そのダンジョンシェルパはA級(クラス)パーティーを導く XVIII
アザリアの曇りなき眼と、シンの疑心溢れる視線から、グリアムはそっと視線を外してしまった。
話したくはない。だが、話すべきか⋯⋯。
だが、何を? どこから?
パーティーの視線に晒され、黒く塗りつぶされていたグリアムの感情に色が戻り始めると、重い口を開き、言葉を紡ぎ始めた。
「ヤツの首元に剣が突き刺さっていたのを見たか?」
パーティーは顔を見合わせると、アザリアが無言で首を横に振った。
「⋯⋯そうか。首元に突き刺さっていた剣の柄に紋章が見えた。三本の剣が交わる紋章⋯⋯」
その言葉に、アザリアは、ハッ! と何かに気が付きグリアムへ顔を上げる。その表情は驚きに満ち溢れると同時に、複雑な感情を見せていた。
「三本の交わる剣⋯⋯グリアムさん、それって【バヴァールタンブロイド(おしゃべりの円卓)】の!?」
「そうだ。あの首元にあった剣は、【バヴァールタンブロイド】のリーダー、カーラ・リーゼンの物だ」
見誤るはずなどない。すぐ隣でその剣を握る姿を何度となく見てきたのだから⋯⋯。
アザリアとラウラは、その言葉ですべてを理解する。不可解だったグリアムの行動の辻褄があった。
グリアムの仲間を思う強い気持ち。それが行動として現れたのだと、ふたりは瞬時に理解する。
だが、ゴアは首を傾げ、シンやハウルーズはあからさまに怪訝な表情を向け、その言葉に懐疑的だった。
「もし仮にそうだとしてもだ、それが何の関係があるってんだ? てめえが勝手した事は変わらねえだろう」
「そうだ。一歩間違えれば、アザリアは取り返しのつかない事になっていたのだぞ」
シンとハウルーズは感情を押し殺しながら、静かに言い放つ。静かな怒気を孕むその口ぶりは、グリアムを許す気はないと暗に告げていた。
「あれは、私が勝手にやった事じゃない! グリアムさんのせいじゃ⋯⋯」
「本当にすまなかった。確かにあの時、周りは全く見えていなかったよ。パーティーの事なんて、頭からすっぽりと抜け落ちていた。オレは、【バヴァールタンブロイド】にいたんだ。あの龍⋯⋯アイツは⋯⋯アイツが⋯⋯カーラ達を⋯⋯」
アザリアの言葉を制し、発したグリアムの言葉は尻切れてしまう。
あの屈託のない笑顔。
朧気な記憶の残像が頭の中を過った。
手を差し伸べてくれたカーラの姿。
記憶の奥底へと沈めていたその光景。
カーラの手を掴んだ記憶の中の自分は、青臭い青年の姿をしている。
今まで何年も抑え込んでいた記憶と感情が急に溢れ出し、言葉にならなかった。
「なるほどのう。龍は、ヌシの敵って事か。そらぁ、そんなのが目の前に現れたら、ワシだって飛び出すわな。そうか、ヌシは【バヴァールタンブロイド】で荷物持ちをしてたのか⋯⋯でも、ありゃあ荷物持ちじゃ無理な相手だぞ。次はちゃんとパーティーに任せえ」
「違うって、ゴア。グリアムさんは【バヴァールタンブロイド】に在籍していた、S級の超優秀な地図師だよ。動きみれば分かんじゃん」
「へ? あれ? んじゃ、アザリアの探していた【忌み子】の地図師って⋯⋯?」
「そうだよ、グリアムさんの事だって」
ゴアは驚き過ぎて言葉を失い、話を黙って聞いていたシンとハウルーズも、驚きはその表情に現れていた。
グリアムの勝手な行動の辻褄は合う。だが、仲間を危険なめに遭わせたという思いは、それを理解する妨げとなっていた。
「だが、【バヴァールタンブロイド】は全滅したはずでは?」
「最後の潜行に行ったやつらは戻らなかった。オレはそこに帯同しなかった。いや、出来なかったんだ」
グリアムの中で、悔しかったあの記憶が蘇る。何回、何百回と後悔した記憶をまた反芻し、奥歯をギリっと噛んでいた。
「何でヌシを連れて行かんかった? S級じゃろ? 連れて行かん理由が分らんな」
「そいつは【忌み子】だからだよ。パーティーが、デカくない時は良かったんだ。いじられる事はあっても蔑むやつはいなかった。だが、所帯がデカくなればいろいろなやつが現れる。それこそ【忌み子】を良く思わんやつもな。あの最後の潜行。A級に上がったばかりの地図師が、帯同を強く要望したんだ。カーラ達、エースメンバーはもちろん拒否した。だが、他のメンバーは、そのA級の意見に同意の手を次々に挙げたんだ。もちろん、そこにはA級の根回しがあった。大事な潜行に【忌み子】は不吉だと⋯⋯それにカーラは、次がある、次は絶対連れて行くと言ってたんだ。その言葉に絆されて、あの時身を引いてしまったんだ。何を言われようと、ついて行くべきだった⋯⋯」
