その会食での戸惑い Ⅳ
「でも、グリアムさんは何でまた潜行者を辞めたてしまったのですか?」
「あ? もうオレの話なんていいだろう」
嫌がるグリアムに、イヴァンは純粋な瞳を向け、ラウラやサーラ、アザリアまでも前のめりでグリアムの答えを待ちわびた。
その溢れんばかりの好奇心に気圧され、グリアムはまた渋々と口を開いていった。
「はぁ~なんなんだよ、まったく。ひとりで最深層に行こうとして、ボコられたって言ったろう。そんでカーラ⋯⋯【バヴァールタンブロイド(おしゃべりの円卓)】達の分も“生きろ”って、散々説教もされた。とは言え、【忌み子】なんざぁ、まともな職に就けるはずもねぇ。だから、潜行者より生き延びる確率の高い、案内人になった⋯⋯って、だけの話だ」
「「「なるほど~」」」
一通りの経緯を聞いた一同は納得の頷きを見せ、グリアムはやっと解放されると、ヤレヤレとひと息入れる事が出来た。
だが、イヴァンは首を傾げながら、少し考えこんでいた。
「グリアムさんを説得した人ってだれですか? グリアムさんにそんな事を言える人なんて、そういないと思うんですけど?」
「おまえも知ってんだろ、調教店のルバラだよ。それと【バヴァールタンブロイド(おしゃべりの円卓)】の担当だったアクスだ。まだ、ギルドにいるだろ」
「アクスさん? 受付にそんな方いましたっけ?」
「あ! えっ?! アクスって、夜間受付の?」
首を傾げ続けているイヴァンの向いで、ラウラはポン! と手を打って納得を見せるが、表情はすぐに違和感を映し出す。
「え? あのいつもだるそうにしているおじさんエルフ??」
ラウラと同じくアザリアも違和感を覚え、シンやハウルーズまでも顔を上げていた。
「みなさん、何でそんな顔をするのですか?」
【ノーヴァアザリア(新星のアザリア)】のメンバー達の驚きに、イヴァンの困惑は深まるばかりで、困惑の瞳は【ノーヴァアザリア】のメンバー達を見つめていた。
「優秀なパーティーの担当って、ある意味出世コースに乗ったと同じなんだよね。そんな人が、現場の仕事をまだやっているどころか、だれもやりたがらない夜間の受付をしてるなんて⋯⋯ねぇ」
アザリアはそう言って、またラウラに話を振った。
「夜間なんてほぼ仕事ないもん。なんで、伝説級のパーティーを担当していた人がそんな仕事を⋯⋯でも、なんかグリアムさんみたいだね」
「はぁ?」
「だってさ、【バヴァールタンブロイド】の担当なんて、ギルドの中でも、エリート中のエリートだった訳でしょう? そんな人がさ、仕事なんてあってないような夜間の受付をしてるって、優秀なS級の潜行者が、案内人をしているようなもんでしょう?」
「なんだそれ」
顔をしかめるグリアムの事など気にも留めず、イヴァンは話を続ける。
「でもどうして、パーティーの担当を辞めてわざわざ夜間の受付をしているのでしょう? また別のパーティーの担当をしても良さそうですが?」
「さあな。本人に聞いてみればいいんじゃねえか?」
いち抜けたとばかり、グリアムはそっぽを向いてしまう。するとアザリアとラウラは、腑に落ちない表情で考え込んでしまった。その様子にサーラはすごすごと小さく手を上げていく。
「あの⋯⋯アクスさんの事をあまり存じ上げないので、想像でしかないのですが、多分ですけど、グリアムさんと同じ理由ではないかと」
「え? サーラちゃん、どゆこと??」
