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そのダンジョンシェルパは龍をも導く  作者: 坂門
その欠片と憧憬
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その欠片と憧憬 Ⅱ

「チッ! 何だよ。こっちは【アイヴァンミストル】くらい、別にいらないって言ってんだ。放っておけよ」


 オッタは大きな舌打ちと共に振り返り、返す刀で睨みを利かせる。オッタの後ろで、ルカスも剣呑な眼差しを向け、小さな犬人(シアンスロープ)を牽制した。


「そ、その紋章⋯⋯おまえら【クラウスファミリア(クラウスの家族)】だな!」


 紋章を見て雰囲気が変わったな。グリアムが難癖をつけてくるパーティーがいるって言っていたが、そいつらか?


 オッタの警戒の度合いが一段階(ワンランク)あがり、小さな犬人(シアンスロープ)を見つめる瞳が冷えていく。ルカスもその雰囲気を感じ取り、パオラを守るように一歩前に出た。


「だったら何だってんだ?」

「いいか⋯⋯おまえら⋯⋯いい気になるなよ。オレ達【フォルスアンビシオン(力強さと大志)】が、おまえらの記録を抜いてやるからな!」

「「「?」」」


 オッタもルカスもそしてパオラも、小さな犬人(シアンスロープ)の言葉の意味が分からず、困惑しながら互いの顔を見やった。そんな姿に小さな犬人(シアンスロープ)はバカにされたと勘違いし、苛立ちを隠さない。


「紋章持ちじゃないオレ達を舐めてんだろ!」

「あ⋯⋯いや⋯⋯舐めてない舐めてない。記録だのなんだのってピンと来てなくてな⋯⋯」

「はぁ? バカにしてんじゃねえか! イヴァン・クラウスのB(クラス)昇級(ランクアップ)のギルド最速記録だ!」

「あ!」


 オッタは、小さな犬人(シアンスロープ)の言葉に【ノーヴァアザリア(新星のアザリア)】との食事会の時の会話を思い出し、その後ろでルカスは怪訝な表情を見せていた。


「そうなのか?」

「この前の食事会の時、そんな話をしてただろう」

「してたか? そんな話?」

「おまえが聞いてなかっただけだ」

「おい! 何ごちゃごちゃ言ってんだ! このニコラ・ガグリアーノが、イヴァン・クラウスの記録を抜き、ギルドにその名を残す!」

「そ、そうか。頑張ってくれ⋯⋯」


 ニコラと名乗る小さな犬人(シアンスロープ)の圧に、オッタは思わずたじろいでしまう。


「おまえ! 本気にしてねえな!」

「⋯⋯いやぁ、まぁ、落ち着け」

「ごちゃごちゃうるせぇガキだ。ほっといて行こうぜ」


 ルカスは呆れ果てたかのように言い放つと、ニコラの熱がさらに上がる。


「何だと! テメエこそガキじゃねえか!」

「んだとコラァ!」

「ルカス止めろ」

「ニコラも止めろ。すいません、ウチのバカが熱くなりすぎて」


 オッタがルカスを諌めると、長身の犬人(シアンスロープ)が、頭を下げながらニコラの体を押さえ込む。


 敵対⋯⋯って感じじゃないよな。三人とも若いが、このデカい犬人(シアンスロープ)は終始冷静だった。このパーティーの頭脳って所か?


「面倒な事にならないなら、オレ達は構わない。行こうぜ」

「あああぁ⋯⋯ちょ、ちょっと待って下さい」


 後ろに控えていたごつい体の男が、ワタワタとオッタに手を伸ばす。


「何だよ? まだ何か文句あるのか?」

「い、いやいや、そんなじゃなくて⋯⋯オレ達は【クラウスファミリア】に憧れていて、どうやったら、そんなに早く紋章持ちになれるのか教えて貰えませんかね?」

「ジョフリー! そんな事聞くんじゃねえ!」

「ニコラ、おまえは少し黙ってろ。せっかくジョフリーが聞いてくれたんだぞ。こんな機会二度とないかも知れないんだ、教えて貰えるならラッキーじゃん」


 このニコラという犬人(シアンスロープ)は、イヴァンの存在が憧れから超えるべき目標になって、パーティーとしては、【クラウスファミリア】に憧れているって感じか? なんか、むずがゆい変な感じだな。


 オッタの中で理解は出来たものの、いまいちピンと来ない感じだった。そもそも記録とか、オッタ自身、そしてパーティーとしても全く興味のない事なので、どうでもいいというのが本音だ。そこに強いこだわりを持つ青年の登場は、オッタに若干の困惑を生む。


「そうだな⋯⋯なんだろうな⋯⋯いいメンバーを集めるとか? あ! 腕の良い案内人(シェルパ)を見つけるといいんじゃないか? ウチの案内人(シェルパ)は、この世界で間違いなく一番だ。な、ルカス」

