その懸念と消えない悔恨 Ⅲ
まったく、何やってんだよ⋯⋯早く行かしちまおうぜ。
波風立てずサッサと行かせたいグリアムは、露骨に憤りを見せるパーティーに呆れて肩を落とす。そしてあらためて、パーティーを端へと押し込んだ。
「ほら、道を空けるぞ」
「師匠に対して失礼すぎますね、あの態度⋯⋯あの人、許せません」
「いいから、ほら⋯⋯」
「たしかに。あの舐めた態度は、気に入らねえな」
「オッタ、おまえまで熱くなってどうする」
グリアムが必死になだめるが、熱が収まる気配は感じられない。
「あんなヤツらに騙されて、ニコラとジョフリーは⋯⋯」
ギヨームは、怒りと不甲斐なさから顔を歪めていた。ニコラとジョフリーの震えている姿を見ても、【ライアークルーク(賢い噓つき)】は、何の反応も見せない。潜行に同行していたことすら認識していないのだと、その不誠実な態度は、ギヨームの怒りを焚きつけていった。
イヤルの視線が端へと避けるパーティーを、舐めまわすように見下していく。
「あれ? 良く見たら、リーダーがいないじゃん。【クラウスファミリア(クラウスの家族)】のあの子。名前なんて言ったっけ? あ、クラウスか。あれれ? もしかして、死んじゃった? ハハ、さすがに深層や下層で死ぬわけないか」
イヤルは口元をいやらしく歪め、睨みつけているヴィヴィやサーラを煽って見せた。
「こいつ⋯⋯」
「ヴィヴィさん、ダメです。ダメですって」
ヴィヴィを必死に手で押さえながら、サーラも自身の怒りを抑え込んでいく。ニコラは再び罪の意識に苛まれ、力なく俯いてしまう。
「えっ?! 何、マジ? 死んだの? あらまぁ、ご愁傷様」
イヤルがわざとらしく肩をすくめて見せると、その不遜な態度にヴィヴィの手が赤く光り始める。
「おい、クソ猫、ひと言余計だ。サッサと行け」
その瞬間、グリアムが、ヴィヴィとイヤルの間に割って入る。そして、グリアムの放ったそのひと言が、【ライアークルーク】に緊張を走らせた。
「あぁっ?! 何だって、おっさん!【忌み子】風情が、イキってんなよ」
レンが、頬の傷がつきそうなほど顔を寄せる。だが、グリアムは動じることなく睨み返した。
「しゃしゃるな小僧。下がってろ」
「テメェ、死んどくか?!」
「⋯⋯うるせえな。しゃしゃるなって言ってんだろう。すっこんでろ」
鬱陶しいとばかりに放たれた、グリアムの冷静な物言いは、レンの怒りを増幅させる。見下していた相手からの、思わぬ反抗に【ライアークルーク】のパーティーからも不穏な空気が流れ始め、【クラウスファミリア】に睨みを利かす。もちろん【クラウスファミリア】も、それに臆する事なく睨み返し、互いの憤りが交錯していく。
まさしく一触即発の空気が流れ始め、何かきっかけがあれば弾けてしまいそうな、危うい空気がこの場を覆っていった。
「クソ【忌み子】! 抜けや!」
「ブハッハハ! 抜くわけねえだろう、バカか」
武器を抜かせれば正当防衛が成立し、罪に問われることはない。
ここにきてまでダンジョンの不文律を守ろうとする姿が、グリアムには滑稽に映ってしまう。そしてそのグリアムの余裕に、レンの怒りが爆発する。
「死んどくか? テメェ⋯⋯」
レンが腰の剣に手を掛けようと、手を伸ばす。
「おまえは、それしか言えねえのかよ。抜くか? いいぜ、抜け、抜け。抜いた瞬間、おまえの首を刎ねるのなんざぁわけねえからよ」
グリアムはそう言うと煽るようにレンに顔を寄せた。口元に笑みすら見せるグリアムの余裕に、レンの表情は引きつり余裕を失っていく。グリアムはレンの怒りを前にしてもまったく動じず、何事もないかのように自然体で対峙していた。
怒りに震えながらレンの手が、剣の柄に触れる。それでも、グリアムは微動だにせず、静かにその時を待っていた。
「⋯⋯レン、止めようか」
「ほら、犬っころ、飼い主が呼んでるぞ」
「テメェ⋯⋯」
リオンは口元に笑みを見せながらも、その表情からは憤りが見て取れた。レンの肩に置いた手にギリっと力が入ると、レンは眉間に皺を寄せながら静かに手をおろす。
