表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
そのダンジョンシェルパは龍をも導く  作者: 坂門
その惨劇の後始末
155/202

その惨劇の後始末 Ⅰ

 どうやって辿り着いたのか分からない。


 気が付けば15階、【クラウスファミリア(クラウスの家族)】は、緩衝地帯(オアシス)へと辿り着いていた——————。



 ——————遡ること19階。



 イヴァンが顔を上げ、ヴィヴィは涙を拭った。サーラとルカスは再び立ち上がり、サーラは戦力にならないと空に近いグリアムの背負子を背負い、同じく戦力にならないとルカスはベアトリを背負った。置いて行けというグリアムの言葉をルカスは頑として聞かず、眠るベアトリを背中に縛り付け、歩き始める。

 

 止まる事のなかったヴィヴィの詠唱と、グリアムのナイフ。イヴァンは剣を振り続け、オッタは槍を突き続けた。

 サーラとルカスは、重傷の体に鞭を打ち、必死に足を動かしパーティーの行軍に喰らい付いて行く。

 心に空いた穴は、あらゆる感情を飲み込んでしまい、心は常に空虚だった。

 パーティーは、ただ無心で足を動かし、目の前に現れたモンスターを屠り、ダンジョンを進んだ——————。



 緩衝地帯(オアシス)に辿り着いたというのに、パーティーに笑顔はなく、心はフワフワと常に所在なく落ち着かない。悲哀と悔恨はパーティーから消える事はなく、前を向く事を拒んだ。


「これ持って、おまえらはもう行け」


 グリアムは【ライアークルーク(賢い噓つき)】のふたりに小袋を手渡す。その中には、ダンジョンで掻き集めたタグが入っていた。


「お、おう。助かったぜ、ありがとな」


 グリアムはもう行けとばかりに、ふたりに手を払って見せると、ふたりは【ライアークルーク】のテント群へと消えて行く。


「ルカス、ベアトリを預かろう。どちらにせよ、ベアトリ(こいつ)は、ここまでだ」

「え? 上まで⋯⋯」


 ヴィヴィが言いかけるが、グリアムが首を横に振っているのを見て、すぐに意味を理解し、そして項垂れた。

 

 私が助けたいって言ったから⋯⋯。

 僕が助けるって決めたから⋯⋯。


 その悔恨の念はしこりとなって、イヴァンとヴィヴィの心の中に重くのしかかる。


「ここならモンスターに喰われる事はねえんだ、ダンジョンに転がって喰われるより随分とマシだろう。ここまで運んでやったんだ、ベアトリ(やつ)だって文句は言わねえさ」


 そう言ってグリアムは、ルカスから眠るベアトリを受け取った。


 まったく、最後の最後まで、こいつを担ぐ事になるとはな⋯⋯。


 抱きかかえたベアトリは思っていた以上に軽く、グリアムは昔との差異を感じた。そこに悲しみが一気に押し寄せる。自分の力が強くなったわけではない、ベアトリの体が軽くなっていたのだ。年月は流れ、ベアトリがそれだけ年齢を重ねていたという事に他ならない。グリアムは、そこに時の流れを感じ、一抹の寂しさを感じてしまう。


「とりあえず、端に行こう。サーラ、ルカス、おまえら大丈夫か?」


 グリアムが声を掛けるとふたりは黙って頷いた。

 緩衝地帯(オアシス)の中心から外れ、壁際まで進む。壁に沿って緩衝地帯(オアシス)特有の木々が並び、その中でもひと際高い木の根元にベアトリを寝かせた。


「埋めてやらんのか?」

「ダンジョンの地面は固くて、掘れねえんだよ」


 グリアムは、オッタにナイフで地面を叩いて見せた。コンコンとおよそ柔らかな土くれとは思えない音を地面は鳴らす。オッタは、その音に少し考える素振りを見せた。オッタは、唐突に地面にしゃがみ込み、生えている草のようなものを掻き分け、地面を露わにする。


「何やってんだ?」

「ちょっとな⋯⋯」


 オッタはグリアムにそう答えると、槍で、地面を思い切り突いた。

 バキッ! と、地面から破砕音が鳴ると、オッタは次々に地面を突いていく。ベアトリの身長に合わせ、型抜きのように長方形に突いていくと、テコの原理で地面を剥がした。

 ベリベリと剥がれて行く地面は薄い板のようで、槍で簡単に剥がされる。下からは薄い桃色のゼリー状の層が現れ、グリアムは思ってもいなかった光景に目を丸くしてしまう。

 グリアムが初めて見る光景に少しばかり躊躇を見せる中、オッタはナイフでゼリー状の地面を掘って見せた。


「おい、大丈夫なのか?」

「多分な。植物があるって事は、養分を蓄えている層が必ずあると思ったんだ。思っている以上に、薄くて助かったよ」


 そう言ってオッタは、剥がした地面をコン! と叩き、言葉を続ける。


「それにもし、このゼリー状の層が人に対して害があるものなら、ここに生息している植物はすべて、人に害を成すものになるんじゃないか?」

「そうなのか?」

「汚れた土からは、汚れた木しか育たない。植物にとって、土と水は大切なものだ⋯⋯こんなもんでどうだ? 柔らかいから掘るのは随分と楽だな」


 オッタがグリアムに顔を上げると、ベアトリの体がすっぽりと収まる穴が出来上がっていた。グリアムとオッタが、ベアトリをその穴へ眠らせようとすると、サーラがふらつきながら声を掛ける。


