その尻尾を見せない猫と画策する者達 Ⅰ
クソ、分かんねぇ。何が目的だ。
グリアムも感情を隠そうと、口元に偽りの笑みを作り返した。
「へぇ~んじゃぁ、何話せばいい? こんな美人を相手にしちゃぁ、上手く話せる気がしねえな」
「よく言うわ。あ! そうそう! この間【ノーヴァアザリア】が記録更新した潜行があったでしょう。そのパーティーの中に【忌み子】を見たって人間がいたけど、それってあなたでしょう?」
イヤルはわざとらしく胸の前でパンと手を打って見せると、口元の笑みを深める。その笑みから伝わるのは、“知っているぞ”という無言の圧だった。
ばら撒かれた号外に、案内人の事は載っていない。て事は、最深層まで行った事は知らないはずだ。真実を伝えつつ、イヤルが知らなくていい事はぼかす。
だが、コイツはどこまで知っている?
「あぁ、そうだ。【クラウスファミリア】が、深層まで手伝う事になったからな、案内人としては、同行するもんだろう」
イヤルは全てを見透かしているかのような、舐る視線をグリアムに向ける。
「フフフ、【ノーヴァアザリア】にも同行したんでしょう? 最深層はどうだった? 私達も近々潜行予定なのよ。いろいろ教えてくれないかしら~」
こいつ、知っているのか?
いや、当てずっぽうで言っているだけか⋯⋯だが、わざわざ【ノーヴァアザリア】の名前を出して来ている、やはり知っていると考えるべきか? でも、どうやって知った? 【ライアークルーク】に漏れた? しかし、たかが案内人ひとりだ、わざわざそんな情報を欲するか?
グリアムの頭の中で、疑問符が踊る。それが表情や態度に出ないように、必死に取り繕った。
「最深層ね⋯⋯。一介の案内人が、最深層まで潜れると、あんたは思うのか?」
「⋯⋯でも、あなたは潜った。特別なんじゃない」
「特別? オレが? ハハハハ」
「フフフフフ」
笑みを深め合うふたり。互いに腹を探り合う様は、キツネとタヌキの化かし合いだ。
「ただの案内人だよ。今回はパーティーに迷惑もかけちまった。特別なんてとんでもない話だ」
「もう探り合いは止めましょう。いくらで請け負うの? 【ノーヴァアザリア】の倍払うわ」
倍払うから案内しろか⋯⋯イヤがらせしておいて良く言えるぜ。イヤがらせがうまくいかなかったから、逆に懐柔しようって腹か? それともバレていないとでも思っているのか? もしかして、背に腹は代えられないほど切羽詰まっているとか⋯⋯。どちらにせよ、ちょっかいを出しておいて、近づいてくる時点で信用なんて微塵も出来る訳がねぇ。
ただ、あからさまに敵対するのは愚策だ。あいつらに迷惑が掛かるかもしれん。
「申し訳ないが、【ライアークルーク(賢い噓つき)】がいくら懸けても無理だよ。【ノーヴァアザリア】には敵わんって」
「随分な物言いね。私達の事ちょっと舐めてない?」
「舐めてねえさ。【ノーヴァアザリア】が懸けたのは⋯⋯“命”だ。あんたらがそれを懸けるとは到底思えん。どうだ? 【忌み子】に命を懸けられるのか?」
イヤルを見つめるグリアムのオッドアイは、どこまでも静かで、有無を言わさぬ圧を秘める。口元の笑みは歪み、言葉に詰まってしまうイヤルに、グリアムは微笑んで見せた。
「まぁ、あんたの反応が普通だよ。悪いな、交渉決裂だ。おたくのリーダーは優秀な地図師なんだろう? 案内人なんて必要ねえさ。潜行頑張ってくれ」
グリアムは片手を上げ、イヤルに別れを告げる。一点を見つめ固まってしまっているイヤルは何の反応も見せず、そんなイヤルにグリアムは肩をすくめ、帰路についた。
■□■□
ギルド最上階にある狭い一室。
窓のないその部屋は、昼間だというのに陽光は全く届かず、壁に並ぶ【アイヴァンミストル】のランプが、薄い暗い部屋をぼんやりと浮かび上がらせていた。
上座にひとつ木製の豪奢な椅子が置かれ、あとはテーブルを挟み、向かい合うように同じ椅子が置かれていた。銀髪の老齢なエルフが、髪色と同じ長い髭を撫でながら、不必要に長い背もたれへ体を預けた。
派手さはないが、テーブルも椅子も、ランプを支える燭台も細かな細工が施され、どれも一級品であることはひと目で分かる。
老齢なエルフの側に青髪の痩せたエルフが座り、向かいには緑髪の女エルフが口元に薄い笑みを浮かべながら腰を下ろす。痩せたエルフの隣にエルフにしては珍しい短い黒髪の精悍なエルフが座り、女の隣には対照的にでっぷりと腹の突き出た、丸眼鏡のエルフが腰を下ろした。
