そのダンジョンシェルパはA級(クラス)パーティーを導く Ⅸ
蜂蝙蝠の群れはゴアを逃すまいと、群れはひとつの大きな生き物のように蠢く。蠢きがゴアに向かい急降下を始めると、ラウラの焦燥は爆発した。
狙いはただひとつ、藻掻き苦しむドワーフ。
蜂蝙蝠に対峙すべきか、それともこのまま藻掻き苦し むドワーフを引き摺るのか、ラウラの中で葛藤が生まれる。
「ヤバイって!」
狙いを定めた蜂蝙蝠の姿に、ラウラの心臓は口から飛び出しそうなほど高鳴りを見せる。
『『『ギィ! ギィ! ギィ!』』』
「こんのぉおー!」
ラウラは急降下する蜂蝙蝠の群れを背に、引き摺る腕に力を込めた。
「んがっはぁ! はぁ⋯⋯ぐっ!」
迫り来る蜂蝙蝠の群れ。思うように引き摺れない悶絶しているゴア。そして、今にも炎を巻き上げそうな炎の種がラウラとゴアの脇をすり抜けて行く。
ゴアの顔色は蒼白を通り越し、紫色を見せ始めた。毒の回りは思っていた以上に早く、二の矢がなくとも、ゴアの身が危険なのは簡単に見て取れる。暴れるゴアを思うように引き摺れないラウラのもどかしさと焦燥は、アザリアとシンを蜂蝙蝠に向かって飛び込ませた。
「シン!」
アザリアは叫ぶと、雨のように降り注ぐ蜂蝙蝠を斬り裂いていった。シンの槍はアザリアの後を追うように蜂蝙蝠を斬り払い、ふたりの刃が降り注ぐ毒針を、ゴアの元に近づかせない。抗い続けるふたりの刃は、際限なく降り注ぐ蜂蝙蝠の残骸を地面へと落としていく。
「避けて!」
切迫するハウルーズの叫びに、アザリアとシンは壁際へと地面を蹴った。
ドゴゴゴゴゴオォォッォー!
グリアムは熱の方へ振り返ると、炎の種が業火の渦を巻き上げ、急降下する蜂蝙蝠を消し炭と化していた。
炭と化した蜂蝙蝠たちが地面に積み重なっていく。だが、小さくなったとはいえ残存する蜂蝙蝠の群れは、欲望のままにゴアへと急降下を見せ、最後まで弱者を狙い続ける狡猾さをパーティーに見せていた。
「させないよ! シン!」
「分かってるって。おい! ハウルーズ! まだか!? 早く詠え!」
アザリアとシンが、降り注ぐ蜂蝙蝠とゴアとの間に立ち塞がる。降り注ぐ毒針を、アザリアの剣は弾き続け、シンの槍はひたすらに貫き続ける。
「ラウラ、急げ! 急げ! こっちだ! 早く!」
「グリアムさん!」
切迫を見せるグリアムも、ゴアへと手を伸ばす。痛みと苦しみから暴れるゴアを、ラウラと共に安全圏へと必死に引き摺って行った。体の中の毒は激しい痛みを伴い、全身を駆け巡りゴアの体力を簡単に削り取っていく。
暴れているうちが勝負だ。
ゴアが動かなくなる前に処置をしなければならない。動かなくなった瞬間、それは死を意味する。
グリアムは、焦る心を押し殺し、毒消しをゴアの口元へと運んでいく。だが、暴れ、藻掻くゴアは、思うように飲んではくれない。グリアムは焦燥のまま、乱暴に口へと押し込んだ。
「ほら、こいつを飲め!」
「ゲホッ! ゲホッ!」
グリアムは、ゴアがむせようがお構いなしに、毒消しを口の中へ強引に流し込んでいく。
「⋯⋯【ファイアーストーム】」
ハウルーズの静かな詠が、爆音と共に再び業火の嵐を舞い上げる。そして業火の渦は蜂蝙蝠を巻き込んでいった。
やがて最後の一羽が消し炭と化す。
不快な甲高い鳴き声も、静かな羽音も、ようやく沈黙し、一時の静寂がダンジョンに訪れた。
「ゴホッ! ゴホッ⋯⋯はぁ~いやぁ、すまんな、助かった。ひさびさに死ぬかと思ったわい」
「薬が効いたか」
体中を巡っていた毒が中和され、ゴアの顔色が正常な状態に戻っていく。その姿にグリアムとラウラは、顔を見合わせるとようやく肩の力を抜いていった。
ゴアは、グリアムの助けを制して、自らの足でゆっくりと立ち上がる。そして消し炭と化した蜂蝙蝠の群れを見つめ、盛大に落胆して見せた。
「こりゃまた盛大にやったのう、こんがり焼き過ぎじゃ。これじゃぁ、な~んも残らんわ」
「死にかけたんだから、助かっただけマシじゃない」
ラウラが呆れて見せても、ゴアは未練たっぷりに消し炭を見つめ続ける。
「分かっとるって。でもな⋯⋯ほら⋯⋯やっぱり⋯⋯こう、な⋯⋯」
「グリアムさん、いいよ。ほっといて、早く行こう」
消し炭を漁り始めたグリアムの姿に、ラウラはゴアの未練をバッサリと断ち切る言葉を投げ掛けた。グリアムは、軽く片手を上げ応えるが、漁る手は止めない。
