その惨劇との遭逢 Ⅰ
そのパーティーは、19階へ足を踏み入れる。
目標である20階を目前にして、パーティーの歩みは力強さが増していた。
深層(16階)へ足を踏み入れてからの、エンカウントは少ない。B級への昇級アイテムが入手出来ていないのも、エンカウントの少なさが影響していた。【ライアークルーク(賢い噓つき)】の後追いの影響を、深層に入りもろに受けてしまっていると感じてしまう。そんなもどかしさも抱えつつ、パーティーは目標に向かって進んで行った。
「エンカウントもありませんが、ようやく人も転がっていませんね」
「そういう事言うと、フリになるから止めておけ」
グリアムとイヴァンが軽口を叩き合うほど、ダンジョンの中は落ち着き払っている。いつもなら不気味さを感じてしまう静けさだが、【ライアークルーク】の進行後と考えると、このダンジョンの落ち着きも理解出来た。
「【ライアークルーク】のエースパーティーって、みんなA級ですか?」
イヴァンはグリアムの背中越しに神妙な面持ちで問いかけた。前を向いたままのグリアムに、イヴァンには表情が見えない。だが、その口調からは、憤りのようなものが感じ取れた。
「いや、どうだろうな? 確か全員じゃなかったはずだ。リーダーのリオン・カークスと副リーダーのイヤル・ライザックはA級だが、あとのヤツらは知らん。とは言え、C級って事はねえだろうから、B級が多いんじゃねえか?」
「ルカスくんみたいに、実力的にはA級って人もいるのでしょうか?」
「さあな。ただ、いてもおかしくはねえよな」
「ですよね⋯⋯」
「やけに気にするな」
イヴァンの溜め息混じりの言葉に、グリアムは引っ掛かりを覚えた。
「いや、その⋯⋯人を使い捨てみたくするのがなんとなく⋯⋯」
「気に入らねえと」
「まぁ、そうですかね」
「だが、こっちは何も出来やしねえ。大っぴらに何か動くのは、今は止めておけよ。他のメンバーや【ノーヴァアザリア(新星のアザリア)】のやつらに迷惑が掛かるかもしれんからな」
「ですよね⋯⋯」
「まぁ、気を落とすのは早い。今はするなって話だ」
グリアムはそう言ってイヴァンに振り返り、不敵に口角を上げて見せた。
「それってどういう意味ですか?」
「おまえには言っておくが、近い将来【ライアークルーク】とこじれる可能性は十二分にある。副リーダーであるイヤルに、オレは何度か絡まれている。ちょっかいを出して来た【レプティルアンビション(爬虫類の野心)】の裏で、【ライアークルーク】が糸を引いていたってのもあったろう? ヤツらはバレていないと思っているかも知れんが、もうすでに実害は出ているんだ」
「なんでウチに、ちょっかいを出すのでしょう?」
「さあな。ただ、ラウラが言うには、【ノーヴァアザリア】が気にしている駆け出しのパーティーってのを、【ライアークルーク】が気にしているのかも知れんってな。中央都市セラタが誇る、大パーティーが気に掛ける駆け出しパーティー。そいつらが何者なのか、敵か味方か、もしかして脅威になるのか⋯⋯。ま、実際のところはさっぱり分からん。放っておいて欲しいけどな」
「僕達がナンバー2の脅威になるなんてあり得ないですよね」
イヴァンの言葉にグリアムは答えなかった。イヴァンは、そんなグリアムの反応に、少しばかり訝しげな顔を見せたが、きっと聞こえなかったのだろうと思い、そのままやり過ごす。
「待て」
グリアムは前を睨んだまま、後方に待てと指示を送る。ダンジョンの奥からまたユラユラと揺らめく人影に似た物が、こちらに近づいて来ているのに気が付いた。その巨体は人ではないことは明らかで、パーティーは一瞬で緊張を纏った。
「単眼鬼だ」
「あいつか⋯⋯」
ルカスがグリアムの横に並び出ると、グリアムと同じように前を睨んだ。ゆっくりと近づく単眼鬼に少しばかりの違和感を覚えながらも、パーティーは臨戦態勢へと突入していく。
「ルカス、単体だ。もうちょっと引きつけろ」
「何でだよ」
「おまえの速さにみんな付いて行けんだろ」
グリアムがニヤリと笑みを見せると、ルカスも得意げな表情でそれに答える。
「まったく⋯⋯しょうがねえな。おっさん、合図くれ」
