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そのダンジョンシェルパは龍をも導く  作者: 坂門
そのダンジョンシェルパはA級(クラス)を導く
112/202

そのダンジョンシェルパはA級(クラス)パーティーを導く Ⅴ

 その大パーティーが20階へと足を踏み入れた。あきらかに人ならざる者の声が、遠くから流れて来ては止む。静寂を取り戻しても空気は不穏を映し、静かな圧がイヴァンの皮膚を粟立てた。緊張の度合いは一気に上がる。イヴァンはそれを皮膚感覚で感じていた。


「イヴァン、回復薬のストックは大丈夫か?」


 グリアムの唐突な問い掛けに、イヴァンは慌てて、ここまでの回復薬の使用回数を頭の中でなぞる。


「三本ほど使いましたが、まだ余裕はあります」

「行きだけじゃねえぞ、帰りもあるからな」

「はい」


 グリアムはイヴァンを慮り、取り留めのない会話で気を紛らわす。だが、緊張はイヴァンの体にまとわりつき、無駄に体力を削っていった。


 イヤな静けさだ。


 前を行くグリアムも、静かな圧を感じている。エンカウントもなく順調な歩みは、嵐の前の静けさを想起させ、静寂を映す通路を睨むグリアムの(オッドアイ)は、険しくならざるを得なかった。

 順調な歩みはこれと言った足止めを食らう事もなく、21階へと続く回廊を目の前にする。ここに来てまで、グリアムが必要以上に視線を動かし警戒してしまうのは、漂う不穏な空気からなのかも知れない。


 順調過ぎる⋯⋯。


 言葉には出さないが、グリアムは据わりの悪い心持ちに、警戒する視線が止まる事は無かった。


「マッテオ、ハイーネ、カロル、アリーチェ。それにイヴァンくん。ここまでありがとう。また帰り道も宜しくね!」


 アザリアが、切り離すパーティーに感謝を告げる。グリアムと同じ様に静か過ぎる不安を感じているはずだが、そんな事はおくびにも出さない。努めて明るく言い放つアザリアに、イヴァン達の心持ちは少し軽くなっていた。


「イヴァン、気を緩めるなよ」

「はい」


 大丈夫、イヴァンの目は生きている。この雰囲気に吞まれちゃいない。


 イヴァンの表情に、気の緩みのない事を確認すると、グリアムは回廊へと向き直す。


「行くぞ」


 名残惜しんでいる時間などはない。グリアムは21階へと続く回廊にパーティーを導く。マッテオは、下へと消えて行くパーティーの姿を確認すると、すぐに振り返り休憩所(レストポイント)のある方へと顔を向けた。


「オレ達も行くぞ。休憩所(レストポイント)は少し離れてんだ。警戒を怠るなよ」


 マッテオの言葉に気を引き締める。心のどこかに、仕事を終えたという安堵が過ったの否めない。

 だが、仕事はまだ半分も終わっていないのだ。アザリア達のパーティーを15階まで帰還させて、初めて仕事が終わったと胸を張れる。

 マッテオを先頭にして、パーティーは休憩所(レストポイント)を目指す。イヴァンは背負子を背負い直し、最後尾をついて行った。


 ん?


 背負子越しに違和感を覚えたイヴァンは振り返る。そこには緩やかに弧を描く通路が続いているだけだった。



「お、来た来た。エロディだ」


 回廊へと続く通路から身を隠しながら前を覗いていたレンのもとへ、狼人(ウエアウルフ)の女が飛び込んで来た。


「レン、ヤツらの切り離し終わったよ」

「そうか、頃合いだな」

「なぁって。ど、どうするんだよ」


 落ち着き払ったパーティーの中で、ボリスだけが落ち着きを失っていた。


「ボリス、落ち着けって。目標(ターゲット)はすぐそこなんだ、焦るなって」

「だけどよう。いい加減、どうすんのか教えてくれよ」

「ちょっと待てって。あ! ほら、もうすぐそこに来てんじゃん」

「来てる? 何が?」


 耳を澄ましてみせるレンの耳に届く咆哮と足音。レンがボリスにニッコリと微笑んで見せると、犬人(シアンスロープ)が凄い勢いで通路を折れ、こちらへと向かって来る。その姿にレンはほくそ笑み、ボリスは目を見開き驚愕の表情を浮かべた。


怪物行進(パレード)⋯⋯」

「お! さすが、御名答」


 硬直しているボリスに向かい、レンはパチパチと軽く拍手をして見せる。

 犬人(シアンスロープ)の後ろに続く、モンスターの波。一角兎(アルミラージ)、コボルト、波の上は滑るように飛んでいる人食い蜂(キラーホーネット)。波から頭ふたつは出ている大猪(レギアボラス)の群れ⋯⋯。

