その手練れ達の既視感 Ⅲ
「うっ⋯⋯またですよ」
イヴァンは血溜まりに沈んでいる潜行者の躯から、思わず目を背けてしまう。
【クラウスファミリア(クラウスの家族)】は、緩衝地帯をすぐに出発し、順調に下を目指して進んでいた。だが、下に行けば行くほど、視界に入る躯の数が増えていく。その数は目を覆っていても、視界に入ってしまうほど尋常な数ではなく、目に入れたくないと思っても、嫌でもそれは視界に入ってしまう。その光景に、進めば進むほどパーティーは気分を重くさせた。
18階に辿り着いた瞬間、顔が半分抉られている潜行者が地面に転がっていた。半分しか残っていない表情からも、藻掻き苦しみながら朽ちた事は容易に伝わった。
グリアムは溜め息混じりに、転がる躯からタグを引きちぎる。腰のポーチから出した小袋にはすでにいくつものタグが入っており、そこにまた一枚付け足した。
「多過ぎじゃないですか?」
イヴァンは盛大に顔をしかめながら、怒りとも悲しみとも言えない、何とも言えない複雑な表情を見せていた。
「確かにな。1、2、3、4⋯⋯7枚か。おまえの言う通り、こいつは多過ぎかもな。タグがなかったヤツも、ごまんと転がっていたし、この様子だとオレらの通り道以外でくたばっているヤツもいるだろうな。紋章が確認出来たヤツらは全員【ライアークルーク(賢い噓つき)】。紋章が確認出来なかったヤツらも【ライアークルーク】に違いあるまい。実力以上の階層まで引っ張って、切り離されたってところか」
「何ですかそれ? 良いのですか?!」
憤るイヴァンは、煮え切らない思いをそのまま表情に出し、タグの入った小袋をしまいながら、その小袋の重さにグリアムは嘆息した。
「良いも悪いも、他のパーティーが口を挟む事じゃねえし、こいつらだって危険を承知のうえでここまで来たんだ。金に目がくらんだのか、昇級を目の前にぶら下げられたのか、大人数なら何とかなると思ったのかは分からんが、騙して連れて来た訳じゃあるまい」
「ですけど⋯⋯」
「まぁ、言わんとする事は分かる。【ライアークルーク】はそういうパーティーで、こいつらが欲に目がくらんだ結果がこれって訳だ。イヴァン、おまえはそうはならんだろう」
「なりませんよ」
「んじゃ、ほっとけ。関わらないのが一番だ⋯⋯って、言ってる間に来たぞ!」
人の腰ほどしかない緑体の大群が、黄ばんだ瞳を一斉にパーティーへ向けた。
「コボルトの群れ⋯⋯ヴィヴィ!」
「任せて! 【炎槍】!」
イヴァンの声より先に、ヴィヴィはコボルトの大群へ手をかざしていた。ヴィヴィの手から放たれたいくつもの炎の槍が、次々にコボルトを焼き払って行く。
「行きます!」
「じゃあ、私も!」
サーラが胸の前で拳を突き合わせると、炎の槍の後を追うように大群へと飛び込んで行く。ベアトリも頭上で鎌槍を回しながら、嬉々とした表情でサーラの後ろに付いて行った。
襲い掛かるコボルトの頭をサーラの鉄の拳があらぬ方向へと捻じ曲げていくと、ベアトリの鎌槍は、次々にコボルトの首を斬り落としていった。
圧倒的な数で押し切ろうとする、コボルトの勢いは落ちない。オッタとルカスも、サーラとベアトリに負けじと飛び込み、コボルトの勢いへ抗った。
『グルゥ⋯⋯』
「おまえはダメ、待てだ⋯⋯うん?」
コボルトを睨み、低く唸るテールをなだめるグリアムだが、コボルトの大群の奥から違和感を覚えた。グリアムは暗闇に近い奥を睨み、その違和の原因を探る。
人? いや、違う⋯⋯。
ゆらゆらと体を揺らしながら、コボルトのおこぼれに預かろうとでもしているのか、黒い毛に覆われている原人の群れが、コボルトの後を追っていた。
「おい! 奥に原人だ!」
