その惨劇の後始末 Ⅱ
「そ、それで、リオンさん。単眼鬼の討伐報酬とランクアップの件、宜しくお願いしますよ」
片腕の男は下品な笑みを口元に浮かべ、自身の欲を隠そうともしない。その姿に、リオンは一瞬こめかみをピクリと動かすが、口元の笑みは張り付いたように動かなかった。
「そうだったね! それで、そのドロップ品は?」
「いや⋯⋯まぁ⋯⋯そいつは⋯⋯」
「うん? どうしたどうした? 単眼鬼のドロップがあったでしょう?」
「そのなんつうか⋯⋯倒すので精一杯になっちまって、ドロップまで気が回らなかったんだよ」
上目でチラ見する片腕の男に、リオンはわざとらしく顔をしかめて見せた。
「それはどうなんだい? 証拠もなく討伐報酬と言われても、確証がないんじゃ渡せないよね。しかも、言いたくはないけど、単眼鬼相手に片腕を失う程度のレベルで、討伐出来るのか、甚だ疑問なんだよね」
「い、いや、こいつは違うんだ。単眼鬼相手に、腕をやれちまうなんてありえねえさ。こいつは違うモンスターにやられたんだ」
片腕の男の慌てた素振りに、リオンは顔をしかめて見せる。
「だとしても20階とかそこらだろう? 深層のモンスター程度でそれじゃあね。ふたりが倒したとは、にわかには信じられないな。で、他の人達はどうした?」
「ほ、他の連中は、これだ⋯⋯」
ドワーフの女が、グリアムから受け取った小袋をリオンに差し出すと、リオンはズシリと手に伝わる重さに、怪訝な表情でその小袋の口を開いた。小袋の中を覗くと血塗れのタグがリオンの目に入り、思わず目を剥いてしまう。少し驚いて見せるリオンの手から、イヤルがその小袋をひったくるように手に取ると、同じように中を覗き、眉間に皺を寄せた。
「あんた達だけが、生き残った? 特段、強そうには見えないけど」
「ダンジョンには運ってやつも必要だろ? な?」
片腕の男は、イヤルに同意を求めるが、イヤルの眉間の皺が深くなるだけだった。
「で、結局てめえの腕を斬り落としたのは、どいつなんだ? 単眼鬼にビビりまくってたヤツが、単眼鬼より格上のモンスターと対峙して生き残った? どういう事だ? 全滅して、おまえらだけが生き残った? どういう事だ? おまえらはただ逃げ回って、運良く生き残っただけ。そいつをいい事に、金をふんだくろうって魂胆なんだろ」
リオン達のやり取りに、イラ立ちを抑えられず、レンが左目の大きな傷跡を歪ませながら、片腕の男とドワーフの女を睨んだ。
「い、いや、倒したって! 止めを刺したのはオレじゃねえけど、あと一歩の所まで追い込んだのは、オレ達だ。な!」
「そ、そうだ。もうヘロヘロだった。あれは、ほっといても死んだって」
「そ、それに、あれだ、ライカンスロープと魔狼の大群っていう邪魔が入ってよ、腕は狼野郎にやられたんだよ。単眼鬼なんかには、やられねえって!」
「チッ! 噓コケ。アホくさ、オレはいち抜けだ」
「ほう!」
片腕の男とドワーフの女の話を、黙って聞いていたリオンの口元に笑みが蘇った。イヤルとレンは、嘘だとばかりに呆れた表情を見せ、レンはどこかに行ってしまい、イヤルは大袈裟に溜め息をついて見せる。
「はぁ~、おまえな⋯⋯嘘をつくなら、もっと本当ぽい嘘を言え。ライカンスロープなんて最深層のモンスターだぞ。なんで、深層に現れる? しかも魔狼の群れつきなんて、最深層ですらなかなかのイレギュラーだぞ。金は払わない。おまえらの話は嘘ばかりだ」
「副リーダー待ってくれよ! 本当だって! 腕なくなっちまって、もう潜れねえんだ、生きて帰ったんだ、報奨金くれよ」
「そうだ! 嘘は言ってねえ、昇級もだ!」
「だれが払うか。この話は終わりだ、おまえら消えろ」
イヤルは懇願するふたりを、冷ややかに見つめ、切り捨てる。リオンは、片腕の男の言葉に引っ掛かりを覚え、しばらくの間、黙ってやり取りを聞いていた。踵を返そうとするイヤルの肩を押さえ、片腕の男とドワーフの女に微笑みを向ける。
「さっき、君は止めを刺したのは自分達じゃないって言ってたよね? ライカンスロープも、咄嗟の嘘で出て来るモンスターとは思えない。仮にだ⋯⋯君達の話が本当だとして、ライカンスロープに対抗出来た者がいたって事だよね? その人はどこ? 貰った小袋の中って事かい?」
「どうしたんだリオン? もういいだろう、こんなヤツら。あの中にライカンスロープに対抗できるヤツはいなかったよ」
「まぁ、待てって、イヤル。ライカンスロープに対抗出来る人間なんて、もしいるなら貴重じゃないか、しかも亡くなってしまったなら、ウチとしては大損だよ。ねえ、君達、どうなんだい? 正直に話してくれないか? ライカンスロープを倒した人間はどうした?」
「それは⋯⋯」
