その会食での戸惑い Ⅰ
【クラウスファミリア(クラウスの家族)】一行が、【ノーヴァアザリア(新星のアザリア)】の本拠地を目指し、歩いていた。
あの潜行から数日しか経っていないというのに、アザリアの宣言通り打ち上げの案内が帰還した翌日には早駆けで届き、【クラウスファミリア】は意気揚々と街中を進んでいた。だが、ひとり、グリアムだけは一番後ろで浮かない顔を見せていた。
「私もいいのですか? 留守番していただけですけど?」
マノンは、心苦しさからなのか、兎らしい長い耳を折り畳んで小さくなっている。
「いいの、いいの。【クラウスファミリア】は全員参加って、書いてあったんだもん」
「ですです。マノンさんのおかげで、潜行に集中出来たのですから」
「ですかね⋯⋯」
まだ少し煮え切らない様子のマノンの背中をヴィヴィとサーラが笑顔で押した。
「ま、それ言ったらオレが一番部外者だ。メンバーでもなんでもないんだからな」
「きっと師匠はそう言うのだと、先方は分かっていましたよ。師匠の名前は、招待状にしっかりと書いてありましたからね」
サーラがニッコリと微笑んで見せると、グリアムはバツが悪そうにそっと視線を外してしまう。
『『号外! 号外!』』
号外をばら撒きながら、男が街中を駆け抜けて行く。ヴィヴィはその一枚を手に取り、目の前で広げた。
【ノーヴァアザリア】新記録29階達成。
現存パーティー最深階更新!!
アザリア達の偉業を称える大きな文字が踊るその号外を読み終わると、横から覗き込んでいたサーラに渡した。
「いやぁ、29階とあらためて文字で見ると凄いですね。師匠も見ます?」
「ああ、貸せ」
グリアムは、サーラからひったくるように手にすると、号外の記事を睨んでいく。
龍の事はどこにも書いてねえな。
号外に書かれている記事の内容は、美化された冒険譚。
【ノーヴァアザリア】の潜行は、娯楽に飢えた街の人間達にとって極上の遊具となり、酒の肴になる。
「ねえ、なんでグリアムの事は何も書いてないの?」
「だれが荷物持ちの話なんて読みてえんだよ」
「はーい」
「私も!」
ヴィヴィが手を上げると、サーラも横から手を上げながら割り込んで来た。
「はぁ~あのなぁ、おまえらがおかしいんだ。普通のやつらは荷物持ちの事なんざぁ気にも留めてねえよ」
「え? でも、ラウラが、グリアムは凄かったって言ってたよ」
「凄い事なんてねえよ。足を引っ張っちまっただけだ」
「そなの?」
「ああ。ほれ、着くぞ」
森の中に忽然と現れる長く続く高い壁。その先にある鉄製の大きな門扉の前に立つふたりの門番は、【クラウスファミリア】に鋭い視線を向ける。
「お招きに預かった【クラウスファミリア】です」
イヴァンの言葉に門番は険しい表情のまま頷き合うと、大きな門扉をゆっくりと開いていった。
「こいつは凄いな」
「お掃除とか大変そう」
【ノーヴァアザリア】の本拠地に初めて足を踏み入れたオッタとマノンは、いくつか並ぶ家屋の大きさと敷地の広さに感嘆の声を素直に上げた。
「だよね。僕も話には聞いていたけど、本物を目にするとやっぱり違うね」
イヴァンも辺りを見回し、オッタとマノンに頷いた。
パーティーが一番奥にあるひと際大きな建物の前に近づくと、ガチャっと両開きの玄関扉が勢い良く開かれる。
「【クラウスファミリア】さん、いらっしゃい! 中入って、入って!」
「ラウラさん、いいですから。そういうの私達がやるんで、座って待っていて下さい!」
「えぇ~いいじゃん別に」
「もう! いくないんですって」
「【クラウスファミリア】さんは、こちらへどうぞ」
笑顔で飛び出して来たラウラを、ルイーゼが奥の間へと押し込んで行くと、リーが入れ替わるように、【クラウスファミリア】を丁寧に招き入れた。
「ルイーゼも、リーくんも元気そうだね。本日はお招きありがとうございます」
「ああ、元気だよ。アザリアさんが、今日は堅苦しいのは無しだって、“気楽”にって言ってたぜ」
「そっか」
イヴァンとリーが言葉を交わすと、【ノーヴァアザリア】の構成員が絶え間なく往来している廊下を抜け、奥の間へと案内される。
中に入ると長いテーブルにアザリア達エースメンバー達が腰を下ろし、【クラウスファミリア】を待っていた。