「師匠、すいません⋯⋯ナイフをお借りしてもいいですか?」

「構わんが⋯⋯ほれ」


 少し不思議に思いながらも、グリアムはサーラにナイフを手渡した。サーラは、痛む体でベアトリの髪を手に取ると、ナイフで切り取る。サーラの手中に、ベアトリの髪がひと房だけ握られた。


「これだけでも、地上に持って帰りたいなって⋯⋯いいですよね?」

「ああ。いいんじゃないか」


 グリアムが頷くと、サーラは少しだけ微笑み、ベアトリの髪の束を丁寧に布に包んでいった。

 ベアトリを寝かし、グリアムは装備を外していく。外套と、少ないが身に着けていた宝飾品を背負子に放り込んだ。


「埋めるぞ、いいか?」


 オッタが一同を見渡し、声を掛けるとヴィヴィとサーラの嗚咽が漏れ出す。イヴァンも静かに涙を零し、ルカスでさえ、目を真っ赤にしていた。

 グリアムとオッタがナイフを器用に使い、ベアトリを埋めていく。表面をきれいに慣らしていくと、ベアトリの姿は氷漬けになったように美しい姿を見せた。薄く色づく層が、細かな傷を隠し、微笑む姿はまさしく眠っているようにしか見えない。剥がした地面を元に戻すと、ベアトリの姿は見えなくなり、パーティーの心に後悔がまた重くのしかかった。いくら涙を流しても、その後悔は消えてくれない。だれもが“もし⋯⋯”と心の中で繰り返し、答えの出ない問答を繰り返した。

 オッタはベアトリの墓標として槍を突き立てようとしたが、その手を止める。


「グリアム、この槍を貰って⋯⋯借りていていいか?」

「いいんじゃねえか。ベアトリ(あいつ)は、ぐちゃぐちゃ言わねえさ。おまえの方が上手く使えるしな。それに見てみろ、ここだけ壁の色が濃い、デカい木もある。目印はこれで十分だろう?」


 オッタは軽く頷き、納得して見せた。


「サーラとルカスを休ませよう。ここならまた来れんだろう、行くぞ」


 パーティーは後ろ髪を引かれながらも、ベアトリに別れを告げる。身も心も疲弊したパーティーが、一時の休息を得ようと、街の中心へと戻って行った。


□■


 パーティーが寝静まった頃、グリアムはひとり街の中心へ向かう。

 ボロボロの街の中心は、眠る事を忘れたかのように、酩酊状態の潜行者(ダイバー)達が徘徊していた。

 グリアムはフードを深く被り、とある店の前で足を止める。


店主(オヤジ)、酒あるか?」

「あぁ? あるに決まってんだろ。ほれ」


 店主は、ボロボロのカウンターの前に安酒をひと瓶、ドンと置いて見せた。


「それでいい、いくらだ?」

「二万だ」

「は? こんなもん千ルドラもしねえぞ!?」

「いやなら、別に構わん⋯⋯」


 店の主人が仕舞う素振りを見せると、グリアムは舌打ちしながら、二万ルドラをカウンターに置いた。


「毎度~! また宜しく」

「チッ!」


 グリアムは舌打ちを返し、酒瓶をひったくる。その瓶を懐に隠すようにして、足早に店を後にした。目指すのは先ほどまでいたベアトリの所。

 グリアムはひとりベアトリの墓の前に立ち、酒瓶の口を開ける。グリアムは、ひとくち口をつけると、酒を墓に撒いていった。


「高い酒だ。好きなだけ呑め⋯⋯」


(あんた、何でいつもしみったれた顔で、ひとりでいるのよ? こっち来なさい。ルバラ! ちょっと、来て来て。この子暗すぎるのよ、かまってあげてよ~)


 その昔、酒臭いエルフが馴れ馴れしく、声を掛けて来た事を思い出す。


(ちょっと飲みすぎちった~あとは宜しく~)

(おい! てめぇ! こんな所で寝るな!)


 あんたとの思い出は、どれも碌なもんじゃねえな。

 ⋯⋯でも、まぁまぁ面白かったよ。


 グリアムは空になった酒瓶を投げ置き、踵を返す。


「次来る時は、もっといい酒を持って来てやるよ。じゃあな⋯⋯」


 グリアムはフードを深く被り直し、街へとまた戻って行った。


□■□■


「そっか、そっか、君達だけでも助かって良かったよ。良く戻って来たね!」


 【クラウスファミリア】が休息している頃、【ライアークルーク】のテント群へと戻ったリーダー、リオン・カークスが、【クラウスファミリア】に助けられたふたりを前にして、満面の笑みを作っていた。

 その笑みに片腕を失った男とドワーフの女は顔を見合わせ、安堵の笑みを漏らす。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