リオンの口元から笑みは消え、真剣な表情で片腕の男とドワーフの女に詰め寄った。そんなリオンの姿に呆れながら、イヤルは、口ごもる片腕の男に冷たい視線を向ける。
「何かあるならサッサと言え!」
「まぁまぁ、イヤル落ち着いて。ライカンスロープと対峙できる人間なんて、ひと握りしかいない。そんな人間が深層で死んだというのは、解せないし、まだ生きているならここに戻ってこられるでしょう? 待つ価値があると思わないかい?」
「もう死んでるよ」
イヤルはいち抜けたと、深い溜め息をついて見せ、急速に興味を失っていった。
「で、どうなんだい?」
「死んではいねえけど⋯⋯なぁ」
「ああ⋯⋯」
「ほう! まだ生きているのか! そうかそうか。単眼鬼もその人が⋯⋯って事だ。にしても、君達の態度は煮え切らないね」
「その⋯⋯違うパーティーの人間に助けて貰ったんです」
片腕の男は急にしおらしく、小さくなってしまう。優秀な人材がいたかも知れないという期待はもろくも崩れ、リオンは不機嫌を隠さない。やれやれと首を横に何度も振り、ライカンスロープと対峙出来る唯一とも言えるパーティーを頭に浮かべ、さらに不機嫌になっていった。
「助けて貰った? て事は、【ノーヴァアザリア(新星のアザリア)】の連中が、たまたま居合わせたって事か」
「あ、いや違う。【ノーヴァアザリア】じゃねえよ。何だか知らねえパーティーだった。紋章は持ってたから、リーダーは、B級ぽかったけど、他のヤツらはCとかD級ぽかったよ」
片腕の男の言葉に、リオンは眉をひそめる。
「その級で、ライカンスロープと対峙したってのか?」
「ああ。バカでっかい犬と、生意気な【忌み子】がいるパーティーだ。その【忌み子】がよ、荷物持ちだと思ってたけど、むちゃくちゃ強くてよ。何か変なパーティーだったんだよな。あ、でも、むちゃくちゃ苦戦して、最後はボロボロだったぜ。治療師のエルフなんか死んじまったからな。なのに、ここまでそのエルフを担いで来て⋯⋯もう死んじまってんのに、何考えていやがるんだか、上まで担ぐ気かね」
片腕の男は話し出すと、ペラペラと滑らかに口を滑らせる。上機嫌で話す男とは裏腹に、リオンの表情はみるみる険しくなっていき、イヤルは何かに気がつき、奥歯をギリっと噛み締めた。
あの野郎! やっぱり【忌み子】の地図師だったか。のらりくらりとはぐらかしやがって⋯⋯。
イヤルはグリアムとのやり取りを思い出し、心の中に常にあった“まさか、こいつが?”という思いを悔いた。どこか舐めてかかっていた自分を後悔し、苛立った。
苛立つイヤルの隣で、リオンの感情が消えていく。取り繕っていた表情からも、感情は消え去り、無言のまま片腕の男とドワーフの女を見つめていた。
「ごはっ⋯⋯な、なんで⋯⋯」
片腕の男は口から、血を吐きながら、何が起きたのか理解出来ぬまま地面にうつ伏した。
気が付けば、リオンの切っ先は片腕の男の胸を貫いており、ドワーフ女の首は地面に転がっていた。止める間も与えないほどの速さを見せたリオンの切っ先に、イヤルは面倒だと顔をしかめる。リオンは、片腕の男とドワーフ女のタグを引き千切ると、イヤルの持っていた小袋の中に、そっと詰め込んだ。
「イヤル、悪いね。これと一緒に捨てておいて」
リオンはそう言い残し、テントの外へ出てしまう。そして入れ替わるようにして、レンがテントに現れた。
「何か音したけど⋯⋯って、おいおい、どうしたんだこれ?」
「ちょっとな⋯⋯こいつらの話で、リオンの虫の居所が悪くなってな」
「虫の居所、悪くなったって⋯⋯また、何で?」
「【忌み子】地図師がいたんだよ。こいつらが、それを見たんだ」
「え? は? マジか!? 【ノーヴァアザリア】の連中が探していたヤツか? 生きてたのか」
「ああ。しかも、【ノーヴァアザリア】はすでに接触済みだ」
「アザリア・マルテに先を越されて、苛立ってんのか?」
「違うな。こいつらが上に戻ってベラベラと【忌み子】の地図師が存在した事を謳うのが、腹の底から苛立ったんだろ。こいつらが上に戻れば、S級の地図師の存在が周知されるかも知れない。それが許せなかったのさ」
「あ! なるほどね~。リオンはA級地図師、ここでも二番手と揶揄されると」
「まったく、ガキかよ。レン、すまんが後始末を頼む、こいつを捨てるついでに、こいつらも捨ててくれって」
イヤルはそう言って、タグの入った小袋をレンに投げ渡す。
「小袋のついでかよ⋯⋯くはぁー面倒くせー! せっかく戻ったのに、また16階行くのかよ⋯⋯グレグとオリバーに手伝わすか」
「頼んだよ」
イヤルはレンがテントから出るのを見送り、血なまぐさい中、簡易な折り畳み椅子に腰を下ろし、血塗れで転がるふたりを見下ろしていた。