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そのダンジョンシェルパは龍をも導く  作者: 坂門
そのダンジョンシェルパはA級(クラス)を導く
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そのダンジョンシェルパはA級(クラス)パーティーを導く XVII

 激しい水蒸気の白煙が、パーティーの視界を白一色に覆ってしまう。

 氷を溶かしていた見えない炎の音は消え、パーティーは立ち込める白煙をじっと見つめる。

 逃げ場のないここへ、あの炎が届けば、全て終わる。

 それが、白煙を見つめるパーティーの偽りのない思いだった。

 (わざわい)の気配は消えた?

 淡い希望がそう思わせるのか?

 その光景を見つめる事しか出来ない無力感は、パーティーの思考を停止させる。

 白煙の奥からゆっくりと姿を現す、ぽっかりと穴の開いた氷壁を、思考停止状態のパーティーは見入ってしまう。

 本当にギリギリの所でハウルーズの氷が防いでくれたのだと、その光景は物語っていた。

 もし、もう一撃あったら⋯⋯と、だれもがその穴を見つめ、ぽっかりと開いた穴から恐怖を感じざるを得なかった。


「⋯⋯ぅぅ」


 アザリアの小さな呻きが、止まっていた思考を動かす。だが、グリアムはひとり、アザリアを抱えたまま思考が止まったままだった。


「ちょっと前の様子を見てくるよ。ゴア、一緒に来て」

「おう」


 ラウラは、ゴアを引き連れ白煙の先を覗きに行く。


「アザリアを早く下ろしなさい!」

「⋯⋯あ、ああ」


 語気を強めるハウルーズに、グリアムは言われるがまま苦悶の表情を浮かべるアザリアをゆっくり下ろしていった。


「何をしている! 仰向けではない! うつ伏せだ!」

「あ、そうか⋯⋯すまん⋯⋯」


 アザリアをうつ伏せに寝かすと、隠れていた傷が露わになった。溶けた防具が背中に張り付き、剥き出しになった背中の皮膚は真っ赤にただれ、所々水疱が出来ていた。

 痛みも相当酷いはずだ。それでも、小さく呻きを上げるだけで、アザリアはじっと耐えていた。その姿にシンの怒りが爆発する。


「てめえが余計な事をした結果がこれだ! 分かってんのか!」


 シンは不甲斐なかった自身のもどかしさも加味し、グリアムの胸ぐらを激しく掴んだ。


「すまん⋯⋯」


 グリアムは力なくうなだれる事しか出来ず、体は前後に激しく揺らされる。グリアムはシンにされるがまま、怒りを受け止めるしかなかった。


「⋯⋯止めて」


 アザリアの絞り出した言葉に、シンは煮え切らないまま手を離した。うなだれたままのグリアムから覇気は消え失せ、うつろな表情で地面を見つめている。


「それより、アザリアの背中を何とかしないと。ヒールを落とすまえに、防具を剝がさないと⋯⋯」


 ハウルーズはアザリアの背中を厳しい表情で見つめ、背中に張り付いてしまっている防具の処置について苦慮していた。

 その言葉にグリアムは生気の失せた顔を上げると、よろよろとハウルーズの作った氷壁へと向かう。グリアムは氷壁の前に立つと、小袋を取り出しガリガリとナイフで氷を削り出していった。小袋いっぱいになった氷を取り出し、アザリアの背中にばら撒くと、また氷を削りに氷壁へと向かう。


「あれ? グリアムさん、何してんの? あ! アザリアの応急処置! なるほどね。私も手伝うよ」


 戻り際のラウラも、グリアムと一緒に氷を削り始めた。

 そんなふたりの姿を横目にしながら、ゴアも奥へと戻って来る。


「なるほどな、まずはあの背中を冷やすのか。ちょうどいい具合に氷があって良かったのう」

「ゴア、どうだったんだ? その様子だとヤツはもう⋯⋯」

「覗ける範囲には、いなかったのう。もう消えたのか、どこかうろついているのか⋯⋯どちらにせよ、ヤツがこっちを燃やし尽くしたと思ってくれていれば、ええんじゃが⋯⋯」

「今日は、ここまでか」

「ああ。まぁ、良かろう。記録は更新だわい」


 ゴアは奥へ戻ると、シンと短い言葉を交わす。シンは返事の代わりに大きく嘆息し、ゴアの言葉に渋々と同意の気持ちを伝えた。


「痛っ!」

「ごめん、ちょっとだけ我慢して。グリアムさん、もっと氷貰える?」

「ああ⋯⋯」

「なかなか酷いね⋯⋯グリアムさん、ここちょっと持って貰える?」

「⋯⋯ああ」


 ラウラが背中に張り付いてしまっている防具を慎重に剥がしていく。ただ、焼けただれた皮膚も一緒に剥がれてしまい、その度にアザリアの背中に激痛が襲う。グリアムもラウラの側で補助にあたってはいるものの、心はどこか別の所にでもあるかのように、気のない返事を繰り返すだけだった。


