その入り混じる不安と望み Ⅵ
パーティーは剣を振り、拳を叩き続ける。
飛び散る幼虫の赤い体液が、地面も壁も赤く染めていった。奥で鎮座している大きな繭にも、その赤い体液は飛び散り、純白の繭が赤く染まる。斬り刻まれる幼虫は声を上げることもなく、その柔らかな躯を地面に積み重ねていった。
イヴァンの作り出した、幾重にも重なる氷のウエハース。サーラはそれを、氷漬けにされた幼虫ごと踏みつぶしていく。
手をこまねいていた大量の幼虫駆除に、やっと終わりが見えてくると、パーティーは残っている最後の力を振り絞っていった。
「ハッ!」
サーラが最後の一匹に鉄の踵を落とすと、グリアムは腰に手を当て、天井を仰いだ。アリーチェは手を膝につき、乱れた呼吸を落ち着ける。オッタも、ルカスも、刃を収め額の汗を拭う。だれもが大きく息を吐き出し、ようやくの安堵に体の力を抜いていった。
「みなさま! 大丈夫ですか? ヒールが必要な方はいませんか?」
パオラも幼虫の気配が止むと、休憩所の中へと小走りで足を踏み入れる。疲労の色が濃いパーティーの姿に、手を上げながら声を掛けていった。
「僕達は大丈夫。ふたりが見つかるかもしれないから、パオラの魔力は温存しておこうよ」
「承知しました。イヴァン様」
イヴァンの言葉には、まだ希望があると告げている。ふたりが見つかる可能性をイヴァンはまだ信じているのだと理解して、パオラは素直に引き下がった。
「ふたり一組で、事に当たるぞ。イヴァン、組み合わせは任す」
グリアムはパーティーを見回し、全員の呼吸が整ったのを確認してから声を掛ける。
「分かりました。では、僕とサーラ、オッタとルカスくん、グリアムさんとアリーチェでいきましょう」
イヴァンの言葉に全員が頷き、各組はすぐに繭に手を掛けた。
アリーチェが器用に繭に刃を通し、解いていく。アリーチェの刃が、蓋を開けるように繭の上部をこじ開けると、グリアムはナイフを握り締め、最大限の警戒を見せながら中を覗き込む。
「ハズレだ。モンスターが死んでるだけだ、次行くぞ」
アリーチェは、黙って次の繭に手を掛ける。
この数の中から、探さなきゃならんのか⋯⋯しかも、いるかどうかも分からん状況で⋯⋯難儀だな。もしいたとしても、この繭の中で死んでいる可能性はでけぇよな。
グリアムは積み上がっている大きな繭を見上げ、そのまま休憩所の中へと足を踏み入れたギヨームをチラリと覗いた。
「オレにも何か出来ることないっすか?」
「おまえは繭の中から人が見つかったら、仲間かどうか確認しろ。そいつは、おまえにしかできん」
「はい」
ギヨームはグリアムの言葉に頷くと、一歩下がったところで祈るように手を合わせ、その手を口に当てる。逸る心を抑えようと、必死なのが分かった。
繭が開けられる度に目を見開き、ルカスが首を振り、サーラが肩を落とすと、ギヨームは大きく息を吐き出し、押し寄せる不安を押し殺していく。
「焦らず待とうよ」
背中越しに聞こえる声に、ギヨームが振り返ると、ラウラと、テールに支えられているヴィヴィが後ろに立っていた。ラウラの優しい声色に、ギヨームは軽く頷き、繭と格闘しているパーティーの姿に視線を戻す。
ヴィヴィとラウラが並んで地面に座り込むと、テールはふたりを支えようと地面に伏せた。
「アハ、私もいいの。ありがとね」
ラウラはテールの体をひとつ撫でて、テールの体に寄りかかった。柔らかな白毛に体が沈み込み、テールの温もりを背中で感じていると、ヴィヴィが静かに口を開く。
「⋯⋯ギヨームの友達、見つかるといいね」
「だね」
ヴィヴィとサーラは短い言葉を交わし合い、見守ることしかできないもどかしさに口をつぐんでしまった。
繭の山は溜め息の数と比例するように減っていき、そして希望も減っていく。時折、くぐもったモンスターの断末魔が響き、繭の中から人の気配は感じられなかった。
またか。
と、モンスターの頭に剣を突き刺し、断末魔の数をまた増やす。ギヨームはひたすらに願うが、すり減る希望に組んだ手を額に当て、自身の視界を塞いでしまう。減って行く繭に合わせて、減っていく希望。ギヨームはその光景を、見る事ができなかった。
オッタの槍が、繭の上部を斬り落とす。待ち構えるルカスが、繭の中をそっと覗き込み、そして目を見開いた。
「ギヨーム! 来い! パオラ! おまえもだ!」
ルカスは叫び、急げと必死に手招きする。
その姿にギヨームとパオラは一瞬顔を見合わせ、すぐに駆け出した。
