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そのダンジョンシェルパは龍をも導く  作者: 坂門
そのダンジョンシェルパはA級(クラス)を導く
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そのダンジョンシェルパはA級(クラス)を導く Ⅳ

 緊張の見えるパーティーの一団が、16階へと続く回廊の前に集合していた。今回の潜行(ダイブ)で背負子を背負う事になったイヴァンもまた、緊張から表情は硬い。


「まずは、20階を目指すよ! マッテオとハイーネ、宜しくね。カロルとアリーチェは、しっかりフォローしてあげて。君達なら大丈夫、頼んだよ」


 アザリアの良く通る声が、パーティーを引き締める。その声に地図を斜め掛けしているマッテオが、軽く手を挙げ応えた。その姿から地図師(マッパー)である事がすぐに分かる。女ドワーフであるハイーネは、軽く頷いて見せるだけで、ふたりからは余裕とも取れる貫禄があった。だが、カロルとアリーチェは、初めての補助(サポート)に緊張を隠せず、イヴァン同様、硬い表情で何度も頷いていた。


「あんた達なら、大丈夫だって」


 ラウラは、緊張しているカロルとアリーチェ、ふたりの肩に手を掛けながら顔を覗かせる。


「ラウ様⋯⋯」

「ラウラさん」

「頼んだよ」

「「はい!」」


 ふたりから元気のある返事が響くと、ラウラは満面の笑みを返した。


「イヴァン、おまえも荷物持って行くだけで緊張し過ぎだ」

「足を引っ張ってはいけないと思うと、どうしても⋯⋯」

「ま、いいや。深く考えるなよ、歩いてついて行くだけなんだから。それより、【ノーヴァアザリア(新星のアザリア)】の連携をしっかり拝んでおけ」

「は、はい」


 緊張しながらも大きく頷くイヴァンの姿を確認すると、グリアムは集合しているパーティーを見渡した。準備万端とばかりにやる気に満ち溢れているパーティーの姿に、軽く手を挙げる。


「ぼちぼちいいか?」


 グリアムは被っているフードを深く被り直し、パーティーへと声を掛けた。


「お願いします」


 アザリアが真っ直ぐ前を向いて答えたのを合図にして、パーティーは16階へと続く回廊に足を踏み入れる。


■□■□


「おい、レン。やつら動いたぜ」


 15階緩衝地帯(オアシス)に並ぶボロボロの店先を、買う気がないのがありありと分かる犬人(シアンスロープ)が覗いていた。左目に大きな傷跡を持つ、その犬人(シアンスロープ)は、呼び声に振り返ると心底イヤそうに渋い表情を見せた。


「クソだりぃ⋯⋯」


 レンは、買う気のない商品から顔を上げると、呼ばれた方へダラダラと歩く。

 そこに待っているのは、肩や胸に気味の悪い吟遊詩人(ライアークルーク)の紋章を掲げる者達。犬人(シアンスロープ)が目立つ7人ほどのパーティーが、気怠そうに立っていた。だが、そんな中にひとりだけ、吟遊詩人を持たぬ者が、ソワソワと落ち着きのない姿を見せている。


「なぁ、本当に、帰ったらB(クラス)に戻れるんだよな?」

「ああ。ボリス、おまえは心配性だな。おまえが上に()()()()、B級に戻してやるよ。約束だ」


 レンの言葉に怪訝な顔を見せつつも、元【レプティルアンビション(爬虫類の野心)】のボリスは、その言葉にすがるしかないと言葉を返していった。


「信じていいんだな」

「ハハ、あのバカ(エルンスト)共と違って、おまえは見所がある。しっかりと頼むぜ。それに【クラウスファミリア(クラウスの家族)】には、思うところもあんだろ?」

あいつら(クラウスファミリア)か⋯⋯。今回の話に騙しはないよな?」

「疑り深いな。あいつ(エルンスト)らは⋯⋯ほら⋯⋯あれだ⋯⋯そう、素直じゃなかった。おまえの方がその辺りは分かってるだろ? あいつらも、おまえみたくもう少し素直だったら、(トラップ)に嵌ることもなかったろうさ」


 レンはリーダーであるリオン・カークスの表情と口調をマネて、張り付いた笑みで穏やかに語り掛けた。



 そんなレンの言葉を聞いたボリスの胸に過るのは、次々に(トラップ)へと突き落とされた【レプティルアンビション(爬虫類の野心)】の姿。躊躇の無い手の平が、次々に【レプティルアンビション】のメンバー達を(トラップ)へと背を押した。抗うどころか叫ぶ間さえ与えず、エルンスト達はボリスの眼前で(トラップ)へ飲み込まれた。

 羽交い締めされ身動きの取れないボリスの喉元に刃が当てられ、背には手の平が添えられる。目前に迫る死の恐怖から、ボリスの体は硬直してしまう。


(おい、レン)


 突然現れた狼人(ウエアウルフ)の女がレンに耳打ちすると、ボリスの背に当てられていた手の平が外された。そして、レンが穏やかな声色でボリスに問い掛ける。


(ボリス、おまえ、B級に上がりたいんだっけ? オレ達の仕事を手伝えば、B級に上げてやる。イヤならそれでも構わんが、ここでさようならだ。どうする?)


