そのダンジョンシェルパはA級(クラス)パーティーを導く XV
迫り来る単眼鬼———。
迫り来るA級のモンスターにも、【クラウスファミリア(クラウスの家族)】は落ち着き払っていた。
たとえイレギュラーであろうとも、絶望と言うほどの脅威ではないと、だれもが思う。
あの18階で、イヴァンを求め、彷徨い歩いた時に比べれば⋯⋯と。
「ルカスくん! 足止め出来る?」
「ハハ、だれに言ってんの!」
イヴァンの声に、ルカスは自ら鼓舞するように声を上げ、緑色の巨体へと最速で飛び込んで行く。腰のポーチから罠を取り出し、迫り来る単眼鬼との距離を計る。
「ほれ」
ルカスが罠を、地面を滑らすように投げ込んだ。罠に仕込まれたハチトリ草が開き始めると、オッタが自慢の跳躍力で、ルカスを追い越して行く。
パリッ。
単眼鬼が、罠を踏んだ。ハチトリ草に包まれていたシビレキノコが姿を現し、極太の足がそれを踏みつけると、電流が駆け抜けたかのように一瞬の硬直を見せる。
両手にナイフを握るオッタはその瞬間を待っていた。
オッタは、一瞬の硬直を見せる単眼鬼の体を駆け上がった。不気味なほど大きな単眼目掛け、そのナイフを向ける。
ギョロっと血走る目玉に、オッタの姿が映る。オッタは構うことなく、ナイフを握る手を伸ばした。
カツン!
額の一角は、オッタのナイフを弾き返す。だが、もう一方の手に握るナイフが、血走るひとつ目に振り抜かれた。
クソ、浅い⋯⋯。
オッタは手応えのなさに、つい顔をしかめてしまう。
単眼鬼はすんでのところで頭を振り、オッタの刃を逃れた。単眼鬼の、頬に付いた浅い傷から血が薄っすらと滲む。視界の端に映る滲む血を見つめると、足元に飛び込むふたつの影が、血走るひとつ目に飛び込んで来た。
ルカスの長い剣が脚の腱を狙い、サーラのミスリル製の拳が膝を割ろうと振り抜かれる。
「避けて!!」
イヴァンの叫びにふたりは手を止め、横へと跳ねた。単眼鬼の振り下ろした岩のような拳が、ふたりの間の地面を叩き、周囲の小石を巻き上げながら地面を大きく抉った。
『『オッ! オッ! オッ! オッ!』』
単眼鬼は、自身の体に傷を付けられた怒りと戸惑いからか、激しい威嚇の声をパーティーに見せる。仕切り直しを計るため、パーティーは一度距離を置き、単眼鬼と睨みあい次の一手を模索していった。
「【氷壁】」
ヴィヴィの放った蒼光が地面を走る。
パキッ。
単眼鬼の足元を冷気が覆い、その周辺を足ごと氷漬けにして見せた。地面から冷気が漂い、ダンジョンの温度を一気に下げると、その場にいた全員の吐息は白くなる。だが、パーティーの熱は、その冷気に反比例するかのように加速する。
「ヴィヴィ! ナイス!」
ルカスは武器を構え、単眼鬼へと飛び込む。
単眼鬼の動きを封じた。
と、その光景にだれもが思う。
足元からおびただしい冷気が立ち込め、動かない足に単眼鬼は戸惑いを見せ、氷漬けの足を何度も引き抜こうとしていた。
「ハッ!」
ルカスの剣が、動きの止まった単眼鬼の足を狙う。
「私も行きます!」
サーラがルカスの後を追うように、単眼鬼の懐へと飛び込む。
笑った。
いや、そう見えただけかも知れない。イヴァンの目に映った単眼鬼の口角が不敵に上がったように見えた。その姿に、つい判断が鈍ってしまう。
何今の? 気のせい?
