その来訪と邂逅 Ⅱ
「ベアトリは優秀なんだって、フルーラが言ってた」
「まぁ! フルーラってば、相変わらずね。可愛いじゃない」
「僕達もずっと治療師を探していて、フルーラさんのお墨付きならぜひ⋯⋯」
「⋯⋯そう焦るな」
そう言って釘を刺したのはグリアムではなく、黙ってやり取りを聞いていたオッタだった。
「オッタは反対なの?」
「いや別に。決めるのはリーダーであるあんただ。だが、そんな優秀な治療師が、何故フリーなんだ? 何故グリアムは渋っている?」
「それはね、フルーラには友達がいて、グリアムにはいないから、ひがんでるんだよ」
「ヴィヴィさん、それはさすがに違うと思いますよ」
サーラは少し困り顔で、ヴィヴィを諌めた。
「ほっほう~兎くんは思慮深いね。ま、フリーなのはパーティーに入らなくともやっていけるからさ。ほら⋯⋯」
ベアトリはそう言って、携えていた長い杖と思っていた穂先の布を外した。そこには刃である穂から左右に短い横刃の伸びる鎌槍が現れた。キラキラと反射する十字の形をした刃の付いた槍に、グリアムを除く面々は、思わず虚を突かれてしまった。まさか槍が現れるとは思ってもいなかったのだ。
「これでエイ! ってね。深層くらいなら単独でいけるからさ、パーティーにあまり興味がなくてね。私の場合回復薬もいらないから荷物も少ないし、何よりひとりは気軽だしね。だからまぁ、ひとりでいいかって感じ。正直今は、パーティーにはあんまり興味がないんだよね」
ベアトリは呆気に取られている面々に、自慢げに軽く鎌槍を振って見せた。
「では、何故今日はここに来たのだ?」
訝しむオッタに、ベアトリはニッコリと微笑んで見せた。
「そこはほら、可愛いフルーラの紹介だし、何て言っても若造くんが絡んでるパーティーでしょう? 顔くらい出しておこうかなって感じ。久々に顔を見たいじゃない~感動の再会ってやつよ」
「そう言う割に、向こうは嫌がってるように見えるが」
オッタは後ろで知らん顔しているグリアムを親指で差して見せた。
「久しぶりで照れてるだけよ」
「そうなのかグリアム?」
「んな訳あるかよ。こいつはマジでただの酔っ払いだぞ。やる気の出ねぇ潜行だと、ベロベロに酔っ払って使い物にならねえ。そんな気分屋が使えるか? 【バヴァールタンブロイド】を実質クビになった唯一の人間だぜ」
「違うわよ、私から辞めたの。フルーラと一緒」
「はぁ? 違うだろ。あいつとは違う」
グリアムはベアトリの言葉に取り付く島もなく、そっぽを向いてしまう。ベアトリはそんなグリアムにやれやれと苦笑いを浮かべるが、困っているようには見えなかった。
「うん、大丈夫じゃないですかね。グリアムさんの言葉を借りれば、逆にやる気の出る潜行の時は、力を発揮してくれるって事ですよね。僕達の目標は【バヴァールタンブロイド】の仇である黒龍の討伐です。もちろん、それだけではありませんが⋯⋯。ぜひ力を貸して下さい。ベアトリさんも、この話を聞いて、思うところがあるのではないですか?」
「仇⋯⋯?」
「グリアムさんが、最深層でエンカウントしたのですよ」
「ちょっとグリアム、どういう事?」
イヴァンの言葉に、ベアトリの口元にあった笑みは消え、厳しい口調をグリアムに向けた。
「どうもこうも、そういう事だ。最深層でカーラの剣が突き刺さった龍がいたんだよ。フルーラから聞いてねえのか?」
「聞いてない⋯⋯」
ベアトリは口元に手を当て、真剣な表情で考え込んでしまう。軽かった口は一気に重くなり、ベアトリの【バヴァールタンブロイド】に対する気持ちの重さが垣間見えた。
「何だかベアトリさんって、師匠⋯⋯グリアムさんと似てますね。ふたりの【バヴァールタンブロイド】への愛情の深さが伝わります。それだけ素敵なパーティーだったって事ですね」
「ここも負けてないよ」
「ですね、ヴィヴィさん。なのでベアトリさん、パーティー加入じゃなくとも構いませんので、力を貸していただけませんか? 思いは同じだと思うのです」
「サーラの言う通りです。今すぐというお約束は出来ません。でも、近い将来黒龍を討伐したいと思っています。ベアトリさんの力を貸して下さい」