「グリアムさんは優しいね。ゴア! あとでちゃんと、ありがとうって言うのよ」
「分かっとるわ!」
「おい、早く行こうぜ。いくら漁ったってねえもんはねえよ」
先を急ぐシンもラウラと一緒に呆れて見せると、グリアムは体を起こした。
「ゴア。ほれ⋯⋯」
「なんじゃこりゃ?」
真っ黒に煤けた蜂蝙蝠の一部であろう物を、グリアムはそっとゴアに手渡す。手の平に乗せられた物を、ゴアは訝し気に覗き込んだ。
「そいつは【蜂蝙蝠の鳴き袋】だ」
グリアムがニヤリと口端を上げると、ゴアは目が飛び出るんじゃないかと思うほど目を丸くして、手の平をまた覗き込んだ。
喉から手が出るほど欲していた、A級の昇級アイテムである【蜂蝙蝠の鳴き袋】。【バジリスクの背ビレ】以上に手に入れ辛いと言われている代物が、自分の手の平にあると言われ、ゴアは固まってしまう。
この燃えカスがそれだと言われて、にわかには信じられないが、ゴアの中で信じたい思いが沸々と湧き上がる。
「なんと!? そうなんか?」
「え? これが? 燃えカスだよ」
ゴアの手の平を見つめるラウラの視線は、疑心に満ち溢れている。こんな燃えカスで、本当に昇級出来るのかと、その視線は暗に言っていた。
「昇級に関して言えば、燃えカスだろうが、【蜂蝙蝠の鳴き袋】だと証明出来ればいいんだ。売り物じゃないんだし、綺麗である必要はねえ。これ、意外にみんな知らねぇんだよな」
「な、な、なんと! こ、これで昇級出来るのか? 本当に本当か? 嘘だったら、純真なドワーフの心を弄んだ罪で、マジ怒じゃぞ」
「失くすなよ。燃えカスでもレアはレアだからな。また手に入る確証はねえぞ」
「おっほぅー!!」
さっきまで死にかけていたというのに、今にも踊り出しそうなほど満面の笑みで、ゴアは手の平にある煤けた【蜂蝙蝠の鳴き袋】をうっとりと見つめ続けた。
「いよいよ、ゴアもA級か。それだけでも潜ったかいがあったね」
喜びが爆発しているゴアを見つめ、アザリアも満面の笑みを浮かべた。
「あぁ~もうゴアの昇級をネタに出来ないのかぁ~。上がれないからこそ、ゴアだったのに。ちょっとつまんないね」
「ラウラってば、そういう事言わないの」
「はいはい」
アザリアが釘を刺すと、ラウラは適当な相槌だけを返す。緊張を強いられたエンカウントから解放され、束の間の弛緩をパーティーは味わった。
■□■□
剣呑な雰囲気を纏う傷だらけのパーティーが緩衝地帯へと辿り着く。気味の悪い吟遊詩人の紋章を纏う者達が次々に回廊から姿を現した。
「ようやくかよ。まったく⋯⋯あんなにエンカウントが多いなんて、聞いてねえ。話が変わってくるぜ」
犬人の男が顔にこびりついていた乾きかけの血を拭いながら、安堵の溜め息を漏らす。
「オリバー、そう言うなって。だが、確かにエンカウント多過ぎだったよな。戻ったら大将に、褒賞を上乗せして貰わんと割に合わんな」
「レン、頼むぞ。マジで褒賞アップして貰わんとやってられんぞ」
ドワーフの女がレンの肩に手を置き、どこまで真剣なのか分からない顔を見せる。
「分かってるよ。ナタリナが獅子奮迅の活躍だったって大将には言ってやるから」
「ちゃんと言えよ」
ナタリナはどこまで本気なのか分からない顔でレンを睨んで見せた。
ひと仕事終えたとばかりに【ライアークルーク(賢い嘘つき)】の構成員達が、強張っていた体の力を抜いていった。何も変わらぬ【ノーヴァアザリア(新星のアザリア)】のテント群を横目で睨みながら、緩衝地帯が誇る、ボロボロの商店街へと足を向けた。
「下じゃ大騒ぎだってのに、ここはのんびりしてて笑えるな」
狼人の女が、女神アテーナの紋章を持つ者達を見つめ、不敵な笑みを浮かべた。
「まあな。オレ達ものんびりしようぜ、こっちはひと仕事終えたんだ、エロディもお疲れだったな」
「なぁ、レン。あいつらの慌てふためく姿を拝まなくていいのか?」
「グレグ~、おまえは相変わらずだな。どれくらい待たなきゃいけないかも分からねえのに、待ってられるかよ」
レンはグレグに、さも面倒そうに言うと、グレグは軽く舌打ちして店先へと視線を移してしまった。その程度の興味しかないと分かると、レンは宿屋を目指し歩き始める。
「とりあえず、ちと疲れた。休もうぜ」
レンの言葉に反対する者などおらず、パーティーは素直にレンの後に続いて行った。