その会食での戸惑い Ⅱ
「カロル、元気ないの?」
煮え切らないラウラの言葉は、ヴィヴィの表情を曇らせる。
「それがさ、良く分からないんだよね。帰って来てからほとんどここに居なくて、今もどっか行っちゃった。かと言って、どこ行ってんのって問い詰めるのもねぇ⋯⋯もうカロルも一人前だしさ、何か違うでしょう?」
「確かに。ラウラの言う通りだね」
そしてラウラの隣で、ヴィヴィもまた、煮え切らない表情で大きく頷いて見せた。
「アリーチェさんは順調ですか? まだ数日ですけど⋯⋯」
サーラが重くなった空気を変えようと話題を変えるが、あまり明るい話題でもないなと、言ってから後悔して、ハッと我に返る。だが、アザリアはそんなサーラの気遣いに、柔和な表情を見せた。
「うん、ありがとう。順調だよ。ゴアがギルドの掲示板を見るついでに、様子を聞いて来てくれるのよ」
「アザリア! 何を言うとる。アリーチェの様子を聞きに行くついでに掲示板を覗いとるだけじゃ」
「うっそだぁ、A級になった自分の名前を見に行ってんでしょう。いつもニヤニヤしながら帰って来るじゃない」
「そ、そんな事ないもん!」
「アハ、何その言い方」
アザリアがニヤニヤしながら、問い詰めるとゴアはそっぽを向いてしまう。だが、何かを思い出したかのようにイヴァンを覗き込んだ。
「そういやヌシも掲示板にのっておったぞ。B級に上がったんじゃな」
「はい、マッテオさんやみなさんのおかげで昇級出来たんですよ。でも、掲示板に張り出されているのは、何かちょっと恥ずかしいですね」
「何言うとる。B級に上がるんだって、そんな簡単な事じゃないんじゃぞ、バーンと胸を張れ、胸を!」
照れ笑いのイヴァンの背中に、バシっとゴアが気合を注入する。嬉しくも痛い手荒な祝福に、昇級の実感が少しだけ大きくなった。照れからなのか、俯き加減のイヴァンを、ラウラは感慨深げに覗き込む。
「そっかぁ~【クラウスファミリア】も、いよいよ紋章持ちだね。つか、めっちゃ早くない? この間潜り始めたばっかだよね」
「どうなんですかね? ラウラさんとかの方が早いのではないですか?」
「ウチらも早いとは言われたけど、一年近く掛かったよ。イヴァンくんは、半年くらい?」
「いや、まだそんなには⋯⋯」
「ええ! めちゃ早じゃん! 新記録じゃないの? ギルドで何か言われなかった?」
「いえ、特には⋯⋯」
「やばっ! 優秀過ぎてやばっ!」
「いやいや、みんなに助けて貰ってばかりなので⋯⋯」
「それはみんな同じだって、ひとりじゃ無理だもん! すごっ!」
速射砲のようにまくし立てるラウラに、イヴァンは突け入る隙を見つけられず、圧倒されてしまう。
「うるせえぞ! バカねき!」
「ああ?! どうせあんたは何も出来なかったんでしょう?」
「ああっ!?」
「止めなって、ふたりとも。何でいつもこうなるかな⋯⋯。そんな事よりイヴァンくん、紋章はどんなやつにするか決まったの?」
「なんとなく、こんなのはどうかなって言うのがあって、あとでみんなに見て貰って、了承を貰えたらって⋯⋯今、あるんですけど⋯⋯」
アザリアはビキ姉弟を諌めながら、話題を変えようとイヴァンに向き直す。少し気恥ずかしそうにするイヴァンの姿に、アザリアは昔の自分が重なり、紋章を初めて披露した時の、むずがゆかった気持ちを思い出した。
「イヴァン、見たい!」
「リーダー、見せて下さい!」
「私も私も!」
ヴィヴィ、サーラ、ラウラの食いつきが凄い。テーブルに身を乗り出し、イヴァンへと迫る。
「見せるから! 見せます、落ち着いて⋯⋯これなんだけど⋯⋯」
イヴァンは、ごそごそと腰のポーチから取り出した紙をテーブルの上に広げる。三人は身を乗り出したまま、気恥ずかしそうに広げられていく紙を凝視していた。
「テールだ!」
「リーダーが書いたのですか? 上手ですね~」
「おお! いいね」
「私にも見せて!」
アザリアも身を乗り出し見ようと体を伸ばすが、いかんせん距離があり良く見えない。ヴィヴィが仕方ないとばかり、その紙を両手で広げ、みんなに見えるように掲げた。
「ヴィヴィ、ちょっと! 何か恥ずかしいよ」
「見えないんだからしょうがないじゃん」
「そうそう。初めてお披露目する時って緊張するんだよね。【クラウスファミリア】らしくて、とっても良いと思うよ」
アザリアはイヴァンに親指を立てて見せた。
「アザリアさんもそうだったんですか?」
