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そのダンジョンシェルパは龍をも導く  作者: 坂門
その欠片と憧憬
172/202

その欠片と情景 Ⅹ

 うす暗い休憩所(レストポイント)の洞内に、パオラの手に光る緑色が、壁に淡く反射する。その光に、乱れていたギヨームの呼吸も、心も、落ち着きを取り戻していった。


「迷惑かけてすみません⋯⋯」

「あ? 迷惑? そんな事思っているやつなんていねえよ。初めからうまく出来るやつなんているかよ」


 グリアムは背を向けたまま、ギヨームに面倒臭いとばかりに答える。


「そうだよ。僕も今までいっぱい迷惑掛けているんで、『気にしないで』とは、あまり強く言えないけど」


 イヴァンは、ギヨームに柔らかな表情を向け、緊張を解いていった。


「だよな。おまえは言えんよな、焦って死にかけたもんな」

「もう勘弁して下さいよー、たくさん反省してるのですから」


 ふくれて見せるイヴァンに、グリアムは薄ら笑いで答えて見せる。


「イヴァンさんも、失敗しているんですか?」

「いやぁ、もうそれは本当に。言うのが(はばか)られるくらい、焦って大失敗しているよ」


 苦笑いで肩をすくめるイヴァンに、ギヨームは驚いた顔を見せる。憧れの中のイヴァンは、完全無欠の天才で、パーティーを背中で導く存在だと思っていた。だが、実際に触れたイヴァンは人間味に溢れ、だれよりも優しい。

 パーティー内に上下関係はなく、みんなが意見を出し合い活気に満ち溢れていた。だが、決定するのは必ずリーダーであるイヴァン。一度決まれば、メンバー達はそれに向かいひとつになって動き始める。憧れるべきはイヴァンではなく、このパーティーなのかも知れないと、ギヨームは思い始めていた。


「ギヨーム様、大丈夫ですか? もう一度ヒール落としますか?」


 体をゆっくりと起こすギヨームをパオラが覗き込んだ。


「いえ、大丈夫です。ありがとうございました」

「そうですか、調子悪くなったら遠慮なく言って下さいね」


 頭を下げるギヨームにパオラは治療師(ヒーラー)としての矜持を見せ、安心を与える。

 

「君はさ、ツイてるんだよ。【クラウスファミリア(クラウスの家族)】と知り合えて、今、生きている。ツキを持っているのってさ、良い潜行者(ダイバー)の条件なんだ。君はそのツキを持ってるよね」


 ラウラの忌憚のない真っすぐな言葉に、ギヨームは何も出来ていないもどかしさと、照れ臭くさを感じてしまい、頭を掻きながら俯いてしまう。


「ギヨーム、行けるか?」

「はい」


 ギヨームは顔を上げ、グリアムをまっすぐ見つめ力強く返事を返す。


 もう心が折れてダメかと思ったが、やっぱ根性があるな。C(クラス)にちょっ(ぱや)で上がったのも頷ける。こいつと同じパーティーなら、他のやつらも根性据わっているかも知れんな。


 グリアムはまだ見ぬニコラとジョフリーを想像し、思考を前に向けていった。


□■□■


 壁の色が黒くくすみ始め、赤い壁というにははばかられるほど黒味を帯び始める。

 17階をつぶさに進んだが、ニコラとジョフリーを示す物はなにひとつなかった。ただ、地面に転がる潜行者(ダイバー)が現れ始めると、一行は緊張を高める。グリアムがタグを引き千切り、腰のポーチに放り入れると、さらに緊張は高まった。

 そして18階も三分の二ほど進み、一行はニコラとジョフリーに繋がる物を必死に求めて視線と足をゆっくりと動かしていた。


「増えてきたな」

「ああ。この先、もっと増えんだろうな」


 オッタの言葉に、グリアムはポーチの中にあるタグを覗き込み、嘆息して見せた。


「【ライアークルーク(賢いうそつき)】ってのは、【ノーヴァアザリア(新星のアザリア)】みたいに大きい所なんだよな?」

「だな。オッタは、永遠の二番手(エターナルセカンド)って聞いた事ないのか? この言葉が意味するように、二番目にはデカいんだろうよ」

「棘のある物言いだな」

「ああ? こんだけ死人を出しても、何とも思っちゃいねえ。いけすかねえヤツらだ」

「フフ」

「なんだよ⋯⋯」


 少しばかり熱くなったグリアムに、オッタは笑ってしまう。普段あまり感情を見せないグリアムの違う一面を見たように感じ、嬉しいような、仲間として認められたような、そんな気がした。


