その欠片と憧憬 Ⅰ
「ねえねえ、それでイヴァンの小さい頃ってどんな感じだったの?」
ヴィヴィの言葉にクルトとヴェルナは視線を交わすと互いに『おまえが言え』と、視線を向け合う。そして仕方ないと諦めの溜め息と共に、クルトが口を開いた。
「んだなぁ、まぁ、大人しい子供だったな。やんちゃなやつらばっかりの中、こいつはいつも隅っこで大人しくしているやつだった。大人達は少しばかり心配していたが、ヴェルナとかやかましいやつらが、イヴァンの手を無理矢理引いて行ってな、そのうちみんなと元気に遊ぶようになった。でも、まさかこいつが村一番の剣使いになるとは、だれも思わんかったよ」
「ホント、ホント。こいつガキの頃暗くてさ、いつも大きな木の根元に座って、ボーっとしてたんだぜ。そんなやつが出稼ぎ組になるなんて、だれも思わなかったな」
「へぇー、イヴァン暗かったんだ」
「まぁ、小さい頃に両親を亡くしちまってたから、仕方ないっちゃぁ仕方ねえのかも知れんな」
「そっか⋯⋯」
聞いてはいけない事を聞いてしまったと、ヴィヴィは少しばかり心苦しくなってしまい俯いてしまう。
「いやいや、ヴィヴィ大丈夫だから! 両親の記憶なんて全くないんで、大人しかったのとは関係ないから」
「そうだよ。こいつが暗かっただけなんだから、ヴィヴィちゃん気にしないでいいよ」
「本当?」
「ホントホント!」
「ヴェルナに言われると何かモヤモヤするけど、まぁ、気にしないでいいよ」
イヴァンとヴェルナのフォローに、ヴィヴィは顔を上げた。
「出稼ぎ組と仰っていましたが、組という事は、他の方もいらっしゃるのですか?」
サーラの問いかけに、クルトが顎に手を置き、何かを思い出しながら答える。
「ああ⋯⋯昔は何人かで街に出てたんで、その名残だな。でも、人が減っちまって、もう何十年も前から、ひとりしか出稼ぎには出せていねえ」
「そうなのですね」
「んだよ。今だって、20年近く出稼ぎ組がいなくてよ、イヴァンが久々の出稼ぎ組なんだ」
「え?! 20年?? その間どうしていたんですか??」
「前任者の蓄えが凄かったんでよ。そいつを切り崩しながら、まぁ、何とか⋯⋯だな。んだども、さすがにやべぇぞとなって、イヴァンが出稼ぎ組になってくれたんだ」
「あ! だからリーダーは、死ぬわけにいかず、稼ぎたいと常々に口にされているのですね」
「まあね。僕が稼げなくなると、本当に死活問題になっちゃうからさ、少しでも多く蓄えておきたいんだ。やっぱりダンジョンでは、いつ何時、何が起こるか分からないからね」
「そうですね⋯⋯」
イヴァンとサーラ、ふたりの頭に過るのは、ダンジョンに転がっていた者達。そしてベアトリの最後の笑顔。言葉を詰まらせたふたりをクルトとヴェルナが、いぶかしげに覗き込んだ。
「危険な事を押し付けちまって、申し訳ないと思ってるよ。もっと安全に稼げればいいんだけどな⋯⋯」
「まぁ、大丈夫だよヴェルナ。そんな無理はしないし、頼りになる仲間に囲まれているから心配しないでよ」
苦い顔で眦を掻くヴェルナに、イヴァンは笑顔を向けた。
「さあて、行くか。イヴァン、積み込みすんぞ」
「ええー! クルト、もういっちゃうの?」
「お、ヴィヴィちゃん寂しいのか? 仕方ねえな。まぁ、また来るからよ。そん時もよろしくな」
「積み込みもあるし、しばらく天気も良さそうだから今のうちに出ないと。イヴァン、やるぞ」
寂しげな顔を見せるヴィヴィに、人懐っこい笑顔でクルトが答えると、ヴェルナと共に山ほどある冬ごもりのための荷物の積み込みを始める。イヴァンが次々に本拠地から荷物を運び出すと、クルトとヴェルナは慣れた手つきで馬車に積み込んでいった。
「バイバーイ!」
「じゃあの」
大きく手を振るヴィヴィに、クルトとヴェルナも振り返す。村へと戻る馬車が見えなくなるまで、みんなで見送った。
「何かあっという間だったね」
「ですね」
ヴィヴィとサーラが、馬車が見えなくなると視線を交わす。
「短い時間でしたけど、イヴァンさんのルーツを垣間見ました。今のイヴァンさんがあるのは、きっと村の方々のおかげなのですね」
マノンがしみじみ言うと、ヴィヴィもサーラもそれに納得の表情で頷いて見せた。
□■□■
14階、下層。
オッタとルカス、そしてパオラの三人が、ダンジョンに潜っていた。
上層や下層上部に比べると、潜行者の数が減ったとはいえ、【アイヴァンミストル】を狙い、多くの潜行者達が一攫千金を夢見て壁を睨みながらダンジョンを彷徨っている。オッタもそれに倣い壁を削ってはみるものの、【アイヴァンミストル】の小さな欠片が足元に転がるだけだった。
「ブハッ! 小せえ!」
「なかなか難しいものだな」
グリアムから借りた小さなピッケルをベルトに戻しながら、オッタはもう一度壁を覗き込み、取り残しがないか入念に確認する。
「オッタ様、この大きさでも売れますから、そんなに肩を落とさないで下さい」
そう言ってパオラは、背負子に【アイヴァンミストル】の欠片を仕舞う。パオラは体に似合わぬ大きな背負子をグリアムに代わり背負っていた。
大きな背負子を軽々と背負うパオラの姿を最初に見た時は、オッタもルカスも少しばかり驚いてしまったが、驚く姿にパオラは少し照れた笑みを零し、慣れた足取りでダンジョンを進んで行った。
治療師だからって甘えちゃダメ。出来る事は率先してやりなさい⋯⋯そうね⋯⋯例えば、荷物を持つ事は出来るでしょう? たくさん持てるように鍛える⋯⋯とか、どう?