グリアムは一気にまくし立てる。懐疑的な視線を送っていたシンやハウルーズもその言葉に聞き入っていた。そしてだれもが思う。
『もし』それが自分だったら、と。
『もし』自分がいたら⋯⋯何か出来たかも知れない。結果は同じだったかも知れない。
そして、そんな『もし』を背負って生き続けていたとしたら⋯⋯。
「おまえはその後、パーティーを組んで、仲間を探しに行こうとしなかったのか?」
グリアムの昔話にシンも同調していた。自分に置き換え、グリアムの行動を否定しきれない自分を感じてしまう。
「【忌み子】とパーティーを組むやつなんていると思うか? まぁ、ひとりでも探しに行こうとしたが、元メンバーに何度もボコボコにされて止められた」
「元? グリアムさん以外も【バヴァールタンブロイド】で、生き残ってる人っているの?」
「辞めてるヤツが数人かな。人数が増えたと言っても20人くらいしかいなくて、当時のメンバーは、オレ以外全員参加していた。そんで、だれも帰って来なかった」
グリアムは何かを思うかのように、【アイヴァンミストル】が輝く天井を見上げると、ラウラは神妙な面持ちで口を尖らせた。
帰って来ると信じて待っていた。もしかしたら、今日龍と対峙するまで、心の片隅ではそう思っていたのかな?
当事者から“だれも帰って来なかった”と聞かされてしまい、その言葉の持つ、意味の重さを感じてしまう。
「でも、カーラさんはあの龍に一太刀浴びせたのですよね。きっと初見だったはずなのに⋯⋯グリアムさんも、瞳を切り裂いた。私達が逃げる事しか出来ない中⋯⋯うん! 私達はまだまだなんだよ。やっぱりS級は凄いんだよ」
「確かに。S級は遠いね~」
アザリアの言葉にラウラは溜め息混じりの言葉を返した。
アザリアの瞳に力が戻ると、パーティーは次々に顔を上げていく。
「のう、ヌシはどこのパーティーに入ってはいないのだろ? ウチに来ればええんじゃないのか? それがヌシの敵討ちの近道じゃぞ」
「そうだよ! グリアムさん、荷物持ちじゃなくて、潜行者としてさ。アザリアも大歓迎だよね」
「は、はい! 私の目標は【バヴァールタンブロイド】を超える事です。憧れであるカーラさん超える。もし、あの龍を討伐出来れば、カーラさんを超えたと自分でも思えるかと⋯⋯グリアムさんとも利害は一致すると思います! シンとハウルーズもいいよね? ね? ね!?」
ゴアの申し出にふたつ返事で頷くラウラとアザリア。アザリアの熱量は一気にあがり、熱のこもった言葉をまくし立てる。シンとハウルーズもアザリアの熱に気圧され、頷いていた。
グリアムは照れ混じりの驚きで、アザリア達の想いに向き合う。はにかんだ微笑みを浮かべ、眦を掻きながら、グリアムは答えた。
「いやぁ、びっくりだな。まさか最強パーティーからお誘いを受けるなんて、光栄の極みだ」
「そ、それじゃあ⋯⋯!」
「あ、いや、早まるな。ラウラやアザリアには散々世話になっているし、【忌み子】だ何だの言わん事も分かっている⋯⋯でも、申し訳ないが、先約があるからな」
グリアムは、コマのようにくるくると感情の変化を見せ、それに合わせてアザリアの感情も上がったり下がったりと忙しく、“先約がある”という言葉をすぐに理解して、がっくりと肩を落としてしまう。
「でもよ、荷物持ちとしての契約じゃろ? 潜行者としてなら、ええんじゃないんか?」
「まぁ、なんつうか⋯⋯ゴア、あんたが声を掛けてくれたのはS級の潜行者のオレだろ? カーラやイヴァンは、何の飾りもないオレ自身に声を掛けて来たんだ。【忌み子】の駆け出し潜行者、【忌み子】の荷物持ちにだ。声を掛けて貰ったのは本当に嬉しかったよ。でも、何者でもないオレに声を掛けて来たやつの想いを裏切る事も出来ないかなって」
「アザリア、残念だったね。もう少し早く出会えていればねぇ~」
「いや、もちろん、ラウラにも借りがあるし、アザリアにも命を拾って貰ったんだ返しきれない恩があるのは間違いない。何か手伝える事があれば、いつでも手伝うんで遠慮なく声を掛けて欲しい」
「だってさ、アザリア。またきっと手伝って貰うよね。あ! そうだ。差し出がましいかも知んないけど、イヴァンくん達にも話してあげれば? もういい頃合いだと思うよ」
「そうか? まぁ、折を見て言うよ」
「それって、言う気がないやつだよね」
ラウラの懐疑的な視線から、グリアムはそっと視線を外してしまう。