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そのダンジョンシェルパは龍をも導く  作者: 坂門
その懸念と消えない悔恨
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その懸念と消えない悔恨 Ⅴ

 グリアムは普段、あまり足を向けることのない街の南へ足を向けていた。

 多くの職人達が店を構えるこの一角に目的の店はある。

 派手な装飾があるわけでもなく、同じような店構えが並ぶその中から、目的の店を探していた。


 ここか。


 【鍛冶屋 ノイトラーレハマー】。

 イヴァンに任せて足を向けることのなかった店の扉を開いた。


「お! 何用だい? って、あれ? あんた⋯⋯そうそう、【クラウスファミリア(クラウスの家族)】の案内人(シェルパ)じゃん。ってことは、鍛冶仕事か? そういや今日は、あの兄ちゃんじゃないんだな? あの兄ちゃんは元気かい?」


 ティムは、人懐っこい笑みで矢継ぎ早に言葉を浴びせ、グリアムは少しばかりうろたえてしまう。想定外の声掛けと、答えに困る質問に言葉を詰まらせてしまった。


「あ、いや、その⋯⋯なんだ⋯⋯あいつは元気でやってるんじゃないかな? それはそうと今日は、ちと面倒かも知れん頼みがあってな⋯⋯」


 グリアムは、慌てながらも話題をそらそうと必死に言葉を紡ぐ。ティムは笑顔のまま、グリアムの言葉を最後まで待たず、奥に声を掛けた。


「なら、オレじゃないほうがいいな。おーい! ロイ! お客さんだ! うちの大将(リーダー)呼んだから、話してやってくれよ」


 ティムはそう言い残し、作業へと戻って行く。すると、入れ替わるようにがっちりとした体躯の男が、汗を拭いながら現れた。


「あれ? 【クラウスファミリア】のところの⋯⋯」

案内人(シェルパ)のグリアムだ」

「そうそう。久しぶり! いやぁ~あんたから貰ったベヒーモスの皮のおかげでよう~無事に昇級(ランクアップ)できたよ! ⋯⋯って、オレが呼ばれたってことは面倒ごとか?」


 カウンターに腕を置き、ロイはグイッと顔を寄せる。面倒ごとと言っている割には、何か嬉しそうな顔を見せていた。


「何か上機嫌だな⋯⋯」

「ハハ、この間【クラウスファミリア】の装備をいじらせてもらったろう。ありゃあ、A(クラス)、いや、S級の素材を使った物ばっかだったからな。またレア素材をいじれるかもしれない⋯⋯って、ことだろ?」


 さすがというかなんというか、話が早くて助かるな。


 グリアムは、少年のように好奇の目を向けているロイの前に、糸の束をひとつコトリと置いた。ロイの表情は肩透かしにあったかのように、眉間に皺を寄せながらその糸に顔を寄せていく。


「何だこれ⋯⋯ただの糸?」


 グリアムは黙って腰のナイフをロイに差し出すと、困惑しながらそのナイフを手に取った。


「こいつで端を少し切ってみろ」

「このナイフ⋯⋯って、これオリハルコンじゃねえか!? え? なんであんたが?」

「いいから切ってみろって」


 疑心の瞳を向けながら、ロイは渋々と糸の端をナイフに当てる。そっと刃を押し当てるが、糸はまったく切れない。


「あれ? なんで?」

「もっと力入れろよ」

「フン!」


 ロイは言われるがまま刃に力を込めると、プツンと糸がようやく切れた。ロイは、糸とグリアムの顔を行ったり来たりしながら驚愕の表情を浮かべて見せ、今まで見たことのない素材に目を爛々と輝かせる。その一連の行動だけで、この素材な優秀さに気が付くロイに、グリアムも表情を緩ませた。


