その会食での戸惑い Ⅲ
「ド、ドラゴン!! って、何ですかそれ!!」
グリアムの言葉を聞くよりより先に興奮度が一気に限界突破したサーラは、鼻息荒くグリアムに詰め寄った。そんなサーラの姿にシンは呆れ顔をグリアムに向け、悪態をつく。
「おい、おっさん。てめえ、何も言ってねえのかよ!?」
無言で軽く頷くグリアムに、シンは軽く舌打ちして、食事へと戻ってしまう。
グリアムは仕方ないとばかり、渋々口を開いた。
「あれだ、最深層で龍とエンカウントして、オレのミスもあってやばかったって話だ」
「師匠がミスですか? 珍しいですね。で、どんな龍だったんですか?」
「あ⋯⋯でかくて黒い龍だ」
「黒⋯⋯黒龍」
グリアムと興奮ぎみのサーラのふたりの会話に、ヴィヴィがボソッと呟いた。そして次の瞬間、ヴィヴィはやってしまったとばかりに、ハッと俯き、ヴィヴィの言葉にグリアムの表情は厳しいものへと一変した。
「おい、おまえ、何か知っているのか?」
「し、知らない⋯⋯」
ヴィヴィは俯きながら首を激しく横に振る。
「言え。知っている事を全部吐け」
「知らない⋯⋯」
「てめぇ⋯⋯」
「ちょ、ちょっと師匠! 落ち着いて下さい! 何ですかもう! ヴィヴィさんを責めないで下さい」
「うるせえ⋯⋯」
グリアムは淡々と静かに怒りに飲み込まれていった。ジロリとサーラをひと睨みすると、ずっと俯いているヴィヴィに、殺気にも似た感情を静かに向けていく。
バシャッ!
サーラは、カップに入った水を、グリアムの頭に思いっ切り掛けた。頭から水を滴らせながら、グリアムは固まってしまう。いきなりの事に頭が処理出来ないでいるようだった。
頭を冷やせと言わんばかりの、サーラの行動に、この場にいる者達は呆気にとられてしまう。普段から師匠と慕うグリアムに、サーラが文字通り冷や水を浴びせた事に、この場にいる者達も驚きを隠せなかった。
「ちょ、ちょっとサーラちゃん」
慌てて立ち上がるラウラをサーラは手で制す。
「師匠、すいません。でも、少し落ち着いて下さい。何があったのかは分かりませんが、ヴィヴィさんを責めるのは、きっとお門違いです。違いますか?」
一同の視線がグリアムに向く。物理的に頭を冷やされ、グリアムも自身を落ち着かせようと大きく息を吐き出した。そしてグリアムは、サーラの言葉をゆっくりと飲み込む。
「スマン、確かにそうだな。少し落ち着こう」
「みなさんが無事にここにいるって事は、龍を仕留めたのですよね? どうやって仕留めたのですか?」
【ノーヴァアザリア(新星のアザリア)】のメンバー達は、揃って苦い表情で顔を見合わせた。
「それがね、仕留めてはいないんだなぁ~」
「グリアムさんがいなかったら、多分、全滅してたよ」
「本当、本当。グリアムさんが、いてくれて本当に良かったよ」
ラウラの言葉にアザリアが続く。その言葉にサーラは目を爛々と輝かせた。
「ちょ、ちょっと待って下さい。詳しく教えて下さい」
サーラは、アザリアとラウラを制止し、急いでペンとメモを取り出す。
「『黒い龍』っと⋯⋯大きさはどれくらいですか?」
「この建物くらいかな」
「それは盛り過ぎじゃない? ここよりふた回りくらい小さかったよ」
「ええ~ラウラ、ちゃんと見た? 大きかったって」
「アザリアこそ、冷静じゃなかったんじゃないの?」
「まぁまぁ、落ち着いて下さい。どちらにせよ、かなりの大きさですね。“黒い”という事は、皮膚が黒いのですよね。形状とか覚えていらっしゃいますか?」
「う~ん⋯⋯太くて短い四つ足に短い羽根があって、皮膚は巨大な鱗みたいで、とにかく硬かった。剣も魔法も全然通らなかったよね」
「そうそう。どうすりゃいいのこれ!? って、感じだったよ」
「それで、グリアムさんが見えない炎を吐くのに気が付いてくれたんだよね」
「見えない炎? 何ですかそれ?」
炎が見えない??