「ん? おっさんか? ああ⋯⋯まぁな⋯⋯」

「良い案内人(シェルパ)か⋯⋯それは盲点でした。確かに、この先案内人(シェルパ)が必要になってくるのか⋯⋯」


 ニコラは、オッタの話にそっぽを向いてしまうが、長身の犬人(シアンスロープ)は、オッタの言葉を噛みしめ逡巡する姿を見せる。


「あんた、名前は?」

「え? オレ? ギヨーム」


 しっかりと聞く耳を持つ真剣な姿に、オッタは口端を上げ、長身の犬人(シアンスロープ)の名を訪ねた。


「オレ達の歴は浅い。だから大したことは言えないけど、ギヨーム、あんたがこのパーティーをしっかり下支えするといいんじゃないか? 経験を積んでくると、あんたらを食い物にしようってヤツらが近づいて来るかも知れない。あんたが、良く吟味してうまい話に乗らないようにするんだ。偉そうにいろいろ言ってるが、オレ達も経験豊富なやつらにいろいろ助けて貰いながら試行錯誤を繰り返している最中だ。互いに死なないようにしようぜ」

「あのう⋯⋯また、話を聞いてもいいですか? オレ達、話を聞いて貰える人間がいないんです」

「さっきも言ったが大した事は言えんぞ。それで良ければ構わんよ」


 ギヨームはオッタの言葉に安心したのか、ここにきて初めての笑みを見せる。


「あ、そうだ! すいませんでした。これ返します」


 ギヨームはニコラから先ほど採取した【アイヴァンミストル】を、乱暴に取り上げオッタに手渡した。


「お、おう」

「それじゃ! いろいろ教えてくれてありがとうございました。ほら、ニコラ行くぞ」


 ギヨームに手を引かれたニコラが、後ろ髪を引かれる思いで、この場をあとにする。一番後ろを行くジョフリーは何度も振り返り、大きな体を畳んでペコペコと何度も頭を下げていった。


「何だったんだあれ?」


 疲れたと嘆息するルカスに、オッタは小さくなっていく【フォルスアンビシオン】の背中を見つめながら言葉を返す。


「さあな。まぁ、()りいやつらじゃなかったから、別にいいんじゃねえ」

「でも凄いですね! 彼ら、【クラウスファミリア】に憧れてるって言ってましたよ」

「イヴァンに⋯⋯だろ。オレ達は関係ねえさ。オレ達も含まれるって言うなら、パオラ、あんたもそこに入るって事だぞ」

「ふぇっ!? いやいやいやいや⋯⋯私は違いますよ」


 パオラ両手をブンブンと振って、オッタに必死の否定を見せた。


□■


 15階、緩衝地帯(オアシス)に辿り着いた一行が、ひと時の休息を得ようと、ボロ街の中心を進む。たった数日でさらに行き交う人々が増え、一見、活気に満ちているようにも見えるが、中心から半歩逸れるだけで、路上で力なく横たわる潜行者(ダイバー)の姿が散見出来た。まるで酔っぱらっているかのように、力なく路上でうなだれている。街外れからはすえた臭いが漂い、街の雰囲気は以前より不穏の色を濃くさせていた。


「はぁ? 100ルドラだ?! この間来た時は20ルドラだったじゃねえか!」

「イヤなら買わなきゃいいだろう。ほれ、商売の邪魔だ、シッ! シッ!」


 店主はルカスが買わないとみるや、埃でも掃うかのように手で払いのける。


「こんな不味いパンに、だれが100も払うかってんだ」


 “クソッ”と悪態をつきながらルカスは店をあとにした。


「何か全体的に、物価が上がっているな。ただでさえ高いのに」

「何悠長に言ってんだよ。最深層に潜るのに、今まで以上に金が掛かるって事だろ? あんなクソみたいな値段で買うヤツがいるからこうなるんだ」

「まぁまぁ、ルカス様。マノン様がお弁当作ってくれたので、それを食べましょう。お店のパンより絶対美味しいですから」


 怒りの収まらないルカスをパオラがなだめ、街外れの奇妙な森に腰を下ろす。


「昔からガラの良い所じゃなかったけどよ、最近の緩衝地帯(オアシス)はひでぇな。酔っ払いが多すぎだし、物が高過ぎだ⋯⋯これ、うめえな」


 マノンの作ってくれたサンドウィッチを頬張りながら、ルカスの怒りは収まらない。


「景気が良いから⋯⋯って、言うんだったら地上も同じ感じになってもおかしくないんだが、そんな感じねえよな」

「ないですね。あと、酔っ払っている方が多いのであれば、もっと賑やかになるのではないですか? なんだか、みんなくたびれたみたいに道端でうずくまっていますよね」


 パオラの発した違和感に、オッタとルカスの食べる手が止まる。ふたりは視線を交わし合い、互いに納得を見せた。パオラはリアクションの薄いふたりに、場違いな事を言ってしまったと必死に言い訳して見せる。


「いや、でも、あれですよ。私の思い過ごしかと⋯⋯お酒といえばお師匠様が真っ先に浮かんだので、何だかお師匠様とは随分と雰囲気が違うなぁ~なんて思ったり⋯⋯なので、私の言葉は聞き流して下さい」

「いや、パオラの指摘は的を射てる。陽気に騒いでいるヤツがいねえ。まるで、精気を吸い取られたみてえに、うずくまっているヤツばかりだ。酒で酔っぱらっているわけじゃないとも考えられる。あの道端でうずくまっているヤツらの数といい、なんか不気味だな。ルカス、だれかに話聞けねえか? ここに知り合い多いだろう?」

「そんな事してどうすんだ? ほっときゃあいいんじゃねえ?」

「いや、何か気持ち()りいんだよ。変化が急過ぎる」

「分かった、分かった。馴染みに聞いてやるよ。まったく、しょうがねえな」


 ルカスはそう言って、サンドウィッチを一気に口に詰め込んだ。


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