「では、報告を」
老齢なエルフが一同の着席を確認すると、何の前触れもなく口を開く。いつもの事なのか、だれも気にする事はなかった。老齢なエルフの言葉を受け、少し神経質そうにも見える青髪の痩せたエルフが、口火を切る。
「【アイヴァンミストル】の採取量の減少に歯止めが掛からない状況が続いています。潜行者の減少も一因としては考えられますが、主たる要因とは考えられません」
「ルーファス、他に考えられる要因はあるか?」
老齢なエルフにルーファスと呼ばれた青髪のエルフは、表情は変えず、首を軽く横に振った。
「このまま減り続けると、近い将来街の機能は止まってしまうぞ。何とかならんのかね」
街を動かすエネルギー源の枯渇は、街の死を意味する。腹の突き出たエルフは少し甲高い声で、その危険性を神経質に吼える。だが、向かいに座る精悍なエルフは、短い黒髪を撫でつけながら落ち着いた声色で諌めていく。
「ヨシフ、落ち着け。近い将来と言っても今すぐどうこうなる訳ではあるまい」
「そうやってふんぞり返っていると、取り返しのつかない事になるのだぞ。分かっているのか? ファブ」
「別にふんぞり返っている訳ではないさ。焦っても仕方ないと言っているだけさ」
ファブは短い黒髪を撫でつけながら、長い背もたれに体を預けた。
「それで採取量をあげる手立てはあるのかしら? 潜行者達に頑張って貰うしかないのよね?」
顎に手を置きながら女エルフは一同を見回していく。他の者達もこれといった打開策が見当たらず、その意見に同意するしかなかった。
「バルバラの他に意見のある者はいないようだな。私もそれしかないと思う。【アイヴァンミストル】の買い取り額を見直せ。大幅に上げてしばらく様子を見ようではないか」
老齢なエルフは、静かにだが確固たる意志を秘める声色を響かせる。
「ギルド長! しかし、その財源は⋯⋯」
「ヨシフ。おまえなら何とかできるだろう? ギルドの余剰金を切り崩すなり、私達の報酬を削るなり、どうやっても構わない。街の運営、街の住人達の生活が第一だ。いいな」
「分かりました」
「皆も良いな」
他の者達もすぐにギルド長へ頷くと、その姿にギルド長も納得し、大きく頷いて見せた。
「それとギルド長、黒龍の件はどうなさいます? 【ノーヴァアザリア】に発見された以上、どこまで隠し通せるか⋯⋯」
ルーファスの言葉にギルド長は目を閉じ、静かに逡巡する。一同はギルド長の次の言葉を静かに待つしかなかった。そこには先ほどまでなかった張り詰めた空気が流れ、この場の雰囲気は一変し、緊張を纏う。
「ルーファス、職員内の空気はどうだ?」
「ギルド内では、潜行者達に余計な恐怖を与えないように、告知を控えていると考えているようです」
「ヨシフ、バルバラ、街中はどうだ?」
ヨシフとバルバラは互いに顔を見合わせると、ギルド長に首を横に振る。
「何もない。ギルドに手続きに来る商人からは、何も聞かない」
「そうね。私もヨシフと同じく、治療に来る人たちの間で、龍の事を耳にしたって話は聞かないわ」
「【ノーヴァアザリア】は賢い。ギルドが伏せている事に何かしら違和感を覚え、口を閉じている可能性は否めん。だが、そのおかげでこの話が広まる事もないとみていいのではないか?」
ファブは前髪をいじりながら、ヨシフとバルバラ、ふたりの会話に割って入った。
「そうですね。ただ、【ノーヴァアザリア】は、中央都市セラタが誇る最大パーティー。下の者まで完璧に箝口令が敷けるというのは、都合良く解釈し過ぎかも知れません。『ダンジョンに龍がいる』という話は遅かれ早かれ、街で囁かれるようになると思われます」
ルーファスは青髪で強調された青白い顔を、老齢なエルフへと向け、その対処法についての答えを求める。
「龍の存在を夢物語にする事は出来んか? 話が出ても、存在する訳がないと住人達が思えれば、何も問題はないはずだ」
「否定はせずに、龍の存在自体をあやふやな物にすると?」
「出来るか?」
「了承致しました。では、バルバラ、ヨシフ、ファブ、すまないがこの後龍の対策について話し合いたい。少し残っていただけるか?」
三人は揃ってルーファスに頷いた。
「それでは皆、頼んだぞ」
一同が頭を垂れると、老獪なエルフは部屋を後にした。