その懸念と消えない悔恨 Ⅳ
ギヨーム達の救出潜行、いや、イヴァンがいなくなってから数日。表面上は平穏を取り戻しているかのように見えるが、みんなが心に大きなしこりを抱えながら日々を送っていた。
イヴァンが帰って来るのは、当たり前のことだとして、日々を過ごす。逆にそうとでも思っていないと、背後にピタリと寄り添う悲しみに、一気に飲み込まれてしまうのが分かっていた。
「あれ? サーラは?」
【クラウスファミリア(クラウスの家族)】の本拠地の居間に、ヴィヴィが顔を出すと、だらけ切っているグリアムが顔だけ上げた。
「ルカスとオッタに引っ付いてダンジョンに行った」
「また、訓練って言って潜ってるの? 好きだね~」
「⋯⋯おまえは本当に訓練だと思っているのか?」
「違うの?」
あの潜行から帰った翌日には、訓練だといってルカスはすぐにダンジョンに舞い戻って行った。
毎日、緩衝地帯まで潜っては帰って来るということを繰り返す。ヴィヴィは言葉をそのまま素直にそれを受け止め、それが意味するところを分かっていなかった。
「イヴァンを探しに行ってんだよ。緩衝地帯まで行って帰って来るには時間が掛かっている。さしずめ、緩衝地帯をウロウロして、イヴァンを探しているんだろう」
「え! そうだったの!? それじゃ、私も行くー」
「止めておけ。おまえじゃ、あのふたりの速さに付いて行けねえだろうが。サーラだって千切れてる可能性大だ。だから、ルカスとオッタに任せておけ。それにおまえまで行っちまったら、イヴァンがこっちに帰って来たとき、だれが出迎えんだ?」
「そっか⋯⋯だね」
グリアムに諭され、ヴィヴィはすぐに納得する。
あの日、地上に戻るとミアにだけはイヴァンのことを伝え、話が大きくならないように頼んだ。
ギルドの受付越しでミアは、ショックが大きく動揺を隠しきれないでいた。だが、しっかりと約束は守ってくれたのだろう。B級が消えたというのに、ギルドや街でイヴァンが消えたことを耳にすることはなかった。
だれもがまだイヴァンの生還を信じている。最悪の事態を想定しつつも、本気でそう思っている。
そんな思いがいつまで続くのか、グリアムは静観していた。
昔の自分を重ね、イヴァンの死を、信じない、受け入れない者達の気持ちは十分過ぎるほど理解している。だが、時間の経過と共にその思いが薄らぐのも知っていた。
そしてそう思ってしまう自分が、少し嫌だった。
年は取りたくねえな。
経験を重ねると、夢は見られなくなる。どうしても現実に引っ張られてしまい、諦めが先にきてしまう。
黒龍に突き刺さっていたカーラの剣をまた思い出す。脳内で何度も再生されるあの一瞬。現実を突きつけられた瞬間の絶望と怒り、そしてやるせなさ。悲しみを怒りで塗りつぶし、前に進む力に変えたあの瞬間。
【クラウスファミリア(クラウスの家族)】には、そんな自分と同じ思いをして欲しくないものだと、グリアムは居間の天井を見上げながら思っていた。
ここを離れて、【ノーヴァアザリア(新星のアザリア)】の案内人として、もう一度挑む? そうすれば黒龍に挑める可能性は上がるか。
でもな⋯⋯。
初めてイヴァンに声を掛けられたあの日のことを思い出す。
【忌み子】と蔑むこともなく、屈託のないキラキラと輝く瞳を向けてきたイヴァンの顔が蘇る。
まだ、案内人を解雇されてねえもんな。
そんな事を考えながらソファーに体を預け直し、グリアムはひとりで眦を掻いていた。
「どうしたの?」
そんなグリアムの姿にヴィヴィは小首を傾げる。
「なんでもねえよ」
グリアムはぶっきらぼうに答え、そっぽを向くと、扉から軽いノックの音が聞こえた。
「お客様です。ギヨームさんがお友達を連れて、いらっしゃいました。どうぞ」
ノックと共にマノンが顔を出し、ギヨーム達を居間へと招き入れた。
ギヨームの後に続くニコラとジョフリーは、少しばかりバツが悪そうに俯き加減で、居間の中へすごすごと入る。
「この間はありがとうございました。大変お世話になりました。ほら、おまえ達も⋯⋯」
ギヨームが頭を下げると、ニコラとジョフリーも素直に頭を下げた。