「よし。アザリア、あと少しだよ、我慢してね。ハウルーズ、お願い」

「先に言っておく。このヒールで私の魔力は尽きる。【癒白光(レフェクト・レーラ)】」


 直視するのがきつくなるほど眩い白光が、ハウルーズの手からアザリアに注がれる。赤黒くただれていた皮膚から赤味が消えていき、所々に出来ていた痛々しい水疱も萎んでいった。だが、一度ただれてしまった火傷の痕は、背中一面に残ってしまい、痛々しい姿が消える事はなかった。


「助かった~。楽になったよ、ありがとうハウルーズ。でも、もう少し弱いヒールで良かったのに」

「何を言っている。おまえが思っている以上に酷い状態だったのだぞ」

「そっかそっか」


 アザリアは体をゆっくりと起こしながら、パーティーを見回していく。満足気な笑みを浮かべ、穏やかな表情で何度も頷き言葉を続けた。


「だれも欠けなくて良かった。久々にやばかったね」

「“良かった”じゃねえ! 一歩間違えば死ぬところだったんだぞ!」

「シン、ごめんって! そんなに怒らないでよ」

「⋯⋯アザリア、すまなかった。サポートしなくちゃならなかったのに、足を引っ張った」


 呆れ顔のシンの後ろから、グリアムはアザリアに向かって深々と頭を下げた。その姿にアザリアは優しい笑みを見せる。


「足を引っ張った? そんな事ありませんよ。こうして、みんな無事にいるのは全員の力があったからですよ。それに謝るくらいなら⋯⋯そ、その、ありがとうって、ひと言言って貰えれば⋯⋯その⋯⋯いいんです⋯⋯よ」

「ありがとう。このパーティーにまた助けて貰った。借りを返すつもりが、また借りを作っちまった」

「おほぅ! ど、どういたしまして。グリアムさんに怪我なくて、本当に良かったです」


 自分で言っておきながら、テレテレのアザリアは、あらためてニッコリとほほ笑んで見せた。


「アザリアも調子戻って来たね。でも、今日はここまでだね」


 ラウラの言葉はパーティーを伏し目がちにさせる。悔しい思いを噛み殺し、今はその言葉に頷くしかないのは、それはこの場にいる者の総意でもあった。


「ま、さっきシンともそう話した。ま、ええじゃろ? 記録も更新したし、帰ったらワシA(クラス)じゃしな」

「フフ、そうだね。さすがに私も防具なしで下に行くのは怖いよ。大成功じゃないけど、成功って事でいいんじゃない」


 アザリアがそう言って立ち上がろうとすると、シンがそれを制止する。鋭い視線の先にあるのは、相変わらず覇気のない表情を見せているグリアムの姿があった。


「ひとつだけ、はっきりさせろ。おっさん、何で、あそこであんな勝手な行動をした? またあんな勝手をされたら、たまったもんじゃねえ」

「それは私も思ったなぁ。いつものグリアムさんじゃなかったよね。最初、グリアムさんは隙を作る為に足元に飛び込んだ時、私に通路へ飛び込んで逃げるように目配(めくば)せしたでしょう? でも、気が付いたら暴走してた。傍から見てて危なっかしい感じしかなかったよ」


 ラウラもいつもとは違う真剣な表情をグリアムに見せると、アザリアは眦を掻きながら少し言い辛そうにラウラに続く。


「⋯⋯私も危うさを感じました。きっと何か理由があるのですよね? 初見ではなく、以前に何かあったのでしょうか? ⋯⋯でも、(ドラゴン)がいるなんてギルドの報告書には記載ないですよね。もし、エンカウントしていれば、ギルドに報告があがりますよね?」


 アザリアはそう言いながら、自身の言葉で少しばかり混乱してしまう。

 因縁があるように見えて、初見の可能性が高い。

 初見なのに因縁がある?

 この矛盾に対する答えが、アザリアの中で見つからなかった。



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