その来訪と邂逅 Ⅲ
「どうしてベアトリは、夜しか潜らないの?」
「あら、ヴィヴィちゃんったら、気になっちゃう? 私ってば恥ずかしがり屋さんでしょう、だから、人がいない時がいいのよ⋯⋯あ! そうそうグリアム、カーラ達の件は、アクスに言ったのかしら?」
「この後行ってくるよ」
「そう、宜しく言っておいてね。ついでに【クラウスファミリア(クラウスの家族)】を手伝う事になったって、伝えておいてよ」
「オレは伝書鳩じゃねえぞ」
「いいじゃない、ついでなんだから。ねえねえ、リーダーさん。ここって部屋余ってないの? 余ってるなら部屋貸してくれない? いちいち顔出しに来るの面倒だし、我が家よりこっちの方が街に近いのよねぇ」
「もちろん。部屋ならいっぱい余っているので、お好きな部屋を使って下さい。マノンさん、案内して貰えます?」
「分りました。ベアトリさん、行きましょうか」
「うんうん。ついでに本拠地の案内もお願い出来る?」
「もちろんです」
ベアトリとマノンが応接間を後にすると、グリアムはドッと疲れに襲われ、だらっとソファに体を預け、しばらくの間天井を仰いでいた。
■□■□
夜も深い時間、昼間の賑わいが嘘のようにギルドは静まりかえっている。カツ、カツ、と、床を叩く靴底の音だけが響き、その音は人の気配をさらに掻き消していた。
「相変わらずヒマそうだな」
「おまえか⋯⋯また、潜るのか?」
「まさか」
ギルドの受付を覗き込むグリアムを、アクスは面倒そうに上目で覗き込んだ。無表情を絵に描いたようなその表情は微動だにせず、いつもと同じく疲れ、やる気のない姿を見せていた。
「じゃあ何だ、こんな時間に? 暇つぶしか? なら付き合わんぞ、面倒くさい⋯⋯」
「そんな事を言うなよ、たまには付き合えよ。今日はちょっと報告があってきたんだ」
「報告?」
「ギルドにも報告があがっているだろう? 【ノーヴァアザリア(新星のアザリア)】がエンカウントした黒龍の話。そいつはな、カーラ達の仇だ」
「仇? カーラの?! 【バヴァールタンブロイド】の?!」
グリアムはエンカウントした時の様子をつぶさに報告した。案内人として同行した事、黒龍の身体にカーラの剣が突き刺さっていた事、死に掛けた事⋯⋯。
アクスは一瞬だけ驚いた顔を見せたが、すぐにいつもの無表情へと戻り、グリアムの話を黙って聞いた。時折、考え込む姿を見せたが、いつもと変わらぬ冷静な態度でグリアムに接した。
「カーラの剣が⋯⋯。この話、ギルドにはどこまでしてる?」
「アザリア達が報告してるからどこまで報告してるか分からんが、生態に関わる事しか報告していないはずだ」
「そうか⋯⋯。ギルドには、【バヴァールタンブロイド】の話はするな」
「何で?」
「ちょっとな⋯⋯まぁ、ギルドを信用し過ぎるな」
「はぁっ?! なんだそれ?!」
「声がデカい」
アクスは人差し指を口に当て、グリアムを睨んだ。
「どういう事だ?」
「現場の人間は問題ないが⋯⋯」
そう言ってアクスは上を指差す。
「ここ何十年⋯⋯いや、もしかしたら何百年と上の面子は変わっていない。いくら長命のエルフとはいえ、おかしいと思わんか? ずっと同じ面子が、ギルドを牛耳っているんだぞ」
「それは良く分かんねえけど⋯⋯」
「まぁ、いい。この件、おまえは黙っていろ」
アクスは無表情のまま吐き捨てる。だが、そこには反論を許さない強固な意志が感じ取れた。グリアムは納得しきれないまま、首を縦に振るしかなかった。
上の面子⋯⋯ギルド長とその周辺のヤツらが、きな臭えって事なのか?
言うなって事は、もしかして、すでに黒龍の存在を知っていた? イヤ、すでに何かしらの情報を持っている可能性もあるのか? でも仮にそうだとして、黒龍の存在を告知しない理由って何だ?