興奮状態のサーラのペンも驚きのあまり止まってしまう。絵に描いたように驚くサーラにアザリアは笑顔で答えた。
「高温過ぎて、空気の揺らぎしか見えないんだよ。あの時、グリアムさんの声掛けがなかったら、間違いなくゴアは一瞬で消し炭になってた。あのひと声がなかったら、全滅もありえたんじゃないかな」
「さすが師匠! あれ? でも、師匠何かミスをしたって⋯⋯何をしたのですか?」
「それはねえ⋯⋯何というか⋯⋯ねえ~ラウラ」
「え! ずるい! そこで私に振る?!」
アザリアとラウラはふたり揃って、言い辛さから一気に口が重くなってしまった。
「オレが暴走して、周りが見えなくなった。そんで【ノーヴァアザリア】に迷惑を掛けちまったんだよ」
「師匠が暴走ですか⋯⋯?」
「いや、でも、あれですよ。その暴走も込みで助かった所もありましたから⋯⋯」
「そうそう。グリアムさんだけが龍に傷を付ける事が出来たんだよ。トーントーンって龍の背中を駆け上がって、こう、ズバって、でっかい目ん玉切り裂いたんだから」
ラウラが身振り手振りで、その時の様子を熱く語る。アザリアも大きく頷くと、そこにハウルーズが割って入った。
「だが、そのせいで、アザリアは傷を負った。案内人をかばって、リーダーが危険な目に晒されるなど、あってはならない事だ」
「もう止めてよ、ハウルーズ。傷も治ってピンピンしているんだから⋯⋯」
「それでも大きな傷跡が残った」
今まで、黙々と食べていたハウルーズが、視線を動かす事無く冷静な言葉を吐いた。その姿は、アザリアやラウラと違って、グリアムの事を未だ信用仕切っていないようにもサーラは感じてしまう。
だが同時に、【ノーヴァアザリア】の中で、龍とのエンカウントが衝撃的だったのが伝わった。そしてきっと、何も出来ず、命からがら逃げたのであろうと容易に想像が出来てしまった。
「でも、また何で、師匠は暴走なんてしちゃったのですか? 以前に龍と対峙した事でもあったとかですか? ん? でも、ただエンカウントしただけで暴走って、変ですよね? あれれ??」
黙って話を聞いていたサーラの困惑は深まるばかりで、答えは一向に見えて来ない。
「そいつは、なんつうか⋯⋯」
「グリアムさん、もうちゃんと説明しちゃいなよ」
口ごもるグリアムに、ラウラはニッと白い歯を見せた。歯切れの悪いグリアムは諦めたかのように嘆息し、腹をくくった。
「その龍は、オレが昔所属していたパーティーの敵だった。それで頭に血がのぼっちまったんだ」
“所属していたパーティー”という言葉にイヴァンが顔を上げた。
「それって、案内人として、ですか?」
グリアムは少しだけ間を置き、首を横に振って見せる。
「いや、潜行者としてだ」
「師匠、そのパーティーとは?」
「【バヴァールタンブロイド(おしゃべりの円卓)】。十年以上も前、最深層から帰って来なかったパーティーだ。オレはその最後の潜行に参加出来ず、今に至るって感じだな」
「【バヴァールタンブロイド】って、32階の記録を持っている、あのパーティー⋯⋯なるほど」
「あれれ? サーラちゃん、大人しいね。何かこうもっと、“ウワァー! 【バヴァールタンブロイド】!!” って、なるかと思ったのに。つか、【クラウスファミリア】のみんな反応薄くない? 【バヴァールタンブロイド】のエースパーティーにいたんだよ?!」
冷静な【クラウスファミリア】の面々に、なぜか熱くなるラウラの姿に、【クラウスファミリア】のメンバー達は互いに顔を見やった。
「でも、まぁ、そう言われた方がむしろしっくりきます。さすがに経験の浅い僕でも、普通の案内人さんとは違うと思っていましたから」
「オレは森育ちなんで、ダンジョンの事は良く分からん」
「昔話に興味ねえ」
イヴァンもルカスもオッタも、あの【バヴァールタンブロイド】にグリアムがいたという事実に対し、大きな反応は全く見せない。そんな中、サーラはおずおずと小さく手を上げた。
「あ、あの⋯⋯師匠、すいません! 見るつもりはなかったというか⋯⋯見たくない訳ではなかったのですが、目についたというか、何というか⋯⋯」
「何だよ?」
いきなり盛大に頭を下げて来たサーラに、グリアムは怪訝な表情を返す。
「地図の棚の中にあったS級のタグを見てしまった? というか、目に入った? というか、何というか⋯⋯」
「ああ、あれか⋯⋯って! おまえ、見てたのか!?」
「たまたま、偶然ですよ。あんな大事な物をちゃんと見えない所にしまっておかない師匠もどうかと思うんですよ、はい。まぁでも、リーダーと同じく、そのタグを見つけた時に、私もいろいろと腑に落ちました」
グリアムはどう答えればいいのか分らず、眦を掻きながら嘆息するしかなかった。