーの上で落ち着かない素振りをずっと見せていた。
「取って食われるわけじゃねえんだ、落ち着け」
グリアムはそわそわと落ち着かない【フォルスアンビシオン】に声を掛ける。
「お、落ち着いてるって⋯⋯。でもよ、【ノーヴァアザリア(新星のアザリア)】の本拠地だぜ。まさか、オレ達がこんなところに来るなんて夢にも思ってなかったからよ」
ニコラは舞い上がっているのか、キョロキョロしながら落ち着かない姿を見せていた。
「すいません! お待たせしました!」
勢いよく扉が開き、息せき切ったアザリアが、いつものように飛び込んで来ると、【フォルスアンビシオン】の三人が目に入り、咳払いをひとつして背筋を伸ばす。
「アザリア・マルテだ。説明は⋯⋯要らんな」
グリアムが紹介すると、ニコラとジョフリーは初めて目にするアザリアに羨望の眼差しを向けたまま固まってしまった。
「ほら、おまえらも名乗れ」
「お⋯⋯おう。【フォルスアンビシオン】の自分はリーダーのニコラっす。こっちのごついのがジョフリーで、ひょろっとしているのがギヨームです⋯⋯」
「ギヨームくんは一度会ってるものね。ニコラくん、ジョフリーくん、初めまして。【ノーヴァアザリア】のリーダー、アザリア・マルテです。よろしくね」
ニッコリと微笑んで見せるアザリアに、ニコラとジョフリーはさらに舞い上がってしまう。
「すまんな、アザリア。忙しいところにいつも急に来ちまって」
「い⋯⋯いえいえ! グリアムさん⋯⋯グリアムさん達ならいつでも歓迎です。気兼ねすることなく、いつでもいらして下さい」
手をブンブン振りながら照れるアザリアに、ニコラとジョフリーは少しばかり困惑の表情を浮かべた。
「ちょっと! アザリア! なんでグリアムさん達来てるの教えてくんないのよ!」
「あれ? 言ってなかたっけ?」
今度は、ラウラがふてくされながら飛び込んで来た。なぜかすっとぼけるアザリアを、軽く睨みながらラウラもソファーに体を預けていく。
「やあ! ニコラとジョフリーはすっかり元気になったね、良かった、良かった。で、今日はどしたの?」
「オレ達、あらためて礼を言いたくて⋯⋯この間はありがとうございました!」
ニコラが立ち上がり神妙な面持ちで頭を下げると、ギヨームとジョフリーも頭を下げる。
「いいって、いいって。大したことしていないからさ」
ラウラの軽妙な口調が、本気で気にしてはいないのだと伝わり、ニコラはほっと胸を撫で下ろす。
「なぁ、今日カロルは⋯⋯いねえのか」
グリアムは、まるで他人に聞かれてはいけないかのように、当たりを気にしながら抑えた声を響かせた。カルロの名が出た瞬間、アザリアも、ラウラも、浮かない顔をして見せる。
「本格的にどこで何をしているのか、分からないんだよね」
「カロルはもうC級なので、自分で考えて行動して貰って構わないのですが、こうも顔を見せないとちょっと心配ですね」
「心配ね⋯⋯」
グリアムはアザリアの言葉を繰り返しながら、ソファーに体を預け直した。ふたりの気懸かりとは違う懸念が湧き上がる。それは今までふたりを気遣い、言葉にはしていないひとつの懸念だった。
「本拠地に戻っては来てるみたいなんだけど、なんか会わないんだよね。さっきまでいたのにって、話ばっかり聞かされている感じ? みたいな⋯⋯。避けられているのかな?」
グリアムはラウラの言葉を受け一度は言葉を飲み込んだが、意を決し口を開いていった。
「なぁ⋯⋯こいつらが会ったのって、本当にカロルだったんじゃねえか?」
「ええー! それはないんじゃない、偽者だよ」
「グリアムさんは、なぜそう思われたのですか?」
アザリアもラウラも偽者であった事を信じて疑わない。その妄信にも近い思いに、グリアムは危うさを感じずにはいられなかった。
「そうだな⋯⋯まず、こいつらが出会った、カロルと思われる猫の姿形がカロルと重なる」