 通路を覗き込んでいるボリスの目に映るのは、この階層にいるであろうあらゆるモンスターを引き連れ、その前を疾走している犬人(シアンスロープ)の姿。

 今にも犬人(シアンスロープ)に食いつきそうなモンスターの波にも、レンのパーティーは落ち着き払い、ボリスひとりがパニックを起こしていた。


「ヤバいって! ⋯⋯あ! そうか! あれをアイツらにぶつけるのか!」

「さすが~分かってんじゃん。って事で、ちょっと遊んで来いや」

「はぁっ?!」


 通路を覗いていたボリスの背中を、レンは思い切り蹴り飛ばした。ゴロゴロと通路に躍り出るボリスに犬人(シアンスロープ)とモンスターの波が迫る。


「ソルタン、ほれ」


 レンの差し出した手にソルタンが手を伸ばすと、そのまま自分達のいる通路へと引き入れた。モンスターの波は、通路に転がるボリスへとそのまま標的(ターゲット)を移す。

 固まったまま動けないボリスを飲み込もうと、モンスターの波は容赦なく迫る。


「おい! ボリス! 走れ走れ! 食われちまうぞ!」

「ひっ! ひいっー!!」

「しっかり遊んで来いよ」

「お、おい! うわぁ! ああああああ!!」

「アハハハハハ! これが終わったらB(クラス)だ、頑張れ~」


 恐怖に呑み込まれ不様な姿をさらすボリスの姿に、レン達は大笑いをしながら背を向ける。


「ま、(B級は)生きて帰れたら⋯⋯だけどな」

「まったくウチの大将(リーダー)は、人使い荒いんだよ」

「まぁまぁ、ソルタンそう言うなって。面倒な役回り、悪かったな」


 苦笑いでなだめるレンに、ソルタンは微妙な表情だけ返し、上へ向かう回廊へと足早に歩き始めた。



 ふと振り返るイヴァンは空気の変化を感じた。予感にも似た根拠のない不安に、また肌が粟立つ。耳朶を掠める微かに地面を踏む音、そして———。


「うわぁ! ああああああああああああっー!」


 人の叫び声!?


 その声にパーティーも振り返り、目を見張った。

 必死の形相で叫びを上げている男の後ろには、大量のモンスターの姿。

 そして———。

 叫びの主は、あっさりとモンスターの波に飲まれてしまった。その光景に目を見張るイヴァン達だが、悠長に構えている時間などある訳がない。モンスターの波は、足音に比例するように大きくなっていき、パーティーを飲み込もうと迫る。

 次の獲物を求める波の勢いは止まらない。眼前のパーティーへと標的(ターゲット)を移し、地面を踏みしめる。


怪物行進(パレード)です!!」


 イヴァンの叫びに、パーティーは一斉に武器を構えた。


「ハイーネ!」

「分かってるって!」


 マッテオの叫びに、ハイーネは大盾を握り締め、イヴァンの前へと躍り出る。


 あの数をひとりでどうにかするなんて無理だ。


 波の中にはあの大猪(レギアボラス)の姿。その姿がイヴァンの目に映ると、18階での恐怖が蘇り、思考も体も硬直してしまう。


「とりあえず、モンスターの足を止めて来る!」

「アリーチェ! 待て! 早まるな」


 飛び出すアリーチェの肩へ伸ばしたマッテオの手が空を切る。アリーチェは前を睨んだまま、腰のポーチをまさぐった。


 いい所を見せなくちゃ。


 アリーチェは爆発しそうなほど高鳴る心臓を抑え込み、罠を取り出そうとする。だが、高鳴る心臓に、罠が思うように取り出させない。迫るモンスターの波に、気ばかりが急いてしまい、指先は思うように動かなかった。ポーチの中で空振りを繰り返していた指先が、ようやく罠に触れる。


 早くしないと⋯⋯。


 まごつく指先で罠をこじると、刺激を受けたハチトリ草が開き始める。

 この間たった数秒。

 だが、そのたった数秒のもたつきが、パーティーの命運を左右してしまう。

 ドゴォオオオ! と激しい爆発音が波の後方で起こると、アリーチェは顔を歪ませた。波の足を止めるには、仕掛けが遅すぎた。モンスターの足を止めるどころか、勢いを削ぐ事も出来ず、貴重な罠をひとつ無駄にしてしまった。そして、波の勢いは落ちぬまま、アリーチェに迫る。


「アリーチェさん!」


 その光景にイヴァンの思考がようやく動き始めた。


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