その追憶と託された者達 Ⅳ
「そう言えば、今日のダンジョン、人多かったよな。まったくよう、鬱陶しくて仕方ねえよ」
ルカスがベアトリの酒を傾けながら、珍しく愚痴をこぼす。
「そんなにか?」
「ああ。おっさんもビビるかも知れねえぞ。みーんなバカみてえに壁をカリカリカリカリして、道を塞いでるんだぜ。邪魔で仕方ねえ」
「あ! それ多分、【アイヴァンミストル】の買い取り額が大幅に増えてるからだと思うよ。前に【ノイトラーレハマー】に行った時に、そんな話を店長のロイさんがしてた」
イヴァンの言葉に、顔をしかめながらもルカスは合点がいったようで、背もたれに体を投げ出した。
「それでですかね? 緩衝地帯に、酔っ払いの方が凄い増えてて、道端で酔い潰れている方がいっぱいでした。お金が入って、気が大きくなっているのでしょうか?」
「そんなにか?」
「師匠もびっくりすると思いますよ。ここ数日で何があったの? って、思っちゃうくらいです」
「まぁ、元々ガラのいい所じゃねえが、あそこで酔い潰れようと思ったら、金なんていくらあっても足りねえぞ⋯⋯それだけ【アイヴァンミストル】の買い取りが美味しいって事か」
「確か、以前の二倍近い買い取り額になっているはずです」
「ほう⋯⋯そいつは確かにウマいな。とはいえ、上層、下層じゃ採取量には限界があるだろう?」
「噂では、深層まで潜るパーティーもいるそうですよ」
「はぁ~良くやるな」
サーラの言葉に呆れるグリアムと違い、イヴァンはひとり考え込んでいた。
「でも、【アイヴァンミストル】の買い取り額が二倍になったのは、やっぱりかなり美味しいですよ。上層なら単独でも行けますし、みんなが躍起になるのは分かります」
「そういやぁ、おまえも稼ぎたい派だもんなぁ」
「いや⋯⋯まぁ、はい⋯⋯」
ニヤニヤと笑みを向けるグリアムに、イヴァンは少し歯切れ悪く答える。その姿にヴィヴィは、小首を傾げながら口を開く。
「ねえ、どうしてイヴァンは稼ぎたいの?」
「僕の村は寒さのせいで、村自体が貧乏なんだよね。厳しい冬を越すのにいろいろとお金が掛かるんだけど、村にはそのお金を捻出する術がないんだ。だから、僕が稼いで、そのお金で冬ごもりに備えたいんだよね」
「おお! イヴァン、えらい! 私もお金稼ぐの手伝うよ」
ヴィヴィは頭の上で、パチパチと軽く手を打って見せた。
「アハ、ありがとう。でも、もうみんなのおかげで冬ごもりの準備はバッチリ。近々、村から馬車が来るんで、あとはもう渡すだけなんだ」
「そっか。冬ごもりの準備って何買ったの?」
「う~ん、そうだね⋯⋯干し肉とか、ドライフルーツ。お酒も少し買ったし、防寒コートとか日持ちする食料とか日用品がメインかな。そうそう、あとは【アイヴァンミストル】のストーブを買ったんだ。薪割りしなくて良くなるから、お年寄りは随分と楽になるはず」
「イヴァンの故郷の人かぁ~。ちょっと会ってみたいな~」
「来週、荷物を取りに来るよ。みんないい人達だから、会ってあげてよ」
ヴィヴィはニンマリと笑みを見せると、イヴァンも満足気に微笑んだ。
他愛のない会話は、束の間の平穏を映し出し、パーティーの心と体を癒していく。酒精は、気分を軽くし、悲しみを心の奥底へと沈めていった。
□■□■
「なぁ、レン。オレと組んで直接取引しねえか? パーティーを通さないでやればボロ儲けだぜ」
「ああ? てめぇ、何ほざいてんだ? 寝言か? 寝言だよな?」
左目の大きな傷を歪ませながら、レンはカウンター越しに派手な装飾品を身に着ける店主に顔を寄せた。その派手な装飾品は、絵に描いたかのように金に対する執着心の強さを反映している。
「いや⋯⋯まぁ⋯⋯元締めと直接やり取り出来ればよ、手っ取り早いじゃねえか」
元締めねえ⋯⋯そいつはこっちが知りてえんだよ。
【ライアークルーク(賢い嘘つき)】の本拠地に突然現れたエルフの話を、リーダーのリオンは半信半疑ながらも受け入れ、まずは緩衝地帯で試せと小袋を受け取った。
その効果は絶大で、試した人間達はことごとく中毒となり、面白いようにそれを求めるようになった。その結果を受け、すぐにリオンはエルフと密約を交わす。受け取った中身と自分達の素性については言及しないということを条件に⋯⋯。
気持ち悪いほど、結果出るのが早えんだよな。こいつは一体何なんだ?
