その追憶と託された者達 Ⅴ
リオンは本拠地の執務室でレンの報告に耳を傾けていた。
そのレンといえば、椅子の背もたれを前にして、見たものを、だらしない姿で身振り手振りを加え報告していた。
得体の知れないエルフの儲け話に、自ら乗ったとはいえ、全容の見えない様に気持ちの悪さはしこりとなって心に鎮座している。だが、レンの話がそのしこりを取り払うかといえば、逆に違うしこりを生み出し、リオンから笑みを奪った。
「⋯⋯ヤツは、ギルドの裏口に消えた。ま、これだけでギルドが絡んでいるとは言えねえけど、あのエルフ自身がギルドとなんかしらの繋がりがあるのは間違いねえ」
「そうだね。もともと、詮索するなっていう条件は、何ともきな臭い話ではあったけど、さらに香しくなってきたね」
「だが、それに乗ったのはあんただ。ギルドが噛んでいる可能性はあるぜ。あんなヤバいもんをギルドが捌いているってなりゃあ大騒ぎだ」
リオンはレンの言葉にひと呼吸おくかのように、大きな背もたれにゆっくりと体を預ける。
「まぁ、今は様子見かな。もし本当にギルドが噛んでいるとしたら、下手に動くと僕達の方が潰されてしまうかも知れない。パーティーの金策は必要だし、もう少し泳がせてみてもいいんじゃない? 実際、かなりの儲けが出ているからね。そのおかげで、思っている以上に早く次の潜行が出来そうだよ」
「ヤツの探りは続けるか?」
「頼める?」
「こいつ次第だ」
レンはニヤリと指で金のマークを作って見せた。
「もちろん、分かっているよ」
リオンはわざとらしく渋い顔をして見せ、口端に笑みを湛えた。
□■□■
【クラウスファミリア(クラウスの家族)】の本拠地に二台の大きな馬車が横付けされる。そして、その馬車から壮年の男とフードを深く被った男が現れ、本拠地を見つめながら佇んでいた。
「デカっ!」
「んだなぁ~」
フードを深く被った男は思わず声を上げると、壮年の男もそれに頷く。門をくぐり手入れの行き届いた庭兼テールの遊び場を抜けて、玄関の前にふたりは立った。
「おーい! イヴァン!!」
「来たぞー!」
返事をする間もなく、玄関の扉からイヴァンが満面の笑みで現れた。
「ヴェルナ! クルトさん! いらっしゃい!」
イヴァンは、フードを深く被るヴェルナ、そして壮年の男クルトとハグをして、久々の再会を喜びあう。
「いんやぁーおまえさん元気そうだの。良かった、良かった」
「クルトさんこそ、お酒飲み過ぎてないですか?」
「ああん? そ、そんな事ねえよ」
「本当ですか? ま、立ち話も何なんで、中入って休んで下さい。どうぞどうぞ」
イヴァンがふたりを招き入れると、想像以上に大きな本拠地に、ヴェルナもクルトも物珍し気にキョロキョロしてしまう。
「しかし、でけえなぁ。これイヴァンの家か?」
「まさか! パーティーのみんなと一緒に暮らしているんだよ。あ、ヴェルナ、ここではフード取って大丈夫だよ。だれも何も思わないから」
「そうか⋯⋯」
ヴェルナは恐る恐るフードを取ると、蒼白い顔と紫色の髪が現れた。エルフのような容姿端麗な顔で緊張を見せるヴェルナに、イヴァンは微笑みかける。
イヴァンはふたりを居間に案内すると、ちょうどお茶をしながらヴィヴィとサーラが、ソファーで寛いでいた。
「ヴィヴィ、サーラ、こちらは僕の村のクルトさんとヴェルナ。クルトさんには村にいる時、凄いお世話になって、小さい頃は良くご飯を食べさせて貰ったんだ。ヴェルナは幼馴染で、小さい頃は良く遊んだよね」
「どうも、どうも。しかし⋯⋯めんごい女子達だのう」
「や、やあ⋯⋯」
クルトは陽気に挨拶するが、ヴェルナはいきなり緊張の面持ちを見せ、視線は泳ぎまくっている。
「ヴェルナ? どうした?」
「⋯⋯イヴァン。ちょっと来い」
ヴェルナは、イヴァンを呼び寄せると耳元に口を寄せた。
(おい! おまえ、なんであんな可愛い娘達と同じ屋根の下でのうのうと暮らしてんだ! ちゃんと仕事してんだろうな!? 遊びで来てんじゃねえんだぞ!)
