そのダンジョンシェルパはA級(クラス)パーティーを導く XX
「うん? 何でおまえらがいるんだ??」
「師匠!」
休憩所に顔を覗かせたグリアムは、そこにいるはずのないサーラの姿に、思わず立ちすくんでしまう。サーラはそんなグリアムの姿に破顔し、他のメンバー達も安堵の表情を見せた。
「アリーチェが負傷してしまって、僕達が護衛をしながら、治療師の方と一緒にここまで潜って来たのです」
「えっ?! アリーチェがどうしたって!?」
イヴァンの言葉が耳に入り、ラウラは焦った様子で、休憩所へ身を乗り出した。傷だらけで眠るアリーチェの姿にラウラは絶句してしまう。
「とりあえず、容態は落ち着いています」
「ルイーゼ? 何でいるの⋯⋯そっか。ルイーゼが助けてくれたんだ」
小さなエルフの存在にラウラは、全てを理解する。
安堵と共に投げかけたラウラの言葉に、ルイーゼは何故か首を横に振ると、休憩所の中をぐるっと見回した。
「私だけじゃありません。みんなです、ここにいるみんなです」
「そっか。じゃあ、みんなにありがとうだね」
ラウラは落ち着いた表情を見せ、何度も頷いて見せた。
「とりあえず、アリーチェの容態が落ち着いているうちに、緩衝地帯まで、行っちゃわない?」
アザリアに異論を唱える者はおらず、【クラウスファミリア(クラウスの家族)】を含め、大きくなったパーティーが、15階を目指し始めた。
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15階の拠点で待っていた【ノーヴァアザリア(新星のアザリア)】の構成員達から、アザリアの姿に歓声を上げた。だが、イヴァンに背負われている、傷だらけのアリーチェの姿に、歓声はざわめきへと変わってしまう。
「イヴァンくん、そこの医療テントにアリーチェを運んで貰える? 今回は、いろいろありがとう。【クラウスファミリア】に、いっぱい助けて貰っちゃったね」
「いえいえ、そんな大した事はしてないですよ。僕たちこそいい経験をさせて貰えましたし、マッテオさんや、ハイーネさん、カロルやアリーチェにたくさん助けて貰いましたよ」
「帰ってさ、落ち着いたら、総括も兼ねて打ち上げをしよう! 【クラウスファミリア】も絶対参加だよ」
「はい。喜んで」
「じゃあ、ひと休みしたら帰ろうね」
「了解です」
アザリアとイヴァン、リーダー同士が短い言葉を交わし、パーティーはひと時の休憩に入っていった。
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長く感じた潜行も、大きな洞口から零れる陽光にようやくの終わりを告げる。目に飛び込む光は、ダンジョンの淡い光とは違い、だれもが目を細めながら地上へと躍り出た。安堵は自然と表情を緩め、緊張から解放された者達は大きく伸びをしたり、談笑をしたりと、地上を謳歌する。
「この娘をお願い」
アザリアがギルドの職員に声を掛けると、職員達は慣れた動きでストレッチャーを用意した。
ストレッチャーの上で静かな寝息を立てているアリーチェは、そのままギルドの医療班へと引き継がれ、【ノーヴァアザリア】の構成員達がその姿を見送る。ヴィヴィやサーラも、少し離れた所でその様子を見つめ、アリーチェが元気な姿で戻って来る事を静かに願っていた。
「今回はありがとうございました。また何かありましたら、宜しくお願い致します」
イヴァンは【ノーヴァアザリア】に深々と頭を下げると、他のメンバー達もそれに倣った。
「いやいや、止めて止めて。お互い様でしょう」
「本当そうだよ。ウチらも【クラウスファミリア】には、お世話になったんだからさ」
アザリアとラウラの慌てっぷりに本気で言っているのが伝わり、イヴァンは素直に顔を上げる。
永遠にも感じた特別な潜行が終わりを告げた。満面の笑みとは言えないが、ひとまずみんながここに戻れた事に、自然に表情は綻んだ。
「それでは、僕達はここで⋯⋯」
「あ! イヴァン! ちょっと待て」