「⋯⋯イヴァンに任そう。おい、イヴァン! ルカスに合図を送れ。倒し方は分かってんだろ? 引き付けて一気に叩け」
「はい⋯⋯ルカスくん! オッタ! サーラ! 行って!」
イヴァンの合図と共に、三人は一斉に単眼鬼へと駆け出した。ズルズルと緩慢な動きしか見せない単眼鬼から、いつもより危険な雰囲気は感じられない。肉眼ではっきりと捉える事が出来ると、その謎は一気に解けた。
手負いか。
長い手を地面に引き摺りながらダラダラと歩く。体はガクンと今にも膝を落としそうになるほど弱っていた。体中から血を流し、半開きの口は苦しそうな姿を後押している。【ライアークルーク】が仕留めきれなかったのだろうと容易に想像がついた。
「ボロボロじゃねえか」
「ルカス、油断するな」
「ハァ、ハァ、ハァ⋯⋯お二人とも早過ぎですって⋯⋯って、おわっ! 何ですかこれ? 傷だらけじゃないですか! いっちゃいますね! ハァッー!」
「おい! サーラ! 待て!」
サーラがやっとの事でふたりに追いつくと、ルカスが止めるより早く全身全霊、渾身の突き上げた拳を単眼鬼の顎にお見舞いした。
ゴキっと骨を砕く鈍い音が響き、単眼鬼の頭が後ろへ仰け反る。
「あれ? 爆発しませんね?」
「だから、待てって言ったんだ!」
ルカスは仰け反る単眼鬼の隙を見逃さない。細身の剣は耳の穴から、脳漿を貫き、オッタのナイフはみぞおちに当てられた。
「サーラ! 叩け!」
「はい! ハァッ!!」
オッタの叫びに、サーラはみぞおちに当てられたナイフへ、体重を乗せた回し蹴りをぶち込んだ。
ズグっと、ナイフの切っ先が、単眼鬼の体に飲み込まれる。
オッタはもう一度叫んだ。
「サーラ!」
「はい!」
サーラの重い回し蹴りが、再びオッタのナイフを叩く。ナイフの刀身はググっと押し込まれ、完璧に単眼鬼の体に飲み込まれた。ギョロギョロと飛び出した眼球がゆっくりと白く濁っていき、生気は一気に消えていく。そして、単眼鬼は、ドサっと土煙を舞い上げながら、力なく地面に仰向けになった。
「ふぅ~」
「サーラ、油断するな。こいつは狡猾だ」
肩から力が抜けていくサーラに、オッタが厳しい視線を送る。
「そうだぜ。この間は、それで喰らっちまったからな」
ルカスはそう言って、転がる単眼鬼を慎重に足蹴にする。ピクリとも動かない単眼鬼が、あっけない終わりを告げた。何の反応も見せない単眼鬼に、ようやくルカスとオッタのふたりは、肩の力を抜いて見せた。
「三人共おつかれ、まったく追いつかなかったよ。この間あんなに手こずったのに凄いね」
「ま、なんだか弱ってたし、こんなもんだろう」
胸を張って謙遜するルカスに、イヴァンは微笑みだけを返した。
「オッタ、あそこに核があるって知っていたのか?」
「あら、あなた教えてあげてなかったの? いじわるね」
「うるせえな、習うより慣れよって言うだろうが」
「フフ⋯⋯」
グリアムとベアトリのやり取りに、オッタは思わず笑ってしまう。だが、すぐに気を取り直し、言葉を続けた。
「知っていたというか、前回相対した時に、マッテオが執拗にみぞおちの辺りを狙っていたんだ。邪魔されてなかなか届かなかったがな。それを思い出してマネてみただけさ」
「やはり狩りの経験が、そのような観察眼を生むのでしょうか? 私にもその観察眼が欲しいですね。まったくもって羨ましいです!」
サーラのオッタを見つめる瞳は羨望に満ち溢れていた。
「ねえ、グリアム。このモンスターヨレヨレだったよね。て事はさ、これと戦った人達ってどうなってるんだろう?」
ヴィヴィは倒れている単眼鬼を覗き込みながら、ふと自身の疑問を口にした。だれもその事を口には出さなかったのは、その結果は良いものではないのが明らかだからだ。
「どこかそこら辺でくたばってんだろうな。少なくとも単眼鬼一匹に、倒されちまう程度のヤツらだ。かなり背伸びして、ここまで来た結果ってやつだろう」
「そうか⋯⋯なんでそんな無茶しちゃうんだろう」
ヴィヴィの声は、どこか悲しみを映す。
「さあな⋯⋯チッ! 目ぼしいものはなしか。行くぞ」
地面に転がる単眼鬼の身体を漁っていたグリアムが、腰を上げパンパンと軽く手を払うと、前へと向き直した。