その追憶と託された者達 Ⅰ
疲弊したパーティーが地上に辿り着いた。
だれも口を開く事は無く、そこに達成感はまったく見えない。満身創痍の薄汚れたパーティーの姿が、過酷だった潜行をまわりに告げていた。
「すいません、ミアさん。怪我人がふたりいます、お願い出来ますか?」
「もちろん。大丈夫、イヴァンくん? イヴァンくんもそうだけど、みんな顔色が良くないわね」
「正直、大丈夫ではないです⋯⋯サーラとルカスくんをお願いします」
「すぐに医療班を呼ぶから、大丈夫。心配しないで」
努めていつもと同じように振る舞うミアに、イヴァンは力なく一礼して、受付を後にした。
すぐにストレッチャーが二台現れ、サーラとルカスは素直に運ばれて行く。ヴィヴィはそのやり取りに参加する事なく、テールと共にベンチに腰掛け、魂が抜けてしまったかのようにボーっとその光景を見つめていた。
「ミア、こいつを⋯⋯」
イヴァンと入れ替わるように現れたグリアムが、ミアにタグを差し出す。ミアはいつものように、そのタグを受け取り確認していった。
名:ベアトリーチェ・ディバーニャ
級:S
タグに刻まれた名を目にした、ミアの瞳が一瞬見開く。だが、すぐに冷静ないつもの姿を取り戻し、グリアムへ視線を戻した。
「承ります⋯⋯残念です」
「ああ⋯⋯」
短い言葉のやり取りで全てが伝わる。ミアはギルドの人間として、すぐに手続きに入った。
「帰るぞ⋯⋯ほら」
グリアムが、座っているヴィヴィの背中をそっと押す。
【クラウスファミリア(クラウスの家族)】は、夕暮れの中、本拠地を目指し、街中に消えていった。
□■
「⋯⋯ウソ⋯⋯」
マノンは口元で両手を覆い、絶句した。
本拠地に戻ると、すぐに告げられたベアトリの死。その衝撃を受け止めきれず、マノンは、力なく床に膝をつくと、肩を震わせ、両手で顔を覆ってしまう。その姿にヴィヴィはまた涙を流し、オッタがマノンの肩を抱きソファーに座らせた。緊張から解放された者達は、ただただ悲しみに暮れる。晴れる事のない心持ちに、今は仕方がないと受け入れるしかなかった。
グリアムもソファーに体を投げ出し、天井を仰ぐ。マノンのすすり泣く音だけが居間に響き、口を開く者はいない。
何を言えばいいのか⋯⋯。
だれもがそう思い、言葉は悲しみに飲み込まれた。
「お酒を用意しておいたんです⋯⋯ベアトリさん、喜ぶかなって。無駄になっちゃいましたね」
真っ赤に目を腫らしながら、マノンは努めて明るく振る舞う。
オッタは立ち上がると、人数分のカップと酒瓶を一本、手にして戻って来た。みんなの前にカップを置き、ゆっくりと酒を注いでいく。
「私、呑めない⋯⋯」
「まぁ、そう言うな。今日だけだ」
ヴィヴィが困惑を見せると、オッタはひと口分だけ、ヴィヴィのカップに注いだ。
「ベアトリに」
オッタがカップを掲げると、皆カップを掲げた。グリアムは、注がれた黄金色の液体を一気に煽り、また天井を仰いだ。
□■
何も出来ぬまま数日が経った。
サーラと比べると軽傷だったルカスが戻ったが、本拠地に明るさはまだ戻らない。
「ルバラの所、行って来る」
「あぁ⋯⋯ヴィヴィ、すまんが⋯⋯」
「うん。分かってるよ、グリアム。ルバラに伝えておく」
「すまんな」
「いいよ、行って来ます」
イヤな役を押し付けちまったかな。
グリアムは、少し後悔しながら、居間を出るヴィヴィとテールを見送った。
もう知っているだろうが、あいつにも伝えないとだよな。
ひとりのエルフの顔を思い出し、グリアムは夜になるのを静かに待つ。その時間が何とも長く感じてしまい、沈んだ気持ちは悲しみに押さえつけられ、浮かび上がる事を拒んだ。
夜の静寂が包むギルドへ、グリアムは向かう。
受付でいつものようにやる気のない姿を見せるエルフに、いつものように声を掛けようとすると、エルフの方から声を掛けて来た。
「来たか」
「相変わらずヒマそうだな、アクス」
「そうでもないさ。こう見えて意外にやる事はあるのだよ⋯⋯残念だったな」
アクスからいつものような悪態はなく、静かな声色を響かせた。
「ああ。最後の最後まで、あの野郎、担がせやがって。何度あいつをダンジョンで担いだと思ってんだ」
「ハハ⋯⋯そうか。最後まであいつらしかったのか」
「最後の最後まで、かっこつけてたよ」
「苦しんだか?」
「さぁ? でも、笑ってた」
「そうか⋯⋯らしいじゃないか」
アクスはそう言って、受付の向こうで微笑んだ。
「そうかもな」
浮かない表情のグリアムに、アクスは顎に手を置き、子供でも見るかのように慈しむ瞳を向ける。いつも見せない表情に、グリアムは少しだけ驚いた。
「まぁ、慰めにならんかもだが、あいつは、もう十分生きたんだよ。そう遠くない未来に同じ結果が待っていたんだ。仲間がいるところで笑って死ねたのなら、あいつは本望だろうよ」
「そこは、オレには分からんよ」
「500過ぎてたんだぞ、十分生きたさ。だから、背負いこむな。おまえは、変なところで真面目だからな。あいつもそんなものは望んでおらんよ、大きなお世話だって」
「確かに言いそうだ」
「だろう」
そう言うアクスの表情は穏やかだった。
そういやぁ、こいつも昔は、こんな顔していたな。カーラやベアトリに、からかわれては、怒ったり、笑ったりしてたっけ。
その追憶は、寂しさと共にグリアムの鼻腔を刺激する。
グリアムはアクスに別れを告げ、星空を見上げながら、本拠地を目指した。
□■□■
「そう言えば、今日、サーラさん戻って来るのですよね?」
マノンの言葉に、イヴァンがハッとテーブルから顔を上げる。
「そうだった。ありがとうマノン、ちょっと忘れてたよ」
「何はともあれ、無事に帰って来られるので良かったですね」
「そうだね」
少し遅めの朝食をみんなで食べながらの、たわいのない会話が少しずつ戻って来ていた。
マノンの言ったそばから、カランカランと玄関からの呼び鈴が聞こえ、マノンはすぐに席を立つ。
「噂をすればじゃないですか。私、行って来ます」
マノンは、玄関の扉を勢い良く開いていく。
「はーい、お帰りな⋯⋯?? ど、どちらさま?」
サーラの背丈に合わせていたマノンの視線が、下へと落ちて行く。そこにあるはずのサーラの顔はなく、下に向けた視線に映ったのは、もじゃもじゃの緑髪に緑の装い。小さな体もあいまって、ブロッコリーのような野菜、グラシュトフを想起させた。目元まで隠れる小さなまん丸の緑髪のアフロヘアーに、可愛らしい控えめな鼻の上には、そばかすが見えた。
どっかの子供が迷い込んだのかしら?
マノンが首を傾げていると、ブロッコリーは勢いよく頭を下げた。
「パパパパ、パ、パオラレナ・カルツォーラーリ! だし⋯⋯です! パ、パオラとお呼び下さい!」
「パパオラさん?」
「い、いえ、パオラです!」
困惑深まるマノンに、パオラは口元にぎこちない笑みを必死に作って見せた。