その欠片と憧憬 Ⅵ
「でかっ⋯⋯」
【ノーヴァアザリア(新星のアザリア)】の本拠地を見上げ、だれもが初めて見せる巨大な本拠地への反応をギヨームが見せる。
「グ・リ・ア・ム! さーん!!」
「よう。すまんな、ラウラ。忙しい時に」
ラウラがブンブンと手を振りながら大きな玄関から現れた。これもいつもの反応だ。
グリアムが軽く手を上げて挨拶を返す横で、ギヨームは目を丸くしながら驚いている。
「ラウラって、あのラウラ・ビキ⋯⋯? 本物?」
「問題無しだよ。この子は? 【クラウスファミリア(クラウスの家族)】の新しいメンバー?」
「いや、こいつはオッタの知り合いだ。ほれ、挨拶しろよ」
「は、はい⋯⋯【フォルスアンビシオン(力強さと大志)】のギ、ギヨーム・トレムリエです⋯⋯」
「ギヨームね、OK。ラウラ・ビキだよ、よろしくね。立ち話もなんだし、中へどうぞ」
緊張しているギヨームに、ラウラはニッコリと屈託のないいつもの笑みを見せた。
「アザリアも後から来るって。来てからにする?」
三人しかいないと広く感じる客間に案内され、一向に落ち着く気配のないギヨームがグリアムの隣で縮こまっている。だが、視線だけはキョロキョロと好奇心を隠せず、物珍しそうに動いていた。
「遅くなりました!」
息せき切って飛び込んで来たアザリアに、ギヨームはポツリと呟き更に緊張を見せる。
「この人がアザリア・マルテ⋯⋯」
「悪いな、ふたりとも忙しいのに」
「と、とんでもありません。いつでも、大、大、大歓迎です」
「そうそう。グリアムさん達【クラウスファミリア】は大歓迎だよ」
そんなアザリアとラウラの言葉に、人が受けいれてくれる事に慣れていないグリアムは、嬉しいような、恥ずかしいような何とも言えない気持ちにさせられ、表情を上手く作れず、微妙な表情になっていた。
「⋯⋯【フォルスアンビシオン】のギヨーム・トレムリエです」
「オッタくんの知り合いなんだって」
「そうなんだ、よろしくね。【ノーヴァアザリア】リーダーのアザリア・マルテです」
凛とした表情を見せるアザリアに、ギヨームは勢いよく立ち上がり、そのままの勢いで頭を下げて見せる。その初々しさに、アザリアは思わず笑顔を零した。
「時間もないし、早速本題だ。こいつのパーティーが、カロルを名乗る猫から潜行に誘われた⋯⋯」
「カロルが?」
「君達を? ギヨームさんは、カロルとはもともと知り合いかなんかなの?」
アザリアとラウラは、思わずグリアムの言葉を遮るほど違和感を覚えたのだろう。【ノーヴァアザリア】のメンバーが他パーティーを誘うという行為は、相当なイレギュラーなのだとふたりの反応から再認識する。
「い、いえ、初対面でした⋯⋯」
アザリアとラウラから笑顔が消え、困惑を見せた。その姿にギヨームはばつの悪さを感じてしまい早口で言葉を続ける。
「あ⋯⋯で、でも、オッタさんと話しているのを見たと言っていたので、【クラウスファミリア】と繋がりのあるパーティーだと思ったようでした」
「そっか⋯⋯」
「でも、それだけで潜行に誘うかな? どっか他パーティーに手伝って欲しいなら、【クラウスファミリア】に頼めばいいんじゃない?」
困惑するアザリアとラウラに、グリアムは落ち着けと手を差し出した。
「まぁ、待て。話には続きがある。こいつらのパーティーが集合場所に行ってみると、そこにいたのは【ライアークルーク(賢い嘘つき)】。つまり、カロルを名乗った猫は【ライアークルーク】の人間って事だ。で、こいつはそこで怪しいと感じ、【クラウスファミリア】の本拠地に飛び込んで来た。だが、こいつの仲間は、【ライアークルーク】のぶら下げた腐った人参に喰らいつき、潜行に行っちまったと」
「ちょ、ちょっと待って、グリアムさん。それって【ライアークルーク】が、【ノーヴァアザリア】を騙ったって事?」
