その欠片と憧憬
オッタ、ルカス、パオラの三人は、潜行を終えて何事もなく地上へ戻った。いや、何事もなくというのは少し語弊があるかも知れない。心に少しばかりの消えないわだかまりを抱えたまま、オッタは報告と精算の為にギルドの受付に向かった。
「お疲れ様でした。トラブルもなく無事に終了ですね」
【クラウスファミリア(クラウスの家族)】担当のミアが、いつものようにカウンター越しで笑顔を見せる。傍から見ればこれで無事に終了なのだろう、オッタは少しばかり苦笑してしまう。
「⋯⋯だな。宜しく頼む」
緩衝地帯での出来事を、報告するべきかオッタは一瞬の逡巡を見せた。だがすぐに、ギルドはきっと介入出来ないと思い言葉を飲み込んだ。
受付のカウンターテーブルに入手出来た【アイヴァンミストル】の欠片と戦利品を、オッタは静かに置いていく。
「オッタさん、申し訳ありませんが、決まりなのでタグの確認をしても宜しいですか?」
「ああ⋯⋯そうだったな」
それは、ギルドの不正売買禁止のための確認で、精算時に徹底されていた。
売る事が出来るアイテムは、級によってその幅が細かく決められている。C級のオッタであれば14階までのアイテムは売る事が可能なので、下層で切り上げた今回の潜行なら、なんら問題なく売る事が可能だ。
オッタが胸元からタグを引き出すと、ミアはすぐに大きく頷く。
「お手数かけてすいません。すぐに精算して来ますから」
「構わんよ」
ミアが席を外すと手持ち無沙汰になったオッタは、ギルドの受付全体を見回していた。
ズラリと待ち受ける受付のエルフ達と長く伸びる受付テーブル。そしてその対面に腰を下ろしている|潜行者達。ちょうど潜行を終え、精算をする者達が重なる時間帯なのか、受付は大いに賑わっていた。
ん? あれは⋯⋯。
少し離れた所で、見覚えのある顔が精算をしている姿がオッタの目に映る。しばらく眺めていると、目の前に座るエルフの手元が、淡く緑色に光り始めた。
昇級か。
高揚した笑顔を見せあっている【フォルスアンビシオン(力強さと大志)】のニコラ、ギヨーム、ジョフリーの三人をオッタが見つめていると、その視線にギヨームが気付く。そんなギヨームに、オッタは目立たぬよう親指を立てて見せると、ギヨームは笑顔で頷いて見せた。
「お待たせしました、ちょうど10万ルドラになります。この度は納品、誠にありがとうございました」
「あれで10万か⋯⋯凄いな」
「【アイヴァンミストル】の買い取り額が上がっていますから、これくらいは妥当ですよ」
「そうか。んじゃ、どうも」
「またよろしくお願いいたします」
オッタが立ち上がるタイミングで、【フォルスアンビシオン】の三人も出口の方に向かい始める。どちらからともなく寄って行くと、ギヨームとジョフリーが頭を下げた。
「お疲れ様でした」
「互いにな。オレ達にそんな丁寧に頭下げるなよ、そんな大した人間じゃねえんだから」
「でも、いろいろ教えていただきましたから」
「ただの受け売りだ。止めてくれ」
「でも⋯⋯」
謙遜ではなく、本気でイヤだとオッタの眼差しが訴える。それが伝わったのか、ギヨームは仕方ないと肩をすくめた。
「ギヨーム! いいって言ってんだからいいじゃねえか。それに、あんた確かC級だよな? オレ達もだぜ。同じC級で、上も下もねえ」
「お! テーブル光ってるの見たぜ、おめでとさん」
「ハッ! 当然」
「ニコラ、止めろよ。オッタさん、ありがとうございます」
「はぁ? 同じ級なんだぜ、かしこまる必要あるかよ。あんたらいくら稼いだんだ? オレ達は25万だ」
不敵な笑みを見せるニコラに、オッタは素直に驚いて見せた。
「25万はすげえな、ウチらは10万だよ。まぁ、10万稼げれば十分だけどな」
「ハッ! だせぇ」
「ニコラ、止めろ。すいません、失礼なやつで」
「ハハ、いいって、気にしねえよ」
「気にしろや」
「ニコラ!」
「ハハハハ」
ニコラとギヨームの小気味良いやり取りに、オッタは思わず笑ってしまう。
「本当、すいません。あのう⋯⋯それでもし良ければなんですけど、またいろいろ教えて貰えますか? ここから先、自己流だけじゃキツイとギルドからも言われていて⋯⋯」
「ああ⋯⋯構わんよ。けど⋯⋯」
「けど?」
