表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
そのダンジョンシェルパは龍をも導く  作者: 坂門
その欠片と憧憬
167/202

その欠片と憧憬 Ⅴ

 ダン! ダン! ダン! と、激しく玄関の扉を叩く音が届き、マノンは怪訝な表情で玄関先を覗く。玄関先で膝に手をつき、肩で激しく息をしている犬人(シアンスロープ)の姿に、マノンの表情はますます険しくなった。扉を少しだけ開き、最大限の警戒を見せながら声を掛ける。


「⋯⋯どちらさまですか?」

「ハァ⋯⋯ハァ⋯⋯ここって⋯⋯【クラウスファミリア(クラウスの家族)】の本拠地(ホーム)で間違いない⋯⋯?」


 激しく肩を上下させながらマノンを見つめる瞳から、切迫感が伝わって来た。不審に思いながらもその必死な姿にマノンは頷く。


「そうですけど⋯⋯」

「よ、良かった! ⋯⋯オッタさんに、ギヨームが来たと伝えて貰えますか?」

「オッタのお知り合い?!」


 激しい息遣いにギヨームは答える事もままならず、膝に手をついたまま何度も頷いて見せた。

 マノンはすぐにギヨームを、みんなが寛ぐ居間へ案内すると、突然現れた長身の犬人(シアンスロープ)の姿に、オッタはすぐに立ち上がる。


「ギヨーム! どうした? そんなに息せき切って。今日は他のやつらはいないのか?」

「オッタさん、相談に乗ってもらいたくて⋯⋯」

「こいつは?」


 オッタの忌憚のない言葉に懐疑的な視線は失せたものの、グリアムは突然現れた若い犬人(シアンスロープ)を指差した。


「こいつは、【フォルスアンビシオン(力強さと大志)】のギヨーム。【クラウスファミリア(クラウスの家族)】のライバルだそうだ」

「え?! いえ、イヤ、違います! 違いますって。オレ達は【クラウスファミリア】に憧れて作ったパーティーです」

「「「憧れ?!」」」

「分かってるじゃん!」


 イヴァンとサーラ、グリアムまでもが驚く中、ヴィヴィだけはまんざらでもないとばかりに胸を張っていた。


「奇特なやつらだろ?」


 オッタはニヤリと口端を上げ、この状況を面白がった。


「なんか急いでいたよね。落ち着いて話を聞きたいから、お茶でも持ってくるよ」


 イヴァンがそう言って席を立つと、今度はギヨームが驚いて見せる。


「え? あの人、リーダーのイヴァン・クラウスだよね? リーダーがお茶くみなんてするの??」

「よくしてくれるよ。ご飯も良く作ってくれるんだけどさ、イヴァンのご飯、美味しいんだよ」

「え? へ? リーダー自ら飯も作るの??」


 ヴィヴィもギヨームの反応を面白がった。

 イヴァンがみんなの分のお茶を持ってくると、茫然としながらもギヨームはそのお茶を受け取る。カップを包み込む手に伝わる温もりに、落ち着きを取り戻していく。


「落ち着いたか? それで何があったんだ?」


 ひと息ついたのを見計らい、オッタはギヨームにあらためて声を掛けた。


「実は、【ノーヴァアザリア(新星のアザリア)】のメンバーに潜行(ダイブ)を一緒に行こうって誘われて、集合場所に行ったんですけど⋯⋯そこで声を掛けて来たのが【ライアークルーク(賢い嘘つき)】のメンバーだったんです。それで、何か変に感じてオレは止めようって言ったんすけど、ニコラ⋯⋯ウチのリーダーが頑として行くとオレの言う事を聞いてくれなくて⋯⋯。【ライアークルーク】の潜行(ダイブ)に、もうひとりのメンバーのジョフリーと一緒に行ってしまったんです。胸騒ぎが止まらなくて、迷惑かとは思ったんすけど、どうしていいか分からず、ここに⋯⋯」


 ギヨームが一気に話し終わると、【クラウスファミリア】の面々は激しい困惑に襲われ、話が整理出来ない。


 【ノーヴァアザリア】に誘われて、【ライアークルーク】の潜行(ダイブ)に参加?


 だれが考えても辻褄が合わず、どこから問えばいいのか、全てが理解の範疇を超えていた。

 グリアムも、テーブルを指でトントンと軽く叩き、どう捉えればいいのか考えあぐねてしまう。


「ちょっと待ってくれ。おまえ達はもともと、【ノーヴァアザリア】と知り合いなのか?」


 グリアムに問いに、ギヨームは真っすぐに向き真剣な顔で答える。


「いや。この間の潜行(ダイブ)終わりにいきなり声を掛けられて⋯⋯」

「どんなやつだった?」

「童顔の猫人(キャットピープル)だった。肩口に女神アテーナの紋章があったんで間違いないと思っちゃって⋯⋯あ! 【クラウスファミリア】とも知り合いって言ってた。確か⋯⋯カロリ⋯⋯カロ何とか⋯⋯」

「カロルか?」

「そう、そうです! カロルって名乗ってた」


 カロルの名が出た事で、【クラウスファミリア】の困惑はさらに深まる。互いに顔を見合わせ、必死に状況を精査しようとするが、考えは一向にまとまらない。


「あのう⋯⋯偽者の可能性は無いのでしょうか? 私はその方を存じないので分かりませんが、皆様の反応を見る限り、何もかもがしっくり来てないのですよね?」


 パオラがおずおずと手を上げて割って入ると、その答えが一番しっくりきた。

 仮にそうだとして、何故そうまでしてギヨーム達に声を掛けたのか分からない。紋章の偽造は重罪で、偽の紋章を背負った本人はもちろん、パーティが絡んでいるなら、そのパーティーも大きな(ペナルティー)を受けるはずだ。


 そんな危ない橋を渡ってまでして、この若い犬人(シアンスロープ)達を嵌める意味ってあるのか? 向こうはこいつらが、【クラウスファミリア】の知り合いと知っていた。それを踏まえた上で偽者を使って、声を掛けた?

