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そのダンジョンシェルパは龍をも導く  作者: 坂門
その欠片と憧憬
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その欠片と憧憬 Ⅺ

 小さな犬人(シアンスロープ)の顔面から血の気は失せ、蒼白の頬には生乾きの赤黒い血がこびりついている。

 大男は、小さな犬人(シアンスロープ)に肩を貸し、あてもなくダンジョンを彷徨っていた。小さな犬人(シアンスロープ)は、うな垂れたまま大男に身を任す。恐怖心は足を重くさせ、暑くもないのに背中に冷たい汗が伝っていた。

 右に行けばいいのか? 左に行けばいいのか? 

 ふたりがその答えを持っているはずもなく、ただ無心で足を動かしていた。

 どこに向かい、何を目指せばいいのか、その答えも持ち合わせてはいない。


「大丈夫か? 頑張れ、ニコラ」


 ジョフリーは辺りを警戒しながら、肩にもたれているニコラに声を掛けた。ニコラはその声に俯いたまま何の反応を見せず、引き摺るように足を動かし続けるだけ。

 顔を上げたジョフリーも、自分の言葉に何も説得力がない事は分かっていた。

 この状況、自分の心が折れたら終わる。

 ジョフリーはその一心で、顔を上げ正気を保っている。

 一緒にいた人間は、ひとり減り、ふたり減り⋯⋯気が付けば、ニコラとジョフリーふたりになっていた。怪我人に手を貸す者などいない。動ける者達は、自分可愛さから我先にと上を目指した。

 エースパーティーが睨みを利かせていた時とはまた違う恐怖がまとわりついて離れない。その恐怖は緊張を煽り、動かさなくてはならない足を重くさせた。

 ジョフリーは高くなってきた天井を見上げ、大きく息を吐き出すと足に力を入れ直す。一歩、また一歩とどこに近づいているのか分からない歩みに、絶望という文字がヒタヒタとにじり寄る。何度振り払おうとしても、その文字はふたりから離れる事はなく、ピッタリと背後に張り付いていた。

 そして、その言葉が現実(リアル)となってしまう。

 大きな赤く光る複眼が、淡い【アイヴァンミストル】の白光に音もなく浮かび上がると、ジョフリーの足は止まってしまう。


 ど、どこから?!

 警戒は怠っていなかった、前にも後ろにも気を配っていたのに⋯⋯。


 そんな思いが一瞬過る。

 そして、赤く光る複眼がふたりに迫った。


「う、うわぁああああああ!!」


 ダンジョンにジョフリーの叫びが響き渡った。だが、それはだれにも届かない。

 そしてダンジョンは、何事もなかったかのように静かな時をまた刻み始めた。


□■□■


「いねえ」


 グリアムは、18階最後の休憩所(レストポイント)を覗き込み、首を横に振って見せた。そもそも、深層初心者の人間が地図師(マッパー)や、案内人(シェルパ)なしで休憩所(レストポイント)の場所を把握しているとは思えない。それでも、僅かな可能性に賭け、休憩所(レストポイント)を覗き込んだ。

 ギヨームは、淡い希望が打ち砕かれるたびに肩を落とし、淡い希望がどれだけ淡いものなのか知っているパーティーは、冷静に現実を受け止める。

 階を重ねれば重ねるほど希望は薄くなり、18階を終えた時点で希望は限りなくゼロに近付いていた。それでもパーティーはギヨームに寄り添い、19階を目指す。


「師匠、やはり休憩所(レストポイント)が濃厚ですか?」


 19階に足を踏み入れると、サーラがグリアムの背中越しに問い掛ける。ニコラとジョフリーのふたりが生存しているとしたら、そこしか考えられなかった。

 グリアムは前を見つめたまま答えていく。


「正直、分からん。生きているなら、休憩所(レストポイント)か、イヴァン(あいつ)みたく、うまいこと横穴に潜り込むかだろうが⋯⋯。そもそも、ふたり組が逃げ込める横穴なんてあるか? 少なくとも道中、そんな横穴はなかった。運よく休憩所(レストポイント)を見つけて、転がり込む。それがあいつらの助かる唯一の筋書き(シナリオ)じゃねえか」

「ですよねぇ⋯⋯」


 サーラも承知の上での問掛けだったのだろう。何か別の答えでも聞ければ、また違う希望が持てたかも知れないと。だが、グリアムの答えは予想の範囲を出ることはなかった。


「来るぞ」


 プカプカと浮かぶ目玉、ゲイザーを引き連れるコボルトの群れが、パーティーに襲い掛かる。


「シッ!」


 オッタの槍が先陣を切ると、ラウラとルカスがそれに続く。サーラとアリーチェも一歩遅れて飛び込むと、コボルトの群れはみるみるうちに削られていった。


「僕も行きます」


 イヴァンがコボルトの群れを斬り捨てながら突っ切り、ゲイザーを両断する。グリアムとヴィヴィ、そしてテールはパオラとギヨームを守るように囲み、辺りの警戒を怠らなかった。