「アクスさんは、ひとりで潜ろうとする師匠を説得した。という事は、もう、自分の知る人間が帰って来ないという経験をしたくないと考えたのではないでしょうか? 夜間の担当となれば、潜る人が少ない=帰って来ない人も少ないですし、そもそも担当のパーティーを持たなければ、知っている人が潜ることもありません。それは、死とうものを自身から遠ざける行為に見えます。生きて帰れる確率の高い案内人になった師匠とアクスさんは、根っ子の部分で同じ物を感じます⋯⋯もう身近な人の“死”を感じたくないのだと⋯⋯」
サーラの言葉を食い入るように聞いていた【ノーヴァアザリア】のメンバー達も、その言葉を噛みしめ、納得の表情を見せる。
「やっぱさ、アクスもショックだったんだね。グリアムさん、アクスにも敵見つけた事、報告しないと。んで、私達が討伐する!」
「だね。記録の更新もだけど、新たな目標が出来たよ」
ラウラは急に立ち上がり、拳を握りしめると、アザリアも大きく頷いて見せた。
「それは僕達も同じですね。グリアムさんの敵というなら、僕らも全力で倒しに行きます」
「おっとぉ、イヴァンくん、【ノーヴァアザリア】に宣戦布告? シシシ、いいね!」
「い、いえいえ! そんなつもりじゃないですよ~」
「いいじゃないか。狩りは先に仕留めた者の物だ。こっちが先に狩ればいいだけの話だ」
ラウラに全力で否定するイヴァンに対し、オッタはさも当たり前とばかり、淡々と言い放つ。
「だよな。そんなもん、早い者勝ちだろ? 速さ勝負なら負けねえ」
ルカスも料理を頬張りながら、オッタに頷く。
「おまえらなぁ⋯⋯ありゃあ一筋縄ではいかねえ。下手に突っ込めば、【バヴァールタンブロイド】の二の舞を踏むだけだ」
「だけどさ、生き延びたって経験は蓄積されたよ。ハウルーズの氷魔法は、本体にははじき返されても防御には有用だった。みんなの経験や気づきを蓄積していけば、ヤツの穴は絶対見つけられるって!」
「ヌシにしては随分とまともな事言いおる」
「ね。ラウラらしくないよね」
「ゴアもアザリアも失礼じゃない。私だって言う時は言うよ!」
膨れるラウラに笑顔を見せるゴアとアザリア。だがその横で、ハウルーズはずっと俯き寡黙を突き通しているヴィヴィに、鋭い視線を向けた。
「そこの娘。おまえ、さっき龍の話を聞いて、“ジルニトラ”と呟いたな。それは何だ? 何の事だ? 何を知っている?」
ハウルーズの言葉は静かながらも、ナイフのようにヴィヴィの体に突き刺さる。ヴィヴィはその言葉から身を守ろうと、体を小さくしていった。
そんなヴィヴィに、シンの拳はダン! と苛立ちをテーブルにぶつける。
「サッサと言えや! てめえの知っている事を全部吐け!」
「ちょ、ちょっと! ハウルーズもシンも止めなって」
「そうだよ! ヴィヴィちゃん、ごめんね。大丈夫だからね」
ラウラはそう言って、震えているヴィヴィを優しく抱き寄せた。
「ちょ、ちょっとおふたりとも待って下さい! いきなりケンカ腰で来られても、こ、困ります」
サーラは戸惑いながらも、シンとハウルーズへ鋭い視線を向ける。
「あ? おめえらは隠し事が多すぎんだよ。こっちは命を懸けてんだよ!」
「そうさせているのは、あなた自身の行いじゃないのですか?」
「ああん? 何だと小僧」
「小僧じゃありませんよ。イヴァン・クラウスです。【忌み子】だ、【魔族】だの勝手に言って、人の線引きをしているのは、あなた自身でしょう? 緩衝地帯で初めて会った時のあなたの蔑むような視線。まだ鮮明に覚えていますよ。受け入れる気のない人を、一方的に信用しろと言うのですか? 出会った時とまったく変わってない。歩み寄ろうとしない人に歩み寄れと言われて、歩み寄る人なんていると思っているのですか?」
シンの睨みにも、イヴァンは一歩も引かない。互いの強い意志のぶつかり合いが、この場の空気を一変させ、和やかな会食の場が一気に緊張が張り詰めていった。