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そのダンジョンシェルパは龍をも導く  作者: 坂門
その手練れ達の既視感
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その手練れ達の既視感 Ⅰ

 普段はあまり足の向く事のない南通り。街の中心から南に下がり、しばらく行かないうちに、目的の店は現れた。


「ここか」


 少し緊張を見せるイヴァンがその店前に立つと、掲げられている看板を見上げた。


 【鍛冶屋 ノイトラーレハマー】


 イヴァンは意を決し、引き戸をそっと開いていく。窯の熱と職人達の汗の熱気が、一気に外へと吐き出され、その熱気に思わず腕で顔を覆ってしまった。

 窯が奏でる炎の音と、職人達の小気味いい鎚のリズムに、イヴァンは思わず圧倒されてしまう。


「す、す、すいません⋯⋯」

「いらっしゃい! あれ? え⋯⋯っと、クラウ⋯⋯」


 額から滴り落ちる汗を拭いながらティムが顔を上げると、人懐っこい笑顔をイヴァンに見せた。


「は、はい! そうです! 【クラウスファミリア(クラウスの家族)】のイヴァン・クラウスです。その節は大変お世話になりました!」


 盛大に頭を下げるイヴァンを、ティムは指差しながら笑みを深めた。


「そうそう! あのとき寝てた兄ちゃんだ。さすがに元気になったみたいで良かったな」

「お陰様で。ありがとうございました」

「いいって、いいって。おーい! ロイ! 【クラウスファミリア】の兄ちゃんが来たぞ!」


 ティムは少し大仰に、奥で金槌を振るっている男へ手を振った。


「クラウス⋯⋯? おお! あんたか! 良く来たな。あの時はずっと気を失ってたから、初めましてって感じかな。店長の⋯⋯って、言うより【ノイトラーレハマー(中立の鎚)】のリーダーのロイ・ボールデンだ」

「その節は大変迷惑を掛けました。イヴァン・クラウスです」


 イヴァンはロイから差し出された手を両手で包み込んだ。イヴァンが包み込んだその手は、ごつごつと鎚ダコだらけで、使い込まれたいかにも職人の手をしていた。


「で、今日はどうした? ただ挨拶に来たって訳じゃあるまい」

「いや、それもあるのですけど⋯⋯そのお仕事をお願い出来ないかと思いまして⋯⋯」

「おう、いいぜ。何をすりゃいいんだ?」

「え?」


 言い淀むイヴァンに対し、食い気味に答えるロイに思わず言葉が詰まってしまった。一方的に迷惑を掛けたというのに、こんなにあっさりと話が進むのは、イヴァンの中で想定外だった。


「うん? どうした? 仕事の発注だろ? 何だ、武器か? 防具か?」

「あ⋯⋯いや⋯⋯その⋯⋯紋章を⋯⋯」

「おお! そうだったな! ギルドで見たぜ。B(クラス)に上がったんだよな」

「ロイさんもA級に上がってましたよね、凄いです」

「え? そう? 見た、あれ見たか、そうかそうか、ガハハハハ」


 イヴァンの言葉に、満面の笑みを見せるロイ。昇級がよっぽど嬉しかったのだろう、笑みと共に少しばかり胸を張って見せた。


「忙しい最中申し訳ありませんが、お願い出来ますか?」

「そいつは構わんが、今まで頼んでた所はいいのか? そこを見限る形になるぞ?」

「あ、それは大丈夫です。何でもすでに引退していたのに、それを知らずにお願いしていたので、これを機に新しい鍛冶屋さんを探そうという話になったのです」

「引退してた??」

「はい。ヤイクさんって方に、ずっとお願いしてたのです。ご存知ですか?」

「ご存知もご存知。鍛冶屋で知らない奴いたらモグリだよ。そうか⋯⋯って、最近まであのじいさんにやらせたのか?」

「はい。引退してたのを知らなくて⋯⋯」

「アハハハハハハ! マジか! おーい! この兄ちゃん、最近までヤイクの爺さんに叩かせてたんだってよ!」

「ええっー! あの頑固爺さんに?!」


 ティムは叩く手を止めて驚きの声を上げ、他の店員達も思わず手を止め、驚きの表情をイヴァンに一斉に向けた。


「あ、いや、お願いしていたのは僕じゃないですよ!」

「よっぽど気に入られていたのかね⋯⋯まぁ、引退してるなら気にする事もあるまい。紋章のデザインと、防具なり武器なりまとめて持って来い、すぐに取り掛かってやるよ。他にも鍛冶屋が必要になったら、いつでも声を掛けろ。遠慮しなくていいぞ」

「ありがとうございます! 宜しくお願いします!」

「おう! 任せろ」


 ロイは、バシっと力強くイヴァンの肩を叩き、ニカっと力強い笑みを見せた。


「そういやぁ、ギルドが【アイヴァンミストル】の買い取り額を上げたの知っているか?」

「え? そうなのですか?」 

「まぁ、一時的なものだとは思うが、かなり美味しくてよ、ウチの下っ端共も小遣い稼ぎに最近上層に潜ってるよ。あんたらも早くしねえと、根こそぎやられるぞ」

「そうですか⋯⋯でも、防具とか預けてしまうので厳しいですね。次に潜る時まで、そのままだと嬉しいのですが、どうでしょうね?」

「そこは何ともだな」

「ですよね」


 肩をすくめて見せるロイに、イヴァンは苦笑いを返すしかなかった。


■□■□


 珍しく雨の降っている日。どったんどったんと下の階からヴィヴィとテールの暴れている音が微かに響いていた。グリアムは自室に籠り、すっきりとしない天気を、鬱々とした気分で窓から覗く。

 ギルドで聞いたアクスの言葉がずっと引っかかっており、考えないようにと思っても、気が付けばアクスの言葉を反芻していた。


 【ライアークルーク(賢い噓つき)】が、最深層へアタックすると言っていた。ギルドは【ライアークルーク(ヤツら)】に(ドラゴン)の情報を開示するのだろうか?