パオラは、ベアトリと一緒にダンジョンに潜るようになると、早々にこんな言葉を貰っていた。パオラからすると、ベアトリの教えをしっかりと守っているだけなので、驚かれるのが何ともむずかゆく感じてしまう。
「なぁ、パオラ。その“様”ってのは、止めないか? どうにもむずがゆくなるんだよな」
前を行くオッタが、前をむいたまま背中越しに肩をすくめて見せた。
「いいえ。みなさん凄いですし、私はまだ足手まといにしかならない半人前ですから、当然の事です」
「そんな事はないだろう。今日だって、あんたが荷物を持ってくれているからオレ達は随分と楽だ。それに何かあったら治療してくれるんだろう?」
「そ、それはもちろん! でも、何もないのが一番ですけどね」
「まあな。ルカス、おまえもパオラがいて助かってるよな?」
「ああ? ああ⋯⋯」
「な」
「はぁ⋯⋯ルカス様はそう思ってはいないようですが」
「あの返事は、ルカスにとっては最大限の肯定だよ。ガキだから照れてんだよ」
「はぁっ!? オッタ聞こえてんぞ!」
「お? わりぃわりぃ、聞こえてたか」
ニヤニヤとからかうオッタを睨むルカス。そんなふたりにまだ慣れていないパオラは、やり取りをドキドキしながら見つめていた。だが、言葉は荒いものの、ふたりからピリピリする空気は感じられない。仲の良い者同士のちょっとしたじゃれ合いなのだと、パオラも気づきほっと胸を撫で下ろす。
「どうする? とりあえず15階で休憩すっか?」
「そうだな。あんましあそこの雰囲気好きじゃないが、少しだけ休憩して戻るか」
オッタの言葉に一同は下へと向かう回廊を目指し歩き始めた。ときおり現れるモンスターは、オッタとルカスによって瞬殺され、【アイヴァンミストル】の痕跡を求めパオラは壁を必死に睨んだ。
「オッタさん! ありまし⋯⋯」
パオラがやっと見つけた【アイヴァンミストル】に、カツッとピッケルが振り下ろされる。見知らぬ小柄な犬人の青年が、パオラの指差す【アイヴァンミストル】を削り取ってしまった。
「ちょ、ちょっと! 私が先に見つけたのですよ」
「え? 取ろうとしてなかったじゃん」
「でも、指差していたのですから、こちらが見つけていたのは分かってたはずです」
「知らねえよ」
小柄な犬人は、いかにもやんちゃそうな顔を、しかめて見せた。パオラも頬を膨らまし、怒りを露わに抗議するものの如何せん迫力に欠ける。
「どうした?」
オッタとルカスがパオラの元に駆け寄ると、小柄な犬人の仲間も、騒ぎを聞きつけ駆け寄って来た。長身の犬人と、体格の良い筋肉質の男。パオラと睨みあう小柄な犬人の姿に、ふたり険しい視線を向ける。
「わ、私が見つけた【アイヴァンミストル】を、この人が横取りしたのです!」
「はぁ? 言い掛かりだ」
オッタは対峙する三人を見つめ値踏みする。冷たい視線を向けるオッタの迫力に、三人の視線は泳いでしまう。オッタは視線を外し、パオラの肩に手を置いた。
「パオラ、行くぞ。また見つければいいさ」
「でも⋯⋯」
(やらなくていいのか?)
ルカスは後ろで警戒を怠らずに前を見つめながら、オッタの耳元に口を寄せた。
「いいさ。行こうぜ」
踵を返すオッタに、小柄な犬人が目を剥く。
「ちょっと待て、あんたら⋯⋯」
凄んで見せる小柄な犬人に、オッタは面倒そうに振り返った。