「マッテオさん?」
帰路につこうとするイヴァンを、息せき切りながらマッテオが追いかけて来た。その姿にイヴァンはつい首を傾げてしまう。
「イヴァン、こいつを持って行け」
マッテオが手渡したのは、黄色と黒のマーブル模様の目玉ほどの小さな玉。その小さな玉にイヴァンは見覚えがあった。
「マッテオさん、これって⋯⋯」
「お! さすがに知っているか。【ディグニティハニー】、B級への昇級アイテムだ」
「え? でも、だって、今回は僕達だけじゃなくてマッテオさんや【ノーヴァアザリア】の方々がいたから⋯⋯」
「おいおい、何言ってんだ? あの蜂の群れをぶっ潰したのは、おまえ達だろ。しかもA級のモンスターも討伐してんだぞ、おこぼれでの昇級な訳あるまい。いいか、確かに渡したぞ。さっさと昇級しろよ、いいな」
渋るイヴァンにマッテオは、さも当たり前と言わんばかりに言い放ち、半ば強引にイヴァンの手に【ディグニティハニー】を握らせた。イヴァンは【ディグニティハニー】を握り締め、昇級への戸惑いを隠せぬまま、マッテオの背中を見送る。
「イヴァン、どうしたの?」
手の平にアイテムを乗せたまま佇んでいるイヴァンに、ヴィヴィは首を傾げる。
「ヴィヴィ、どうしよう⋯⋯マッテオさんから、B級への昇級アイテム貰っちゃった」
「ええ! 良かったじゃん!」
「いいのかな⋯⋯?」
「え? そこ躊躇する?」
躊躇するイヴァンを、ヴィヴィは怪訝な瞳で覗き込む。
「どうされたのですか?」
「サーラも言ってあげて。何かB級に上がるのを渋ってんの。訳分かんないよ」
「おお! リーダー昇級しましょうよ。迷う理由なんてあります?」
「でもさ⋯⋯」
「ああ! もう! イヴァンってば、煮え切らない男だね。何をそんなに躊躇してんの?!」
「ヴィヴィさん、リーダーはあの18階の件以来、自己評価が低いんですよ。でも、そこまでご自身を卑下する事はないと思うのですが⋯⋯あ! 師匠! リーダーが、B級に昇級してもいいですよね?」
「ああ? いいんじゃねえの。パーティーで20階まで行ったんだろ」
ぶっきらぼうに答えるグリアムに、イヴァンは俯いたまま静かに喜びを爆発させる。結局、イヴァンの中で一番引っかかっていたのは、グリアムの了承を貰えないのではないかという懸念だった。
18階で暴走し、迷惑をかけ、グリアムにしっかりと釘を刺された。それがイヴァンの中で、昇級への大きな足枷になっていたのだ。
グリアムにとっては何気ないひと言でも、イヴァンはその足枷から解き放たれ、手の上にある【ディグニティハニー】をあらためてギュっと握りしめた。
「ミアさんの所に寄ってから帰ります!」
「ああ、行け行け。オレ達は先に戻ってるぞ」
「はい!」
イヴァンは今にもスキップしそうな軽やかな足取りで、ミアの待つ受付へと駆け出した。
そんなイヴァンを横目に【クラウスファミリア】は本拠地へと帰り始める。
「グリアム、元気ないね」
「ですです。師匠、お疲れですか?」
ヴィヴィとサーラはグリアムの背中越しに声を掛けた。
「最深層は老体に堪えるんだよ」
「やだねぇ~おじさんは」
「ヴィヴィさん、師匠でも最深層は大変って事ですよ」
「サーラはすぐグリアムの味方をするからなぁ」
「それはそうですよ、師匠ですもの」
「はいはい」
胸を張るサーラに、呆れて見せるヴィヴィだった。
「おい、何やってんだ? 早く行こうぜ」
オッタの隣で不機嫌そうなルカスが、少し先から手招きしていた。
「今行く! ほら行こう」
ヴィヴィはグリアムの手を引き、足早にルカス達の元へと急いだ。
「あれ? イヴァンは?」
「リーダーは昇級の手続きをしに、ギルドの受付に寄っているので、私達は先に帰りましょう」
「ふ~ん」
「ルカスさんは相変わらずランクに興味はないのですね」
昇級に興味のないルカスが、それを隠さず薄い返事を返す。
地上に戻って来たのを噛みしめるように地面を踏みしめながら、【クラウスファミリア】は、本拠地への帰路についた。