オッタとルカスが、繭を倒していくとズルっと中から粘液まみれの犬人が現れる。その姿にパーティーの視線は釘付けとなってしまい、手を止めてしまう。ギヨームは破裂しそうなほどの心臓の高鳴りを感じながら叫んだ。
「ニコラ!」
青ざめた顔に力の入っていない体。地面に投げ出されたニコラの姿が、ギヨームだけでなく、ここにいる者達の不安を煽る。イヴァンとアリーチェは、最初に遭遇した、あの死んでいた女の姿がニコラと重なってしまう。
「もうひとかたも、ここにいますよ。急いで探しましょう」
サーラは横たわるニコラが気になりながらも、新しい繭へと手を掛けた。
きっとここにいる。
それは全員の総意だ。だが、生きているかどうかは曖昧で、だれもが心に引っかかりを感じたまま、また繭に手を掛けていく。
「おい! ニコラ! おい!」
「ギヨーム様、揺さぶってはダメですよ」
パオラは横たわるニコラの傍らに膝をつき、容態を観察する。
顔色が悪いのは衰弱でしょうか? 神経毒の症状はなさそうです。
呼吸は⋯⋯弱いけどありますね。服にこびりついているこれは⋯⋯大量の乾いた血。防具の下に外傷ありですか⋯⋯そこからのショック状態というところでしょうか。どちらにせよ、急がないといけませんね。
「生きてます! 衰弱が激しいですが、ヒールを落とします。【癒白光】」
パオラの手が白く輝き、その光は横たわるニコラに降り注ぐ。
お願いします、戻って来て下さい。
パオラの思いは、ここにいる全員が思っていることだった。
蒼ざめたままのニコラの顔に、ギヨームは息するのを忘れそうなほど緊張を見せる。パオラは、ニコラの容態を確認するとバックパックの中から点滴瓶をひとつ取り出した。
「そいつはなんだ⋯⋯?」
「ニコラ様は血を失い過ぎてます。こんな事もあろうかと思い点滴瓶を持って来ました。ギヨーム様、申し訳ありませんがこちらをお持ちいただけますか?」
「点滴瓶? 持てばいいのか?」
「はい。立ったままお持ちください。中の塩水が血液の代わりに体を巡ってくれます。先ほどのヒールで傷は塞がったのですが、失った血は戻せません。この点滴は、その場しのぎですが、血の代わりになってくれるはずです」
パオラはそう言いながら、ニコラの血管に細い針を刺していく。針が動かないように紐で軽く縛り、点滴をニコラへ落としていった。
「これで、ニコラは大丈夫⋯⋯」
「分かりません。あとはニコラ様の気力にかかってきます」
パオラはギヨームの言葉を遮るように返事をする。そこからパオラの焦りが伝わり、ギヨームは言葉を飲み込み、点滴をしっかりと支え直した。
もう一本点滴はありますが、ジョフリー様も同じ状況の可能性は高いですよね。見つかった場合の事を考えると、今は使えませんか⋯⋯。回復状況次第ではもう一度ヒールを落とせます、ニコラ様頑張って下さい。
パオラも祈る思いで、ギヨームと共にニコラを見つめた。
「⋯⋯パオちゃんって、凄いね」
「え?」
テールに体を預け弛緩しているラウラが、パオラの姿を見つめ呟いた。ヴィヴィのその言葉の意味があまり理解できず、聞き返してしまう。
「普通さ、治療師って、ヒールを落とすだけなんだよ。ま、それだけで十分なんだけどさ。パオちゃんを見ると医療分野にも精通してるぽいよね。相当勉強したんだろうな⋯⋯つかさ、ウチのバカ弟は置いといて、【クラウスファミリア(クラウスの家族)】って、優秀過ぎない? こんなパーティー、なかなかいないよ」
ラウラは真っ直ぐ褒めた自分が恥ずかしくなったのか、“シシシ”といつものように笑ってごまかす。
「へへ⋯⋯ルカスも凄いよ~」
ヴィヴィも力ない笑みで、少しばかり照れて見せた。
「ギヨームさん! この方は!」
サーラが叫びながら繭を横倒しにすると、大柄な男がズルっと地面に滑り出る。その姿にギヨームは離れていてもすぐに分かった。
「ジョフリーです! 間違いないっす!!」
「イヴァン様、サーラ様。ジョフリー様をこちらにお願いします!」
パオラの叫びに、イヴァンとサーラはすぐにジョフリーを抱える。だらりと力の入らない体の重みを感じながら、ニコラの隣にそっと寝かした。パオラはジョフリーを覗き込み、すぐに手をかざす。
「【癒白光】」
パオラの手からジョフリーの体に白光の球がゆっくりと落ちていく。
「さっきのヒールと違う⋯⋯?」
「ええ。ジョフリー様は、ニコラ様ほど酷くはありませんので、一段階弱いヒールにしました。と、言っても重傷ですが、命に別状はないと思われます⋯⋯正直、ニコラ様が心配です」
パオラはそう言ってニコラに視線を移した。