 その言葉を聞いて、迷う選択肢などボリスにある訳がない。


(⋯⋯手伝う。手伝わせてくれ)

(そうか。そう言ってくれると思ったよ)


 レンの笑みに冷たさしか感じなくとも、ボリスは何度も頷くしかなかった——————。



「それで、オレは何をすればいい?」


 ボリスは強張った表情のまま、レンに問い掛ける。信用や信頼などそこになくとも、生きる為、そして昇級(ランクアップ)という欲の為、震える自分の体をなんとか押さえ付けた。


「ヤツらに嫌がらせをしろって、ウチの大将(リオン)からの伝言だ。場合によっては潜行(ダイブ)を失敗させろって話だが、この面子で最深層をウロチョロしたくはねえよな。ま、20階辺りをウロチョロしている補助員(サポーター)を遊んでやれば、わがままな大将も文句言わねえだろう」

「遊ぶって、ど、どうやって? 向こうも手練れだろ?」

「そう、焦るなよ。のんびり散歩しながら話してやるよ⋯⋯行くぞ」


 動き出すパーティーの先頭を行くレンの顔から張り付いていた笑顔は、一瞬で消える。【ノーヴァアザリア(新星のアザリア)】の後を追うように、パーティーは、16階に続く回廊へと消えて行った。


■□■□


「カロルはマッテオのフォロー! アリーチェ! 遅れないで!」


 今にも毒を巻き散らかそうと、体を縮める化けキノコ(フォングス)の大群を前にして、アザリアの指示が前線を任された者達へと飛ぶ。その言葉に弾かれたように前線へと駆け出し、次々にキノコが斬り刻まれていった。


 16、17、18、19階と、何の問題も無く階層を積み重ねて行く。イヴァンは、自分が今深層に足を踏み入れている事を忘れてしまいそうになるほど、【ノーヴァアザリア】の進軍は順調に進んで行った。そして、グリアムがイヴァンを連れて来た本当の理由はここだった。

 18階で死線を彷徨ったイヴァン。そのトラウマを解消出来なければ、【クラウスファミリア】に先は無いと考え、今回の同行を提案したのだった。きっと、【クラウスファミリア】として潜れば、生真面目なイヴァンが責任を勝手に背負い、トラウマから自滅する事は十分に考えられた。


 恐怖を感じる事なく18階をクリアー出来れば、そのトラウマは自然と消えるはず。


 しかし、グリアムの思惑以上に、スムーズな行軍はイヴァンのトラウマを呼び起こす事すらなかったようだ。


「そっちの道より、こっちがいい」


 グリアムの指差す方にマッテオは表情を曇らせる。斜め掛けしている小さな地図に目を映し、視線は目の前に続く通路と地図の間を行ったり来たりさせていた。


「かなり遠回りになるぞ?」

「確かにそうだが、こっちは通路が狭い。厄介な大型モンスターとのエンカウントを避ける事が出来る」

「⋯⋯そうなのか」

「今回の目的は、到達階の更新だ。なるべく楽に進んだ方がいいと思うがどうだ?」


 グリアムは無理強いはしない。あくまで、いち意見としての提案をした。マッテオはもう一度地図に目を落とすと軽く頷き了承の意を伝える。


「こっちだ」


 グリアムを先頭にして、パーティーはゆっくりと進んで行く。集中は途切れることなく、静かな行軍は、洞内に足音だけを響かせた。


「天井が高いですね」


 グリアムのすぐ後ろを行くイヴァンが、歩きながら天井を見上げ呟く。煌々と輝く【アイヴァンミストル】が、パーティーを照らしていた。深層に入るとランプの光が必要ないほど、洞内は明るく、そして、そこかしこに広い空間が広がっている。


「ここから下に行けば行くほど天井は高くなり、開けた場所が増える。それが何を意味するか分かるだろ?」

「はい。大きくて厄介なモンスターが出現する」

「下に行くだけが目的なら、避けられるものは避けるべきだ。それで、【ノーヴァアザリア】の連携はどうだ? 見習うべきところがあったか?」

「はい、凄いありました。マッテオさんと、ハイーネさんは言葉を交わさずとも、互いの動きが分かっていますし、それをフォローするカロルとアリーチェの動きも的確です。ウチも連携を高めないとですね。グリアムさんが良く言っている経験不足を痛感しました」

「そうか。滅多に無い、いい機会だ。よく拝んでおけよ」

「はい」


 前を行くグリアムに、イヴァンは大きく頷き歩幅を合わせて行った。


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