その惨劇の後始末 Ⅰ
どうやって辿り着いたのか分からない。
気が付けば15階、【クラウスファミリア(クラウスの家族)】は、緩衝地帯へと辿り着いていた——————。
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——————遡ること19階。
イヴァンが顔を上げ、ヴィヴィは涙を拭った。サーラとルカスは再び立ち上がり、サーラは戦力にならないと空に近いグリアムの背負子を背負い、同じく戦力にならないとルカスはベアトリを背負った。置いて行けというグリアムの言葉をルカスは頑として聞かず、眠るベアトリを背中に縛り付け、歩き始める。
止まる事のなかったヴィヴィの詠唱と、グリアムのナイフ。イヴァンは剣を振り続け、オッタは槍を突き続けた。
サーラとルカスは、重傷の体に鞭を打ち、必死に足を動かしパーティーの行軍に喰らい付いて行く。
心に空いた穴は、あらゆる感情を飲み込んでしまい、心は常に空虚だった。
パーティーは、ただ無心で足を動かし、目の前に現れたモンスターを屠り、ダンジョンを進んだ——————。
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緩衝地帯に辿り着いたというのに、パーティーに笑顔はなく、心はフワフワと常に所在なく落ち着かない。悲哀と悔恨はパーティーから消える事はなく、前を向く事を拒んだ。
「これ持って、おまえらはもう行け」
グリアムは【ライアークルーク(賢い噓つき)】のふたりに小袋を手渡す。その中には、ダンジョンで掻き集めたタグが入っていた。
「お、おう。助かったぜ、ありがとな」
グリアムはもう行けとばかりに、ふたりに手を払って見せると、ふたりは【ライアークルーク】のテント群へと消えて行く。
「ルカス、ベアトリを預かろう。どちらにせよ、ベアトリは、ここまでだ」
「え? 上まで⋯⋯」
ヴィヴィが言いかけるが、グリアムが首を横に振っているのを見て、すぐに意味を理解し、そして項垂れた。
私が助けたいって言ったから⋯⋯。
僕が助けるって決めたから⋯⋯。
その悔恨の念はしこりとなって、イヴァンとヴィヴィの心の中に重くのしかかる。
「ここならモンスターに喰われる事はねえんだ、ダンジョンに転がって喰われるより随分とマシだろう。ここまで運んでやったんだ、ベアトリだって文句は言わねえさ」
そう言ってグリアムは、ルカスから眠るベアトリを受け取った。
まったく、最後の最後まで、こいつを担ぐ事になるとはな⋯⋯。
抱きかかえたベアトリは思っていた以上に軽く、グリアムは昔との差異を感じた。そこに悲しみが一気に押し寄せる。自分の力が強くなったわけではない、ベアトリの体が軽くなっていたのだ。年月は流れ、ベアトリがそれだけ年齢を重ねていたという事に他ならない。グリアムは、そこに時の流れを感じ、一抹の寂しさを感じてしまう。
「とりあえず、端に行こう。サーラ、ルカス、おまえら大丈夫か?」
グリアムが声を掛けるとふたりは黙って頷いた。
緩衝地帯の中心から外れ、壁際まで進む。壁に沿って緩衝地帯特有の木々が並び、その中でもひと際高い木の根元にベアトリを寝かせた。
「埋めてやらんのか?」
「ダンジョンの地面は固くて、掘れねえんだよ」
グリアムは、オッタにナイフで地面を叩いて見せた。コンコンとおよそ柔らかな土くれとは思えない音を地面は鳴らす。オッタは、その音に少し考える素振りを見せた。オッタは、唐突に地面にしゃがみ込み、生えている草のようなものを掻き分け、地面を露わにする。
「何やってんだ?」
「ちょっとな⋯⋯」
オッタはグリアムにそう答えると、槍で、地面を思い切り突いた。
バキッ! と、地面から破砕音が鳴ると、オッタは次々に地面を突いていく。ベアトリの身長に合わせ、型抜きのように長方形に突いていくと、テコの原理で地面を剥がした。
ベリベリと剥がれて行く地面は薄い板のようで、槍で簡単に剥がされる。下からは薄い桃色のゼリー状の層が現れ、グリアムは思ってもいなかった光景に目を丸くしてしまう。
グリアムが初めて見る光景に少しばかり躊躇を見せる中、オッタはナイフでゼリー状の地面を掘って見せた。
「おい、大丈夫なのか?」
「多分な。植物があるって事は、養分を蓄えている層が必ずあると思ったんだ。思っている以上に、薄くて助かったよ」
そう言ってオッタは、剥がした地面をコン! と叩き、言葉を続ける。
「それにもし、このゼリー状の層が人に対して害があるものなら、ここに生息している植物はすべて、人に害を成すものになるんじゃないか?」