「それはそうでしょう~偽者だもん。本物に寄せるんじゃない」
「こいつらにそれって必要か? 寄せる必要なんてあるか?」
グリアムはやり取りを黙って見ている【フォルスアンビシオン】の三人を顎で指した。
ラウラはもとより、アザリアもその言葉にピンときていない顔を見せる。
「そもそも、【ライアークルーク(賢い噓つき)】は、使い捨ての駒として声を掛けているんだぜ。声を掛けるヤツの姿形って重要か? 騙すのなら女神アテーナの紋章さえあればいい。それこそ、似せるどころか猫である必要もないし、なんだったらカロルを名乗る必要もねえんじゃねえか?」
「では、なぜ、カロルを名乗ったのでしょうか?」
アザリアが、納得のいっていない様子で疑問を投げると、ラウラもそれに頷いた。
「本物だからだろう。ラウラ、この間のダンジョンでカロルの名を出したときの、イヤルの反応を覚えているか?」
「覚えているよ! 思い出しただけでムカついてくる」
「当たり前のようにしらばっくれたが、その余裕が偽者ではなく、本人だからってことはないか?」
「ええー申し訳ないけど、やっぱないよ。グリアムさんの説だと、カロルが裏切ったことになるんでしょう? ないない、ないよ」
ラウラは特に面倒を見て、ずっとそばにいてカロルの動向をずっと見ていた。一緒に死線をくぐり抜けて来た自負は、グリアムの言葉を簡単に信じることを拒む。だが、アザリアはそんなラウラの向かいで、グリアムの言葉を反芻し、無言で思考を巡らせていた。
「ラウラ、決めつけは危険だ。そう思いたくなのは分かるし、オレもどっちかといえばそっち側だ。ただ、本人だったって証拠があがっていないのと同じように、偽者だったという証拠もあがってねえんだよ」
グリアムがそう言うと、ラウラの思考は一度立ち止まり、自分の考えを見つめ直す。
「グリアムさんの中では、カロルが本人であったと⋯⋯」
アザリアが絞り出すように声を上げると、グリアムは複雑な表情を見せた。
「あった⋯⋯とまでは言えない。ただ⋯⋯」
「ただ⋯⋯?」
少しばかり言い淀むグリアムの言葉を、アザリアは繰り返す。
「本人だったら、いろいろ辻褄があっちまう。今回のこともそうなんだが、実はずっと引っかかっていることがあってな。そいつも片が付いちまうんだよ」
「ずっと引っかかっていることとは、何でしょうか?」
アザリアとラウラは同じ思いから、視線を交わし合った。
「【レプティルアンビション(爬虫類の野心)】との決闘の時だ。あの時のヤツらの対処の速さ、漏れるはずのないと思っていたこちらの条件が向こうに漏れている感じ。この違和感が拭えないでいた。だが、もしカロルが【ライアークルーク】と繋がっていたら⋯⋯。こちらの情報をカルロが【ライアークルーク】に伝え、それが【レプティルアンビション】に伝わり対処されたと考えれば腑に落ちる」
「それって、私から【ライアークルーク】に伝わっちゃったってこと?!」
ラウラが驚愕の表情を見せる。まさか自分から、漏れていたかも知れないとは夢にも思っていなかったのだろう。
「そうと決まったわけじゃない。【レプティルアンビション】と初めて接触した時、アリーチェとカロルも現場にいた。ラウラがその都度状況を報告しても、おかしくはないだろう」
「はぁ~」
ラウラは大きく息を吐き出し、落胆を隠さない。
「これは極端な話だが、こういう情報を引き出すために、ラウラに近付いていた可能性もあるかもしれん」
「たしかに、ラウラに近い存在になれれば、ウチの情報は得やすいですね⋯⋯。言われてみれば、彼らは、私達の情報を得るのが早かった気がします⋯⋯」
カロル本人であった可能性が、外堀から埋められていく感じに、アザリアも落胆の表情を見せる。信用足る人物であったはずが、いきなり裏切り者として浮かび上がって行く感じ。それがなんともやるせなかった。