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そのダンジョンシェルパは龍をも導く  作者: 坂門
その惨劇の代償
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その惨劇の代償 Ⅸ

 イヴァンは、ライカンスロープが振り下ろすサーラへと腕を伸ばしていく。それは無意識下の行動なのか、自身の逡巡など二の次で、まるで脊髄反射のように、イヴァンはサーラへと腕を差し出していた。

 ライカンスロープは口端から犬歯を剥き出し、サーラをイヴァンに叩きつけていく。まるで、イヴァンの行動順を分かっていたかのように、その流れるような動きに躊躇が無かった。

 振り下ろされるサーラの重さは何倍にも膨らみ、イヴァンの腕はその重さに沈み込む。サーラを支えようと踏ん張るイヴァンの足は地面にめり込み、その衝撃にイヴァンの体は悲鳴を上げ、そのまま背中から地面へと叩きつけられた。


「ぐはっ!」


 激しい衝撃は、イヴァンの体から自由を奪い、背中からの激しい痛みは思考を痛み一色に塗り潰す。辛うじてサーラを受け止める事は出来た。だが、身動きの出来ないイヴァンをライカンスロープが見逃すはずはない。

 振り下ろされるライカンスロープの爪が、イヴァンの視界の片隅に映る。それを受け止める事など、サーラを抱きかかえ身動き一つ取れない今、出来る訳がない。今のイヴァンに出来るのは、サーラの上に覆い被さり、自分が盾となる事。イヴァンはサーラに覆い被さりながら、来る背中の衝撃に向けて、目を閉じるしかなかった。


□■


 ルカスの視線が激しく動く。囲んでいる魔狼(ワーウルフ)の輪から、輪の中心、ルーカスとテールへと飛び出す、魔狼(ワーウルフ)にその視線は集中する。

 背中からテールの激しい息遣いが届き、限界はとうに超えているのだと伝わり、ルカスは眉間に皺を寄せた。


 まぁ、こっちも同じなんだけどな。


 ルカスは剣を握り直そうと思っても、その手に力が入らない。


 チッ! だらしねえな、おい!


 必死に自分を鼓舞するが、ふたりを囲む魔狼(ワーウルフ)の輪に、集中と体力を削り、削られた体力は気力を削る。


「クソがっ!」


 その言葉は自分に向けた言葉なのか、眉間を貫いた魔狼(ワーウルフ)に向けた言葉なのか⋯⋯。

 魔狼(ワーウルフ)の輪はじわじわと小さくなり続けていた。だが、幾重にも重なる魔狼(ワーウルフ)の輪に、抗う力は残っていない。ルカスもテールも、傷を作り続け、激しい息遣いが収まる事はなかった。


 力が⋯⋯入らねえ⋯⋯。


 ルカスは、腕に鉛でも付けたかのような重さを感じる。喰われた足の痛みは常態化し、何度も膝が崩れ落ちそうになり、ルカスの気力を折りに掛かる。テールも唸る事さえなく、飛び込んでくる魔狼(ワーウルフ)に、力の入っていない腕を辛うじて振っているだけで、その腕は簡単にすり抜けられてしまう。

 ルカスの切っ先は鋭さを失い、テールの牙は魔狼(ワーウルフ)の喉笛に届かない。魔狼(ワーウルフ)の勢いは増していき、それに比例するように、ルカスとテールの気力は萎えていく。

 ルカスの足が体を支えきれなくなり、膝から地面に崩れ落ちる。膝をつくルカスを魔狼(ワーウルフ)が見逃すはずなどなく、牙と爪が次々とルカスに襲い掛かった。その牙と爪を払いのけようと、ルカスは必死に剣を振り上げ、藻掻く。だが、その刃にキレはなく、魔狼(ワーウルフ)はその刃を簡単にすり抜け、ルカスへと迫った。


□■


 イヴァンへと振り下ろされるライカンスロープの爪。狙いを定めた鋭利な爪が、イヴァンの背中に襲い掛かる。肉を斬り裂き、骨を砕くであろうその爪を、イヴァンの瞳は捉える事が出来ない。イヴァンはサーラに覆い被さったまま目をきつく閉じ、全身に力を籠めてその時を待った。

 “死”という文字がイヴァンの頭を巡り、恐怖と悔しさが心にズシリとのしかかる。


 来る⋯⋯。


 イヴァンの頭の中で、ライカンスロープの爪が背中に届く。死も恐怖も消え去り、イヴァンは悔しさから唇を噛んだ。


 ガツッ!