 ヤツらの最高到達階は、確か26階。(ドラゴン)とエンカウントしたのは、29階。

 普通に考えれば、【ライアークルーク】は、29階に届かんよな。て事は、(ドラゴン)とエンカウントはありえん。ギルドは、言う必要はないと考えるか⋯⋯。


 何が釈然としないのかは、グリアム自身も分かっていた。


 なぜ、ギルドは(ドラゴン)の存在を隠す?


 隠す意味が分からない。S(クラス)を壊滅させるほど危険な存在を野放しにする意味。そして、掴めない(ドラゴン)攻略の糸口。

 刃も魔法も通さない硬い皮膚に、一瞬で全てを焼き尽くす見えない炎。

 だが、カーラの剣は突き刺さっていた。カーラの剣は希望だ。死してなお、後進に希望を残したのだ。


 お節介焼きのあいつらしい。

 カーラの剣はオリハルコン製。オリハルコンならあの硬い皮膚も通るって事だよな。

 オリハルコン⋯⋯か。レア中のレア素材だ。最深層で稀に見つかるが、素材目的で長時間うろつける所じゃねえんだよな。

 だが、オリハルコンかそれに匹敵する素材は必須。ミスリル、ハイミスリルでは太刀打ちできない。

 オリハルコン、ヒヒイロカネ、ダマスカス鋼、アダマンタイト、この辺りを人数分か。こいつは、骨が折れる。超稀少(ウルトラレア)素材を人数分集めなくてはならんのか⋯⋯いや、アザリアのアダマンタイト製の防具は一瞬でおじゃんになっていた。熱耐性を持つ素材も必要⋯⋯か。

 ヴィヴィの件もある。最深層まで行っても、魔族の郷を匂わすものすらなかった。

 ヴィヴィは帰りたくないはずだとサーラは言っていた。て事は、魔族の郷を探さなくとも良いのかも知れん。

 だが、本当にいいのか? 

 探すとして、最深層より下にあると言うのか? あんな危険な場所で生活し続ける事は可能か? どうやってあいつ(ヴィヴィ)は、16階に辿り着いた?

 上を目指して彷徨ったと言っても、ひとりでうろつくには限度がある⋯⋯。


「ちょっと、グリアム! 一杯付き合いなさいよ!」


 バタン! と、いきなり扉が開くと、両手にカップを持った赤ら顔のベアトリが現れた。


「んだよ、てめぇは! ノックくらいしろ!」

「あ⋯⋯」


 ベアトリは開け放たれている扉をカップで、コンコンと軽く叩いて見せた。


「チッ!」

「ウハハ、これで良いでしょ。ほらほら、飲んで飲んで。この本拠地(ホーム)最高ね、マノンちゃんに頼むとすぐに持って来てくれるの。しかも、おつまみも一緒に持って来てくれるのよ。『空きっ腹にお酒は良くありませんから、ちゃんと食べて下さいね』ですって。結婚してくれないかしら?」

「ほざいてろ」


 グリアムは、ベアトリから手渡されたカップの中を覗くと、深紫色をした液体から独特なアルコールの香りと共に、甘酸っぱいフルーティーな香りが漂ってきた。


「マノンちゃんお勧めのグレルの実のお酒よ。ひと口飲んだけど、美味しすぎていくらでも飲めそうよ」

「飲める訳ねえだろ、ひと口でベロベロじゃねえか」

「ねえ、ひとりで籠って何を考えてたの? 何でも、ひとりじゃ無理なんだからね」


 グリアムを見つめるベアトリの口元は、笑みを湛えているが、諭すようなその瞳は真剣そのものだった。


「んな事は、分かってるよ」

「そう、ならいいわ」


 ベアトリは窓辺にある机に腰を下ろすと、窓の外へと視線を向けた。先ほどまでシトシトと降っていた雨はいつの間にか止み、雲の隙間から僅かながら陽光が射し込み始めていた。


「少し時間は掛かりそうね」


 ベアトリが窓の外を覗きながら続ける。


「どうかな。意外と早く勝負はつくかも知れんぞ」

「覚悟は決まったのね」

「まぁ、その時がもし来たら、だな。やらなくちゃならん事が多いのは、変わらんけどな」

「そう」


 窓の外を覗いてベアトリは、グリアムへと視線を移す。その顔は柔らかな笑みを見せていた。


「ここって、何か思い出すわよね」

「思い出す?」

「既視感ってやつ⋯⋯。カーラ達と一緒に立ち上げたばかりの【バヴァールタンブロイド(おしゃべりの円卓)】をさ」

「そうか?」

「そう思っているクセに⋯⋯」


 ベアトリはそう言って、晴れ間の現れた窓の外へ、ゆっくりと視線を移した。


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