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そのダンジョンシェルパは龍をも導く  作者: 坂門
そのダンジョンシェルパはA級(クラス)を導く
117/202

そのダンジョンシェルパはA級(クラス)パーティーを導く Ⅹ

 自分の呼吸音と足音。

 今はそれしか聞こえない。

 順調に進んでいるとはいえ、イヴァンとマッテオのふたりしかいない行軍は過酷を伴い、ふたりの緊張と疲労が途切れる事はなかった。

 20階はエンカウントなく順調に過ぎ、19、18、17階と駆け抜けた。

 人の気配もなく、モンスターの気配も薄い。それでも、襲い掛かるモンスター群に、イヴァンとマッテオの体からは血が滲む。頬を伝う物が汗なのか、はたまた血であるのか、拭って確認する事すらままならない程の集中と緊張を強いられながらの行軍が続いた。

 視線は常に忙しく辺りを見回し、些細な異変を見落とすまいと緊張を強いる。口から言葉など零れる事はなく、零れるのは緊張に抗う深い呼吸音だけ。

 幸運と言えるのは、だれかが潜行(ダイブ)した直後だと分かる通路に転がるモンスターの残骸があること。それを見つけては、ふたりは安堵の溜め息を漏らし、そして先を急ぐ。

 だが、ダンジョンは容赦の無い姿を隠しはしない。ふたりだけの過酷な行軍に、ダンジョンの(ことわり)は、容赦なく追い打ちを掛けた。


「イヴァン! 来るぞ!」

「はい! 炎を司る神イフリートの名の元、我の刃にその力を宿し我の力となれ【点火(イグニション)】」

『『『キュウ! キュウ! キュウ!』』』


 可愛らしい鳴き声を響かせ、悪食一角兎(アルミラージ)の群れがふたりに向かって跳ねる。先手必勝とばかりに、炎を纏う剣を握るイヴァンが、群れへと飛び込んだ。

 通路に浮かび上がるいくつもの赤い目が一斉にイヴァンへと向き、額の一角はイヴァンを貫こうと跳ね、口の大きさに見合わぬ鋭く大きな前歯は、足元へ喰らいつこうと飛び掛かる。

 イヴァンの業火が、額の一角を焼き払っていく。炎を纏う刃が、獰猛な兎を薙ぎ払う。

 マッテオもイヴァンに続けと、群れへと飛び込み小さな体をふたつに割っていった。

 止まる事の無いふたりの剣舞と、跳ね続ける悪食の兎。イヴァンの剣は炎の唸りを上げ、マッテオの刃は、悪食の血で赤く染まっていく。無言で振り続けられるふたりの剣に、悪食は沈黙する。


「はぁはぁはぁ⋯⋯」

「ふぅ~」


 イヴァンは肩で息をしながらゆっくりと剣を鞘に収め、マッテオは大きく息を吐き出しながら体を伸ばした。疲労はピークを超えているが、焦りはそれを忘れさせる。ふたりは申し合わせたように再び歩き始めた。当面の目的地である15階緩衝地帯(オアシス)が目前となれば、足は自然に早くなっていく。


「ようやくだな」

「急ぎましょう」


 15階へと繋がる回廊に足を踏み入れると、ふたりの足はさらに早くなっていた。焦りのままに、必死で足を動かし続ける。


「イヴァン、準備して拠点で待ってるぞ」

「はい。こちらも準備して、すぐに向かいます」


 傷だらけのふたりが、念願の15階へと足を踏み入れた。

 ひと際明るい緩衝地帯(オアシス)へ辿り着くと、ふたりはすぐに二手に分かれる。マッテオは、【ノーヴァアザリア(新星のアザリア)】の拠点であるテント群を目指し、イヴァンは【クラウスファミリア(クラウスの家族)】の宿へと駆け出した。


「失礼します!」

「あ! てめえ⋯⋯」


 イヴァンは、何か言いたげな宿屋の主人(おやじ)を無視して、ヴィヴィの部屋へ脇目も振らずに進んだ。そして、扉の前に立つと、その扉を焦りのままに激しくノックする。


「ヴィヴィ!」

「イヴァン?」


 強めのノックと聞き覚えのある声に、ヴィヴィは急いで扉を開く。目の前の現れた傷だらけのイヴァンに、驚きのあまり目を見開き固まってしまった。


「ヴィヴィ、下に行くの手伝って」

「下に⋯⋯手伝う? いいけど⋯⋯イヴァン、大丈夫?」

「アリーチェがマズイ事になってる、早くしなきゃなんだ。お願い!」

「アリーチェが!? 分かった、みんな呼んで来る。イヴァンはこれ飲んで少し休んでて。結構傷酷いよ」

「え? そう?」


 しかめっ面のヴィヴィに言われ、イヴァンは頬にこびりついている乾いた血を拭うと、手に付いた自身の血を見つめた。ヴィヴィから投げ渡された回復薬に、少しばかり気持ちが緩むと体中からズキズキと痛みが襲って来る。