「あなたも、あまり挑発しないで頂けるかな? さぁみんな、素直に通させて頂こう!」
「アハハハハハ、何それ」
パーティーに声を掛けるリオンにラウラが高笑いを見せた。素直に通ろうとするリオンは、怪訝な表情でラウラを睨む。
「何だか引っ掛かりのある物言いじゃないか。素直に通させて貰おうって言っているだけなのに」
「ハッ! 何言ってんの? そこの猫が、まず謝るべきでしょ? それに自分の腹心がやられそうになったら必死に助けるクセに、そうじゃない人間は、死のうがどうしようがお構いなしか⋯⋯胸糞わっるぅ」
「何を言っているんだい? 僕がレンを助ける? いやいや、そちらのシェルパさんを助けたのだよ⋯⋯」
「はぁ? 何言ってんの? あんたが、グリアムさんの実力を見誤ることなんてないでしょう? 対峙してすぐに分かったはずだよ。助けたのは、そこの躾のなっていない犬に死なれたら困るからでしょう。あんたが、人を使い捨ての駒のように、何人も⋯⋯いや、何十人も、見殺しにしてるのはバレてんだよ」
まくし立てるラウラに、リオンはわざとらしく口元に笑みを浮かべ、悪びれる素振りすら見せない。
「変な言いがかりは止めて貰えるかな。そもそも、何を証拠にそんな事を言っているんだい? あるなら見せて貰えるかな?」
「証拠なら、そこの⋯⋯」
「ラウラ!」
ニコラとジョフリーを指そうとするラウラを、グリアムは急いで制した。その動きにラウラもすぐに察し、悔しさを呑み込み口をつぐんだ。生き延びた人間がいる事を、この場で晒してしまう危険性を理解する。
ニコラとジョフリーを認知していないパーティーにバレれば、口封じの標的になってしまうかも知れない。認知していないのであれば、そのままやり過ごすのが今は良策だとすぐに判断した。
「リオン、これだけは言っておく。あんたは悪知恵が回るから、【ノーヴァアザリア】にはちょっかいを出してこないでしょう。ただ、私達の大切な人達に、少しでもちょっかいを出したら本気で潰しに掛かるよ」
「おお! それは怖いね。肝に銘じておくよ⋯⋯ただ⋯⋯そういつも上からの物言いはどうかな? 僕達を舐めすぎじゃないかな⋯⋯まぁ、いいさ、君達と事を構える気はサラサラないよ。みんな! 行くよ!」
リオンの顔から笑みは消え、ラウラと視線を合わそうともしない。眼前を通り過ぎる【ライアークルーク】を睨みながら、この遺恨が今後どう転がっていくのか予想していた。
両陣営にとってわだかまりは大きなしこりとなり、消えることはないのが容易に想像つく。
怪我をおして重そうに足を引き摺る最後尾の潜行者の背中が小さくなり、グリアムはようやく肩の力を抜いていった。
「ラウラ、すまんな。結局、巻き込んじまった」
「ええ~そんなことないよ。結局、カロルのこともすっとぼけられちゃったし、ま、何よりアイツらのやり方を目の当たりにして、許せないよね。イヴァンくんも、あんなことになっちゃって⋯⋯」
「まあな」
いざこざのおかげでついイヴァンのことが薄らいでいたが、イヴァンが罠に吞み込まれる瞬間の光景をまた思い出してしまい、表情を曇らせる。
「あんなヤツらやっつけちゃえば良かったのに!」
グリアムとラウラが代弁してくれていたおかげで、ヴィヴィ達は怒りを何とか抑え込むことができていた。それでも【ライアークルーク】に対する憤りはくすぶり続けている。
サーラは見えなくなった【ライアークルーク】の背中をずっと睨み、オッタも険しい表情を見せていた。
「⋯⋯とりあえず、もう帰ろうぜ。アイツらのことも、イヴァンのことも、帰ってゆっくり考えたほうがいいんじゃねえのか?」
ルカスはひとり、いつでも【ライアークルーク】に向かっていける準備をしながら、冷静に成り行きを見守っていた。熱くなっていたパーティーにルカスの言葉は冷静さを取り戻させる。
ルカスの言葉にパーティーは頷き、心に大きなしこりを抱えながら上を目指し、重い足取りで歩き始めた。