「オレじゃない方がいいな、オレも経験は浅いからな。本拠地の場所を教えてやるから、そこでウチの案内人、グリアムから話を聞くといい。“オッタから”と言えば、話通るようにしとくよ」
「い、いいんですか?! 本拠地に伺っても!? おまえら【クラウスファミリア(クラウスの家族)】の本拠地行けるぞ!」
興奮するギヨームに気圧され、オッタは思わず後退ってしまう。
オッタは、興奮したまま去って行く【フォルスアンビシオン】を見送り、ベンチで待つルカスとパオラの元に向かった。
「またあいつらか」
ルカスはオッタの視線の先を覗き、面倒だとばかり、わざとらしく嘆息して見せる。
「ああ。本拠地を教えてやったんで、遊びに来るかも知れんから、そん時は相手してやれよ」
「やだよ、面倒くせぇ」
「彼ら、遊びに来るのですか?」
「多分? まぁ、分からんけど、もし来たらパオラも頼むな」
「はい!」
ルカスとは対照的にパオラは、はじける笑顔で頷いた。
□■
「ねえ、ちょっと。あなた達って、【クラウスファミリア】の友達?」
【フォルスアンビシオン】の三人がギルドから出ると、待ち構えていたかのように猫人の女が声を掛けて来た。幼さの残るその猫人に怪訝な顔を見せるニコラが睨みを利かす。
「友達? 何言ってんだ、こいつ? 【クラウスファミリア】なんて、オレ達が越える壁のひとつでしかねえ」
「へぇー自信満々ね」
「あったりめえだ。オレ達がギルド最速でB級への昇級を決める【フォルスアンビシオン】だ、覚えとけ」
「ウハ! かっこいい!」
「なんだテメェさっきから、バカにしてんのか?!」
「してない、してない」
鋭い視線を向けるニコラを、飄々と躱す猫人の女の肩口にある紋章にギヨームが目を剥いた。
「女神アテーナの横顔⋯⋯って、え? あんた⋯⋯えっ?!」
激しい動揺を見せるギヨームに、ニコラは怪訝な表情を見せ、ジョフリーは自分の目でその紋章を確認するとソワソワし始める。
「だから何だよ?」
「ニコラ、女神アテーナの横顔って言ったら【ノーヴァアザリア(新星のアザリア)】。この人は世界一のパーティーのメンバーって事だよ」
「あら、やっぱ知ってたか」
笑みを深める猫人の女に、動揺を隠せない三人は互いに顔を見合わせ、どうしたらよいのか、分かりやすく興奮と困惑を見せた。
世界一のパーティーに声を掛けられたという興奮と、こんな一介の極小パーティーになぜ声を掛けたのかという困惑がギヨームの脳内をグルグルと回っている。
「【ノーヴァアザリア】? そうか⋯⋯【クラウスファミリア】の次は【ノーヴァアザリア】を超えてやるから首洗って待ってな」
「ハッ! 【ノーヴァアザリア】を越える? 元気あるのはいいけど、もっと現実を見ないとね。大パーティーなら【ライアークルーク(賢い噓つき)】もいるよ」
猫人の言葉にニコラは渋い表情を見せる。
「なんか【ライアークルーク】って、いまいちピンと来ねえんだよな。カッコ悪くね?」
「へえ~どんな所が?」
「どんな所もねえな、何となくだよ」
ニコラの言葉に猫人は少し間をおいて、返事をした。
「そっか。ま、それはいいとして、もし良かったら仕事を手伝わない? 普通なら他パーティーは誘わないんだけど、【クラウスファミリア】の友達なら別。今、級は何?」
「C級だ。1ヵ月で昇級してやったぜ」
「1ヵ月?! 凄いじゃない!」
猫人は、わざとらしく驚いて見せると、ニコラは笑みが零れそうになるのを必死に堪えながら胸を張って見せる。
「ま、まあな」
「ちょうどいい。仕事を手伝って貰いながら、B級へ昇級出来るわよ。これで【クラウスファミリア】の記録もあっさり更新じゃない~」
猫人は口元に笑みを浮かべながら言い放つと、ニコラはソワソワと落ち着きを失っていく。記録更新という甘美な言葉に、“怪しい女”という言葉は脳内で薄らいでいた。
「おたく、名は?」
ギヨームは猫人に問い掛ける。猫人の言葉にニコラ同様、舞い上がりそうになりながらも、オッタの言葉を思い出す。
(あんたが下支えするといいんじゃないか)
オッタの言葉はギヨームの熱を少し冷まさせ、のぼせ上がった頭に冷静さを取り戻す。
「ごめん、ごめん、だれ? おまえって感じよね。カロルよ、あなた達と同じC級。よろしくね」
カロルはそう言って、軽くウインクして見せた。