そのダンジョンシェルパはA級(クラス)パーティーを導く XVI
「イヴァン、こいつに斬撃は、効果が薄いぞ!」
「魔法も効果が薄いとなると、サーラの打撃頼りですかね?」
『『オッ! オッ! オッ! オッ!』』
イヴァンとマッテオは前を見つめたまま、短く言葉を交わしあった。
ふたりは効果が薄いと分かっていながらも、単眼鬼の足元で剣を振り続ける。足元をチョロチョロしている目障りなふたりに、単眼鬼は何度も足を振り上げ、岩のような拳を振り下ろし、苛立ちを隠そうとしない。イヴァンの眼前を巨大な足が掠めていき、岩のような拳がマッテオの横で、地面の小石を巻き上げた。
打開策の見出せない現状が、途切れる事のない緊張をさらに強くし、ふたりの体から滲み出る冷たい汗は、止めどなく流れ落ちていく。
■
「オッタさん! しっかり!」
地面の上で、白目を剥き意識の飛んでしまっているオッタへとサーラは飛び込んだ。口元から血が流れ落ち、糸の切れた操り人形のように力なく横たわっている姿に、サーラの拍動は上がり続けた。
サーラは、力なく横たわるオッタの両脇に腕を突っ込むと、そのまま体を引き摺り、単眼鬼から引き離していく。イヴァンとマッテオを相手取り、こちらに意識の向いていない今しかないと引き摺る腕に力を込めた。
「サーラさん! こっちです!」
少し離れた所からルイーゼは小さな体を必死に伸ばし、手招きをしていた。サーラはオッタを引き摺り、ルイーゼの元に急ぐ。乱暴に体を引き摺られているというのに、オッタの意識は戻らない。それが単眼鬼から受けた衝撃の大きさを物語り、オッタを引き摺るサーラに焦りを運んだ。
「サーラ!」
イヴァンの叫びが届く。同時に壁に吹き飛ばされるイヴァンの姿が映り、混乱がパーティーを襲う。
「イヴァンさん!」
サーラは思わず足を止め、その姿を見入ってしまう。
「ちょ、ちょっと、リー?!」
背負子を下ろしたリーが飛び出した。緊張からか、出足は少しばかりもたついたが、すぐにサーラへと辿り着く。
「オレが代わる。あんたは向こうに行ってくれ」
「⋯⋯お願いします」
リーは、サーラからオッタを引き継ぎルイーゼの元へ急ぐ。サーラはリーに力強く頷き、単眼鬼へと走り出した。
「リーダー!」
「大丈夫、ちょっと飛ばされただけだから。僕とマッテオさんが囮になるから、サーラお願い!」
「はい!」
「マッテオさん!」
「おう!」
イヴァンとマッテオは愚直なまでに足元へと飛び込んで行く。バタバタと暴れる極太の足と、振り下ろされる岩のような拳を避けながら、ふたりは剣を振り続けた。
その姿を見つめながらサーラは両の拳をギュっと握り直す。
渾身の一撃を決める。
その一瞬に賭けると、強く握りしめた拳を構えた。
■
「ごはっ!」
オッタがルイーゼの目の前で、跳ね起きる。
ヒールを落とされたオッタは、口元の血を拭いながら、上半身を起こした。今の状況が把握出来ず、鋭い視線で辺りを見渡し、警戒を強めた。
「オッタさん、大丈夫ですか? ゆっくり起きて下さい。内臓がやられてしまって、治りきってはいません。無理はしないで下さいね」
「あんたが治してくれたのか?」
「サーラさんとリーが運んでくれたのですよ」
「そうか⋯⋯ありがとう」
オッタは自分の置かれた状況をすぐに把握し、心を落ち着けようと深く息を吐き出した。
「おい兎、行けんだろ? 行くぞ」
ルイーゼを挟んだ向こうで、ルカスも上半身を起こし、単眼鬼を睨んでいた。睨む瞳の力は鋭く、怒りに満ち溢れている。
「もちろん。おまえこそ行けんのか?」
「はっ! だれに言ってんだ?」
ルカスの負けん気を煽るオッタの言葉に、同じように鋭い視線を返した。
「ちょっと! ふたりとも何を言っているのですか? ダメ! ダメですよ。治療師として、容認出来ません」
ルイーゼはふたりに向かって頬を膨らまし、やり取りに水を差す。治りきっていない体で、無茶をすれば、取り返しのつかない事になってしまうのは目に見えていた。
「ああ? 大丈夫だよ、やられなきゃいいんだろう」
「ふたりとも治りきっていないのですよ! ここで無茶したら⋯⋯」
「それにやられた分はきっちり返さねぇとな」
ルカスの言葉に、ルイーゼはさらに頬を膨らます。治療師としての矜持を保とうと語気を強めるが、ルカスはその言葉を遮り、口端を上げた。