グリアムの中で疑問だけが蓄積していく。
「上の面子って?」
聞くなと言う言葉を無視するかのようなグリアムの言葉にアクスは大きく溜め息をつく。
「ギルド長とその直下にいる四人のエルフが、ギルドを牛耳っている。副長、医療省総長、金商省総長、守衛省総長。この面子はずっと変わっていない」
「何か悪さしてるのか?」
「いいや。品行方正、我欲に走ったりする者はいない⋯⋯」
「なら、いいじゃねえか」
「ただ、光が強くなればなるほど、その影は濃くなるのが世の常だろ⋯⋯まぁ、確証も何もないのにベラベラと喋れん。言えるのはここまでだ、分かれ」
「良く分かんねえな」
「分からんなら分からんでいい。この件はここまでだ」
怪訝な表情を浮かべるグリアムから、アクスは視線を逸らし、この話を強制終了する。
グリアムはアクスの態度に、仕方ないと話題を変えた。
「そういやぁ、ベアトリのやつが【クラウスファミリア】を手伝う事になった」
「そうか」
「興味なしか」
「いや、おまえたちの動向はいつも気になってるよ。本当だ」
「噓つけ。【ノーヴァアザリア】も【クラウスファミリア】も、黒龍討伐を当面の目標に掲げている。ベアトリはそこに乗った感じだ」
「⋯⋯敵討ちか。止めておけ。【バヴァールタンブロイド】を殲滅したヤツだぞ。A級、B級がどうにか出来る相手ではない。おまえが一番分かっているだろ」
「まあな。ただ、今すぐどうこうしようって話じゃねえ。先の話だ」
「おまえも敵討ち派か⋯⋯気持ちは分かるが止めておけ」
「まるで無理だと分かっている風な口ぶりだな」
「その逆だ。何もかも分からな過ぎるから、止めておけと言っているのだ」
「はいはい、忠告どうも」
「はぁ~まったく⋯⋯。何か分かったら教えるから、くれぐれも先走るな。【ノーヴァアザリア】と【クラウスファミリア】のやつらに良く言っておけ」
「調べられるのか?」
「まったくおまえらは⋯⋯期待はするな」
アクスは机の上で頬杖をついたまま、軽く頷いた。ヤレヤレとやる気のない態度を見せながらも、アクスの中でも思うところがあるのだろう、昔のように瞳の奥はギラついていた。
【バヴァールタンブロイド】に関わった人間が、導かれるようにその思いをひとつにしていく。
これも何かの縁ってやつか?
グリアムはアクスと軽く挨拶を交わし、受付を後にする。静かなギルドを出ると、すぐに遠くからの喧騒を感じた。街の眠りを妨げるかのように、騒ぎ立てている声を感じながら帰路に就こうと歩き始める。
「グリアム・ローデン」
ギルドを出るとすぐに、聞きなじみのない呼び声が届き振り返る。そこには冷めた視線を向ける猫人の女が立っていた。
「イヤル・ライザック⋯⋯」
【ライアークルーク(賢い嘘つき)】の副リーダーであるイヤルの冷めた瞳から、冷たい熱を感じる。苛立ちにも似た感情を持つ瞳を向けながら、口元だけは強引に笑みを作って見せていた。
「ギルドで良く会うわね。またクエストでも探してたの?」
「まぁ、そんなとこかな」
「へぇーこんな夜深い時間にねぇ⋯⋯」
わざとらしく顔を寄せるイヤルに、グリアムは視線だけを向け、努めて冷静を装った。
【クラウスファミリア】にちょっかいを出しておいて、知らぬ存ぜぬか。肝が据わっているというか、盗人猛々しいな。
「この時間は、空いていていいだろう?」
「ねえ、あのやる気のない受付のエルフ、あなた知り合い?」
グリアムの言葉など関係ないとばかりに突くイヤルの言葉に、グリアムの頭の中に少しばかりの緊張が走る。対峙している猫人の思惑が全く読めず、グリアムに困惑を生んでいた。
「まぁ、結構昔から潜っているからな⋯⋯互いに顔も分かるさ」
グリアムの当たり障りのない答えに、イヤルの表情はピクリとも動かない。
「その割には、結構話し込んでいたじゃない。ただの顔見知りって訳じゃなさそうだけど」
見ていたのか?
相変わらず何考えているのか分かんねえヤツだな。アクスが、【バヴァールタンブロイド】の担当だった事は知らないのか⋯⋯やはり余計な事は言わん方がいいな。
「まぁ、【忌み子】を相手にするやつなんざぁ、そういねぇし、向こうもヒマだからな」
「あら! 私もお相手するわよ。お話ししましょうよ」
イヤルは口元に、わざとらしくいやらしい笑みを浮かべた。