そのダンジョンシェルパはA級(クラス)パーティーを導く Ⅻ
ルイーゼのキラキラした羨望の眼差しが、ヴィヴィへと注がれる。ヴィヴィの放った炎の槍に、ルイーゼはすっかり心を奪われてしまっていた。
一難去った後の静けさに【クラウスファミリア(クラウスの家族)】の面々はほっと胸を撫で下ろし、少しだけ緊張を解く。
「ふぅ~」
「おつかれさん。思わず見入っちまったよ。何も出来なくて、すまんな」
「いえいえ、まだ16階。始まったばかりですから。マッテオさんは温存しておいて下さい」
イヴァンは額の汗を拭い、マッテオは足元に転がる焼け焦げた蜂の残骸を足でまさぐりながら、少しばかり申し訳なさそうに顔を上げた。
「ヴィ、ヴィヴィ⋯⋯姉様! 凄いです!!」
「ね、姉様?! ルイーゼの方が年上じゃなかった??」
「いいんです! もう! なんですか! あの【ファイアーランス】! あんな凄い炎の槍、見た事がないですよ! C級というのは、嘘じゃないのですか?」
「え? 嘘じゃないよ⋯⋯」
ルイーゼは瞳をキラキラとさせながら、本人の目の前でいかに凄かったか力説する姿が止まらない。ルイーゼの圧に、ヴィヴィの押される姿。サーラはそんなヴィヴィの姿を初めて目にし、ニヤニヤを隠し切れないまま口を開く。
「フフ⋯⋯そうなんですよ~ヴィヴィ姉様は凄いんですよ~」
「サーラ!!」
調子乗って見せるサーラをヴィヴィは、キッ! と睨むが、サーラは何事もなかったかのようにおどけて見せるだけで、ヴィヴィの表情はますます険しくなっていった。
「姉様は凄いです! 私も頑張らないと」
「あ⋯⋯う、うん⋯⋯」
ルイーゼは両手で握り拳を作り、素直なやる気を見せると、照れからなのかヴィヴィは困惑を隠せない。ルイーゼの熱い視線を浴びるヴィヴィは、そっと視線を外してしまう。
「そういえば姉様の詠唱って、聞いた事のない詠唱でしたね??」
「えっ!? その⋯⋯あれはね⋯⋯」
ルイーゼの純粋な疑問に、ヴィヴィはうまい答えを導き出せずドギマギしてしまう。
「あれはですね、ヴィヴィさんの詠唱は独学なのですよ。なので、一般的な詠唱法とはちょっと違うのです」
「そ、そうなんだよね!」
サーラの助け舟にヴィヴィは、ブンブンと頭を縦に振った。
「なるほど! もう、私が魔術師だったら、いろいろ教えて貰えるのに~」
悔しがるルイーゼの姿に、なんとかごまかせたと、ヴィヴィはほっと胸を撫で下ろす。
「みんな、急ぎましょう!」
「そうだな」
イヴァンの掛声にマッテオが大きく頷くと、緩みかけた空気が一気に引き締まった。パーティーは更に下を目指し、先を急ぐ。
ただ、マッテオの胸の奥底に湧いた違和感が、静かに燻り続けていた。
■□■□
静かすぎる。
ダンジョンが“哭いた”ってのに、モンスターとのエンカウントがねえ。
29階———。
グリアムの胸中で警鐘が鳴り続けていた。
後に続く【ノーヴァアザリア(新星のアザリア)】のパーティーも、この不気味な静けさが何を意味するのか考えてみたところで、いい方向に向く事はないのは分りきっていた。
グリアムは何度も地図を開き、先へ進む為の最適解を求め続ける。最悪を逃れる為に、答えを探し続けた。
「ヤバイね」
「ああ。油断出来ねえ⋯⋯って、あんたらには分かりきった事か」
ラウラからも笑顔は消え、厳しい表情で辺りに警戒を配る。
小物を喰らった、大物がうろついているのか? 怪物行進の前兆か?