単眼鬼が、足元に広がる氷をいとも簡単に蹴り上げ、そのつま先はルカスの腹を捉えた。
「ぐぼっ!」
「え?! 嘘!?」
「ルカスさん!」
ルカスの体は大きく「く」の字に曲がり、空中に舞い上がる。その姿にヴィヴィは顔を曇らせ、サーラは足を止め、ルカスの下へと駆け出す。ルカスは、くの字に体を折ったまま、地面に転がっていた。その表情は苦悶に満ち、その衝撃の大きさを物語る。
単眼鬼のひとつ目が、ギョロリと地面に転がるルカスに向けられると、罠を踏みつけたときのように、その足をルカスに向けた。
振り下ろされる足。その下で呻くルカス。
サーラの伸ばした手が、ルカスの腕を掴んだ。迫る極太の足に、サーラは全身を使いルカスを引き摺って行く。
「ルカスさん! ほら、起きて! 頑張って!」
「⋯⋯クソ⋯⋯ガハァッ!!」
引き摺られるルカスの足を極太の足が襲う。サーラの献身も虚しく、ルカスの足は極太の足に踏みつけられた。
「サーラさんこっち! 急いで!!」
ルイーゼが小さな体を伸ばし、必死に手招きをする。その姿にオッタとイヴァンが、単眼鬼へと飛び込んだ。
ルカスの足はあらぬ方へと曲がり、痛みで顔を歪めていた。ルカスの額に浮かび上がる尋常ではない汗の量が、事態の深刻さを現している。
「リー! 手を貸して」
「⋯⋯ぁあ⋯⋯」
「サーラ、ここを任す!」
ルイーゼが、重傷者を前にして茫然と佇んでしまっていたリーの手を引く。マッテオは、サーラと入れ替わるように単眼鬼へと飛び込んだ。
「オッタはもう一度目を狙って! マッテオさん、僕と足を狙いましょう!」
ふたりはイヴァンに軽く頷き、的を散らす為に左右に散って行く。
愚直なまでに、セオリー通りの攻め方を貫く旨をイヴァンの言葉は伝え、パーティーはそこにしか突破口は見出せていなかった。
オッタが、森の狩猟者としての本能のまま再び単眼鬼を駆け上がる。単眼鬼の視線が、オッタに向くとイヴァンとマッテオは、足元に飛び込み足を切り裂く。
ガツッ! と単眼鬼の極太の足がふたりの刃を跳ね返すと、マッテオにその足が振り上がる。眼前へと迫る極太の足に、再び刃を向けた。ぶつかり合うマッテオの剣と極太の足。
「⋯⋯ぐっ!」
「マッテオさん!」
「大丈夫だ!」
マッテオの剣は浅い傷を作っただけで、後ろへ吹き飛ばされ地面を転がった。
「シッ!」
オッタのナイフが再び単眼を狙う。オッタへと向けられる一角。
そいつはさっき見たよ。
オッタのナイフが、一角をすり抜け単眼へ向けられる。
「オッタ! 避けて!」
イヴァンの叫びより早く、オッタは単眼鬼の肩口から飛び降りていた。
バチン!
単眼鬼の分厚い両の手が、虫でも潰そうかとの勢いで肩口で合わさる。もし少しタイミングが遅れていたら、その掌に潰されていただろう。
『『グォオオオオオオオオオー!!!』』
単眼鬼が吼える。取るに足りないはずの人間相手に思うように行かない様に、苛立ちを激しく募らせた。
カシュっと乾いた音を鳴らし、ヴィヴィの狙いすましたハンドボウガンが、単眼目掛け短矢を放つ。虚を突いたその攻撃に、単眼鬼の反応が一瞬遅れた。
『『グォオオ⋯⋯』』
頬に突き刺さった矢を引き抜き、単眼鬼は静かに怒りを滾らせる。鬱陶しいパーティーを、冷めた視線で見下ろした。
その視線を突き破るオッタのナイフが三度、単眼を狙う。オッタを振り払おうと、岩のような拳を単眼鬼は自身の肩口に向けた。ナイフを振り抜いたオッタに岩のような拳が襲い掛かる。
しまった⋯⋯。
オッタはその拳から逃れようと、単眼鬼の肩口を蹴り上げた。空中へ舞い上がるオッタ。だが、それは逃げ場を失ったとも言えた。体の自由を失ったオッタに、単眼鬼の拳が襲う。拳は岩となり、オッタを吹き飛ばす。
「オッタ!」
イヴァンの悲痛な叫び。サーラがオッタの下へと飛び出した。
その様子を傍観している訳にはいかない。イヴァンとマッテオも再び単眼鬼の足元へと飛び込んで行く。
「リー! ルカスさんの足を真っすぐにして。ルカスさん、ごめんなさい。痛いです」
「こ、こうか?」
「うがぁっ!」
リーは恐る恐る、あらぬ方向に曲がってしまっているルカスの足を捻った。痛みに悶絶するルカスの姿にリーの拍動は激しくなり、つい手を放しそうになってしまう。
「もう! もっと! ちゃんと真っすぐにして。ルカスさんが痛いだけだよ」
「あ、ああ⋯⋯すまん」
「かまわねえから、早くやれって! 痛っ⋯⋯!」
「【癒光】」
ルイーゼの手から白光球が、痛みを耐えるルカスの足へと落とされる。まばゆく輝く白い光の球は、ゆっくりとルカスへと落ちていった。