レンが店主に鋭い視線を向けると、店主は視線を逸らしてしまう。
「ああ? くだらねえ事言っていると、一生起きられなくすんぞ」
「わかった、わかったって。しかしよう、すげえなコイツ。一回手を出したら止まんねえみてえだ、どうなってんだ?」
「知るかよ。試してみりゃいいだろう」
「勘弁してくれ、おっかなくて手なんて出せるかよ」
やり取りが面倒になったレンがカウンターに小袋を乱暴に置くと、店主も小袋をカウンターに置く。レンの小袋と違い、店主の小袋はズシリと重さを感じさせ、ふたりは揃って、互いに差し出した小袋を確認していく。
「なぁ、コイツは酒に混ぜなくともイケるのか?」
店主は小袋から小さな包みをひとつ取り出し、ひらひらと振って見せた。カサカサと微かな音を鳴らし、包みの中に粉状の何かが入っているのが分かる。
「さあな。酒に混ぜて使う物だとしか聞いてねえ」
「直接飲んだ方が効くかもしれんな」
「知るかよ」
「次はいつ来る? こんな量、すぐに捌けちまう」
「さあな。追加が手に入ったら持って来てやる」
「頼むぜ」
レンは軽く舌打ちだけを返し、ボロボロの店を出て行く。
道端に転がる人間や、壁にもたれたまま動かない人間を横目に、レンは緩衝地帯をあとにした。
□■□■
人通りの多いカフェのテラス席に、左目に大きな傷跡を持つ犬人が腰を下ろす。乱暴に注文する姿はあきらかに浮いており、この場に似つかわしくないのは自分でも分かっているのか、所在なく落ち着かない。
行き交う人をジロリと睨んでいたが、待ち人は現れず、置かれたカップに視線を落とした。
早く来やがれ。
テーブルに肘を付き、不機嫌を隠さない犬人の前に、眉目秀麗、いかにもエルフの男が静かに腰を下ろす。
「遅えぞ」
「君が早いのだろう。あ! 私にも同じ物を」
エルフが穏やかな口調で、横を通り過ぎようとしていた店員に注文する。すぐに湯気の立つカップが目の前に運ばれると、ひと口だけ口に含んだ。
「何だってこんな所なんだよ。人目が多すぎだぜ」
「だからいいんじゃないか。だれも私達の事など気にしないからね」
そう言ってエルフはまた、カップを口に当てた。
「さっさと済ませるぞ。ほれ」
犬人が、テーブルに身を乗り出し囁くと、テーブルの下に小袋を差し出す。エルフは黙ってそれを受け取ると、エルフも袋を差し出した。犬人は黙って受け取ると、テーブルの下で袋を少しだけ開き覗き込む。袋の中には粉薬を包んだような小さな包装紙が、袋いっぱいに入っているのを確認するとすぐに袋を閉じた。
「確かに。どうですか、こちらの評判は?」
「上々だ。緩衝地帯で試しているが、思っている以上に捌けている。地上でも本格的に捌きてえもんだな」
「それはまた別ですよ、レンさん」
エルフはカップに口を付けたまま、上目でレンを見つめる。レンはわざとらしく肩をすくめ、嘆息して見せた。
「しかし、清廉潔白のエルフ様が、ずいぶんとえげつない物をバラ撒くな」
その言葉に、エルフの視線に鋭さが生まれる。
「そう怖え顔すんなよ、褒めてんだぜ。ウチとしては美味い話だ、黙って言われた通りにやるよ」
「余計な詮索はしないように。怪我の元ですよ」
「へいへい、分かっておりますとも」
エルフはレンの返事に嘆息しながら席を立った。
テラスで座っているレンが、通りを行くエルフに微笑みながら軽く手を振ると、エルフは怪訝な表情で視線を外した。人混みに消えて行くエルフの背中を睨み、レンは席を立つ。
「金、ここに置いておくぞ!」
そう言ってテーブルの上に金を置くと、テラス席の柵を飛び越えエルフの後を追う。
人波を掻き分け、エルフの背中を追った。
あんたの素性も洗っておかねえとな。こっちばっかり身バレしてんのは、面白くねえんだよ。
レンは一定の距離を置き、つかず離れず、エルフの背中を睨みながら後を追う。
エルフは人混みの中、街の中心部へと迷いなく進んで行き、そしてレンの表情に困惑が生まれる。
おいおい、マジかよ。
エルフは街の中心にそびえ立つギルドの裏口へと消えて行った。
レンの困惑は深まり、ギルドを見上げる。
どういう事だ?
エルフの消えた裏口に、レンは疑惑の眼差しをしばらくの間向けていた。