その会食での戸惑い Ⅴ
「ちょ、ちょっと! シン! イヴァンくん、ごめんなさいね。シンも言い方を少し考えなさいよ! あんたの物言い悪過ぎるよ。イヴァンくん、本当ごめんね。この子、口調はこうだけど、悪い人間ではないので、許して!」
「ああ?! こっちは実害が出てんだぞ!」
「実害って、私がちょっと怪我しただけじゃない。グリアムさんがいなかったら、全滅してたかも知んないんだよ! いい加減にしなさい」
アザリアはシンにいい加減にしろと、リーダーの風格を持ってピシャリと言い切った。それでも、シンは自身の思いは譲らないとヴィヴィに鋭い視線を向け続けていた。
「あのですね。そもそもシンさんとハウルーズさんは、【忌み子】や【魔族】と呼ばれている人達に、何かイヤな事をされた経験でもあるのでしょうか?」
サーラの言葉にシンとハウルーズは軽く視線を交し合うだけで、その問いかけに答える事はなかった。サーラは予想通りだったのか、気にする素振りも見せず言葉を続ける。
「リーダーの言う通り、どうも当初から師匠に対して懐疑的な目を向けられていましたよね? もし、何もされていないのなら、ただただ、世間の風評に乗っかっているだけではないのですか? それってどうなのでしょうか?」
静かに見つめるサーラの瞳から、シンとハウルーズはバツ悪そうに視線を外してしまった。そんなふたりから、答えを期待する事もなく、サーラは言葉を続ける。
「私は、自分の目で見たり感じたりしたものしか信じません。【忌み子】の師匠と出会ってから、不幸なことなど何ひとつありませんでしたよ。むしろいろいろな物を経験出来て、幸運なことの方が多いです。こうして皆さんと出会えたのも、【忌み子】である師匠のおかげですから。それに、世間の風評に踊らされるなんてカッコ悪いじゃないですか。ご自身の目で見たものを踏まえて、良く考えてみて下さい」
サーラは熱くなったシンとハウルーズの頭を冷やすように訥々と語りかけた。実際に見て、感じたもので判断すべきだと、正論にも聞こえるサーラの言葉に、ふたりは返す言葉が見つからない。
「確かに。グリアムさんと出会ってから、大変な事もあったけど、面白い事が多いよね。刺激の多い毎日って感じ? だから【忌み子】が不幸を運ぶなんて嘘だよ」
ラウラはヴィヴィを抱き寄せたまま、サーラの言葉に頷いて見せた。
「だから、そういう事を言ってんじゃねえ。【忌み子】だの【魔族】だのどうだっていいんだよ。こっちは命張ってんだ、隠し事があるってのがイラつかせんだよ。知ってる事を全部吐いて、隠し事をすんじゃねえ」
「些細な情報が、攻略の糸口になることだってあるという事だ」
ハウルーズも冷静な口調でシンに続く。
「あんた達はまったく⋯⋯最初からそう言いなさいよ!」
「ああん?! 言ってただろうが」
「言ってないわよ! いつも言葉足らずなんだから、まったくもう」
アザリアはヒステリックに叫ぶと、思わず頭を抱えてしまう。
「【クラウスファミリア(クラウスの家族)】の者達、スマンのう。ああ見えて、あのふたりは人見知りなんじゃよ。いい年こいて恥ずかしいよなぁ。ワシらも困っておるんじゃよ」
「ゴア! 聞こえてんぞ!」
「ブハッ! 聞こえるように言ったんじゃ」
ゴアはそう言ってイヴァンに慣れないウインクを見せ、お茶目な姿を見せた。その姿は、イヴァンの頭を冷やし、落ち着きを取り戻していく。
「すいません。僕もいきなり失礼な物言いでした」
イヴァンがシンとハウルーズに頭を下げると、サーラもそれに倣って頭を下げた。
「あの龍の情報を寄越せ。些細なことでもいい。ジルニトラとは何だ?」
シンはあらためてヴィヴィへ、先ほどまでの熱さは消え、冷静な物言いで問い直す。ヴィヴィは上目でグリアムとイヴァンを覗き、どうすべきか答えを求めた。
先ほどのヴィヴィの様子から、その答えが【魔族】に繋がる何かだとグリアムもイヴァンも容易に想像がつく。グリアムは軽く首を横に振り、イヴァンは顎に手を置き、どうすべきかひとり悶絶してしまう。その姿を見ていたサーラは、ニッコリとシンとハウルーズに微笑むと、唐突に話し始めた。
「リーダーはすっごい遠くの村出身なんです。ここから馬車で何日も掛かる遠い遠い村の出身なんですよ」