「ゲイザーとコボルト⋯⋯?」


 ギヨームがボソッと零した言葉に、グリアムは一瞬だけ視線を向けた。


「気が付いたか。今までの常識が通用しなくなってきている。コボルトとゲイザーがお手々繋いでやって来るなんて、今までなかった。もうギルドの情報をあてにできなくなっている(あかし)だ」


 ギヨームは、グリアムの背中を見つめながら、先ほどの大猪(レギアボアス)の群れを思い出す。自分の常識のズレに、ニコラとジョフリーの安否に暗雲が立ち込めるのを感じる。そんなギヨームの心うちを知ってか知らずか、グリアムは言葉を続けた。


「おまえは、ラウラの言う通りツイてる。この状況で頼もしい助っ人がふたりも現れたんだ。おまえは自分のツキを信じろ。この面子なら20階まで捜索に行ける。んで、探し人が20階より下に行く事はまずないだろう」

「どうしてですか?」

「【ライアークルーク(あいつら)(賢い噓つき)】が最深層を目指すなら、掻き集めたやつらは、20階までの使い捨てだ。そこから先はエース級が、自分達の力で潜る。おまえのツキが、パーティーのツキだという事を祈れ」

「はい⋯⋯」


 ギヨームの鼓動が早くなる。ギリギリまで捜索が叶うという希望と、もしふたりが20階で切り捨てられていたら、という現実と不安。相反する思いが、ギヨームの感情を掻き乱す。


「落ち着け。大丈夫だとは言えねえが、焦っても何も変わらん」


 グリアムの言葉にギヨームは、黙って頷くと真っすぐ前を見据えた。


「片付いたよ!」


 ラウラの手招きにグリアムは軽く手を上げて答えた。


「行くぞ」


 グリアムの号令に、ギヨーム達が前へと進む。床を埋め尽くすコボルトの躯を、そっと踏みつけながら、パーティーは20階へ足を踏み入れる。


□■


 黒味を帯びる壁、高くなり始めた天井、ギヨームにとって未知の領域である深層の圧が一気にのしかかる。

 パーティーからも、表情を強張らせるギヨームを気遣う余裕が消えていった。口数は一気に減り、視線は忙しなくモンスターの気配を探る。

すれ違う者はおらず、千切れた潜行者(ダイバー)の欠片があちらこちらで散見できた。

 ギヨームその光景に生唾を飲み込み、ニコラとジョフリーの姿が頭を過る。


「こいつは?」


 グリアムが千切れた腕を顎で指す。ギヨームは、違うと静かに首を横に振り、一瞬の安堵を得る。そんな事を何度も繰り返していた。食い散らかした人の欠片は、もはや原型をとどめておらず、わずかな手掛かりを元にニコラとジョフリーではないと、否定できる材料を求めた。


「モンスターいないね」


 ヴィヴィがキョロキョロと辺りを見回して、ポツリと呟く。だれもが感じていた事だが、それが何を意味するのか分かっており、あえて口にはしていなかった。


「ちょっとマズイ感じかもね」


 ラウラは真剣な表情で返事をする。その表情が意味するものを、ヴィヴィも理解していた。


「マ、マズイって何ですか? ニコラ達は⋯⋯」


 ギヨームの張りつめている希望の糸がほつれ始める。気持ちを繋ぎ止めていたその糸が切れてしまえば、ギヨームの足が止まってしまうだろう。

 ポンとふいに肩に手を置かれ、ギヨームが振り返ると、イヴァンが微笑んでいた。


「まだ早いよ。希望は最後の最後まで、握り締めておくんだ。だから、足を止めてはダメだよ」

「ま、そういうこった。だが、楽観視できる状況でもねえ。こうもモンスターのエンカウントがないってのは、怪物行進(パレード)があったか、小者⋯⋯と言ってもここにいるヤツはどれも厄介だが、そいつらを凌駕する厄介なモンスターがうろついてるか⋯⋯気を引き締めて掛かれって事だ」

「師匠、これ見て下さい!」


 サーラは会話に割って入ると、地面に転がる明らかに人ではない物の欠片を指差した。パーティーの緊張が一気に跳ね上がる。


「これって、だれかが倒したって事っすか? もしかして、ニコラ達が!?」


 ギヨームの歓声に近い声を上げ、希望に目を輝かせた。


「かも知れんし、人も、モンスターも関係なく食い散らかすヤツがうろついているかも知れんって事だ」

「ど、どっちですか?」

「知らん」


 グリアムはその欠片を覗き込み、険しい表情を見せる。


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