「ドキドキだったよ。イヴァンくん見てて思い出しちゃった」
「【ノーヴァアザリア】といえば、女神アテーナの横顔ですけど、どうして女神にしたのですか?」
「アハ、それ聞いちゃう? 憧れの女性のイメージが女神アテーナだったんだよね。強くて、カッコイイ女性。そして、今は超えたい目標でもあるんだ」
「なるほど⋯⋯」
「まぁ、リーダーの特権って事で、これに決めちゃった。特に反対もされなかったけどね。なんか懐かしいな」
アザリアはそう言って、胸の紋章にそっと手を添えた。
「紋章って、どこで付けて貰えるのでしょうか? ギルドとかですかね?」
「ううん、鍛冶屋さんだよ。いつもお願いしてる鍛冶屋さんがあるでしょう? そこにお願いすればやって貰えるよ。いつもどこにお願いしてるの?」
「いつもは、グリアムさんのお知り合いのヤイクさんにお願いしているので、またお願いしてみます」
「ええ!? ヤイクの所?? あの爺さん、とっくの昔に引退したんじゃないの?」
「はぁっ??」
驚くラウラに驚いたグリアムは、思わず声を上げてしまう。今まで気にする事なく普通に頼みまくっていた事を思い出し、ラウラに懐疑的な目を向ける。
「結構前だよ、引退したって聞いたの。【ノーヴァアザリア】の鍛冶師がヤイクの弟子で、そいつが言ってたもん間違いないよ。あの爺さん、鍛冶師界隈では有名人だからさ、引退は結構な話題になってたよ」
「マジか⋯⋯」
「マジ、マジ」
ラウラと言葉を交わしながら、グリアムはヤイクとのやり取りを思い出していた。
そういやぁ、ここ最近は、いつも面倒そうな顔をしてやがったが、そういう事だったのか。
「グリアムさん、どうしましょう? 僕達、ヤイクさんしか鍛冶屋さん知らないですよ」
「グリアム、友達少ないもんね~」
「うるせえ。鍛冶屋なんていくらでもあんだろ」
グリアムは、イヴァンとヴィヴィに不機嫌を隠さない。
いくらでもあると言ったものの、付き合いの長い客が優先され、新規は後回しにされたりするのが通例で、職人気質の者も多く、客であっても若い男や女が舐められる事も多かった。
また依頼する側にとっても、命を預ける道具を依頼するわけで、腕の立つ信用出来る人間に頼みたいというのが、偽りのない思いである。
「あ、あの、もし宜しければ、【ノーヴァアザリア】の鍛冶師を使って下さい」
「申し出はありがたいが、さすがにそこまで甘えられんよ。ま、何とかするさ」
「グリアム、大丈夫? 何かカッコイイ感じで言ってるけど、思い当たる所はないんでしょう? アザリアに後から“やっぱりお願い”とか言わない?」
「言わねえよ!」
「わ、私は構いませんけどね⋯⋯」
「あっ!」
「何だよサーラ、いきなりデカイ声出して」
「師匠、【ノイトラーレハマー(中立の鎚)】にお願いしてみるのはどうですか?」
「【ノイトラーレハマー】か⋯⋯確かに信用は出来るが⋯⋯こっちが迷惑掛けただけだからな、どうかな?」
確かにやつらは【ベヒーモスの外套】に恩義を感じてはいるようではあったが、こっちが命を救って貰ったってだけだからな。アイテムと命じゃ、天秤に掛けずともどっちが重いかなんて、一目瞭然だよな。
「大丈夫じゃない? 【ノイトラーレハマー】のリーダー⋯⋯なんて言ったっけ⋯⋯ほら⋯⋯」
「ロイさんですか?」
「そう! サーラちゃん、ナイス! ロイがA級に上がれたのは【クラウスファミリア】のおかげでしょう? あの感じだとB級で相当足踏みしていただろうし、B級からA級になれて、めっちゃ嬉しかったはずだよ。ウチのゴアを見たでしょう? 毎日掲示板見に行くくらいなんだから」
「ラウラ! だから違うと言っておろうが。あれはアリーチェの容態をじゃな⋯⋯」
ゴアは急に話を振られ、口に含んでいたエールを吹き出しそうになった。
「あぁーはいはい、分かった、分かった。だから、【ノイトラーレハマー】が【クラウスファミリア】を邪険に扱う事は無いと思うよ。一度、頼んでみれば?」
「まぁ、考えとくよ」
「シシシ、グリアムさん絶対だよ」
「だから、考えるって」
ラウラに言いくるめられた感もあるが、言われてみれば確かに一考の余地はあるとグリアムは、顎に手を当てた。
「そういやよう、龍について、ギルドは何で何も発表しねえんだ? てめえがなんか噛んでるのか?」
ここまでひと言も発することなく食べ続けていたシンは、フォークの先をグリアムに向けた。