「僕が行きます! 炎を司る神イフリートの名の元、我の刃にその力を宿し我の力となれ【点火】」
イヴァンの剣が炎を纏うと、原人へと一気に駆け出した。コボルトの群れの中を縫うように進むと、炎の残り火がイヴァンの軌跡を映し出す。
「カーラ⋯⋯?」
その一瞬、ベアトリは既視感を覚え、思わず口元から言葉が零れていく。炎の剣を携え、モンスターへと駆け出すイヴァンの姿が、記憶の残像と重なる。だが、すぐに気を取り直し、ベアトリの槍はコボルトの首を刎ねていった。
オッタがイヴァンの道を切り開こうと、コボルトの群れ蹴り飛ばし、サーラの鉄靴もそれに続く。ふたりが切り拓いた道を、イヴァンが駆け抜けて行く。イヴァンに伸びる爪をルカスが切り落とし、イヴァンを襲う牙は、ベアトリが口ごと串刺しにしてしまう。
「いっけぇー!」
ヴィヴィの放ったハンドボウガンの短矢は、疾走するイヴァンの横をすり抜け、原人の顔面目掛け真っすぐに飛んだ。次々に襲い掛かるヴィヴィの短矢を嫌がり、原人の足は止まってしまう。
「はあっーー!!」
イヴァンの炎剣は、原人へ襲い掛かる。チリっと原人の長い毛が細い煙を上げ、次の瞬間炎の刃が腹を斬り裂いていった。
『『グオォォオ!』』
ふたつに割れていく体に、原人は断末魔を上げた。
ドサっと、地面に斬り裂かれた上半身が、自身の血溜まりへ転がっていく。イヴァンの剣は原人の群れに襲い掛かり、原人の振り回される拳が、次々にイヴァンへと襲い掛かる。
頭を下げるイヴァンの頭上を小岩のような拳が掠めていく。拳を振り切った原人の捻じれた体は、無防備な姿を晒し、イヴァンがまたその無防備な腹を斬り裂いていった。
「こんのぉおおー!」
モンスターの肉が焼ける独特の臭いが煙と共に立ち込める。
イヴァンは雄叫びと共に、次々に原人の体を斬り裂き、気が付けば原人の気配は消え、ふたつに割れた原人が地面を覆いつくしていた。
朽ち果てたモンスターの山。
【クラウスファミリア】のメンバー達が、終わったと顔を上げていった。
「フフ、やるじゃない。さすがリーダー、この調子ならすぐにA級ね」
「いやぁ⋯⋯そんな⋯⋯」
ベアトリに褒められ、まんざらでもない様子のイヴァンに、グリアムは冷めた視線を送る。
「そうだ、あまりおだててやるな。こいつはすぐに調子づくんだから」
「そんな事ありませんよ。まだまだだって、分っていますよ」
イヴァンは少しふてくされた表情で、グリアムに返事をした。
「あらまぁ、峻峭なことです事」
ベアトリはそう言って、イヴァンにわざとらしく顔を寄せると、イヴァンは嫌がって顔をしかめる。ベアトリはその姿を面白がり、更に顔を寄せると、イヴァンは大きくのけ反って逃れようと必死になった。
「いつまで遊んでんだ、行くぞ」
「はいはい」
グリアムが原人の表皮を剥ぎ取り終わると、ベアトリをひと睨みする。原人の表皮は、防寒着の素材として重宝されており高値で取引されていた。
これだけ一気に皮が手に入るとは、かなりうまいな。しかし、ベアトリじゃねえが、イヴァンの野郎B級モンスターの群れを一蹴しやがった。この間の【ノーヴァアザリア(新星のアザリア)】との潜行がデカかったのか? 足りないのは経験。早々に経験を積ませれば⋯⋯いや、オレが焦ってどうする。
グリアムは剥ぎ取った【原人の毛皮】を背負子に押し込み、立ち上がった。
「よし。行くぞ! オッタの昇級アイテムは手に入ったが、ヴィヴィとサーラの分がまだだ。気を抜くなよ」
「抜きませんよ」
「そうだそうだ!」
「なら、行くぞ」
やる気に満ち溢れるサーラとヴィヴィに呆れつつも頷くグリアムが、19階に続く回廊へ足を踏み入れた。