アザリアが上座に座り、両脇にシンとハウルーズが静かに腰を下ろし、その隣にラウラとゴアが座っている。ラウラはいつもの笑顔で、部屋に入って来た【クラウスファミリア】に大きく手を振り歓迎していた。
普段は会議室として使われているのか、20人ほどが座れる長いテーブルが部屋の大半を占め、扉を閉めると外の喧騒は中へと届かない。華美な調度品など一切無く、長いテーブルとイスしかない質素な部屋だった。
ただ今日は、質素な部屋の造りには似合わない、たくさんの料理やフルーツが長いテーブルの上に所狭しと並んでいた。
「【クラウスファミリア】のみなさん。本日はご足労頂きありがとうございます。今日は先日の慰労を兼ねた気兼ねのない会ですので、適当にお座りになって下さい。ルイーゼとリーもありがとう。何かあったら呼ぶから外で待機していて」
「「はい」」
アザリアが【クラウスファミリア】を席へと誘うと、各々が適当に腰を下ろしていく。
ゴアの隣にイヴァンが腰を下ろすと、ラウラの隣にヴィヴィが座り、イヴァンの隣にはサーラ、ヴィヴィの隣にルカス、オッタ、マノンという順番で腰を下ろす。最後にグリアムがサーラの隣に腰を下ろすと、ルイーゼとリーは返事と共に一礼して、部屋を後にした。すると、ラウラが何故か、大きく溜め息をついた。
「硬い。アザリア、硬いよ」
「し、仕方ないでしょう。あの子達の前だったんだもん」
ラウラが呆れ顔で首を横に振るのを合図にして、部屋の空気が緩んでいく。
イヴァンはリーの言っていた“気楽”という言葉を思い出し、やがて緊張を緩めていった。
「もうええじゃろ。さっさと食おうや」
ゴアは両手にナイフとフォークを握り締め、いつでも食らいつけると、臨戦態勢だ。
「今日はお招きありがとうございました」
イヴァンが一礼すると、ラウラはまた首を横に振る。
「イヴァンくん、君も硬い!」
「とりあえず、冷めてもなんなんで、食べながらお話ししましょう」
アザリアがイヴァンに苦笑いを向けると、待ってましたとばかりに料理に手を伸ばす者がいた。
「ようやくか」
「いただき!」
待ち構えていたゴアより早くルカスが、料理へと手を伸ばす。それを合図に各々が、料理に舌鼓を打っていた。
「うっまぁー!」
ヴィヴィが頬を押さえがら、恍惚の表情を見せるとラウラは吹き出してしまう。
「ぷっふぅ! ヴィヴィちゃん大袈裟!」
「そんな事ないよ! めちゃくちゃ美味しいって」
がっついているルカスの横では、オッタとマノンが食べた事のない料理を覗き込み、口に運んではゆっくりと味わい、その料理の考察を始めている。
「オッタ、これ何だと思う?」
「コラル芋かな? 違うか?」
「この香辛料なんだろう? 辛味がそんなに強くないから、いろいろな料理に合いそう」
「確かに。イヴァンなら知っているんじゃないのか? 何なら後でここの人に聞いてみればいいんじゃないのか?」
「え? いいよ。ただでさえ場違いなのに」
和気あいあいとした雰囲気の会食が進んでいた。よく食べ、よく飲み、ひと時の会食を全員が堪能していた。だが、そんな場の雰囲気は、イヴァンのひと言で一気にシリアスなものへと変わっていく。
「そう言えば、アリーチェも心配なのですが、怪物行進の後から、カロルがずっと元気無かった気が⋯⋯彼女は元気になりました?」
その一言に【ノーヴァアザリア】の料理を口に運んでいた手が一斉に止まってしまう。イヴァンは何かマズイ事を言ってしまったのかと、慌てる素振りを見せた。
「あ、あれ? 何かすいません⋯⋯」
「あ、いや、いいのいいの。あの娘、こっちに戻って来てもなんかこう、いつもと違うというか⋯⋯」
アザリアの煮え切らない言葉に、今度は【クラウスファミリア】の手が止まる。ただ、ルカスだけは我関せずと料理を口に運び続けていた。
「やはりアリーチェさんの事がショックだったのでしょうか?」
「まあねぇ~でも、サーラちゃんもショックだったでしょ? 無事にみんな帰って来られて、前を向こうってなってるけど、カロルは何だか煮え切らないというか⋯⋯」
サーラに答えるラウラもまた煮え切らない言葉を積み重ねるだけだった。