その来訪と邂逅 Ⅰ
ヴィヴィの元へと駆け出すテールを見つめているフルーラに、グリアムは重い口を開く。
「実は、ついこの間、久々に最深層まで潜った」
「【クラウスファミリア(クラウスの家族)】でか?」
フルーラは、じゃれ合うヴィヴィとテールを見つめたまま答えた。
「まさか。【ノーヴァアザリア(新星のアザリア)】の案内人としてだ」
「そうか⋯⋯」
「そこで、カーラ達の仇とエンカウントしたよ」
診察台の片づけを始めようとした、フルーラの手が止まる。厳しい視線だけをグリアムに向け、その言葉の真意を読み取っていく。
「【ヴァバールタンブロイド(おしゃべりの円卓)】の? 仇? ⋯⋯それで、仇は取れたのか?」
グリアムはゆっくり首を横に振った。
「いや、逆に死にかけた。アザリアに救われたよ」
「そうか。まぁ、無事に帰れたならそれでいい。だが、何故そいつが仇と分かった?」
「馬鹿デカイ龍の首元に、カーラの剣が突き刺さったままだった」
フルーラは驚きを隠せず、一瞬、言葉を失ってしまう。
「⋯⋯龍?! 龍なんているのか? だが、そうか⋯⋯カーラの剣が⋯⋯まぁ、あまり無理はするな。おまえはツイているんだ、生きる事だけを考えればいいさ」
フルーラは努めて冷静を装うが、その声は少しばかり上ずっていた。フルーラの頭の中には、カーラ達の思い出が、走馬灯のように駆け巡り、忘れかけていた記憶の扉が開いていた。
「ああ⋯⋯だが、【ノーヴァアザリア】も【クラウスファミリア】も、討伐すると息巻いている。熱が冷めてくれりゃあいいがな⋯⋯」
「カーラ達でも無理だったのであろう? となれば、彼女達でも、難しいのではないか? それで、アクスには報告したのか?」
「まだだ。ただ、龍の件はギルドに報告済なんで、やつの耳にも入っているはずだ」
「ギルドに報告済み? その割には大人しくないか? 龍だぞ、ギルドが騒いでも可笑しくないだろうに」
「知らねえよ。まぁ、あのデカさだと上層から深層に出現する事はねえから、注意喚起は必要なしと判断して、下手に恐怖を煽らないようにしてる⋯⋯のかもな」
「ほう。そんなにデカイのか」
「ああ。あんたに分かるように言うなら、緩衝地帯なみの天井の高さが必要だ」
「はぁ?! そこまでか⋯⋯。なるほどな、それは下層、深層には現れんわな。だからギルドは、下手に騒ぎ立てないようにしているか⋯⋯」
「まぁ、分からんけどな」
「どうしたの? ふたり揃って難しい顔してさ」
グリアムとフルーラのふたりが揃って言葉に詰まったところに、ヴィヴィとテールが顔を出す。
「この間の龍の話だよ」
「そっか⋯⋯あ! そうだ。フルーラに聞きたい事あったんだ。フルーラの友達に治療師さんいない? グリアムは、ほら、友達いないでしょう? フルーラならいるかなって」
フルーラはグリアムの方を見て、思わず吹き出してしまう。
「フフ⋯⋯こいつは、まぁ、仕方ないんだよ。治療師ね⋯⋯いない事もないけど、今、フリーかな?」
「え?! いるの! 紹介して!」
「う~ん」
フルーラは、顎に手を置きひとつ唸ってみせると、チラっとグリアムの方へ目を向けた。その視線にグリアムは不安を感じてしまう。フルーラの頭の中に浮かんだと思われるひとりの治療師に、グリアムも思い当たる節があった。
「おい⋯⋯もしかして、あいつか?」
「え! いるの! フルーラ教えて! 教えて!」
「ベアトリってやつなんだけど」
「おいおい、あいつはダメだ!」
「ちょっとグリアム黙って! そのベアトリって人やってくれないかな?」