「やはり【ノーヴァアザリア】の名で勧誘した方が、集まりやすいのだな」


 ふと漏らしたオッタの言葉に、グリアムは足を止めそうになってしまう。


「そうか⋯⋯だよな。なんで危ない橋を渡ってまで、名を騙るのか分からなかったが⋯⋯おまえの言う通りかも知れん。事って意外に単純だったりするもんな」

「え? なになに【ノーヴァアザリア】がどうしたって? しかし、これって【ライアークルーク】のパーティー?」


 後ろに控えていたラウラが、グリアムの肩に肘を置き、ふたりの会話に割って入った。ラウラの視線は、地面に転がる潜行者(ダイバー)に向けられ表情を曇らせる。


「ラウラ、()けえよ⋯⋯オッタが、勧誘の為に【ノーヴァアザリア】を騙ったんじゃないかって。こいつらは、肉の壁として背伸びさせられたんだろう、自業自得ではあるがな」


 グリアムは転がっている無残な姿の潜行者(ダイバー)を顎で指した。


「ああ⋯⋯って、勧誘の為? あるかな?」


 ラウラはひょいとグリアムから離れ、顎に手を置き、逡巡する姿を見せる。


「この短期間で騙くらかして、人を集めるんだ、しかも肉の壁として。美味しい餌で釣ろうって魂胆だ。ナンバーワンパーティー【ノーヴァアザリア】の名なんて、これ以上にない美味い餌だろうよ。その餌で声をかけりゃあ、そらぁアホ共はホイホイついて行くって」

「う~ん、そうかなぁ~」


 煮え切らないラウラの姿に、グリアムはもどかしさを感じてしまう。


「そらぁそうだろう。人死にのねえパーティーとゴロゴロ死んでるパーティー、どっちを選ぶかなんて決まりきっているだろ?」

「うん? アイツら(ライアークルーク)も、潜行(ダイブ)で人死んでないよ? だからさ、ウチの名前がそこまでメリットにならないんじゃない?」

「はぁっ?!」


 そのラウラの言葉に、グリアムもオッタも思わず足を止めてしまう。驚愕の表情を同時に見せるふたりに、ラウラは戸惑ってしまう。


「行方不明者はいたみたいだけど、人が死んだって発表はなかったよ。小さいけど、犠牲者が出たら弔い板に張り出されるでしょう? 張り出しは、なかったって聞いてるよ」

「マジか⋯⋯」


 グリアムの中に、怒りにも似たやるせない思いが湧き上がる。

 あの時、助けたあのふたりに犠牲者のタグを間違いなく預けた。

 転がっていた人間は、潜行(ダイブ)の犠牲者だと言っていた。


 あのふたりが、タグを渡さなかった? ありえない話ではない。だが、タグを渡さないメリットがあるとは思えん。むしろ、タグを届ければ、ギルドから恩賞が出る。タグを渡さないデメリットがあのふたりにはないはずだ。

 リーダー(リオン)あたりが、揉み消したのか⋯⋯。


「どうしたの?」

「ラウラ、犠牲者は間違いなくいたんだ。しかも、ひとりやふたりじゃない。少なくとも7、8人分は、オレ達はタグを拾った。んで、助けてやった潜行者(ダイバー)に、そのタグを託したんだ。オレ達が拾った分だけで、その数だぜ。人の欠片はそこら中に転がっていたんだ、実数は間違いなくもっと多い⋯⋯」


 グリアムは、冷え切った瞳で前を向いたままラウラに答える。


「え? 何それ? どういう事? まさか、あの野郎(リオン)が、犠牲者がいたのを揉み消したって事?」

「分からん。でも、この間の時は大きなイレギュラーがあってな、肉の壁になったヤツらは壊滅状態だったってよ」

「ラウラ、グリアムの言葉に嘘はない。パーティー全員、その光景を目にしている。あれはなかなか酷い光景だった」

「いやぁ⋯⋯マジっすか⋯⋯」


 ラウラの表情はみるみる険しくなっていき、その怒りを隠そうとしなかった。その怒りの矛先は、もちろん【ライアークルーク】、リーダーであるリオンに向けられていた。


「焦る意味が分かっただろ。今のところ大きなイレギュラーは起きてねえようだが、小さなイレギュラーは起きている。経験の浅いやつらが、深層で取り残されていたら⋯⋯」

「⋯⋯ヤバイねぇ」


 ラウラはギヨームを気遣い、声が届かぬように声を押し殺した。


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“ありえない話ではある”という表現は間違いかな? “ありえない話ではない”という表現しか聞いたことないです
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