その手練れ達の既視感 Ⅱ
モンスターの咆哮、そして、生きる為に必死に抗う者達の断末魔が交差する。決して過信してはいけない場所、深層も半ば19階。
その場所に軽々しく足を踏み入れれば、ダンジョンの理は牙を剥き、その欲望ごと身体は引き裂かれてしまう。それでも欲は尽きる事はなかった。耳あたりの良い言葉は、無謀な潜行を強いて、たとえそれが身の丈にあっていなくとも、疑心は欲望に塗りつぶされ過信へと変わる。そんな者達はとっくに、まともな判断など出来なくなっていた。
『『グゥオオオオオオオオオオー!!』』
単眼鬼が、眼前の潜行者達に向かって吼える。
「う、うわっ!」
「何ビビッてんだよ。たかが単眼鬼ごときで」
「で、でも、オレ、初めてで⋯⋯」
「知るか。足止めしておけ」
腰の引けている潜行者の背中を、左目に大きな傷を持つ狼人が蹴り飛ばした。
「おいおい、レン。足止めして貰うんだ、そんな雑な扱いは失礼だろう。みんな! 宜しく頼むよ。みんなの力に掛かっているからね。仕留めた者には報酬を倍にするよ、頑張って」
リオンは微笑んだまま、後退りする潜行者の後ろに立ちはだかり、退路を断った。
総勢30名は超えようかという薄気味悪い吟遊詩人を纏うパーティーが、深層を進む。大人数を誇るパーティーも、深層に突入すると、みるみるその数を減らしていった。
「ぐあっー!!」
「ぎゃああああああああー!!」
リオンは背中で断末魔を聞きながら、階下続く回廊へと歩みを止めない。表情は変わる事もなく、悠々とパーティーを階下へと導いていった。
「リオン、ちょっと減りが早くない?」
イヤルは少しばかりの不安を口にするが、その表情はリオンと同じように感情の動きは見えず、そんな言葉とは裏腹に不安を感じている様子は皆無だった。リオンはイヤルの言葉を受け、後ろに続くパーティーの列を眺め、肩をすくめて見せる。
「もう少しみんな出来る子かと思っていたんだけど、思ったより脆弱だよね。まぁでも、大丈夫じゃない。レンの子達も温存出来ているし、出来る子達はしっかり残っているよ」
イヤルはリオンの言葉に何も返さない。
欲望を断ち切る咆哮と、逃げ場のない断末魔は悲鳴へと変わり交差し続ける。だが、パーティーは何事もなかったかのように階下に繋がる回廊へ足を踏み入れて行った。
■□■□
時間は少し遡り、【ライアークルーク】が最深層を目指し、潜り始めた頃——————。
最深層を目指す【ライアークルーク(賢い噓つき)】に対し、街の反応はどこか冷ややかだった。
どうせ更新出来やしない、永遠の二番手は不動だ。
と、街の人間達は揶揄していた。
そんな街のざわめきなど届いていない【クラウスファミリア(クラウスの家族)】の本拠地は、今日も穏やかな時間が流れている。各自が思い思いの時を過ごしながら、穏やかな時間に身を委ねていた。
「リーダー、次はどうします? ぼちぼち次に向けて動きませんか?」
みんなが集っている居間のテーブルに、まとめていた書類をトントンと揃えながら、サーラはイヴァンへと向いた。
「だよね。ルカスくん以外の昇級目当てで潜っていいかなって、思ってはいるんだけど⋯⋯」
「いいですね! 師匠どうです?」
「オレに聞くな、好きにしろ」
「だそうです。師匠も賛成のようですよ」
「出来れば、サーラとヴィヴィはB級、出来ればオッタも一気にB級まで上げたいんだけど⋯⋯無理ならC級には最低限上げたいよね」
「私がB級⋯⋯なんだかピンときませんね。では、オッタさんのC級を最低目標に準備を始めましょう。みなさんもいいですか?」
「いいよ。何を準備すればいいか教えて」
ヴィヴィが真っ先に手を挙げるとオッタもルカスも黙って頷いた。