「うん、まぁ⋯⋯聞く分にはな⋯⋯」
「フルーラ、てめえ、友達が少ないと思われたくねえから言ってんだろ。あいつはダメだ」
「もう! グリアムうるさい!」
ヴィヴィはグリアムをひと睨みし、ピシャリと言い放つ。
「多少、問題はなくはないが、腕はあるぞ」
「凄い治療師なの!? 言う事ないよ! フルーラ紹介して」
「まぁ、構わんが⋯⋯」
煮え切らない返事をするフルーラの向かいで、グリアムは首を何度も横に振り、頭を抱えてしまった。
■□■□
「今日も多いですね、パーティーに入りたいって来た人。もう三人目ですよ」
【クラウスファミリア】の構成員達が集う応接間に、マノンが溜め息混じりに戻って来た。
「どうせ使えるやつなんていねえんだろ」
ルカスは興味なさげに天井を仰ぐ。
「グリアムさん、実際のところはどうなんです?」
「C級がB級を決闘で喰った直後に、パーティーのリーダーが最速でB級に昇級。今一番勢いのあるイケイケのパーティーって思われているんだろう。ただ、そこに群がって来る輩なんざぁ、おこぼれが欲しいだけの小物でしかねえよ」
「止めておいた方がいいと」
「決めるのはおまえだ」
答えはイヴァンへと投げて、グリアムも早々に興味を失っていた。
「こんちは~」
【クラウスファミリア】の本拠地に、気の抜けた女の声が響いた。
「はーい、どちらさまでしょうか?」
マノンは扉を少しだけ開き、少しばかりの警戒を見せる。
扉の向こうには、目尻の下がった緑髪の美しいエルフが、トロンとさらに目尻を下げ、扉から覗くマノンの姿に、驚いた顔を見せた。
「うぉっ! 兎さん! 珍しいね。こんちわ、ベアトリよ。フルーラから話聞いてない?」
そう言えば、ヴィヴィさんが何か言っていたような⋯⋯。
『フルーラが友達の治療師を紹介してくれるって!』
マノンは、治療師を紹介して貰ったと胸を張るヴィヴィの姿を思い出す。
「治療師の方でしょうか?」
「それそれ。開けて貰っていい?」
「あ、はい。では、応接間に案内しますね、こちらへどうぞ」
マノンの中で、おおよそエルフのイメージからかけ離れるこのエルフに、心の中で首を傾げていた。
ベアトリは物珍し気に辺りを見渡し、感嘆の声をあげる。
「えらい立派な本拠地だね。まだC級なんでしょう?」
「先日、リーダーのイヴァンさんがB級にあがりましたよ。こちらです。みなさん、お客様です。フルーラさんからご紹介のベアトリさんです」
「ベアトリ! もう来たの!」
「こんにちは。ベアトリさん、初めまして」
ヴィヴィは突然現れたエルフに破顔し、イヴァンを筆頭に一同頭を下げていく。
「どもども、ベアトリーチェ・ディバーニャよ。ベアトリって呼んでね。あ! 若造だったグリアムくんも、随分立派になっちゃって。何後ろに隠れているのよ、久しぶりなのにつれないじゃない」
若造??
一同の頭の中に『?』が踊る。ベアトリが口端を上げて見つめる先には、いつにも増して不機嫌なグリアムの姿があった。
「おまえなぁ⋯⋯」
「めっきり老けちゃって、昔はあんなツヤツヤしてたのにねぇ~」
「長命のエルフと一緒にすんな! 何年経ってると思ってんだよ」
「えぇ~わかんな~い」
「ねぇねぇ、ベアトリは何歳なの?」
「あら、その髪色、あなたがヴィヴィちゃんね。淑女に、年齢は聞いちゃダメよ」
「⋯⋯だれが淑女だよ⋯⋯ただの酔っ払いだろう」
「あら、若造くん、何か言った?」
「別に⋯⋯」
ボソっと呟いたグリアムを睨むベアトリの口元は笑みを湛えているが、その目は微塵も笑っていなかった。