 なぜ?


 グリアムの頭の中で疑問符だけが踊り続ける。


「パオラの言う通り、偽者であるのが一番しっくりくる。だが、偽の紋章を背負う代償はデカいはずだ。おいそれとは出来ない事をやってまで、こいつらを誘った意味は何だ?」

「ウチに対する嫌がらせでしょうか?」


 サーラの答えにグリアムは視線だけを動かし、肯定とも否定とも取れる表情を見せる。


 嫌がらせの為だけに、そんな危ない橋を渡るか?


 グリアムはイヤルの張り付いた笑みを思い出し、その可能性もゼロではないと思案する。


「彼の仲間が危険ではないですか? 【ライアークルーク】と言えば、先日の()()を思い出します。グリアムさん、どうします?」


 イヴァンはギヨームの手前、言葉を選びながら先日の凄惨な光景を示唆した。

 イヴァンの中で答えは決まっているのだろう。今にも飛び出したいというのが、その瞳の力強さから嫌というほどグリアムに伝わって来た。


「焦るな、ひとまず整理するぞ。カロルを名乗る猫が、こいつ(ギヨーム)らを潜行(ダイブ)に誘い、集合場所に行くと【ライアークルーク】の潜行(ダイブ)だった。そもそも【ノーヴァアザリア】のメンバーが、他パーティーをいきなり潜行(ダイブ)に誘う事はない。【ノーヴァアザリア】の人員は足りているし、関係性のないやつをいきなり誘う事はしねえはずだ」

「私達、何度も一緒に行ってるよ?」

「あれは例外だ。それに、知り合っていきなりじゃねえだろう」

「そっか」


 ヴィヴィが話の腰を折ったが、グリアムの言葉に素直に頷く。


「集合場所に現れた【ライアークルーク】ってのが間違いなければ、最深層の潜行(ダイブ)での使い捨ての駒として、こいつの仲間を連れて行った可能性が高い。さて、どうする? 【ライアークルーク】と揉める可能性もある中、こいつ(ギヨーム)の仲間を連れ戻しに行くか?」

「師匠はどうお考えですか?」

「ぶっちゃけて言えば、オレはこいつ(ギヨーム)の事なんて知らねえし、助ける義理もねえ」

「行くべきではないと?」


 サーラはグリアムの言葉を意外に感じてしまい、少しばかり怪訝な表情を見せた。

 グリアムは、サーラの言葉を無視するかのように言葉を続ける。


「だが、こいつはオッタの知り合いで、世話になっている【ノーヴァアザリア】の名も出ている。そんで、オレはただの案内人(シェルパ)。パーティーの決定に従うだけだ」


 その言葉にイヴァンが頷くと、皆の表情は一気に引き締まり頷き合った。


「行きましょう」

「まぁ、そう焦るな、まずは準備だ。20階まで潜れる準備をしろ。薬は多めに持て。パオラ、荷物背負えるか?」

「グリアム様、問題ありません」

「イヴァン、16階の休憩所(レストポイント)で合流だ」

「合流?」


 イヴァンはグリアムに首を傾げて見せた。グリアムの口から出た、『合流』という言葉の意味が分からなかった。


「オレはこいつ(ギヨーム)を連れて、まずは【ノーヴァアザリア】に行って来る。もしカロルがいれば、こいつが本人か、偽者か、確認出来る。【ノーヴァアザリア】にしたって、自分達の名が出てるんだ、アザリアやラウラの耳に入れておく方がいいだろう。おまえ達は先行して、オレ達が行くまで16階を探索していてくれ。オレ達は真っ直ぐ16階の休憩所(レストポイント)を目指す」

「分かりました」

「まぁ、16階なら相当なイレギュラーがない限り問題ねえだろう」


 グリアムがパーティーを見回すと、皆、再び大きく頷いて見せた。そんな中、ギヨームだけは、不安に襲われていた。


「あ、あの、オレC(クラス)になったばかりですけど、大丈夫ですか? 案内人(シェルパ)さんとふたりだけで深層って⋯⋯」

「大丈夫だ。心配すんな。グリアムが一緒なら、何も問題はない」


 オッタの言葉に疑心暗鬼になりながらも、ギヨームは納得した。


「んじゃ、準備始めるぞ。すまんが、オレ達の分も準備しといてくれ。ギヨーム、行くぞ」

「は、はい」


 グリアムが立ち上がるのを合図にして、【フォルスアンビシオン】のふたりを連れ戻すミッションの火蓋が切られた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