イヴァンが頭を下げるとベアトリは、困り顔でため息をつく。
「最深層まで行ったのは、このパーティーじゃないわよね? そこまで行くのも至難の業よ。分かっているの?」
「分かっています。その為にベアトリさんの力を借りたいのです」
イヴァンは顔を上げ、真っすぐな思いをベアトリに向けた。その翡翠のように濁りのない真っすぐな緑瞳に見つめられ、ベアトリは溜め息をつきながら、目を逸らしてしまう。
そして嘘のない真っすぐな瞳に、ベアトリは既視感を覚えていた。
「そんなに見つめられると、お姉さん照れちゃうわ。まぁ⋯⋯分かった。とりあえず手伝いますか!」
「ありがとうございます! グリアムさんもいいですよね?」
「反対する立場じゃねえ⋯⋯だがベアトリ、ひとつだけ約束しろ。潜行中は、呑むな」
ベアトリは、少しだけ肩をすくめて見せ、グリアムの問い掛けにイエスともノーともとれる態度を見せた。その姿にグリアムは軽く舌打ちを返し、そっぽを向いてしまう。
「ベアトリさんって、そんなにお酒を呑まれるのですか?」
「ウフ」
サーラに含みのある微笑みを見せるベアトリに、グリアムは盛大に顔をしかめた。
「こいつはクソほど弱えぞ。エール三杯も飲めば、ひっくり返る。そもそもエルフは酒飲めねえんだ。酒を口にすること自体が、おかしいんだよ」
「ウフフ、すぐ酔っぱらっちゃうのよねぇ~可愛くない?」
「どこがだよ!?」
「フフ、おふたりは仲良しさんですね」
グリアムとベアトリの気兼ねのないやり取りは、普段は見せないグリアムの表情を引き出し、サーラは思わず微笑んでしまう。
「仲良し? おまえはこいつの本性を見てないから、お気楽に言えんだ。知らねえ間にベロベロに酔っぱらっていて、潜行が中止になって、何回こいつを抱えて上まで運んだ事か⋯⋯思い出したら、また腹立ってきた。こっちが必死こいてんのに、こいつはずっといびきかいて寝てたんだぞ」
「やあねぇ~、昔の話じゃない。そんな昔の事をネチネチ言ってる子は、モ・テ・な・い・ぞ」
「何言ってんだ、クソババァが⋯⋯!?」
グリアムが悪態をついた瞬間、銀色に鈍く光る槍の穂先がグリアムの眼前へと迫った。
一同が息を呑む瞬間さえないほど、何の前触れもなかったその隙のない動きに、一同は言葉を失ってしまう。
「『お・ね・え・さ・ま』でしょ。しばらく会わないうちに、すっかりガラ悪くなっちゃって。まったくもう」
ベアトリは、そう言って頬を可愛らしく膨らまして見せるが、その視線は突き刺すような鋭さを持っていた。
「チッ!」
「おい! 今の早かったな! どうやったんだ?」
穂先を睨みながら、舌打ちするグリアムとは対照的な姿を見せる者がいた。
ここまでまったく興味を見せていなかったルカスが、急に喰い付いた。グリアムがまったく反応出来ないほどの早さに、ルカスは瞳を爛々と輝かせた。
「グリアムに意見出来る人間は貴重だ。ベアトリ、歓迎する」
「確かにオッタさんの言う通りですね⋯⋯それに師匠と同じくらい経験豊富な方に力を貸して頂けるのは有難い限りです。ちなみに、ベアトリさんの級はどこなのでしょう?」
「Sよ。どこかの優秀な地図師くんと一緒に取れたのよ。ねぇ~」
「「ええー!!」」
驚いているのはイヴァンとサーラだけで、オッタもルカスもヴィヴィも、さして興味がないようだった。ベアトリはわざとらしく笑顔でグリアムに同意をもとめるが、グリアムは不機嫌を隠さず視線を合わそうとすらしなかった。
「S級ですか?! 凄いですね」
「ですよね。あれ? でも、何で知られていないのでしょう? 今って、S級の方って存在しないくらいの勢いですよね。ここにそのS級が、おふたりもいるなんて!?」
グリアムとベアトリは視線を軽く交し合うと、ベアトリは仕方ないとばかりに口を開いた。
「【バヴァールタンブロイド】が帰って来れなかった事で、S級はいなくなったと思われているのよ。若造くんは潜行者を辞めて案内人となって、私も潜る時って、夜ばかりだから、人に知られる事が無かったんじゃないかな」
ベアトリの口調は穏やかで、どこか寂し気でもあった。