ラウラが驚愕の表情を浮かべる横で、アザリアの表情はみるみる険しくなっていく。
「許せない⋯⋯人のパーティーを騙るなんて⋯⋯」
「ねえ、本当にカロルって言ってたの?」
ラウラの鋭い視線に、ギヨームは思わず震え上がってしまう。
「は、はい⋯⋯その女神アテーナの紋章を付けていたので、オレ達もその時は舞い上がっちゃって⋯⋯」
「そのあなたが見たカロルの容姿を教えてくれる?」
アザリアは努めて冷静を装い、ギヨームへ気遣った。
「えっと⋯⋯短い金髪で、小柄で童顔な感じ? でした」
ギヨームの言葉に、三人は言葉を詰まらせる。三人の描くカロルの像に、その特徴はピタリとはまった。
「そんで、こいつを連れて来たのは、カロルを見れば、誘った相手が本人か、偽者か一発で分かるだろう? そんで、カロルはいるか?」
「そうですね、それが一番ですね。ちょっと呼んでみましょう。本人も偽者がいるのはイヤでしょうしね」
アザリアはそう言うと、備え付けの伝声管の鈴を鳴らす。
『はい』
伝声管の向こうから、男の声が届きアザリアが口を寄せた。
「アザリアです。悪いんだけど、カロルを客間に呼んでくれる?」
『分かりました⋯⋯(あれ? なぁ、カロルいない?) ⋯⋯すいません、こっちに今いませんね』
「そう。どこにいるか、だれか知らない?」
『(⋯⋯なぁ、カロルのやつどこ行った?) ⋯⋯だれも知らないみたいっす』
「そう。ありがとう」
アザリアが伝声管から口を離すと、おおきく溜め息をついた。
「うわあぁー! 何だか凄いモヤモヤする。偽者だって、はっきりさせて【ライアークルーク】に文句言いたい! あいつマジ許せん!」
ラウラは、苛立ちを隠す事無く激しく頭を掻きむしる。
「カロルのやつ、ラウラにべったりだったろう? どこ行ってるか知らんのか?」
「C級に上がってからは、ぜ~んぜんだよ。アリーチェの事があって、落ち込んでたから⋯⋯そっとしておこうって。最近は何してるのか良く知らないんだよね」
「【ノーヴァアザリア】は、面倒を見るのはC級まで、って言ってたもんな。子供扱いは終わってるって感じか」
「まぁ、そんな感じかな」
カロルに会えばすぐに確認できると思っていた、グリアムも肩透かしにあった気分で、ラウラと同様にすっきりとしない面持ちを見せた。
「とりあえずカロルの件は後回しだな。【ライアークルーク】の潜行について行った、こいつらの仲間が心配だ。【ライアークルーク】と揉めるかも知れんが、オレ達は連れ戻しに行って来る。お互いに何か分かった事があったら、報告し合おう」
「私も行く!」
「ありがたいが、ラウラは目立ち過ぎる。言ったとおり【ライアークルーク】と揉める可能性があるんだ、デカいパーティー同士が揉めると大事になっちまう。こそっと行って、こそっと連れ戻⋯⋯せればいいんだが⋯⋯」
「含みのある物言いですね」
アザリアは、グリアムの言葉に引っ掛かりを覚え、顔を上げる。
グリアムは、先日の【ライアークルーク】の惨状を思い出し、ニコラとジョフリーが置かれている状況を想像していた。
「ま、急がんと。って、話だ。事は進行中だからな、早く行動を移すのに越したことはないだろ」
グリアムはギヨームに少しばかり気を遣い、言葉を選んだ。だが、心の中では、地面に転がっているふたりを運ぶ事になるのではないかと思っている。【ライアークルーク】について行った時点で、碌な扱いを受けないのは目に見えていた。ギヨームがその違和感に、【クラウスファミリア】の本拠地に飛び込んだのは、少なくない幸運かも知れない。
ツキはまだ残っている。
そいつを手繰り寄せられるかだ。
グリアムの表情が厳しさを増すと、コン! と軽いノックの音が響き、扉から見知った顔が現れた。