脈絡のない話にしか聞こえず、シンとハウルーズはもちろん、この場にいる者達はサーラの言葉に少しばかりの困惑を見せる。
「それが何だってんだ? 関係ねえだろ」
怪訝な表情で睨むシンに、サーラは待てとばかりに手の平を差し出した。
「その村では師匠のような【忌み子】はもちろん、こちらで【魔族】と呼ばれている人達も普通に暮らしているそうです」
「あ! だから、イヴァンくんは普通にグリアムさんに声掛けたんだ」
アザリアは合点がいったとばかり手を打つと、イヴァンはアザリアに軽く頷いて見せた。
「あ、はい。そうです。いまだに【忌み子】とか【魔族】とか言って毛嫌いするのが理解出来ないんですよね。村の住人達は、みんな良い人ですし、普通に仲良く暮らしていますよ」
当たり前とばかりに言い切るイヴァンの姿に、アザリアは納得の姿を見せ、にわかには信じられないイヴァンの村の話に、シンとハウルーズは動揺を隠そうと視線を逸らす。
【忌み子】と【魔族】が普通に暮らしている村があるといのは、中央都市セラタに住む者達にとって、少なくない衝撃を与えたのだろう。サーラにとってその姿は、思っていた通りの反応だった。
「私の知っている【忌み子】の方は、ぶっきらぼうですけど、とても優しい方で、【魔族】と呼ばれる方は、とてもおおらかで一緒にいるだけで楽しくなってしまう方です」
サーラの言葉を受けてラウラはヴィヴィを抱いている腕に力を籠め、更に力強く抱き寄せる。その力強さは、サーラの言葉の意味を理解したとヴィヴィに伝わった。
サーラはグリアムへと視線を向け、そして覚悟を決めたかのようにゆっくりとヴィヴィへと視線を移した。その行動が何を意味しているのか、にわかには伝わらなかったが、アザリアは驚きのあまり口元に手を置き固まってしまうと、シンとハウルーズもその意味を理解し、言葉を失ってしまう。
「え? 何? 何じゃ??」
ゴアだけが、訳分からずキョロキョロとみんなの事を見回していく。
「えぇっ!? だって? そうなの?」
「チッ!」
アザリアは素直に驚き、その意味を分かりながらも理解に苦しむシンは軽く舌打ちをして、ハウルーズは必死に動揺を隠そうとしていた。だが、予想だにしていなかった話の流れに、シンとハウルーズの表情は固まってしまう。目の前にいる少女をどう捉えればいいのか、考えあぐねていた。
「だから、何じゃー!?」
「ゴア、うるさい!」
ラウラはキッと、ひとり現状を理解出来ていないゴアを睨む。
「おい、あっちには⋯⋯」
「とっくに話してますよ」
グリアムは何の反応も見せないルカスやオッタを軽く指差し、サーラの耳元で囁いた。サーラはさも当たり前とばかりに答えると、まだ混乱の見えるアザリア達に向き直す。
こいつ簡単にバラしやがって。考えなしでやってたら、尻ぬぐいなんて出来ねえぞ。大丈夫なんか?
【忌み子】と【魔族】が関わっているパーティーなんて、普通は誰も関わり合いになりたくないはずだ。
ラウラとアザリア⋯⋯ゴアも大丈夫か?
この狼とエルフはどう出る?
口では気にしないと言ってはいるが、実際目の前にして、こいつらはどう考える?
サーラの公表が、どういう影響をこの場におよぼすのか、グリアムには全く読めず、後戻りの出来ない状況に不安だけが積み重なる。
「これは私の勝手な想像ですけど、【魔族】と呼ばれる方々の一部は、地上の人間を忌み嫌ってはいないと思います。地下での生活は過酷で、何かをきっかけに地上の生活を知った。そして、その生活を夢見て地上を目指す方々が少なからずいる事から、そう考えられます」
「なぜそんな想像が出来る? 何か根拠でもあるのか?」
ハウルーズの言葉を受け、サーラはグリアムを指し示す。
「地上の人間を忌み嫌っていたら、師匠のような【忌み子】の方は生まれませんし、リーダーの村に【魔族】の方々は存在しないのではと考えられます」
「忌み嫌っていたら、地上は目指すはずがないと⋯⋯」
「はい。あのダンジョンを上がらなくてはならないのです。強い覚悟が必要だと思います」
ハウルーズはそれ以上の事は聞かなかった。サーラの話に納得がいったのだと分かる。
「私の———」
唐突にヴィヴィは口を開き、ゆっくりと顔を上げていった。