 背中から固い金属音が届く。だが、背中から感じるはずの痛みを感じない。何が起きているのか分からないまま、イヴァンは顔をゆっくり上げていく。

 そこには、ライカンスロープの爪をナイフで受け止めているグリアムの姿があった。

 体中から血を滲ませながらも、グリアムの白銀の刃はライカンスロープの鋭利な爪をがっちりと受け止め、イヴァンに振り抜く事を許さない。

 ライカンスロープの視線はイヴァンから、グリアムへ向けられると、グリアムのオッドアイもライカンスロープの赤い瞳に向けた。互いの譲らぬ思いが、意地となってぶつかり合う。


「だらしねえな。何やってんだ」


 グリアムは顔を上げるイヴァンを一瞥し、すぐにライカンスロープへ視線を戻す。


「グリアムさん⋯⋯」

「ボーっとしているヒマなんざぁねえぞ。サーラをヴィヴィの所まで下げろ」

「は、はい!」


 イヴァンは返事と共に、ヴィヴィの元へサーラを引き摺って行く。サーラに意識はなく、ダラリと伸びた体が、イヴァンに引き摺られていった。


「サーラ!」


 ヴィヴィはサーラの姿に言葉を失う。力なく横たわるサーラが、とても大丈夫だとは思えない。サーラを見つめたまま固まっているヴィヴィに、イヴァンは声を掛ける。


「ヴィヴィ、薬はまだある?」

「え⋯⋯あ、う、うん。グリアムの背負子にまだ残ってる」

「そう。それをサーラに飲ませてあげて。いい?」

「いい⋯⋯分かった」

「じゃあ、サーラをお願い。僕はグリアムさんのフォローに行って来る」


 飛び出したイヴァンの背中を見送ると、ヴィヴィも投げ置かれた背負子へと駆け出す。

 背負子から、回復薬を数本手に取ると、急いでサーラの元へ戻る。意識を失っているサーラの体に刻まれた数々の傷と、腫れあがった血塗れの顔に、ヴィヴィは思わず息を呑んでしまう。


「サーラ⋯⋯飲んで」


 ヴィヴィはサーラに回復薬を傾けていく。


□■


 地面に膝をつくルカスの肩口に、魔狼(ワーウルフ)の牙が食い込む。ルカスは声を上げる事も出来ず、剣を握る右手は力なく地面に落ち、ルカスの視界には眼前の地面だけが映っていた。


 ちっくしょう⋯⋯。


 悔しさや後悔も、もはや力にはならず、ルカスの気力は底をつく。背後のテールもフラフラと立っているのがやっとの状態で、迫り来る魔狼(ワーウルフ)を、睨む事しか出来なかった。ルカスとテールに抗う力は残っていない。魔狼(ワーウルフ)の輪に、翻弄される自分の姿しか想像出来ず、悔しさだけが積み重なっていった。


『『ガルゥゥゥゥ⋯⋯』』


 唐突な魔狼(ワーウルフ)の唸りに、空気が揺らぐ。

 ルカスの肩口から牙が抜けると、ルカスは顔を上げた。

 そこには、魔狼(ワーウルフ)の輪の中心へ軽々と飛び込んでくるオッタの姿があった。乾いた血が赤黒く、全身を汚している。オッタの眉横からは止めどなく血が流れ落ち、深い傷を負っているのが分かった。だが、槍を片手に輪の中心へ飛び込むと、魔狼(ワーウルフ)の眉間を次々にオッタの槍は貫いていく。


「どうした、ルカス? もう終わりか? オレの方が早く片が付いたみたいだな」

「⋯⋯あ? 何言ってやがる⋯⋯どうせおっさんに、おんぶにだっこだったんだろう」

「それだけ言えるなら、大丈夫だな。立て。10秒作ってやる、こいつを飲んで回復しろ」


 オッタがルカスに回復薬を二本投げ渡し、魔狼(ワーウルフ)の輪に切っ先を向けていった。ルカスはそれを一気に飲み干し、もう一本をテールの口に押し込んだ。


「10秒もいらねえよ」

「そうか。んじゃあ、サッサと片付けるぞ」

「分かってんよ!」


 オッタの切っ先が魔狼(ワーウルフ)の眉間を貫く度に、ルカスとテールに気力を取り戻す。だが、その気力はまがい物でしかなく、ルカスは力の入らない腕を必死に振り抜いた。

 その刃が魔狼(ワーウルフ)の首を斬り落とす。

 テールの牙は再び魔狼(ワーウルフ)の喉笛を掻き切る。

 その光景に、オッタは口端を上げ、魔狼(ワーウルフ)の眉間に槍を突き刺していった。



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