「もういい、もういい。だれも気にしちゃいねえよ。それより、ここに駆け込んだギヨームに感謝しろ。あれがなかったら、おまえ達はここにいねえぞ」
ギヨームは少しはにかみながら、居間を見渡した。
「あの⋯⋯オッタさん達は?」
「潜ってるよ。て言っても、緩衝地帯までだがな」
「そうなんすね」
過酷だと思っていた潜行から帰って来て、すぐにダンジョンに戻っていると聞き、ギヨームは少し驚いた顔を見せる。
「その感じだと、ニコラは復活できたんだな」
ダンジョンから戻ると同時に、ギルドの治療棟に入院したニコラがここにいるということは、治療が終わったのだと分かる。
大方、ギヨームが、治療を終えた気まずいニコラをここまで引っ張って来たのは容易に想像がついた。
ニコラは俯いたままグリアムの問い掛けに頷き、顔を上げる。
「その⋯⋯本当にすまなかったと思ってる。オレが⋯⋯」
「もういいって。だれもおまえのせいだなんて微塵も思ってねえ。もう上層が目の前で、だれもが終わった気になってたんだ。だれひとり、猪に気づくやつがいなかった。あれはパーティーの気の緩みが原因だ。おまえのせいじゃねえ」
「そうだよ、君のせいじゃない」
ヴィヴィもグリアムの言葉に同意して見せる。現場では取り乱していたヴィヴィが、静かに同意する姿に、ニコラも少し肩が軽くなる感じがしていた。
「おまえらはもう潜らないのか? まぁ、あんな目に遭ったら腰は引けるよな」
「そうっすね⋯⋯でも、あらためて一から出直そうかって話し合ったところです。いろいろ勘違いもあったし、ゆっくりと着実に進めようかと」
「いいんじゃねえか。焦ったってしょうがねえからな」
「はい⋯⋯それで⋯⋯」
ギヨームは少し緊張した顔を見せ、口ごもってしまう。グリアムとヴィヴィは、首を傾げながらも、ギヨームの次の言葉を待った。
「しっかりと力をつけるので、恩返しをさせて下さい!」
ギヨームが頭を下げると、ニコラとジョフリーもそれに続く。切羽詰まる姿を見せる【フォルスアンビシオン(力強さと大志)】が、何だか微笑ましく感じてしまい、グリアムとヴィヴィの頬が思わず緩んでしまう。
「大袈裟だな。ま、何かあったら頼りにするように伝えておくよ」
「はい。よろしくお願いします⋯⋯って、仕切りはグリアムさんじゃないんすか? 伝えるって⋯⋯」
「オレは、ただの雇われ案内人。パーティーの決定に従うだけだ」
グリアムがそう言うと、ギヨームはあまり納得していない様子で、顔をヴィヴィに向けた。
「ですか⋯⋯じゃあ、今はヴィヴィさん?」
「こいつができるわけねえだろう。サーラだ、サーラ」
「サーラさんっすか! なるほど」
「ちょっと、ギヨーム、今サーラって聞いて納得したでしょう!」
「そんなことないっす!」
ヴィヴィが膨れっ面を見せると、ギヨームは慌てた様子で否定する。
「歴で言ったら私だけど、サーラはお勉強好きでいろいろ知ってるから、サーラになっただけだから、だけだから!」
「は、はい。分かりました」
ヴィヴィが膨れっ面のまま、顔をグイッと寄せると、ギヨームは思わず体が引けてしまう。
「でも、まぁ、イヴァンが帰って来るまでだよ」
「そうっすよね」
ギヨームが何度も頷いて見せると、ヴィヴィは満足気にソファーに座り直した。
「⋯⋯帰って⋯⋯帰ってきます⋯⋯よね⋯⋯」
ニコラが蚊の鳴くような声で、必死に言葉を紡ぐ。自分を苛む心の澱を、消したいと願う、願望であり希望の言葉だった。
「当たり前でしょう。帰って来るに決まってるじゃん」
ヴィヴィはあえてなのか、力強く言い放って見せる。それはまるで、自分自身にも言い聞かせているようにも聞こえた。
「それとラウラさん達にも、あらためてお礼を伝えたいんすけど、どうすればいいっすか? 直接行っても大丈夫っすかね?」
「ああ⋯⋯」
ギヨームの言葉に、グリアムは口元に手を当て一瞬の逡巡を見せる。
「オレも確認したいことあるし、一緒に行こう。とりあえず、行ってむこうが忙しそうなら後日にすりゃあいい。明日あたりどうだ? 今日はちょっとこのあと行くところがあるんでな」
「大丈夫っす。よろしくお願いします」
ギヨームが頭を下げると、ニコラとジョフリーが、またそれに続いた。