どっちに転んでもうまくはねえよな。
どのような状況であれ、広い空間を通り抜けるのは悪手。グリアムは、たとえ遠回りになろうとも、細い通路を選択しながら、下への回廊を目指した。
緊張と警戒はパーティーの足を重くする。鉛でもついたかのように、その一歩が重く感じてしまう。極度の集中を強いられ、恐ろしいほど簡単に体力を削られていき、呼吸は知らず知らずのうちに浅くなっていた。
次の一歩、その先に何かいるかも知れない。
その角を曲がると、何かが待ち構えているかも知れない。
そんな思いは足枷となり、重い足を更に重くした。
口数は明らかに減り、ダンジョンの静けさを後押しする。
それは不気味さを纏う静けさ。
それに飲み込まれまいと、パーティーは足を前に出し抗い続けた。
「止まれ」
通路の先に広い空間が広がっている。50M近くはある、見上げた首が痛くなるほど高い天井に、先の見えない広大な空間が広がっていた。その空間を前に、グリアムは足を止める。地図を開き、別の道を模索する。だが、他に選択肢はなく、グリアムは表情を曇らせた。
ここを通るしかねえのか。
「行くぞ」
グリアムは地図を畳むと、静かな声色を響かせた。
グリアムの静かな声色に、パーティーは過敏な反応を見せる。立ち止まるパーティーから緊張が伝わった。グリアムは緊張を見せるパーティーの足を止め、その広い空間を今一度そっと覗く。
静かに、万が一にも気取られぬよう、ゆっくりと覗いていった。
いねえよな。
グリアムの視線は何度もその空間を往復し、モンスターの気配を探す。
ビビり過ぎか⋯⋯。
グリアムは、肩透かしにあった気分で、張っていた気を少し緩めた。
「大丈夫だ、行こう。ここを過ぎれば30階への回廊はすぐそこだ」
グリアムはその空間へと足を踏み入れる。グリアムは【アイヴァンミストル】の輝く高い天井を一瞬見上げ、すぐに前へと向き直した。パーティーも辺りを警戒しながら、その空間へと足を踏み入れる。
前へ進み始めたパーティーが、その空間から強烈な圧を感じた。
その圧にパーティーの足は止まってしまい、視線は必死に辺りを見回していく。だれもが感じるほど強烈な圧。だが、その主が見当たらない。見えない圧はパーティーに困惑を生み、顔を曇らせた。
ただただ困惑に駆られる者もいれば、冷静に状況を精査しようと逡巡する者と、困惑はパーティーに容赦なく襲い掛かり判断を鈍らせる。
「ふぅ~」
そんなパーティーの姿に、アザリアは溜め息混じりに視線を天井へ向けた。そしてその視線の先に映る物に、言葉を失ってしまう。
「⋯⋯あ⋯⋯ぁ⋯⋯」
言葉にならない言葉と共に、アザリアは天井を指差した。アザリアの指差す天井へと、パーティーは一斉に視線を向ける。
「⋯⋯なんじゃ! ありゃあ?」
ゴアは大楯を構えるのを忘れてしまうほどの驚愕に襲われ、ただただそれに見入ってしまう。ゴアだけではない。天井を指差したまま固まっているアザリアも、ラウラもシンも、パーティーで随一の冷静さを誇るハウルーズでさえ、今、自分達が目にしている物が何であるのか、経験、知識をもってしても答えが見つからなかった。
「おいおい、マジかよ⋯⋯」
「⋯⋯龍」
シンは見上げたまま固まってしまい、ハウルーズの零した言葉に困惑が深まっていく。
極大の四本の脚が天井から現れる。ダンジョンが“それ”を産み落とすかのように、四本の脚が露わになっていく。見た事のない極大の脚は、人などひと踏みで簡単に潰すだろう。やがて腹部が露わになると、その巨大さにパーティーは圧倒される。
あれはヤバイ⋯⋯。
言葉を失ったパーティーの目の前に、圧倒的な存在が姿を現す。グリアムはその圧倒的な存在に畏怖の念を覚え、萎縮する心に体の自由は奪われてしまう。
グリアムだけでない。
圧倒的な存在を目の前にするパーティーは、ただただその存在を見上げていた。警鐘は頭の中でガンガンと鳴り響き、踵を返せと体に指令を送り続けている。
ゆっくりと感じる時間の流れ。
だが、“それ”が産み落とされるまでの時間はわずか数秒でしかなかった。硬直した体はそこから逃げ出す事を許さず、眼前に現れた“それ”に、だれもが見入ってしまっていた。