そのダンジョンでは絡まれます Ⅰ
グリアム達はダンジョンに潜る事もなく、そのまま一週間ほどが過ぎようとしていた。
イヴァンとヴィヴィふたりが転がり込んで来て一週間、衣食住の“住”の部分に関しては、相変わらず容認する気にはなれない。だが、イヴァンのおかげで“食”に関しては、かつてないほどの充実を見せており、イヴァンはグリアムの胃袋を完全に掴んだと言えた。
グリアムの中にあった『追い出す』という思いはすっかり薄れ、ふたりの存在への違和感も希薄になる。
気が付けば、グリアムの生活の中に、ふたりは溶け込んでいた。ミアの言っていたギルドのチェックも、入ったのか、入っていないのか、分からずじまい。グリアムの中にあった、追い出す理由とタイミングもうやむやになっていた。
イヴァンとヴィヴィと過ごす日々が、当たり前に感じ始める。
朝起きて、挨拶してご飯を食べる。
そして夜にまた挨拶を交わし寝床に就く。
何て事の無い日々のルーティンが、とても新鮮だった。
■□■□
「行くぞ」
「はい」
「うん」
先日、鍛冶師のヤイクに頼んでいた装備が届いた。準備は万端、遊んでいる余裕は無いとばかりにパーティーは、ダンジョンを目指す。
一週間ずっと遊んでいたかと言えば、存外そうとも言えず、ヴィヴィはハンドボウガンの練習に明け暮れ、イヴァンは、飯代を稼ぎに単独で上層に潜っていた。
イヴァンは、【リブラニウム】製の軽くて固い軽鎧にご満悦の様子で、意気揚々と先頭で進む。
人の流れに身を任せ、いつもの受付に辿り着くと、ミアが満面の笑みでパーティーを迎え入れた。
「イヴァンくん、【クラウスファミリア(クラウスの家族)】の初陣ね」
「はい! いよいよです」
【クラウスファミリア】? そう言えばパーティー名なんて気にもしてなかったな。
それにしてもパーティーを家族呼ばわりか。イヴァンらしいと言えばらしいが⋯⋯まぁ、関係無いからいいか。
「今日は何階まで?」
「ヴィヴィのD級への昇級が目標なので、5階か6階を目処に行こうかと思っています」
「イヴァンくんと優秀なシェルパさんがいれば、問題は無さそう。気を付けてね」
「はい! ありがとうございます、ミアさん。行って来ます!」
ミアの意味ありげな視線がグリアムへ向くと、その視線からそっと目を逸らした。
変なプレッシャーを掛けやがって。
でも、まぁ、イヴァンの単騎でも問題の無い階層だ。緊張するほどのもでもあるまい。ヴィヴィはひとり息巻いているが、イヴァンはさすがに落ち着いている。サッサと片付けて帰還しちまおう。
「よし、行くか」
グリアムは背負子を背負い直す。その胸の前ではテールが、大人しく揺れていた。家に置いておくわけにもいかず、抱っこ布でテールを包み、グリアムが胸元に抱えている。胸元で揺れているテールは、ハッハッハッと舌を出し、何だか嬉しそうにも見えた。
グリアムは、興奮ぎみのテールを見つめ呟く。
「頼むから大人しくしていてくれよ」
パーティーが回廊を下へと下る。
上層では、【アイヴァンミストル】の放つ光を光源として利用していた。それは、初心者の道しるべとなるべく、人工的に壁へ埋め込まれている。
洞内を煌々と照らすその光源は、そこがまだ人の手が届く場所である事を告げており、パーティーの緊張を和らげた。
グリアムを先頭に、イヴァンが殿を務め、ヴィヴィを挟むようにパーティーは進む。やる気だけは十分な【クラウスファミリア】が、初陣を飾るべく意気揚々と、歩みを進めて行った。
■□■□
「ヴィヴィ、落ち着け。練習の通りやればいいんだ」
「う、うん」
グリアムの指示に、固い表情で頷くとヴィヴィが、ハンドボウガンを構えた。
ヴィヴィの視線の先には、地面で収縮を繰り返し、潜行者を狙うグリーンスライム。ゼリー状の触手がヴィヴィを襲おうと伸びる度、イヴァンがそれを払いのけた。
ヴィヴィの構えたハンドボウガンが、カシュッと何度も乾いた音を鳴らす。だが、思うように狙った所へ飛んではくれない。時間が経てば経つほど、焦りから狙いはブレ、もどかしさと悔しさを募らせた。
それでも、グリアムもイヴァンも手を出そうとはしない。黙って、その様子を見守るだけだった。
「動くなー! もう!」
「そいつは無理な相談だ、向こうさんも必死だからな。良く見て、動く先を予測して撃て」
と、簡単に言ったが、初めてはなかなかムズイよな。
「あれ⋯⋯矢がなくなっちゃった」
「イヴァン、こいつに止めを刺してくれ。ヴィヴィ、矢は基本、拾って使うんだ。ダンジョンで、矢みたいな消耗品は無駄に出来ない。回収出来るものは、何でも回収するんだ、いいな」
「分かった」
地面に落ちている矢を拾っていると、グリアムはイヤな視線を感じた。ニヤニヤとこちらを見つめる三下の潜行者達。関わっても碌なことはなさそうで、無視するに越した事は無いと、やり過ごす事にした。
「ヴィヴィ、いいか。拾った矢に付いている体液や血液は出来るだけ拭き取れ。じゃないと、目詰まりを起こして、射出しない事がある」
「これでいい?」
ヴィヴィは袖元で矢尻を拭って見せた。
「ああ⋯⋯」
「おいおい! 【忌み子】の荷物持ちが先生か? お嬢ちゃん、オレ達が手取り足取り教えてやるぜ。心配するな、【忌み子】とガキより、よっぽど安全に潜れるぞ。なぁ、おまえら」
リーダーらしき、いかつい体の男が、仲間へ同意を求めるべく、大袈裟に両手を広げて見せる。後ろに控えているパーティーも、ゲラゲラといやらしい嘲笑を浮かべ、一緒になって【クラウスファミリア】に舐る視線を向けた。