「そうなのか?」
「汚れた土からは、汚れた木しか育たない。植物にとって、土と水は大切なものだ⋯⋯こんなもんでどうだ? 柔らかいから掘るのは随分と楽だな」
オッタがグリアムに顔を上げると、ベアトリの体がすっぽりと収まる穴が出来上がっていた。グリアムとオッタが、ベアトリをその穴へ眠らせようとすると、サーラがふらつきながら声を掛ける。
「師匠、すいません⋯⋯ナイフをお借りしてもいいですか?」
「構わんが⋯⋯ほれ」
少し不思議に思いながらも、グリアムはサーラにナイフを手渡した。サーラは、痛む体でベアトリの髪を手に取ると、ナイフで切り取る。サーラの手中に、ベアトリの髪がひと房だけ握られた。
「これだけでも、地上に持って帰りたいなって⋯⋯いいですよね?」
「ああ。いいんじゃないか」
グリアムが頷くと、サーラは少しだけ微笑み、ベアトリの髪の束を丁寧に布に包んでいった。
ベアトリを寝かし、グリアムは装備を外していく。外套と、少ないが身に着けていた宝飾品を背負子に放り込んだ。
「埋めるぞ、いいか?」
オッタが一同を見渡し、声を掛けるとヴィヴィとサーラの嗚咽が漏れ出す。イヴァンも静かに涙を零し、ルカスでさえ、目を真っ赤にしていた。
グリアムとオッタがナイフを器用に使い、ベアトリを埋めていく。表面をきれいに慣らしていくと、ベアトリの姿は氷漬けになったように美しい姿を見せた。薄く色づく層が、細かな傷を隠し、微笑む姿はまさしく眠っているようにしか見えない。剥がした地面を元に戻すと、ベアトリの姿は見えなくなり、パーティーの心に後悔がまた重くのしかかった。いくら涙を流しても、その後悔は消えてくれない。だれもが“もし⋯⋯”と心の中で繰り返し、答えの出ない問答を繰り返した。
オッタはベアトリの墓標として槍を突き立てようとしたが、その手を止める。
「グリアム、この槍を貰って⋯⋯借りていていいか?」
「いいんじゃねえか。ベアトリは、ぐちゃぐちゃ言わねえさ。おまえの方が上手く使えるしな。それに見てみろ、ここだけ壁の色が濃い、デカい木もある。目印はこれで十分だろう?」
オッタは軽く頷き、納得して見せた。
「サーラとルカスを休ませよう。ここならまた来れんだろう、行くぞ」
パーティーは後ろ髪を引かれながらも、ベアトリに別れを告げる。身も心も疲弊したパーティーが、一時の休息を得ようと、街の中心へと戻って行った。
□■
パーティーが寝静まった頃、グリアムはひとり街の中心へ向かう。
ボロボロの街の中心は、眠る事を忘れたかのように、酩酊状態の潜行者達が徘徊していた。
グリアムはフードを深く被り、とある店の前で足を止める。
「店主、酒あるか?」
「あぁ? あるに決まってんだろ。ほれ」
店主は、ボロボロのカウンターの前に安酒をひと瓶、ドンと置いて見せた。
「それでいい、いくらだ?」
「二万だ」
「は? こんなもん千ルドラもしねえぞ!?」
「いやなら、別に構わん⋯⋯」
店の主人が仕舞う素振りを見せると、グリアムは舌打ちしながら、二万ルドラをカウンターに置いた。
「毎度~! また宜しく」
「チッ!」
グリアムは舌打ちを返し、酒瓶をひったくる。その瓶を懐に隠すようにして、足早に店を後にした。目指すのは先ほどまでいたベアトリの所。
グリアムはひとりベアトリの墓の前に立ち、酒瓶の口を開ける。グリアムは、ひとくち口をつけると、酒を墓に撒いていった。
「高い酒だ。好きなだけ呑め⋯⋯」
(あんた、何でいつもしみったれた顔で、ひとりでいるのよ? こっち来なさい。ルバラ! ちょっと、来て来て。この子暗すぎるのよ、かまってあげてよ~)
その昔、酒臭いエルフが馴れ馴れしく、声を掛けて来た事を思い出す。
(ちょっと飲みすぎちった~あとは宜しく~)
(おい! てめぇ! こんな所で寝るな!)
あんたとの思い出は、どれも碌なもんじゃねえな。
⋯⋯でも、まぁまぁ面白かったよ。
グリアムは空になった酒瓶を投げ置き、踵を返す。
「次来る時は、もっといい酒を持って来てやるよ。じゃあな⋯⋯」
グリアムはフードを深く被り直し、街へとまた戻って行った。
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「そっか、そっか、君達だけでも助かって良かったよ。良く戻って来たね!」
【クラウスファミリア】が休息している頃、【ライアークルーク】のテント群へと戻ったリーダー、リオン・カークスが、【クラウスファミリア】に助けられたふたりを前にして、満面の笑みを作っていた。
その笑みに片腕を失った男とドワーフの女は顔を見合わせ、安堵の笑みを漏らす。