「おい、おい、何だこいつは?」

「こいつは大蜘蛛(アラクネ)の糸だ」

「は? 大蜘蛛(アラクネ)? 嘘つけ。あんなの本当にいるかどうかもわからねえ⋯⋯実際にいるわけ⋯⋯マジ?」

「今、目の前で見ただろう。こんな糸あるか? ハイミスリルくらいじゃ切れねえぞ」

「ハイミスリルで切れない? こんなほっせえのが? さすがにそれは⋯⋯あ、マジか⋯⋯」


 ロイは傍らに置いてあったナイフを糸に押し当てるが、糸はビクともしなかった。


「そんでな、頼みってのは、この糸をどう活用するのがいいのか、おまえさん達で試して貰いたいんだよ。了承して貰えるならこの糸を置いていく⋯⋯ダメなら⋯⋯」

「マジか! これいじっていいのか!? おーい! おまえら! 集まれ! 早く来い! すげえのが来たぞ!」


 職人達が面倒だとばかりにブツブツ言いながら、カウンターの前に集まりだした。


「おい! こっちは忙しいんじゃ、くだらんことで呼ぶな」


 ドワーフのカラが、不機嫌を隠さずロイに噛みつく。だが、噛みつかれたロイはニヤニヤと笑みを浮かべながら、糸を手に取った。


「カラ、こいつでこれを切ってみろ」


 ロイはそう言ってハイミスリル製のナイフと大蜘蛛(アラクネ)の糸を手渡す。カラは、不機嫌なまま糸とナイフをひったくると、糸のたたんだ先に刃を当てた。


「バカにしとるんか、こんなもん⋯⋯こんなもん⋯⋯こん⋯⋯あれ?」


 顔を真っ赤にして糸と格闘しているカラの姿に、職人達はざわつき始める。口々に貸してみろとナイフと糸をひったくっては、糸を切ろうと試みた。ロイは、職人達の困惑する姿をニヤニヤしながら眺め続けていると、業を煮やしたカラが睨んで見せる。


「おい、なんだこの糸」

大蜘蛛(アラクネ)の糸だってよ」

「「「はぁ??」」」


 職人達が示し合わせたかのように困惑を見せると、ロイはさらに笑みを深めた。ざわつきは止まらず、そして職人達は一斉に、糸を舐めるように覗き込む。


「相変わらず、面白れえもんを持って来てくれるよな。こいつをどう使うのがいいか、試せって事でいいんだな」

「そうだ。ちなみにこいつは一度業火に焼かれ、氷漬けにもあっている。それでもこの強度を誇っているんだ」

「⋯⋯ほほう」


 ロイの瞳が鋭さを増し、職人の目になっていく。


「それでな、相場がわからんから、お代としてこの糸をもうひと巻きで、手を打ってくんねえか?」

「お試し用にひと巻きと、好きなように使える糸ひと巻きか⋯⋯いいぜ。こんな超ウルトラレア素材、手にすることなんてこの先きっとねえからな」


 ロイは笑顔を見せ、取引の成立を伝えた。


「あ! それと【ノーヴァアザリア(新星のアザリア)】の鍛冶場にも、この糸は渡るんで、独占ってわけじゃねえんだ」

「【ノーヴァアザリア】の鍛冶場か。あそこのリーダーは、オレの兄弟子なんだ。連携しながら、いい使い方を探ってみるよ」

「そいつは助かる」

「そういや、あんただろう。引退したヤイクの爺さんに鍛冶仕事させてたのって」


 驚いた顔を見せるグリアムに、ロイは笑みを深める。


ヤイク(あいつ)が、引退したって言わねえからだ。まぁ、頼む度にイヤな顔されたけどな」

「ククク、それでも、あの頑固者に仕事させるとは⋯⋯あんた、なかなかやるな」

「なんだよそれ。知らなかっただけだって」

「ま、いいや。オレも【ノーヴァアザリア】ところの鍛冶師も、あの爺さんの弟子なんだよ。仕事のほうは任せてくれ」


 ロイはそう言ってごつごつとした手をグリアムの肩に置いた。


「ああ。頼むよ」

「おう! それはそうと、【クラウスファミリア】はこれで全員昇級(ランクアップ)だよな? いよいよ本格的にA級パーティーの仲間入りか」

「うん? 昇級(ランクアップ)?」

「あれ? 知らねえのか? 超希少(レア)アイテムがあれば、B級、A級、物によってはS級に昇級(ランクアップ)だぜ。大蜘蛛(アラクネ)はたしか、B級かA級の昇級(ランクアップ)素材なはずだ。ギルドで聞いてみろよ」

「そうか⋯⋯わかった。聞いてみるよ」


 昇級ねえ⋯⋯。


 グリアムはなぜか複雑な思いを抱えながら、店をあとにした。


□■□■


 高い天井⋯⋯。

 明るい⋯⋯。


 イヴァンは、三半規管を乱暴に揺らされた悪心に耐えながら天井を見上げた。【アイヴァンミストル】の放つ光が煌々と地面を照らし、イヴァンの姿を露わにする。壁沿いを、ゆっくりと息を殺しながら進んで行き、自分の置かれている状況を必死に精査しながら進んだ。


 この天井の高さと明るさは間違いなく20階より下。この間みたくせめて16、17階だったら⋯⋯。

 ダメだ、ダメだ。弱気になっちゃダメだ。


 イヴァンは、自分の弱気を振りほどこうと頭を振った。

 十字路をそっと覗き込む。逃げ場のない、長く一直線に伸びる通路を目にして、行くべきか戻るべきか躊躇してしまう。

 だが、その躊躇が功を奏す。

 長く伸びた直線の先で蠢く四本足の巨躯に、思わず目を見張る。


 バジリスク⋯⋯。


 すぐに体を隠し、激しく打ち続ける鼓動を落ち着けようと、何度も深呼吸をした。だが、目にした存在は、最悪の状況を示唆しているかもしれない。


 たしか、バジリスクは26階より下のモンスター。

 ここは最深層の可能性が大きい⋯⋯。


 拭う事の出来ない不安に、イヴァンの鼓動はさらに激しくなり、落ち着くことはなかった。


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