「ベアトリさんも、初めてご一緒しますが、宜しくお願いします」
「はいはーい。任せてよ」
イヴァンが頭を下げると、ベアトリは余裕綽々とばかりの笑みを返す。
「では、前回20階までたどり着いていますが、マッテオさん達の力添えもあったので、今回は僕達だけで20階を目指しましょう。グリアムさんも案内を宜しくお願いします」
グリアムは視線を動かす事なく、軽く手を上げて応えて見せた。
■□■□
オッタのWナイフは、瞬く間も許さず下層のモンスターを切り裂くと、ルカスの長い細身の剣は寸分の狂いもなくモンスターの核に突き刺さる。出番のないヴィヴィは、頭の後ろに手を組んで、やる気のない姿を見せ、その隣でテールが釣られたように大あくびをしていた。
「これでN級とD級?? 嘘でしょ?」
あまりにも鮮やかな身のこなしに、ベアトリは呆れてしまう。サーラも分かるとばかりに苦笑いを浮かべ、ゆっくりと戻ってくるオッタとルカスを見つめながら、ベアトリに声を掛けた。
「15階まではこんな感じなんです。怪物行進でもない限り、私達はする事がありません」
「でしょうね」
「ベアトリさんの槍の出番はしばらくありません⋯⋯というか、治療師って、前に出てはいけないのではないですか?」
「えぇ~ヒマじゃない、深層くらいならいいでしょう」
「止めておけ。おまえの槍なんて出る幕ねえよ」
前を向いたままグリアムが、ふたりの会話に口を挟むとベアトリは意味深に笑みを深めた。
「あらぁ。随分と買ってるわね。パーティーに対する信頼厚すぎじゃない」
「うるせえな。ほら、15階だ。おまえ、くれぐれも呑むなよ。ここからだからな」
「分かってるわよ」
「本当に分かってるんだな」
「しつこい男はモテないわよ」
グリアムはベアトリをひと睨みすると、15階緩衝地帯へ繋がる回廊へとパーティーを導いた。
■□
(見ねえ紋章だな)
(どこの紋章だ?)
(見ろよ、【忌み子】が連れているぜ)
(紋章持ちが知らねえのか? 縁起悪う~)
【クラウスファミリア】が纏うテールの紋章を横目に見ながら、緩衝地帯を行き交う者達はコソコソと言葉を交わし合う。まじまじと面と向かって見つめる者などおらず、チラっと見てはすぐに視線を外した。その視線は明らかに値踏みをしており、慣れない視線にイヴァンはおどおどと視線を忙しく動かしてしまう。
「堂々としてろ。どうせ今だけだ」
「ジロジロ見られるのはどうにも⋯⋯」
「ちょっかい出してくるヤツはいねえよ、気にすんな」
「ですかね」
イヴァンの煮え切らない返事と共に、ボロボロの繫華街を抜ける。先日【ノーヴァアザリア(新星のアザリア)】が拠点としていた所に、今日もまた大型のテントが立ち並んでいた。
「どこか最深層にアタックしているのですか?」
イヴァンは立ち並ぶテントを眺めながら、前を行くグリアムに声を掛ける。その声にグリアムはダラダラと座り込んでいる構成員らしき人間に視線を向けた。
「あの薄気味悪い紋章は【ライアークルーク】だ。そういや、ギルドのやつが最深層に行くって言ってたな」
「凄いですね。【ノーヴァアザリア】よりテントの数が多くないですか?」
「【ノーヴァアザリア】に水をあけられて必死なんだろ」
「アザリアさん達、記録抜かれちゃいますかね?」
「ねえな。こいつらには無理だ」
イヴァンは、即答するグリアムに少し驚き立ち止まってしまう。いつもならあやふやな答えに終始するグリアムが、あまりにもあっさりと言いのける姿に少しだけ違和感を覚えてしまった。
「何やってんだ? 行くぞ」
「はい⋯⋯最深層か⋯⋯」
イヴァンはそのテント群を見つめ、ポツリと呟くと、急いでグリアムの後を追った。