「珍しく意見があったな」
オッタはそれだけ言い、立ち上がると、ルカスもそれに倣う。ルイーゼは感情の矛先をどこに持って行けばいいのか、分らなくなってしまい、聞き分けの悪い子供を前にした母親のように苛立ちを表にした。
「もう!!」
「ありがとう。治療師って凄いんだな」
オッタは、ポンとルイーゼの肩に手を置くと、すぐに顔を上げイヴァン達を相手に大暴れしている単眼鬼を睨んだ。
「おい。さっきと同じように、おまえは目を狙え」
「何か策があるのか?」
「外がダメなら、中からだ」
「中?」
訝るオッタに、ルカスはチラッと罠を取り出して見せる。いまいち要領は得ないが、どうやら何か策があることだけは分った。
「兎! 左右に分かれんぞ、おまえは右に行ってくれ。最速で行くぞ」
「ついてこられるのか?」
「だれに言ってんだ。行くぞ!」
ルカスの合図にふたりは飛び出して行く。その驚くべきふたりの速さに、リーはただただ目を丸くして見入ってしまう。ルイーゼはまた頬を膨らまし、言うことを聞かないふたりの背中に頬を膨らませた。
「もう! 無事に戻って来て下さいね」
そしてその背中に諦めと願いを乗せる。
■
『『オオオオオオオオオッ!!』』
単眼鬼が、大きく胸を反らし吼える。坑道を震わすその咆哮に対峙している者達の体は、一瞬の硬直を見せてしまう。そして次の瞬間、闇雲に襲い来る極大の足と拳を、ギリギリのところで躱していった。近づこうにも思うように近づく事さえ出来ない均衡状態に、サーラの通る道を作る事すらままならなかった。
「クソ、埒が明かねえ」
マッテオは振り下ろされた拳に剣を叩きつけるが、浅い傷を作るのが精一杯。打開策を見出せないまま、疲労だけが積み重なっていく。
イヴァンの刃もマッテオと同様、硬い表皮に何度も弾き返されていた。
隙⋯⋯隙⋯⋯。
サーラはいつでも行けると構えたまま、その時を待つ。だが、尽きる事のない単眼鬼のスタミナは、拳を振り回し、地面を何度も踏みつけ懐への侵入を頑なに拒み続けていた。
「おまえら! そのまま! 相手してろ!」
ルカスの声が後ろから届くと、次の瞬間ルカスとオッタの姿がサーラの視界の片隅を掠める。単眼鬼の視界の外から、ルカスとオッタが飛び込んで行った。何度も弾き返された時と同様に、オッタが単眼鬼の頭目掛けて駆け上がる。
またかと言わんばかりに、血走ったひとつ目がギョロっとオッタへ向いた。オッタのナイフが、ひとつ目を切り裂こうと振られる。額の一角が、そのナイフを弾き、岩のような拳は、肩口のオッタに振られていく。
ルカスはオッタとは逆方向から、単眼鬼の身体を駆け上がった。オッタに気を取られ、半開きとなっている口へ、ルカスが罠を放り込む。
「サーラ! 顎ぶち抜け!」
オッタが上へと跳ねると、振り抜いた岩のような拳が空を切る。
隙⋯⋯。
空を切った拳に体がねじれ、無防備な姿を晒す。その姿にサーラは脚に力を籠め、単眼鬼の懐へ飛び込んで行く。巨躯に似合わぬ短く、がに股の膝に足を掛け、そのまま上へと跳ねた。
ルカスとオッタはそのまま、単眼鬼から離脱し、サーラは全身のばねを使って、鉄の拳を顎へと突き上げる。
「ハァアアアアアア!!」
サーラの拳が、単眼鬼の顎を貫く。
ボフッ⋯⋯。
単眼鬼の口から、くぐもった爆発音と共に口や鼻から白煙がのぼる。ひとつ目は白目を剥き、ねじれた体を支えきれず、ゆっくり後ろへ倒れていった。
「仕留めるよ!」
イヴァンは叫びと共に喉の付け根を狙い、マッテオの剣はみぞおちに向けられる。オッタのナイフは単眼を切り裂き、ルカスの細く長い剣が、耳の穴から頭の中へ向けて突き刺した。
急所と思われる場所をパーティーが一斉に貫く。
「ハアッー!」
マッテオの剣が硬い表皮に拒まれると、サーラの踵落としが剣の柄を叩く。ガツっと硬い音が鳴ると表皮を突き破り、マッテオの剣が腹部へ深々と突き刺さった。マッテオの手に伝わる何かに当たった感触。マッテオはすぐに顔を上げ、サーラに向かって叫ぶ。
「サーラ! ぶっ叩け!」
「はい! ハァッ!」
サーラは再び剣の柄に鉄の拳を叩きつける。体重を乗せた渾身の一撃が、マッテオの剣を叩いた。
パキッ。
と、何かが割れた感触が伝わる。
そして単眼鬼の体は、崩れていった。