「アハハ、大丈夫だよ、ちゃんと仕事してるって。ヴィヴィとサーラにもいっぱい手伝って貰っているんだからさ、お礼言っておいたほうが良いよ」
「そ、そうなのか」
イヴァンが大きく頷いて見せると、照れを見せているヴェルナは、モジモジしながらヴィヴィとサーラに対峙する。
「な、なんか⋯⋯イヴァンを手伝ってくれたって⋯⋯ありがとう⋯⋯」
「そうかな? 手伝ったかな? サーラどう?」
「ですね。あまり手伝っているとは思っていませんよ。リーダーにはたくさん助けて頂いてますし⋯⋯」
「「リ、リーダー」」
クルトとヴェルナは、揃ってテーブルに身を乗り出し、サーラの言葉に目を剥いて驚きを隠せない。その大仰にも見えるリアクションに、ヴィヴィとサーラは思わずたじろいでしまう。
「こ、こいつが⋯⋯」
「この寝小便垂れが⋯⋯」
「寝小便って! 大昔の話でしょう! クルトさん止めてよ」
「ほほう、イヴァンが寝小便⋯⋯」
「ヴィヴィさん、これは具体的に教えて頂かないとならない案件でしょうか?」
「もちろん。サーラの学者魂も爆発するでしょう?」
「ええ⋯⋯そうですね」
ヴィヴィの瞳はキラーンと輝き、サーラは口元に不敵な笑みを作って見せた。
「もう! なし、なし! そんな話はいいって!」
両手を大きく振り抵抗を見せるイヴァンの必死な姿に一同が爆笑すると、イヴァンは盛大にむくれそっぽを向いてしまう。
「リーダー、冗談ですよ」
「そうそう。イヴァンの昔話を聞きたいだけだって、みんなも座って座って」
むくれるイヴァンの横にクルトとヴェルナが腰を掛けると、マノンがみんなのお茶を持って来た。
「マノンさん、すいません。あとは僕がやるんで休んで下さい」
「それじゃあ、私もイヴァンさんの昔話を聞きたいです!」
マノンもヴィヴィやサーラと一緒にソファーに腰を下ろした。
「「う、兎さん⋯⋯」」
クルトとヴェルナは、珍しい兎人の登場に絶句したまま固まってしまう。
「そうか! 僕らにはもう普通だけど、兎人は初めてだよね」
「いや、もう⋯⋯なに? 何にびっくりすればいいのか、わっかんねぇ⋯⋯」
「都会ってこうなのけ? イヴァンはもう都会の色に染まっちまったのか?」
「ふたりとも大袈裟だね」
言葉を失うクルトとヴェルナに、イヴァンは呆れ顔で嘆息して見せた。
「村の話を聞かせて下さいよ。何と言う村でどこにあるのですか?」
「⋯⋯おお、そうか。イヴァンから聞いてねえのか」
「リーダーからは、凄い遠くて、ここから馬車で二週間掛かるとしか聞いてません」
「二週間弱ね。だいたい10日くらいだよ」
「リーダーはいつもそここだわりますね」
「だって、全然違うでしょう?」
「そうですか? それでクルトさん、どうなんですか?」
「ああ⋯⋯村の名は【クトペウル村】。ここから山を二つばかり越えて、ずーっと北に行った所だ。山中で雨に降られると足止め食らうからな、二週間くらい掛かる事もあるぞ」
クルトの言葉にサーラが怪訝な瞳をイヴァンに向けると、イヴァンはそっとその視線を外す。
「とにかく寒いんだよな。ガキの頃は雪で遊んだりもしたけど、大人になると辛いだけだよ」
「遊んだね~僕もヴェルナも、何であんなに元気だったんだろ?」
「あの元気が戻って来て欲しいよ。まぁ、冬が長いんで、暖かい時は冬に向けてずっと準備しているって感じだな」
「そうだね、雪が積もって一面真っ白。どこの家も、こう⋯⋯屋根に鋭角をつけて、雪が積もって家を潰さないようになっているんだよ」
イヴァンが手で屋根の形を作って見せると、一同は感嘆の声を上げた。
「なるほど! 凄い考えられていますね。こっちの建物とは屋根の形が違うのですか」
サーラは興味津々と目を輝かせながら、イヴァン達の言葉に耳を傾けていく。