「ちょっとだけど、休むんだよ。いい?」

「うん、分かったよ」


 部屋を出て行くヴィヴィを見送り、イヴァンはボロボロのソファーに体を預けた。必要以上に沈むソファーの傍らで寝ていたテールが、顔だけイヴァンに向ける。


「テールも頼むね。アリーチェが大変なんだ」


 テールはのそっと起きると、イヴァンの側に伏せ直した。イヴァンはテールの頭に手を掛け、優しく撫でる。気持ち良さそうに頭を預けるテールの姿を見つめ、イヴァンは焦る心を落ち着けていった。


■□■□


 【ノーヴァアザリア】のエースパーティーは静かな興奮に包まれていた。パーティーとして未踏の29階へ、今まさに足を踏み入れようとしている。

 回廊を覆い尽くす、地面をもぞもぞと蠢く大きな芋虫(キャタピラー)の群れを、ハウルーズの炎が簡単に焼き尽くし、パーティーは念願の29階を目前にしていた。


「いよいよだね」


 アザリアは湧き上がる興奮を抑え、必要以上に冷静な声色を響かせる。

 29階の入り口を前にして、グリアムは“どうぞ”とアザリアに先を譲った。ゆっくりと踏み出すアザリアの足が29階の地面を踏む。

 目の前にいきなり広がる広大な空間。今までの造りとは違う様相に、アザリアは足を止め、辺りは入念に見渡していった。


「おほぅー! やっとここまで来れたね」


 パシッ! と、ラウラは少し強めにアザリアの肩に手を置きその興奮を伝えると、アザリアは力強く頷き返した。

 ふたりに続くメンバーも、感慨深げに見渡し、静かな興奮を見せる。最後尾のグリアムが壁をガリガリっと削り取り、削り取った欠片をポーチにしまう。これを持ち帰れば、【ノーヴァアザリア】の記録更新だ。だが、あくまでも今回の目標は30階。パーティーはすぐに冷静さを取り戻す。

 ここはあくまでも通過点。

 だれが言うでもなく、一同の思いは同じ。グリアムは地図を確認すると目標に向けてまた一歩踏み出した。


「こっちだ」


 グリアムの声に、パーティーが続く。30階を目指すパーティーの慎重な一歩が踏み出された。


■□■□


「へ? え? ええええええー! む、無理です! 無理ですって!」


 小さなエルフは、マッテオにブンブンと激しく首を横に振って見せた。


「ルイーゼ、頼む! アリーチェがヤバイんだって」

「ですけど⋯⋯に、20階ですよね? 私まだD(クラス)ですよ⋯⋯む、無理です~」


 ルイーゼは、助けたい気持ちはあっても、深層未経験の自分に何が出来ると、涙目で訴えった。


「頼む! おまえはついて来てくれるだけでいい。おまえを守るパーティーも今準備しているんだ。アリーチェが、マジでヤバイんだ」

「ですけど⋯⋯」

「ルイーゼ! 行こうぜ。オレも行くから」

「リー⋯⋯」


 隣で話を聞いていた猫人(キャットピープル)が、自身を指差しルイーゼの背中を押す。


「オレも、って、おまえもまだD級じゃねえか。大人しく待ってろ」

「マッテオさん、こいつだってD級じゃないっすか。荷物持ちくらい出来ますよ」

「出来ますよって⋯⋯おまえ⋯⋯」

「マッテオさん! お待たせしました」


 マッテオ達が、行く、行かないで押し問答しているところに、準備万端の【クラウスファミリア】が現れた。【クラウスファミリア】の表情はやる気に満ち溢れ、すでに集中した姿を見せている。


「イヴァン⋯⋯」

「こちらが治療師(ヒーラー)さんですね。宜しくお願いします。僕達が責任を持って、あなたをアリーチェさんの元に届けます」


 言い淀むマッテオを差し置いて、イヴァンは小さなエルフ(ルイーゼ)に、丁寧に頭を下げた。


「え? ええ⋯⋯」


 何とも言えない返事を返すルイーゼだが、イヴァンはお構いなしに事を進める。


「マッテオさん準備はいいですか? 急ぎましょう」

「ああ⋯⋯いや、一瞬待ってくれ。おい、だれか! 薬と補給の予備を持って来てくれ。リー、おまえ本当に行けるか?」


 イヴァンの勢いにマッテオも気圧されぎみだった。だが、すぐに我に返り、出発に向けて頭を切り替えた。


「もちろん。荷物持ちしか出来ないっすけど」

「十分だ。スマンが頼む。ルイーゼも頼むぞ」

「もう、仕方ないですね。これじゃあ断れないじゃないですか」

「すまんな」


 プリプリと頬を膨らますルイーゼに、マッテオは軽く微笑み、出発の準備を急いだ。


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「こっちだ」  イヴァンの声に、パーティーが続く。30階を目指すパーティーの慎重な一歩が踏み出された。 イヴァン?
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